田熊みうま会 尾道市因島から発信中

昭和40年度生まれで 田熊小学校・田熊中学校に通った人のブログ

「はらんきょう」を食べる

2018年08月13日 | 平成30年因島・田熊・仲間の話題
田熊公民館へ行くと、「食べんさい」と"はらんきょう"をすすめてくれました。近所の人からの差し入れだそうです。
皮ごと食べれて酸っぱさが夏バテに効果がありそう。。
"はらんきょう"は"はらんきょう"たととてっきり思っていましたが、スモモ(李・ライム)のことらしいです。地域によっては、ハダンキョウあるいはハタンキョウ(巴旦杏)とも呼ばれる(wiki)とのことで、なまって"はらんきょう"となったみたいですね。
「唐柿(とうがき)」は「イチジク」のことじゃいうのは知っとったんじゃけどね。
急に気になって「ハータナ」を調べてみると、これは「イタドリ」と言う山菜らしい。子どもの頃、山道によく生えていたので洗いもせずによくかじっていましたが、そのままの大量摂取は健康への影響も否定できないということで、茹でるなり塩で揉むのが一般的とのこと。そんなん知らんがな(笑)。
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因島の上水道

2018年07月31日 | 平成30年因島・田熊・仲間の話題
7月豪雨による取水場浸水の影響で、因島では7月7日から20日(地域差あり)まで断水となりました。
かつて因島は慢性的な水不足で、特に夏になると度々断水が実施されていました。
という訳で因島の水道事情を調べてみました。
画像は昭和34年の因島市勢要覧です。
これによると昭和33年には、42,523人の水道利用者のうち、給水人口は3,482人で上水道の普及率は10%に満たないことがわかります。
これが昭和38年の市勢要覧(横着してスキャンしてませんが)を見ると、昭和37年には、水道利用者はほとんど変りませんが、上水道の利用者は9,886人に増え、普及率は3倍近くになっていました。それでも全体の23%程ですね。
続いて昭和43年に刊行された因島市史(P669)によると、上水道40%、井戸57%とあります。この頁には「市内の住宅密集が進み一部地域では水道利用が増えてきたので、夏場になると断水の危険性が出てきた」旨が記載されています。私たちが記憶している断水のトラウマはこの頃からマッチしていく、ということでしょうか。
人口の増加と基幹産業の発展に伴い水道需要が増した上に、それまでは平気で飲んでいた自宅の井戸や中学校の井戸水も、水質検査の結果によっては飲用には適さないという箇所が増加したことも断水の実施につながっていったのかも知れません。
いまから思えば当時の断水は時限的で、汲み置きや既存の井戸でなんとか対応できていたので、この度のような"復旧の目処が立たない"状況と比べると、一般家庭では"ちょっと不便"くらいの感覚だったかもしれませんね。
結果的に現在は上水道普及率93.4%となり、飲用・日常用水等ほとんどの用途に水道を使用しています。便利な生活と裏腹に今回のような災害には脆弱な一面を見せたことになります。

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因島宮島祭花火大会の思い出

2018年07月22日 | 平成30年因島・田熊・仲間の話題
昭和50年頃の宮島祭の冊子広告です。
かつては旧暦の6月17日に開催されていた記憶がありますが、近年は「宮島さん協賛いんのしま水軍花火大会」として土曜日に開催されています。今年は7月21日に開催されました。
広告には
「厳島神社の分霊を勧請した関係で、宮島の管弦祭のミニ版である。また、江戸時代に塩田が盛んだった関係で、塩釜さんを祀っている。祭礼は宵祭と本祭の二日間行われ、近島の夏祭りのトップを切って行われ、多数の露店が並び、特に本祭の花火大会には数万人の人出でにぎわっている。」とあります。
花火大会は田熊の自宅からも鑑賞できましたが、幼い頃、父や知り合いのおじさんに連れられて本会場の土生へ出かけたこともあります。たしかに多くの露店が並び実際"数万人"の人出かどうかはわかりませんが(笑)たくさんの人で賑わっていました。露店で平和の鳥(ドリンキングバード・水飲み鳥)を買ってもらい洗面所に置いて飾っていました(画像2枚目)。中学生、高校生になり、自転車という機動力を手に入れると、友人と連れだって出かけ、土生商店街の土曜夜店も新鮮でワクワクした思い出が。。。学生、社会人になってからも毎年自宅からや、近所の空き地、親せきの家等々、場所を変えながら夏の風物詩を楽しんでいます。
現地に出かけなくてもBBQやスイカ、ソーメン、アイスなどを楽しみながら様々な鑑賞している人も多いようです。
今年は7月豪雨による断水等の影響で開催が不安視されていましたが、無事行われて良かったですね。


