雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

忘れさられた妃 ・ 今昔物語 ( 10 - 6 )

2024-05-20 14:44:45 | 今昔物語拾い読み ・ その2

     『 忘れさられた妃 ・ 今昔物語 ( 10 - 6 ) 』


今は昔、
震旦の唐の玄宗(ゲンソウ・第六代皇帝。762 年没。)の御代に、后・女御は大勢いらっしゃったが、ある人は寵愛されていたが、皇帝に見(マミ)え奉ることさえない人もいたが、皆、宮中に伺候していた。

ある時、ある公卿の娘[ 欠字あるも不詳。]に、並ぶ者とてないほど容姿が勝れ有様が立派であるのを皇帝がお聞きになって、熱心にお召しになった。
父母は拒むことなくして、娘の年が十六の時に奉った。その宮中に参内する時の有様は、すばらしい事限りなかった。
この国の習いとして、女御として入内する人は、再び退出することはないので、父母は別れることを嘆き悲しんだ。

さて、その女御は、皇帝がいらっしゃる宮殿内には住まず、離れて別の宮殿にお住まいになった。その宮殿の名を上陽宮(ジョウヨウグウ)と言う。
ところが、どういうことなのか、その女御が参られてから後、皇帝がお召しになることがなく、御使者さえ尋ねてこないので、ただ一人寂しく宮殿内でぼんやりと過ごしていたが、しばらくの間は、今か今かとお思いであったが、虚しく年月が過ぎて行き、すばらしかった容姿も次第に衰え、美麗であった有様もことごとく変っていった。
女御の家の人たちは、入内した始めの頃は、「あの君が、宮中に参上なさったので、我等はきっと恩恵にあずかる身となるだろう」と思っていたが、まったく当てが外れて失望するばかりであった。

このように、皇帝が召し出した女御がどうしているかとさえ思い出さないことは、他の女御たちが、この女御が美しいこと並ぶ者とてなく、自分たちが劣るため、策をめぐらして別の宮殿に押し込めていたからであろう。あるいは、国土は広く政治の務めは煩雑なので、天皇もお忘れになってしまっているのを、思い出させ奏上する人もなかったようだ、と世間の人はたいそう不思議に思った。

こうして、皇帝に対面することもなく、お嘆きになっている間に、奥深くにある宮殿において、長い年月を重ね、過ぎゆく年月を十五夜の月を見るごとに数えると、自分の年齢はそれほどになってしまったのだ。
春の日は遅くしてなかなか暮れず、秋の夜は長くしてなかなか明けず。そして、紅の顔(カンバセ)は若き頃の風情にあらず、柳のような髪は今や黒き筋もない。されば、親しくない人とは会わないと、恥じられる。
十六歳にして参内なさり、すでに六十歳におなりであった。

ある時、皇帝は、「そういう事があった」と思い出され、たいそう後悔なされた。
そこで、「何としても、会わないでいられない」と思ってお召しになられたが、その身を恥じて参上なさらず、お会いしないままになった。
この人を、上陽人(上陽の人。玄宗皇帝が楊貴妃を寵愛するあまり、上陽宮に忘れ去られた妃。)という。
物の道理をわきまえている人であれば、これを聞いて、とても理解することは出来まいと、
此(カク)なむ語り伝へたるとや。

    ☆   ☆   ☆


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 玄宗皇帝と楊貴妃 ・ 今昔... | トップ | 美貌が故の災難 ・ 今昔物... »

コメントを投稿

今昔物語拾い読み ・ その2」カテゴリの最新記事