『 フィンランド NATO加盟へ 』
フィンランドの NATO加盟が実現し
31カ国目の加盟国となる
ロシアによるウクライナ侵攻に 端を発した
加盟申請だったが ロシアは反発しているようだ
ロシアと国境を接している国にとっては
今回の ロシアの他国侵略は 衝撃が大きすぎたことだろう
一方 同時に加盟申請した スウェーデンは
トルコとハンガリーが 加盟に同意しておらず
まだ難航しそうとのこと
この国も 地勢的に 難しい位置にあり
今後の推移が 注目される
どうやら 大国も含めて 何らかの同盟なしでは
国家の存続は 難しいのかもしれない
☆☆☆
『 物思ふごとに 』
大空は 恋しき人の 形見かは
物思ふごとに ながめらるらん
作者 酒井人真
( 巻第十四 恋歌四 NO.743 )
おおぞらは こひしきひとの かたみかは
ものおもふごとに ながめらるらむ
* 歌意は、「 大空は 恋しい人が残した 形見なのだろうか そうではあるまいが 物思いにふけるごとに どうして大空を眺めてしまうのだろう 」と、恋しい人を思う歌でしょうが、どうも、淡泊に感じてしまいます。
ここに詠まれている「形見」は、亡くなった人が残した物ではなく、思い出の品、といったものでしょう。また、当時、大空を眺めるということが、物思いにふける一つの仕草とされているとすれば、私などが感じるより、情熱的な歌なのかもしれません。
* 作者の酒井人真(サカイノヒトザネ)は、平安時代の官人です。誕生年は未詳、没年は 917 年です。行年は、全くの推定ですが、伝えられている官歴から見て、五十歳前後だったのではないでしょうか。
酒井氏というのは、この時代の文献では希少だと思われますが、豊前国宇佐郡(現大分県の一部)を本拠とした渡来系の豪族のようです。
* 伝えられている官歴の一部を追ってみますと、
889 年、備前権大目
895 年、左馬少属(中央の馬寮の官吏。従八位下相当官。)
896 年、薩摩掾(従八位程度か。)
902 年、中宮少属(従八位上相当官。)
908 年、右少史(正七位上相当官。) 909 年、右大史(正六位上相当官。)
912 年、左大史(正六位相当官。)
914 年、外従五位下、土佐守
そして、914 年に死去。
* 職務内容はよく分かりませんが、おそらく、文官というよりは、武官としての職務が中心と考えられます。
それにしても、酒井人真が何処で誕生したのか未詳ですが、官歴を見るだけでも、備前国ー京ー薩摩ー京ー土佐と住み処を替えているのです。
さらに、「大和物語」の中には、『 土佐守の官職にあった さかいの人真 という者が、身体も弱り、鳥羽にある家に行く際に・・ 』といった記事があります。おそらく同人物だと考えられますので、さらに鳥羽にも住み処があったと考えられます。
当時の人の、行動範囲の広さに驚かされます。
* 人真は、官人としては、最下位の身分からスタートしています。おそらく、最初は官位などなかったと考えられます。そこから、二十五年を掛けて、遂に土佐守の地位にまで上っているのです。官位にしても、従五位下というのは、本来、貴族の仲間入りする身分です。
ただ、人真の場合は、「外従五位下」ですから、せいぜい貴族に準ずる程度の評価ではなかったのでしょうか。
この「外」というのは、中央で採用された者以外の官位に付けられたもので、職務は担っても身分的には低く見られたようです。人真の場合も、 従五位下に上る以前の官位には、「外」が付けられていたと思われます。
* 酒井人真の和歌は、古今和歌集に採録されているのは掲題の一首だけですが、「大和物語」には和歌も載せられています。
果たして、当時、歌人として評価がどのようであったのか分かりませんが、少なくとも、官歴をたどる限り、古今和歌集の撰者の目をひくほどの実力の持ち主だったのではないでしょうか。
さらに言えば、摂関家をはじめとし公卿たちとは住む世界が違うほどの差があるとしても、土佐守にまで上り詰めた人生は、充実したものであったのであろうと、拍手を送りたいような気がしてくるのです。
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