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mimi-fuku通信

このブログを通して読み手の皆様のmimiにfukuが届けられることを願っています。

【ロンドン五輪:競泳チーム日本/奇跡のメドレーリレー】:選手達のツィートを読む。

2012-08-05 21:01:00 | 芸能・スポーツ

【ロンドン五輪・チーム日本競泳】

*男子400mメドレーリレー決勝。

日本男子:3分31秒26で銀メダル。
入江・北島・松田・藤井の4選手。
日本男子のメダルは3大会連続。
2位→1位→2位→2位で振り切り銀の輝き。
松田選手の印象的なインタビュー。
「康介さんを手ぶらで帰せない」。

☆北島康介 ‏@kitajimakosuke

たけちゃんリレーって最高だね。
RT @tkc200: 康介さんありがとうございました!
★Kosuke Kitajima ‏@kitajimakosuke
ありがとう!応援も力になったよ。
RT @kin_1105: @tkc200 @swimmer0421 @ryosuke_irie
ほんとにほんとにおめでとうございました(*^^*)
チーム一丸となれて最高でした(^-^)v
こうすけさん...さすがです(^_^)/
★Kosuke Kitajima ‏@kitajimakosuke
リレー銀メダル。
みんなホントありがとう。

☆松田丈志 ‏@tkc200

最高ですね!♪(´ε` )
★Takeshi Matsuda ‏@tkc200
康介さんありがとうございました!
★Takeshi Matsuda ‏@tkc200
これからテレビ局色々回るんで、
チャンネル色々回してみて下さい。
★Takeshi Matsuda ‏@tkc200
トビウオジャパン最高でした。
みんなそー思ってるっしょ??
みんなありがとう。

☆入江陵介 ‏@ryosuke_irie
本当にありがとうございました!!
最強のメンバーです!!
★入江陵介 ‏@ryosuke_irie
男子メドレーリレー史上初の銀メダルとりました!
本当に最高の仲間、スタッフに感謝です。
康介さん@kitajimakosuke
丈志さん@tkc200
拓郎さん@swimmer0421
ありがとうございました!
27人リレー最高!
pic.twitter.com/cfHiYs15

☆藤井拓郎 ‏@swimmer0421
皆さん応援ありがとうございました。
本当に力になりました。
このチームの一員であること、
そして皆さんに応援していただけたこと、
自分は世界一の幸せ者です。
ありがとうございました。
★藤井拓郎 ‏@swimmer0421
お疲れ様でした!みんな大好きです❤

☆Ryo-T ‏@Ryo612_swim
本当に最高の試合だった。
そして最高のチーム。
ここまで達成感のある試合は初めて。
もう思い残すことはない。
ありがとう!
このチームでこの試合に望めて終われてよかった!
めっちゃ楽しかった!
ありがとうございました!!
トビウオジャパン最高!!
(立石諒)

☆萩野公介 ‏@haginokosuke
今日で競泳競技が終わりました。
最終日はメドレーリレーで2種目ともメダルという最高の結果でした。
ほんとにトビウオジャパンが最高のチームで、
最後のリレーを応援しているときに、
このチームの一員でよかったと思いました。
本当にいろいろご迷惑おかけしましたが、
ありがとうございました!

☆小堀勇氣 ‏@yuki_kobori

それにしてもリレーすごかったー!
本当に感動です!
本当におめでとうございました!!!
★小堀勇氣 ‏@yuki_kobori
今日で競泳終了です!
応援してくださった方々、
本当にありがとうございました!
いい経験をたくさんしましたが、
それ以上に悔しい思いもたくさんしました!
これをモチベーションにして、
四年間で更にレベルアップします!!

☆堀畑裕也 ‏@yuya_horihata

オリンピックが終わりました。

今回の自分のレースはダメだったけど、
みんなのレースにはすごく感動させてもらった!
とてもいい大会でした\(^o^)/

☆外舘祥 ‏@sharksho

今日で21才。
どうやって生きてこーかな!
★外舘祥 ‏@sharksho
先輩方が凄いレース見せてくれた!
体のスケール全然違うのに勝っちゃうんだもんな!
でも見てるだけじゃーな!
複雑!(笑)
やっぱあの台立ってみてぇ。
絶対たのしいうれしい。
あーがんばろ♪

☆石橋千彰 ‏@goriakichi
今日は最終種目で大先輩方が、
男女共にメダルを取ってきてくれました\(^o^)/
初代表でこんな最高のチームの一員として過ごせて、
ほんとに幸せです!
この日々を通してたくさんのことを学べたので、
それを本当に今後の水泳人生に活かせていきたいです!

