グリエール バレエ組曲『タラス・ブーリバ』(作品92)
1.ザポロージェのセーチに向かうコサックの騎行 2.タラス、息子たちを待つ 3.アンドリイ 4.オスタップ 5.果てしなきウクライナの草原 6.つむじ風(ゴパック) 7.グランド・アダージョ 8.マズルカ 9.ザポロージェ人の踊り
スタンコヴィッチ バレエ組曲『ラスプーチン』
1.グランド・アダージョ 2.バーニャ(ギャロップ) 3.管弦楽のためのソロ 4.イスクラの会合と赤服の詩人
ホバート・アール指揮 オデッサ・フィルハーモニー管弦楽団
録音: 1996年 (ASV CD DCA 988)
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1917年に勃発したロシア革命は、多くの芸術家を海外への亡命に追い込んだが、例外的に、ソ連に留まる道を選択した芸術家もいた。その数少ない例外の1人が、レインゴリト・グリエールである。グリエールの音楽は、19世紀以来のロシア国民学派の伝統に立脚し、ドイツ・ロマン派や印象主義の影響を受けた時期もあったが、決して「わかりやすさ」を失うことがなく、ソ連時代の厳しい当局の監視のもとにあっても、国民に活力を与える「社会主義路線の模範」として、常に高い評価を受け続けた。
しかしながら、実際に彼の音楽を聴いてみると、決して体制擁護的ではなく、現代に生きるわれわれの琴線にも触れるような、普遍的な魅力があることに気づく。厳しい現実を巧みに生き延びながらも、最後まで自己のアイデンティティを失うことのなかったグリエールの処世術と生きざまは、今後、もっと研究されてしかるべきではなかろうか。
ソ連時代のグリエールの魅力を端的に現わしているのは、すでに名曲夜話でも紹介している『赤いけしの花』、『青銅の騎士』の2大バレエ音楽であるが、それ以外にも、いくつかのバレエ音楽を作曲している。
今回紹介するのは、名作『青銅の騎士』から3年後、1952年(作曲者77歳)に書かれた最後のバレエ音楽『タラス・ブーリバ』。ウクライナ出身の原作者ニコライ・ゴーゴリ(1809-1852)の没後100年を記念し、同郷のグリエールに作曲が委嘱された4幕のバレエである。ユル・ブリンナー主演で映画にもなっているので(邦題『隊長ブーリバ』)、物語の内容はご存知の方も多いであろう。
勇猛果敢なコサック(16~17世紀にロシア農奴制の圧迫から逃れて辺境に住みついた農民の集団)の隊長タラス・ブーリバが、祖国とロシア正教の信仰を守るために、2人の息子(オスタップとアンドリイ)とともに、異教徒カトリックの国ポーランドと闘う。次男アンドリイと敵方ポーランドの総督の令嬢との恋をからめながら、典型的なコサックである隊長ブーリバの峻厳な行動を描く歴史ロマンである。
そのバレエは、今日ではあまり上演される機会がなく、組曲版のCD録音も、おそらくこれが唯一無二だと思うが、その音楽は、極めて魅力的だ。グリエールがこの曲を作曲するにあたって、ウクライナやポーランドなど、さまざまな地域の民謡を採集したと言われているが、随所にエスニック風味に満ちあふれたメロディが聴こえてくる。
わくわくするような期待感と、勇壮な足並みが交差する第1曲「ザポロージェのセーチに向かうコサックの騎行」。異教徒の侵略に怯える故郷の情景と、闘いを前にした悲愴な心情がほとばしる第2曲「タラス、息子たちを待つ」。荘重なロシアン・ワルツが印象的な第3曲「アンドリイ」。明るく祝祭的な第4曲「オスタップ」。ここまでが前半部だ。
中間部の第5曲「果てしなきウクライナの草原」は、広々とした中央アジアの平原を思い起こさせる、エキゾチックな情景美が聴きもの。第6曲「つむじ風(ゴパック)」は、テンポの速いウクライナの踊り。第7曲「グランド・アダージョ」は、例によって、一度聴いたら忘れられないような名旋律が登場する、情感あるれるロシアン・アダージョ。このあたりが全曲中の白眉だろう。
組曲の終盤は、ポーランドの民族舞踊を主題にした第8曲「マズルカ」、コサック魂を最後まで貫いた隊長ブーリバを讃えるかのような、第9曲「ザポロージェ人の踊り」で幕を閉じる。
このCDの後半には、グリエールの孫弟子にあたる、1942年生まれの現代作曲家スタンコヴィッチのバレエ音楽『ラスプーチン』(組曲版は1990年完成)が収録されている。
ラスプーチンは、帝政ロシアの末期に現われた、謎の人物。放蕩の怪僧とも、魔術師とも、預言者とも言われているが、その実体は不明。音楽は、そんなラスプーチンの神秘性を表現するかのように、不気味でミステリアスな不協和音が展開する。いわゆる「ゲンダイオンガク」であるが、決してわかりにい音楽ではなく、意外に楽しめる。特に、色彩豊かな打楽器が大暴れする第2曲「バーニャ(ギャロップ)」と、雄大な旋律美が味わえる第3曲「管楽器のためのソロ」は聴きものだ。
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