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断水解消しました

2018年07月20日 | 平成30年因島・田熊・仲間の話題
7月豪雨による取水場の浸水の影響で、尾道市では7月7日正午から断水が続いていましたが、因島では無事断水が解消されました。16日の夜遅くにはチョロチョロと出始め、翌日には比較的水量が回復しましたが、田熊全体では18日頃に解消したようです。そして今日防災無線で因島地区全体の解消が放送されました。
復旧にご尽力いただいた方々、給水や励ましのお言葉を頂いた、関係者、友人、知人等々、すべての皆様に深くお礼申し上げますとともに、この度被災された方には衷心よりお見舞い申し上げます。
まだ、あちこちに災害の爪痕が残っており復旧、復興の途上ですが、取り敢えず水が出ることに大感謝です。

旧田熊中学校(因島総合福祉保健センター)で仮設入浴支援を展開してくれた陸上自衛隊第9師団第9後方支援連隊(東北方面隊)
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なみちゃんから水を提供してもらえます

2018年07月14日 | 平成30年因島・田熊・仲間の話題
なみちゃんからも水提供の連絡をもらいました。

以下連絡いただいた内容です。
前略「断水で困っている方がいたら、井戸水がありますのでいくらでも取りに来てください。
飲料用以外なら問題なく使えます。
田熊保育所の近くで、交通が不便なので、連絡くれれば、持って行きます。
但し、容器が不足してるので、用意してもらえるとたすかります。
また、因島の実家で困ってたる人がいたら、連絡してくださいね。
明日(7/15)、明後日(7/16)は仕事が休みなので、いろいろ対応出来ると思います。」後略(原文ママ)
とのことです。
ありがとうございます。

なみちゃんへの連絡や給水場所は、素顔はコチラからパスワードを入力して確認してください。

(7月15日追記)
なみちゃんからお水もらってきました♪ サンキュー!
とても冷たくて気持ち良いお水です。管理人の勝手な想像ですが、古川水脈と青影水脈が合流して水量も豊富なんでしょうね。
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ちよりちゃんから水を提供してもらえます(飲用可)

2018年07月13日 | 平成30年因島・田熊・仲間の話題
西日本豪雨の影響により尾道市では7月7日の昼から断水が始まって1週間近くが経ちました。16日には送水開始の見込みですが因島には20日~23日ころようやく届くようです。まだ先は長いですな。。。
ちよりちゃんから「毎日300L位の水を確保できているので注ぎにおいで。みんなにも連絡してね。」と連絡をくれました。取り敢えず管理人が取材を兼ねて訪問し30Lほど頂いてきました。
「水質検査で飲用可となってるけど、煮沸したほうが良いよ」とのこと。
直接飲むのは自己責任ということですね。
貴重な水の提供ありがとうございます♪

ちよりちゃんへの連絡や給水場所は、素顔はコチラからパスワードを入力して確認してください。






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平成30年7月豪雨レポート

2018年07月07日 | 平成30年因島・田熊・仲間の話題
連日日本列島に降り続く大雨は各地に被害をもたらせています。被害に遭われた皆様には衷心よりお見舞い申し上げます。
折角の七夕を記録的豪雨に見舞われた因島も一夜明けるとあちこちに大雨の爪痕がありました。昼の12時頃からは三原の浄水場が大雨で水に浸かっため断水となり、現在も復旧のめどはたっていません。過去水不足で断水というのはありましたが、雨が降って断水とは。。
おととし6月にも多くの場所でがけ崩れなどの被害がありました(大雨であちこち「ずえとる(ずっとる)」(因島田熊)2016年6月24日記事)
いくつかの場所を写真と動画でレポートします。

金山区・小越中の県道(午前10時頃)
もともと少しの雨でも水がたまりやすい道路ですが、水たまりとは呼べないほどの状況です。大量の水分を含んだ竹林の崖も崩落し歩道を塞いでいます。








金山公園麓から撮影
https://www.youtube.com/watch?v=ZMZ81SN5L_A&feature=youtu.beYouTube42秒

竹林の崩落場所近く
https://youtu.be/xuf4pX7PLPcYouTube21秒

海側の歩道から
https://www.youtube.com/watch?v=2EeDP6vVz8Q&feature=youtu.beYouTube21秒

西区・清水谷(午前10時20分頃)
青影水脈に恵まれ豊富な水量を誇るこの地域ですが、道路が川の様になり、歩いて下るのが怖いようでした。




午前10時20分頃の交差点の様子です
https://youtu.be/PPKPHqwcOjgYouTube20秒

正午12時過ぎに水源地跡から輸送車両に乗せてもらって撮影しました。交差点付近の濁流は少なくなっていましたが、鹿田側からの水が勢いよく噴出しています(1分14秒ころ)。夜間は相当な水量だったことがうかがえます。
https://youtu.be/OT84HKkySE4YouTube2分13秒

重井中学校付近(ETさん提供)


中庄因島スーパー付近(ETさん提供)


大浜元JA付近(MDさん提供)








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近畿地方地震(さおちゃんレポート)

2018年06月18日 | 平成30年因島・田熊・仲間の話題
今朝7時58分頃発生した近畿地方の地震では、ライフラインなど影響が出ています。被災された方に衷心よりお見舞い申し上げます。
大阪在住のさおちゃんから、写真とレポートを送ってくれました。

「阪神の震災以来、2度目の大きな揺れを経験したした。
電車が復旧しないので、仕事は休みになりました。部屋の中は冷蔵庫の中の物が飛び出たり、食器が割れたりしましたが、片付けも終わりました。
マンションのエレベーターが止まっているので、ゴミを捨てるのに、階段を徒歩で9階からの往復が老体にはこたえました。」(原文まま)

送ってくれた画像に「す、すごいね。。」とコメントすると
「お蔭で大掃除ができました」(原文まま)とのこと
ケガ等はなかったようなのでなによりです。

まだ予断を許さない状況が続くようですが、くれぐれもお気をつけください。




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平成30年田熊町民体育大会にて

2018年05月27日 | 平成30年因島・田熊・仲間の話題
朝から絶好の運動会日和♪。第68回田熊町民体育大会に参加しました。長い間(旧)田熊中学校で開催されていましたが、因島総合福祉保健センターに改築されたため、前回から旧田熊小学校(現田熊市民スポーツ広場)で開催されています。
管理人は最初の種目のざる引きに出たらお役御免ということで、後は会場をゴソゴソしていたら、なこちん、えりちゃんに遭遇。やっちゃんも来て「これから風船割りぢゃ」。ということで記念写真です。

画像は加工しています。
素顔はコチラからパスワードを入力してご覧ください。


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ニチイ因島店

2018年05月18日 | 平成30年因島・田熊・仲間の話題
昭和50年頃のニチイの広告です。
ニチイ因島店は昭和47年(1972年)に開店し、後にサティとなりました。ニチイとサティ、どちらがなじみ深いかというと管理人的には「ニチイ」でございます。サティになってからもしばらくは、ついニチイと呼んでました。
開店した年、親せきの叔母さんに連れられて行ったのが最初で、開店まで行列ができていたのを覚えています。島の店にエスカレーターがあるのもとても新鮮でした。お年玉や小遣いを貯めて欲しい商品を求めに行ったり、前の通りが歩行者天国になったり、学生の時分には1階の喫茶店(エデン?)にたむろ(笑)したのも懐かしい思い出です。
残念ながら平成21年(2008年)に閉店してしまいましたが、平成22年に日立生協のフレニールとなり現在に至っています。その頃もつい「ニチイじゃなくてサティじゃなくてフレニール」みたいな言い回しになってました笑。。。



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