☆高桑 健 ‏@chocobo9999
日本競泳代表リレーチームやりました!

☆渡邉一樹 ‏@kazki0112
最高にしびれた。
みんな最高にかっこいい。

☆Yasunari Hirai ‏@Yasunari_Hirai
松田さんのメダル持たせてもらいました!
松田さん、
本当におめでとうございます!
(平井康翔)

*****

*女子400mメドレーリレー決勝。
日本女子:3分55秒73の日本新記録で銅メダル。
寺川・鈴木・加藤・上田の4選手。
日本女子リレーのメダルは、
シドニー以来12年ぶり。
2位→3位→3位→3位。
加藤選手の印象的なインタビュー。
「日本のチーム力が一番高い」。

☆鈴木聡美 ‏@satomi_bomber
オリンピック競泳全日程が終了しました!
日本から応援して下さった方々本当にありがとうございました!
いろんな方に支えてもらって、
このオリンピック本当に楽しみながら泳ぐ事が出来ました!
☆日本に帰ってからは、
インカレに向けて大学の皆と一緒に頑張ります!o(^o^)o

☆内田美希 ‏@21Mch
競泳、今日で終了しました!
トビウオジャパン本当に最高でした(>_<)
楽しかったです!
このロンドンオリンピックで学んだ事は、
自分のこれからの水泳人生の財産になると思います。
しっかりと活かして息の長い選手になりたいです。
応援ありがとうございました(^^)
応援もすごく楽しかった

☆松本弥生 ‏@yayoi_matsumoto

皆さん。
8日間本当に本当に応援ありがとうございました。
感動しましたとか勇気もらいましたとか、
こんな私でもみなさんの力になれたと思うと嬉しくてたまらないです。
水泳をやっていて良かったです。
水泳を通してみなさんと繋がれた事は、
私の宝物になると思います。
ありがとうございました。
★松本弥生 ‏@yayoi_matsumoto
感動!!

☆星奈津美 ‏@h_723
メドレーリレー男女とも本当にすごかった!!
まさに有終の美を飾って下さいました。
おめでとうございます。
感動した~。
泣いた~。
最後までたくさんの応援ありがとうございました!!
★星奈津美 ‏@h_723
やったー!!!!
最終日ほんと最高だったよー!!
応援ありがとう♡
★星奈津美 ‏@h_723
やっぱり…尊敬してますセンパイ♡
いや、本当かっこよかったです!!

☆伊藤華英 ‏@hanaesty

競泳終わりました。
素晴らしい最後でした!
感動をありがとうございました。

@×××××をコピーし検索入力すれば、
選手たちのツィートにたどり着きます。


*****

【ロンドン五輪:競泳メダリスト一覧】

☆銀メダル(3個)

男子400mメドレーリレー:日本チーム
 ~入江、北島、松田、藤井~               
女子200m平泳ぎ:鈴木聡美
男子200m背泳ぎ:入江陵介

☆銅メダル(8個)   
女子400mメドレーリレー:日本チーム
 ~寺川、鈴木、加藤、上田~           
女子100m平泳ぎ:鈴木聡美
男子200m平泳ぎ:立石諒
男子100m背泳ぎ:入江陵介
女子100m背泳ぎ:寺川綾
男子200mバタフライ:松田丈志
女子200mバタフライ:星奈津美
男子400m個人メドレー:萩野公介

【競泳:日本代表選手団】

<男子選手>
入江 陵介:男子背泳ぎ
渡邉 一樹:男子背泳ぎ
北島 康介:男子平泳ぎ
立石 諒:男子平泳ぎ
松田 丈志:男子バタフライ/自由形
金田 和也:男子バタフライ
小堀 勇氣:男子自由形
外舘 祥:男子自由形
石橋 千彰:男子自由形
藤井 拓郎:男子 自由形/バタフライ
萩野 公介:男子個人メドレー
高桑 健:男子個人メドレー
堀畑 裕也:男子個人メドレー
平井 康翔:男子10kmマラソン
 
