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歳を重ねると楽しいとか賢くなるとか・・・・みんな戯言なんだよ。

感じるままに、赴くままに、流れて雲のごとし

振り返る事は時として人を励ますこともあるのだろう・・・・

2019-01-01 | 旅行

僕が彼女と会ったのは、そう、もう30年も前のことだ。

その頃僕は銀座一丁目にあるとても小さな広告代理店に勤めていた。

コピーライター養成講座で紹介された会社に3年務めた後、この会社へ移った。

制作部勤めをして3年過ぎても特にコピーライターとして力が蓄えられたわけでなくて、

ただの使いっ走りでしかなかった。

さて、どうやって生きてい行けばいいのか?

そんな大仰な考えもなく、ただただ一日が楽しかった。というより一人暮らしに慣れ、給与の使い方にも慣れ、

普通に生活するだけのテクニックをある程度習得してしまっていたのだろう。

既に結婚をしてしまっていた。だからというわけではないが生活はラクな方向に進んでいたんだ。

 

あの頃の事を思い返してみたところで今が変わる訳じゃない。

「そんな事は分かっている。」

そんな言葉が頭の中をグルグル回っていた。

僕の席の少し後ろのテーブルに座る彼女の仕草を感じ取る為に椅子を前に引いた。

残念なことに何も感じ取ることはできなかった。

まるで真冬に吹く北風のような冷たさが伝わってきた。

こんな空気だった。あの頃の僕たちの出会いは・・・・

彼女は僕の勤めていた会社で経理の仕事をしていた。

年齢は僕より二つ上。28歳だった気がする。随分と昔の話だから、間違っているかもしれない。

今と違って僕は酒を飲めなかった。ビール一杯が限界だったし、何よりも酔うという体の状態が好きではなかったのだ。

でも、会社仲間たちと飲みにはよく付き合っていた。

それは無理をしている訳ではなく、周りの人たちに嫌な顔をされたくない・・・そんな恐怖心が僕にピエロ役を演じさせていたんだ。

そして何よりも僕が一番年下だったことが何よりの理由だったのだろう。

いつものように会社仲間3~4人で会社近くの居酒屋で飲み始め、二軒目を彼女が決めその店へと向かった。

晴海通りを渡り新橋方向へ向かった。並木通りの一本電通通りよりの道を50メートルほど歩いた雑居ビルの2階にその店はあった。

「TOMY」。

今でも覚えている。カウンターの席が8席。その奥にBOX席があった。

歳のころなら40歳代のようなバーテンがひとり。彼がオーナーだと分かったのはずっと後の事だった。

長身でやけに腕が長かった。色白でハンサム。頭髪はくせ毛にも関わらず七・三にキッチリ分けて、白いワイシャツが眩しかった。

彼の顔を見た途端、背中をゾウリムシが這いまわっているような嫌な気分になった。

しかし、彼女はやけに親しげで、少しも恐れてはいなかった。

むしろ、このバーテンダーの下心を弄ぶかのように振舞っていた。

そんなことを思い返していたとき、グラスにワインが注がれた。

「どうして・・・頼んでいない・・・」

給仕にそう伝えた。給仕は左目だけをつむり、顔を少し右へ傾けた。

僕はワイングラスを右手に持ち席を立った。

 

 

 


雑木林には死体が埋まっている。

2018-11-28 | 旅行
前菜を食べるフォークが使いにくかった。
握ぎったところが悪かったのか真っ平らではなく盛り上がっていたからだ。このフォークを作った職人の心意気があらぬ視点を見つめていたのだろうか?多分、頑張りすぎたんだ。このフォークナイフを購入した店のセンスに問題があるだけなんだ。しかし、地元の野菜なのか美味しいと思った。
しかし、気になったのは料理ではなく視線。脊髄麻酔を打たれた時のような重い痛みだった。振り返って微笑む勇気はなかった。話しをする相手がいない食事ほど退屈な事はない。でも、そんな退屈さが必要な時だってあるわけで流されっぱなしの自分を憐れみ、その姿を天井板の節穴から覗くもうひとりの自分。そんな存在を感じていた。
そして、そんなふたりの自分を俯瞰的に眺める女の存在を感じて僕は少し狼狽えていた。

窓の外に目をやると四つの光が見えた。
つがいの狸だった。こちらをジッと見つめている。何か言いたげに光りを放っている。
ぼくは、よく聞こえないなぁ。
そう答え、その光りを遮断してしまった。

