雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

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2016-10-12 15:24:11 | 小さな小さな物語 第十五部
まことに残念な事ながら、スポーツ界からまた不祥事が発生しました。バドミントンのトップ選手による賭博行為です。今回は、違法カジノということで、そのバックには暴力団関係者が関与していたとも伝えられていますから、問題は相当深刻なものです。
このコラムを書いている段階では、問題についての詳細な調査はまだですが、憶測で書かせていただくとすれば、どうも二人だけの問題とは考えられず、広がりがあるような予感がします。
協会役員の方が涙ながらに説明されておりました。わが国においては、あまり日の当たらないスポーツといえると思われますので、ようやくスター選手が登場しかけているところでのこの事件ですから、無念な気持ちが痛いほど伝わってきました。しかし、同時に、協会上層部がそれほどのショックを受けるということは、競技そのもの以外は、ほとんどノーチェックだったということではないでしょうか。

この種の事件が起こると、必ず言われることは、指導者の責任ということです。プロ選手であれ、アマチュア選手であれ、高校生や中学生などの非行に対してであれ、スポーツ指導者の競技以外の部分の指導の範囲はどこまでかということが問題になります。
この場合の指導者にも大きく言えば二種類あって、競技を直接指導する人と、協会役員や団体やクラブの責任者といった全体的な管理や運営を行っている人とです。
そして同時に、例えば今回発覚した二人だけに関して言えば、本人だけの問題なのか、指導者にも問題があったのかということです。

先日のプロ野球選手による野球賭博問題の時、コメントを求められたある球団経営関係者は、「プロ選手の私的な面での不祥事は、100%選手個人の責任であって、球団は被害者ともいえ、選手との契約違反の部分に対しては違約金を請求すべきだ」と断じられていました。この方は、大リーグの経営手法も勉強されているようですが、同席していた質問者や他のコメンテーターの方は納得できていなかったようですが、どうも、わが国におけるスポーツ競技者と指導者あるいは管理者との関係は、この方のような明快な考えを持っていない人が大半のようです。

かつて、すでに鬼籍に入ったプロ野球の名選手と言われる人の多くが、徹夜の賭けマージャンの後の試合で、完投したとかホームランを打ったとか、自慢されていたのを思い出しました。もちろん、眠らないままのデーゲームでです。
一昔前の役者は、「浮氣は芸の肥やし」と言ってはばからなかったようですし、仲間内の賭け事など問題視することさえ不思議だという業界は少なくなかったようです。
しかし、時代は変わりました。
今回の問題の当事者は、法律に基づいて相応の償いを果たさなくてはならないのは当然ですが、現代は、著名人にとっては、法の裁きより、マスコミや社会の裁きの方が遥かに厳しく残酷です。法的には比較的軽微であり、起訴さえされないような事件でも、その地位を追放されるような、あるいは数億円の損失を被るような仕打ちを受けることは決して珍しくありません。
そう考えれば、スポーツ選手の多くは、まだ世間をほとんど知らないままにトップ選手への道を登って行くのですから、社会人として未熟な点が多く見られるのも当然かもしれません。
とすれば、たとえプロという名前がついていても、少なくとも未成年を預かる組織では、適切な指導体制を確立してほしいと思うのです。

( 2016.04.09 )

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