<女子選手>
寺川 綾:女子背泳ぎ
鈴木 聡美:女子平泳ぎ
松島 美菜:女子平泳ぎ
渡部 香生子:女子平泳ぎ
加藤 ゆか:女子バタフライ
星 奈津美:女子バタフライ
上田 春佳:女子自由形
松本 弥生:女子自由形
内田 美希:女子自由形
伊藤 華英:女子自由形
高野 綾:女子自由形
加藤 和:女子個人メドレー
大塚 美優:女子個人メドレー
高橋 美帆:女子個人メドレー
貴田 裕美:女子10kmマラソン

*****

2012年8月5日早朝。
ロンドン・オリンピック。
前日(4日)の男子サッカーのベスト4進出。
女子卓球団体のベスト4進出。
極めつけは女子バトミントン史上初の銀メダル。
日本中が美酒に酔いしれ暑さを楽しむ夜だった。
*個人的な話だが、
私の後悔は女子バトミントンの白熱したプレーから、
目覚まし時計をセットし忘れ午前6時30分起床。
自室に入りテレビを付けずにビデオ(HDD)を起動。
いつものように生感覚(結果未確認)で競泳を観た。

観終わった後の興奮は言いようのない感動。
奇跡との言葉は選手に失礼かもしれない。
しかし私の予想よりも1着ずつ上の順位は、
水泳の神様の降臨はチームへの御褒美。

実況のアナウンサーの音声は罅割れていた。
現代の高度な機器での音割れは稀有な現象。
そして芽生えた後悔の2文字。
「なぜ目覚ましをセットしなかったんだ!」
時差の違いを恨めしく思うのは何回目だろう。
*そう思っている人は予想以上に多いだろう。

日本競泳陣のメダルは
金0、銀3、銅8の11個。
チーム日本の安定感は柔道と共に毎朝の吉報。
多くの人達が心地よい日々を過ごしている。
“金が0個”
もしも金メダルに拘る観戦をしている人ならば、
つまらない毎日を送っておられるのだろうか?
“私は満足”
多くの選手が自己ベストでのメダル獲得。
世界記録も多く楽しめる競泳種目が終わった。

競泳戦後最高のメダル数は、
“27人のチームの力”
私の中では金がなくても、
日本代表の競泳チームに国民栄誉賞を与えたい。
なでしこジャパン同様に個人ばかりでなくチームへの表彰。
チーム日本の活躍は充分に価値ある偉業だった。
*現実的に北島選手には国民栄誉賞をあげたい。

日本チームの活躍において、
北島・松田の両選手の存在は大きい。
2人の小まめなツィートを読むまでもなく、
チーム一人一人への気配りが想像でき、
リーダーとして選手たちの指標となった。
また、
入江選手の安定した強さは本物。
今大会で頭角を現した鈴木選手の台頭。
さらに、
一度は水泳に頓挫した寺川選手の祈りは、
柔道の松本薫選手の眼光と並ぶベストショット。

今後注目すべき、
北島選手との世代交代を果たした立石選手。
難病を乗り越えメダリストの輝いた星選手。
新しい世代の活躍に心が躍る。

彼らが示した諦めるな!”のメッセージに、
多くの日本国民は感動を覚えた。

選手たちのツィートを読みながら、
チーム日本(トビウオジャパン)の確かな結束。
選手たちが競技当日に自分の思いを伝達。
短い感覚的な手軽なツイート。
自分の思いを認(したた)め綴るブログ。

北京五輪から僅か4年の月日の時代変化と、
新しい伝達手段に順応・活用する若者たち。
ツィートを読みながら、
今の若者達は決して自分本位ではない。

世代交代の顕著なスポーツの世界。
リーダーの引き継ぎは力の世界。
加齢による衰えと若い世代に託す嬉しさ。
*立石選手のメダルを喜ぶ北島選手と世代交代。

時代は巡るめく変わるべきなのだろう。
時代遅れでありながら世代交代を拒む社会。
狭い村社会の長に拘る不毛。
ふと、
そんなことも頭を過る。

*****

以下Web記事転載。

*ロンドン五輪第9日。
競泳の400メートルメドレーリレーで、

日本は男子で銀メダル、女子で銅メダルを獲得した。
日本が同種目で男女そろってメダルに輝くのは初めて。

<男子>
入江陵介(イトマン東進)北島康介(日本コカ・コーラ)
松田丈志(コスモス薬品)藤井拓郎(コナミ)
が組んだ男子は、
3分31秒26で過去最高の2位に入り3大会連続のメダル。