二口めのワイン飲み給仕を呼んだ。

「悪いけれど、このワインの贈り主に食事をご一緒したいと伝えてくれませんか?」
「承知致しました。」
給仕係は少し間を置きに厨房へと姿を消した。

僕は待つことにして、もう一度つがいの狸の方に目やった。そこにはいなかった。



外は暗闇。ホントの闇だったんだ。

2018-11-19 | 旅行
部屋のある建物を出たら月が出ていた。
優しげで、妖しげな光りを放っていて、僕は暫くその月を見ていた。
なんだか身体が浮いている様な気がして
足下を見た。僅か数センチだけれど、確かに浮いている。
ホテルのロビーへの道を身体が浮いたまま歩いた。とても気分が軽かった。
食堂はロビーを横切った奥にあった。
六角形をしている食堂だった。中央にはサーブする為のスペースがあって給仕が六方向にテキパキ動いていた。案内された席は窓際。窓の外はあの妖しげな雑木林。随所にライトが置かれている。
なんだか京都の寺のライトアップショーを見てるみたいで、急に落ち着かなくなった。
チーフらしき初老の男が近づいてきてテーブルの蝋燭に火を灯しながら夕食のメニューを説明して始めいくつかの選択メニューの確認をした。
僕は相変わらず適当に返答をしただけで不機嫌そうに見えたのだろう。そそくさと給仕係は退散してしまった。
よくあるパターンで宿泊と夕食がセットされているホテルだったから面倒がない。そしてできれば出された料理の説明もいらない。そう考えていたのだけれど、そんな訳には行かないらしい。
ワインを出されたのは、諦めの表情をした途端だった。
頼んだ覚えはなかった。
給仕係が「彼方のお客様が…。」と答えた。
僕は振り返ってしまった。
そこには、さっき部屋に文句を、言いにきた髪をブラウンに染めた女性が微笑んでいた。
僕は軽く会釈して元の姿勢に戻った。
きつく断りを言おうかと思った。しかしやめた。

雑木林の闇が「やめておけ!」と言ったからだ。

では、次に何をすればいいのかを考えた。


夏になる前、そうもう二年もまえの事が…

2018-11-15 | 旅行
僕がここにやってきたのには理由があるようでない。二年前に患い、医者が気がつかない後遺症を抱えていたからだった。
どうもヤル気が起こらないのだ。
まあ、誰にでもある。しかし、病気だと気がついてしまった。それは全てのことに興味がなくなってしまったこと。欲望がなくなってしまったかのようだ。食欲、性欲、金銭欲、名誉欲、物欲…。
食べるにも何を食べるかなど考えるのがイヤだし、お腹が空かなくても食べるし空いても食べる。女に至ってはまるで抱きしめたい欲求はなくなってしまった。ましてやどんな人間なのかと知りたいと思わない。全てに煩わしさが先行してしまう。無気力に近い状態が数週間続いた。自ら死を選ぶことですら面倒くさい。生きる価値が見当たらないし、そんな自分からも逃げ出さなくなってしまった。とは言って何かを見つけたいがために旅に出た訳でもないのだ。
意志がなくなってしまったようだ。
家にいればいい。そう考えた。でも、旅に出れば何処かへ行かなくてはならない。そう思って家を出ただけなんだ。
放浪なんだろう。誰かに出会えることを期待してるわけでもないのに何をしているのか?どうしようもない人間だと思いたいような気がしているだけなのかもしれない。

そんな事思い巡らしていると部屋の電話が、鳴った。
「お客様。夕食の準備ができましたので、食堂までいらして下さい。」
「ありがとう。すぐに行きます。」
僕は簡単に身支度を整え、部屋を出た。
長袖のティシャツでは少しだけ寒い。
そう感じたけれど上着を着るのが面倒だったし食堂に向かった。

秋はいつ始まったのかわからないようにしているに違いない。

2018-11-12 | 旅行
少し微睡んだようだ。
ピンポン!
この部屋のドアベルが鳴ったような気がした。
僕は重い体を引きずりベッドから身を起こしてドアの覗き見から外を見た。
髪をブラウンに染めた女の顔が見えた。このホテルの従業員には見えなかった。
ドア越しに僕は声を掛けた。
「どなたな?」
「隣の部屋の者です。」
「何かありましたか?」
「いえ、あの、音が…」
そう答えて無言になった。
ドアチェーンを掛けたままドアを少し開けた。

「特に音楽もかけていないし壁を叩いたりはしてませんが…煩いのですか?」
「いえ、その…人の話し声が、この部屋から聞こえたような気がしまして。少し静かにならないでしょうか。」
「いや、この部屋には僕、ひとりで泊っておりますが。確認されます?」
「いえそれには及びません。失礼しました。」
外し掛けたドアチェーンを元に戻し、ドアのロックを下ろした。
上の階や隣の部屋が煩くて腹が立ったことは限りなくある。でも、直接その部屋に出向き文句を言うことなどほとんどない。普通ならフロントに電話をして注意してもらうだろ。
変な女だ。そんな風に思いながらベッドサイドの時計を見た。午後の6時を少し過ぎていた。夕食まで40分。バスルームには湯が溢れていた。停めるのを忘れて眠ってしまったのだ。浴室の窓を開け放って湯気を追い出し湯船に入った。
頭の芯が少し痛んだけれど、気分は悪くはなかった。身体を洗う気にはなれずズルズルと頭まで湯船に沈んだ。湯から顔をあげ空いた窓の外を眺めていたら人の声が聞こえた。女と男が会話をしていた。でも、何を話しているのかは聞きとれなかった。さっきの隣の女の声のようでもあった。ちょっと違う声でもあった。
夫婦で泊ってるのか?
湯船から出てバスローブを羽織り、浴室から外に出た。浴室の外はバルコニーのようになっていテーブルと椅子が置かれている。寒かったが湯上りの火照った身体にはちょうど良かった。雑木林があってバルコニーの先端に照明器具がおいてあった。その光りが暗闇に溶け込むように美しい風景を作り出していた。

何か背筋を、ぞくっつ!とさせる空気がこの部屋とこの雑木林に漂っていた。
僕は気にも止めなかった。