麗しの枕草子物語
後朝の別れも様々
ある所の、何とかの君と申し上げておきましょう。
その君のもとに、貴き御方というほどではありませんが、伊達男ともっぱら評判の殿方が通って参りました。評判だけでなく、なかなか洗練された男性だということですから、訪ねられた何とかの君も、見目麗しいとの噂に上るような女性だったのでしょうね。
さて、九月の頃のことですが、一夜を過ごした翌朝のこと、有明の月明かりが一面の朝霧に滲んでいるのを眺めながら、男性は、甘い言葉を並べたて後朝(キヌギヌ)の別れを惜しみます。何とかの君は「ああ、もう、お帰りになってしまう」と、夢見心地で見送っている様子も、何とも艶めかしい光景でございます。
男性は、思いを断ち切るかのようにして出て行きますが、またすぐ戻って、立蔀の陰に身を隠して、今一度女の心をつかんでしまうような言葉をかけようと、覗っていますと、
何とかの君は、「有明の月のありつつも・・・」などと小さく口ずさみながら、月明かりに浮かび上がらせた姿は、緑の黒髪と思っていた髪の毛は、頭からすっかりずれてしまい、その色もてかてかと光っていて・・・、
男性は、今の今までの情緒は吹き飛んでしまい、少しばかり身震いをしてから、肩をすぼめるようにして帰って行ったそうです。
後朝の別れも様々でございますわねぇ。
もっとも、これは人から聞いた話なんですよ。
(第百七十二段・宮仕え人の・・、より)