北島は日本の競泳で初の3大会連続メダリストとなった。
米国が3分29秒35で8連覇。
フェルプスはともに史上最多の金メダル数を18。
メダル数を22とした。

<女子>
寺川綾(ミズノ)鈴木聡美(山梨学院大)
加藤ゆか(東京SC)上田春佳(キッコーマン)
が泳いだ女子は、
3分55秒73の日本新記録で、

3大会ぶり2度目の3位。
米国が3分52秒05の世界新で優勝。

競泳で日本のメダル数は銀3/銅8となり、
戦後最多の11個で大会を終えた。
過去最多は、
金5/銀5/銅2を取った1932年ロサンゼルス五輪。
(2012.8.5:サンケイスポーツ)

*レース後のインタビュー

☆入江陵介選手(背泳ぎ)の話

「(競泳日本代表全員の)27人でリレーをしていると思った。
4年前は銅で銀を取りたかった」。

☆北島康介選手(平泳ぎ)の話 

「みんなのおかげ。自分の役割をこなして丈志につなぎたいと思った」。

☆松田丈志選手(バタフライ)の話

「康介さんを手ぶらで帰すわけにいかないと3人で話していた。
(日本競泳陣の)27人で取ったメダルだ」。

☆藤井拓郎選手(自由形)の話

「3人がいい流れをつくってくれた。自分たちのレースができてよかった」。

☆寺川綾選手(背泳ぎ)の話
「自己ベストには及ばなかったが、
メダルを取れてこんなにうれしいことはない」。

☆鈴木聡美選手(平泳ぎ)の話

「予選は伸びなかったので決勝はこん身の力を振り絞って泳いだ」。

☆加藤ゆか選手(バタフライ)の話

「いつも通り最後にばてた。チーム力は日本が一番」。

☆上田春佳選手(自由形)の話

「ドキドキした。前の3人がいい形でつないでくれた。
メダルを持って帰りたかった」。
(2012.8.5:共同通信)

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【秋元商法とコンプリート・ガチャ】:何が違うのか?

2012-06-06 21:19:00 | 芸能・スポーツ

只今TV画面では、
メイナード・ファーガソン(CS324)が始まった。

裏番組では、
国民的?なアイドル集団の総選挙も終盤。

ふと、
“総選挙”で検索すると、
“1人で1770票を投票するファン”
の文字。

以前にも文字にしたが、
私は“秋元商法”が好きになれない。


CD(音楽ソフト)が売れない時代にあっても、
CDの純粋な売り上げからのランキングに注目する者にとって、

アイドルの数字は何処か音楽ランキングとは懸け離れている。

検索記事に該当する〝痛いニュース(ノ∀`)〟が本当ならば、
1770票の数字は1枚1600円?のCDで283万2000円となる。
*その1770票の数字はそのまま1770枚の売り上げとしてカウント。

注目のアイドル集団が、
100万枚以上のCDを売ったからと言って、
その“実人数”はいったい何人になるのだろう?

純粋にCD(商品)を買うのではなく、
CDに付随した投票の権利(仮想現実)を買う。
*商品は買った直後に二束三文の価値に低下。

この商法は先日違法との見解から規制対象になった、
コンプリート・ガチャの商法と何が違うのだろう?
*射幸心と虚栄心の違いも“収得依存”は同じ心理。
収得依存は商品としての価値以外の価値の販売。
そのことからもグッズ(コレクター・アイテム=商品)とは違い、
アイドル(idol=偶像)の持つ崇拝性の販売は霊感商法?
どこかにガチャ同様に違法性を見出すことができそうだ。


仮に購入者が、
自分で稼いだ収入ならば個人の価値観として認めるが、
対象となる子供世代を持つ親の身にもなって欲しい。
*本当に苦しい生活の中で無駄(本人には重要)な消費行動。

その理由から私は、
秋元商法が好きになれない。

コメント (4)
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第96回『日本陸上競技選手権(2012年)』:NHK総合(放送予定)。

2012-06-04 22:50:10 | 芸能・スポーツ

第96回:日本陸上競技選手権大会
兼ロンドン五輪代表選手選考競技会

【NHK総合/地上波デジタル】
第96回:日本陸上選手権(1日目)

 ~2012年6月8日(金)19:30-20:43
第96回:日本陸上選手権(2日目)
 ~2012年6月9日(土)19:30-20:43
第96回:日本陸上選手権(最終日)
 ~2012年6月10日(日)16:00-18:00
~場所:大阪市長居陸上競技場~

*番組情報(NHKホーム)
http://www.nhk.or.jp/sports2/coming/rikujo.html

*競技会当日のタイム・テーブル

http://www.jaaf.or.jp/jch/96/timetable.php

<連覇のかかる注目の王者達>

・男子 100m:江里口 匡史(4連覇)

・男子 400m:金丸 祐三(8連覇)
・男子 800m:横田 真人(4連覇)
・男子3千m障害:武田 毅(3連覇)
・男子走幅跳:菅井 洋平(3連覇)
・男子ハンマー投げ:室伏 広治(18連覇)
・男子やり投げ:村上 幸史(13連覇)

<連覇のかかる注目の女王達>
・女子 100m:福島 千里(3連覇)
・女子 800m:岸川 朱里(3連覇)
・女子400mH:久保倉 里美(6連覇)
・女子3千m障害:早狩 実紀(7連覇)
・女子棒高跳:我孫子 智美(3連覇)
・女子走幅跳:井村 久美子(3連覇)
・女子円盤投げ:室伏 由佳(11連覇)

*日本陸上競技連盟:選手名鑑
http://www.jaaf.or.jp/fan/player/

*****

今年もやってきました。
陸上ファンには年に一度のお楽しみ!

日本陸上競技選手権の歴史は古く、
今年(2012年)の開催が第96回
調べてみると第1回は大正2年11月。

開催地は陸軍戸山学校とある。
大正2年は1913年で指折り数えてみると、
今年の大会は記念すべき第100回?

つまり戦中・戦後には、
大会の中止があった事実を見逃してはならない。

大会中止は昭和16年で28回大会として記録に残るものの、
大正13年、昭和18,19,20年には開催されなかった。
*誰もが家庭の大画面TVで日本陸上を楽しめる幸福。

mimi-fuku通信では、
毎年この季節になると当番組を紹介。
私の記憶が確かなら〝ずっと以前は、
教育テレビで土・日の午後が指定席。

それが総合放送に移動し、
今年の放送は〝
なんと、
ゴールデン・タイム2dayは史上初。

*2008年の川崎市等々力陸上競技場は1day。
*6月10日のみ午後4時より放送。

2008年と2012年の共通点。
誰もがピンと来るだろうオリンピックの年。
今年のレースは4年に一度のオリンピック選考会

出場選手の誰もが目の色変えて、
“ガチになる真剣勝負”を見逃せない。
*天候次第では好記録にも期待。

また、
今年のレースを最後に引退する選手も多く、
アスリート達の勇姿を記憶に留めたい。

“注目選手は誰と誰”
なんて野暮は言わない。
画面に映るすべての選手の、
一挙手一投足に大注目。
*真剣な眼光には毎々惚れ惚れ。

選手の表情や肉体の躍動・肌の艶(つや)まで、
鍛え抜かれた肉体は適応・順応するかの様に、
競技に適した体格・肢体に変化(肉体改造)。

過酷な訓練が生み出す肉体のデザインは、

生物が有する進化(環境適応能力)のヒント?

瞬発力を必要とし筋肉質の短距離選手。

線が細く無駄な贅肉を削ぎ落とす長距離選手。
スラリと伸びた手足と長身が武器の跳躍選手。
筋骨隆々で身体が大きい投擲(とうてき)選手。
*そんなこんなも興味津々(笑)。

国内で行われる最高のアスリートの祭典。
是非ご覧ください。

*地上波総合TVだけでなくNHK-BS1でも放送を予定。
再放送は放送の当日深夜にBS1で約2時間の枠で編集放送。
詳しくは6月8日~6月10日の当日のTV番組表をご確認ください。

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大相撲夏場所:旭天鵬関への御褒美(2012.05.20)&金環日食。

2012-05-20 21:36:00 | 芸能・スポーツ

毎日色々と考えたいことや調べたいことがあって、
PCに向かった瞬間に、
先程まで文字にしようと思ったことを忘れている。


クラシック&オペラ・ファンには今日の深夜に、
ナタリー・デセイの椿姫カラヤンのベルディ・レクイエム
月曜日の早朝の番組は録画して見るしか手はなく、
録画しても〝いつ見れることやら〟と思うと録画にも躊躇いを生じる。
本当に映像情報が多すぎてディスクが増えるばかりで自重せねばと…。

