雅工房 作品集

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国を守った太子 ・ 今昔物語 ( 10 - 31 )

2024-04-14 08:00:52 | 今昔物語拾い読み ・ その2

     『 国を守った太子 ・ 今昔物語 ( 10 - 31 ) 』


今は昔、
震旦に二つの国があった。一つは[ 欠字 ]といい、もう一つを[ 欠字 ]という。( 欠字には国名が入るが共に不詳。)
この二つの国は、仲が悪く互いに戦を仕掛け合うこと度々であった。互いに相手を倒そうとしたが、国力も兵士の数も拮抗していて、決着がつかないままに月日を過ごしていたが、片方の国の王が亡くなった。その王には皇子がいたが、未だ幼少にして、隣国の攻撃を防げそうもなかった。

されば、国内の兵士たちは皆、「我等は、このままこの国にいて、命を無駄になくすよりは、敵国についた方がまだましだ。この国に王がいらっしゃってこそ、その威勢に守られて破れることがなかった。しかし、太子がいらっしゃるとはいえ、未だ幼稚にして物事の判断は出来ない。我等が降参しなければ、殺されてしまうことは疑うまでもない。それゆえ、攻撃されてから降参するよりは、こちらから進んで投降しよう。あとから投降する者よりは、少しでも先立ってに投降すれば、恩賞もいただけよう」と思い、互いに言い合って、我先に多くの者が敵国に向かって行ったので、国内には人がいなくなってしまった。たまたま国内に残った者も、立ち向かう決意はなく、敵国の王が責めてきた時には、首を差し出して投降しようと思っている様子が明らかに見えた。

敵国の王は、その様子を聞くと、「我は、隣国に攻め込むよりは、その太子を召し捕りに行けば、決して遁れることは出来まい」と言って、使者を遣わして、「この国に太子がいると聞いた。速やかにわが国に来て投降せよ」と伝えさせた。そして、「そうすれば、その国を預けて治めさせてやろう。もし投降しなければ、その首をいただく」と伝達させた。
その国に残っていた人は、この事を聞いて、大いに恐れて、大臣・公卿は太子に申し上げた。「我が君、国を治めようとお考えならば、まず、命を保つべきです。命を失えば、国王の位も何の意味もありません。また、国の王子として有り続けようと思われても、国内に人がいなくなっていて、例えわが国に兵士千人いたとしても、敵国の兵士一人に対抗することも出来ません。彼らはまな板で有り、我等は魚の肉の塊です。攻め寄せられると、正面から迎え撃つことなど出来ません。されば、速やかに敵国に参って降伏し、身を全うして国を預けられれば、この国を保つことが出来ます」と勧めた。

すると、太子は、「恥を知る者こそが人というものだ。命を保ったといっても、いつまでも死なない者はいない。孔子(クジ)ほどの賢者も死んでいる。盗跖(トウシャク・伝説的な大盗賊)ほどの勇猛な者も死んでいる。されば、死ぬことは人間であれば決して遁れることの出来ない道なのだ。私がこの世に生き留まって、ご先祖の墓を踏みにじられては、何の意義があろうか。それゆえ、降伏することなく、殺される日を待って国王の位を棄てよう」と言って、投降するような様子は全くなかった。

大臣・公卿はこれを聞いて、ある者は思った。「我が太子は、年を数えれば襁(ムツキ・おむつ)を放せないほどの年齢だ。しかし、心は大国を治めるに余るほどの剛毅さであられる。我等は、長年、公に仕え忠勤に励んで怠りないと思っていたが、今日は、幼い君の足下にもとても及ばない。この先遙かに広がっている我が君でさえ、このように命を惜しむことがない。我等が、なまじ命を惜しんでどうするのか」と言った。
しかし、ある者は、恐れおののいて、態度が定まらない者もいる。

やがて、太子は、敵国からやって来た使者を召し出して、一人の従者に首切り用の剣を持たせて、使者に、「ここにおいて、汝が首を斬るべきではあるが、汝がここで死ねば、汝の国の王にこの事を伝える者がいなくなる。されば、汝は生きていてよく見よ」と言って、草を刈り取って、人形(ヒトカタ)を造り、それに敵国の王の名を付けて、太子自らその名を呼んで、「これこれの国の太子が、敵国の王の首を斬る」と叫び、この草の人形を斬った。そして、使者に対しても、将軍を呼んで、首を斬るような仕草をして、追い返した。
使者は自国に帰り、この時の事を報告した。
王はそれを聞いて、大いに怒り、数知れぬほどの大軍を率いて、その国に向かった。
やがて、国境を越えると、太子を召し出すために使者を遣わした。
太子はそれを聞くと、一人の兵士も向かわせず、また、恐れた様子もなく、「今すぐに参上しよう」と言って使者を返した。

すると、前に投降すべきだと勧めた大臣・公卿は、「それ、見たことか」と言って、皆、敵王に降った。一部の者は残っていて、太子と共に命を棄てることになるのを待って、空を仰いでいた。
太子がまさに出向こうとした時、持参してきた道具があった。高い足を付けた床子(ショウジ・腰掛け)を二つ(三つが正しいようだ。)、瓶子(ヘイジ・とっくり形の水差し)を一つ、硯・墨・筆、これらを鬘(ミズラ・童子の髪型)に結った童子二人に持たせて出向き、一つの床子を立てて、太子はそれに尻を乗せて座った。その前に、二つの床子を立てて、一つには瓶子を置いた。もう一つには硯を置いて墨を摺らせた。

その時、敵国側の多くの兵士たちは、これを見て楯を叩いて大笑いした。
敵の王は、「我に降伏するために、その旨の文書を書いて差し出そうとしているのだろう。あのように、硯・墨・筆を用意しているのだからな」と思って、「防戦する気があるのなら、このように出向いてくることはあるまい。ただ、何をするのか様子を見てから、首を斬ればよい」と思って見ていると、太子は、墨を濃く摺らせて、筆を塗らして瓶子の首の周りを書き廻らした。その後、筆を置いて剣を抜き、瓶子の首にあてて、敵国の王に向かって言った。
「汝の大軍勢は、我の一つの剣にも対抗することが出来ない。汝、王をはじめとして兵士たちよ、皆、己の首を見てみよ。この瓶子の首に書き廻らせた墨は、皆の者、汝らの首にも書かれているだろう。我が、この瓶子の首を一刀のもとに打ち落とせば、墨が書き廻らされている汝らの首も、皆落ちることだろう」と。
敵国の王をはじめ、大勢の兵士たちは、これを聞いて互いにその首を見たところ、一人としてその墨から遁れた者はなく、王をはじめ全兵士も、墨が書き廻らされているのは、瓶子と同じであった。
太子は、かっと目を見開いて、まさに瓶子の首を打ち落とそうとした。

すると、敵国の王は、すぐさま馬から下りて、両手を合わせて太子に向かって座った。大勢の兵士は皆、弓の弦をはずし、太刀を棄てて、平身低頭して這いつくばった。
敵国の王は、「私は、今日から後、太子を主君としてお仕えします。願わくば太子、首を斬ることを許して下さい」と願った。
そこで、太子は、柴を焼いて手に持って、「王の位に昇る」と宣言した。敵国の王は、「臣下としてお仕えします」と宣誓して、返っていった。
されば、この国はめったにない有り難き国である、
となむ語り伝へたるとや。

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