雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

濡衣を着せられて

2017-09-05 08:28:58 | 麗しの枕草子物語
           麗しの枕草子物語
 
               濡衣を着せられて

定子中宮さまのすばらしさにつきましては、何度もご紹介させていただいておりますが、このお話もその一つでございます。

細殿に局をいただいておりました頃のことでございます。
「どなたを訪ねたのか知らないけれど、場違いな人がね、明け方に傘をさして出ていったらしいのよ」
などと女房たちが噂しているのを、よく聞いてみますと、どうやら私のことらしいのですよ。
確かに私を訪ねて来た人はありましたが、殿上人ではないといっても、ちゃんとした人ですから、他の人からとやかく言われるはずがないのに「おかしなことだ」と思っておりましたところへ、中宮さまからの御手紙が届けられまして、
「ご返事を、今すぐに」
と、使者の女官が仰られる。

「何事かしら」
と、開けてみますと、大傘が描かれていて人物はありません。ただ、手だけが笠の柄を持っているところを描いていて、その下に『山の端明けし朝より』とだけ、お書きになっておられます。
いつも、ほんのちょっとしたお言葉でもとてもすばらしくて感心するばかりなのですが、この御手紙も、拾遺集の「あやしくもわれ濡衣を着たるかな 御笠の山を人に借られて」の歌を引用された上で、御笠の山を絵にされて、『(御笠山)山の端(ハ)明けし朝(アシタ)より』と上の句を与えて下さったのですよ。
私は日頃から、「みっともない私の歌など中宮さまに絶対お目にかけない」と思っているのですが、中宮さまのあまりにすばらしいお心遣いに、ついついご返事を申し上げることになってしまいました。

私は、別の紙を用意しまして、雨がいっぱい降っているところだけを描いて、その下に、
「『(雨)ならぬ名の立ちにけるかな』という下の句を書き、お陰さまで、これで、濡衣ということになりますでしょう」
とご返事申し上げましたが、中宮さまは、右近の内侍などにお話になられて、たいそうお笑いになられたそうでございます。


(第二百二十一段・細殿に・・、より)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする