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名曲夜話(17) アレンスキー ピアノ三重奏曲第1番、第2番 

2007年03月17日 | 名曲夜話① ロシア・旧ソ連編

アレンスキー ピアノ三重奏曲第1番ニ短調(作品32)、第2番ヘ短調(作品73)
ボロディン・トリオ
録音: 1986年[第1番]、1990年[第2番] (CHANDOS CHAN 10184X)
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今回紹介する作品は、アレンスキーのピアノ三重奏曲第1番と第2番。特に第1番は、ロシアの室内楽曲の中でも屈指の名作として知られている。

アントン・ステパノヴィッチ・アレンスキー(1861.7.12-1906.2.25)。世代的には、リャードフ(1855年生まれ)、タネーエフ(1856年生まれ)、イッポリトフ=イヴァノフ(1859年生まれ)、グラズノフ(1865年生まれ)、カリンニコフ(1866年生まれ)などに近く、いわば、「国民学派第2世代」を形成している作曲家の1人である。

アレンスキーは、最初ペテルスブルグ音楽院で、リムスキー=コルサコフに作曲を学んだが、卒業後は、モスクワ音楽院の教授となり、音楽理論と作曲を教えるようになった。その門下からは、ラフマニノフ(1873年生まれ)、グリエール(1875年生まれ)などの、「国民学派第3世代」の作曲家を輩出している。

アレンスキーの作風を一言でいえば、チャイコフスキーロシア5人組の持つ叙情性を、極限まで推し進めたもの、ということになろう。まるで、自分自身の音楽に酔いしれるかのように、メランコリックな旋律が、いつ果てるともなく続いていく。同世代のタネーエフが、構築性を重んじる「硬派」の代表とすれば、アレンスキーは、あくまで陶酔的なメロディに重きを置く「軟派」(と言っては失礼かもしれないが)の代表と言えようか。

アレンスキーの全作品中、最も有名な、ピアノ、ヴァイオリン、チェロのためのピアノ三重奏曲第1番ニ短調(作品32)は、1894年、作曲者33歳の年に出版された。

第1楽章アレグロ・モデラート。冒頭、ヴァイオリンで奏される憂いを帯びた旋律が、ピアノに受け渡される部分から、まるで魔法にかかったような気分になる。室内楽でありながら、交響曲に匹敵する充実感を味わえる、味の濃い楽章だ。

第2楽章は、テンポの速い、飛び跳ねるようなワルツ風スケルツォ。第3楽章は、一転して、物思いに沈むようなエレジー(悲歌)となり、どこかで聴いたことのある、心のこもった名旋律が登場する。第4楽章フィナーレでは、冒頭の憂いを帯びた旋律が再現され、起伏に富んだドラマを聴かせつつ、感動的に幕を閉じる。

もうひとつの、ピアノ三重奏曲第2番ヘ短調(作品73)は、1905年、作曲者の死の前年に完成された。アレンスキーは、ムソルグスキーやグラズノフと同様、晩年は酒に溺れた生活に傾斜したこともあって、わずか44歳で世を去っているが、この第2番は、迫り来る死をどこかで予期しているような、厭世的な気分に彩られている。特に、第1楽章アレグロ・モデラートの中で、時おり聴こえるチェロのつぶやきは、あたかも死神の呼び声のようでもある。その一方では、旋律は相変わらず美しく、まるで「酔いながら書いている」かのようだ。

第2楽章ロマンツェは、ショパンの夜想曲を思わせる、ピアノのソロが印象的。この世への別れを惜しむような、しみじみと心に訴える名品だ。第3楽章スケルツォは、子供と戯れるような陽気な音楽だが、トリオの部分はテンポが遅くなり、後ろ髪を引かれるような、寂しい感情が影を落とす。第4楽章は、ピアノのソロで始まる変奏曲。アレンスキー自身の人生を振り返るような、なつかしさにあふれた名旋律が連続する。

CDは、第1番第2番をカップリングにしたボロディン・トリオの演奏が、現在唯一所有しているもので、今のところは、これで満足している。そのうち、機会があれば、他の演奏とも聴き比べてみたいと思う。


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