月曜日(21日)の朝と言えば、
誰もが気になる金環日食の話題。

お手製の日食眼鏡もできたし北陸の予報は晴れ。
4時30分位から太陽が昇り始め(月の位置を確認)、
強い太陽の光に隠れる月が太陽にかかり始めるのが、
午前6時30分頃との情報。
それから約2時間の天体ショーは北陸では金環にならないものの、
8~90%は太陽が月に隠れる部分日食の闇の世界も期待。
仮に雲に隠れても観測すべきことは多く諦めずに空を見上げよう。

*****


今場所の大相撲夏場所は面白かった。
決して褒められた場所ではないものの面白かった。

場所を面白くしたのは、
大関陣の不甲斐なさや、
横綱・白鵬関のよもやの連敗。

縺れ縺れた千秋楽は大入り満員の大盛況!
日本人にとっては思い通りの結果に届かなかったものの、
其々の頑張りを貶すつもりはない。
ただ、
興業と言う側面を考えると大関・琴欧州関の休場はプロとして失格。
琴欧州関の休場は優勝候補7人を3人に絞り最悪事態は不戦勝力士の優勝。
*あと一番の千秋楽の土俵は怪我を押してでも出るべきだった。
体調が思わしくなくても最後まで場所を努めた横綱の爪の垢でも煎じて…。

“見ていて楽しかったのは自分自身の心理の揺れ”

番組を見出す前は日本人力士の優勝を願った。
6年間も優勝から遠ざかった国技の母国。
しかし琴欧州関の欠場は旭天鵬関(VS豪栄道)を応援。
☆1つリードの栃煌山関の本割での優秀は避けたかったし、
稀勢の里との巴戦が実現すれば願ったり叶ったり。
それが、
稀勢の里関が苦手・把瑠都関に善戦も最後は投げ出され…。
*ふと思った把瑠都(バルト)は“ここは人情相撲”でしょ(笑)。

優勝決定戦。
「馴染のない2人の力士なら当然日本力士の応援」。
と思っていたら、
アナウンサーが語る史上最年長の力士の優勝は、
モンゴル勢の礎を築いた37歳の旭天鵬関。

不思議な感覚は立ち合いの両力士を観察し、
落ち着いているようで緊張感漂う栃煌山関と、
落ち着きの中に静かな闘志が垣間見える旭天鵬関。
表情を見ている内に、
旭天鵬関の表情が昨年引退した魁皇関とダブる。

「待ったなし」。
の声が掛かる時の心理は旭天鵬関を応援。
その感情の中に、
モンゴルとか日本とかの垣根はなかった。

実力的には優勝に届かないはずの旭天鵬。
成績表を見て、
もし旭天鵬関が前頭7枚目でなく、
横綱・大関と当たる前頭3枚目なら、
今場所の優勝はなかったろう。

運も味方した。
37歳にして手にした、
“相撲の神様”からの御褒美(プレゼント)。

八百長問題に揺れた昨年の大相撲。
興業を考えると稀勢の里関は勝つべきだった。
それでも負けた。

スポーツの観点ではなく興業の観点で見れば、
琴欧州関の行動はプロとして〝あるまじき〟行為。

それでも、
スポーツの観点で今日の大相撲を見て、
何か微笑ましい感じがしたのは、
20年前にモンゴルからやって来た一人の少年の栄冠。

後からやって来たモンゴル力士は相撲史に残る傑物達。
後輩たちの活躍に本心は悔しい思いも続いただろうが、
相撲の神様は旭天鵬関を見捨てることはなかった。
*優勝パレードに旗手として同乗した白鵬関の粋(いき)。

日本人の優勝はなかったものの、
相撲の神様は努力したものに御褒美を与えた。

“見ていて楽しかったのは自分自身の心理の揺れ”

だからスポーツ観戦は面白い。


PS:
ブログをしながらNHKスペシャルを見る。
番組ではオーロラと太陽風と銀河宇宙線。
先日文字にした、
ビバルディと小氷河期の時代。
人間の力ではどうにもならないこともある。
*****
明日の朝は金環食を見ながら、

太陽の事も考えてみようか。

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【勤労感謝の日(2011年11月23日)】:立川談志、死す。

2011-11-23 17:49:49 | 芸能・スポーツ

 2011年11月23日。
 石川県では午前中は晴れ。
 季節に比較し暖かい1日だった。
 19日、20日と連休は雨日が続き、
 今日の祝日は朝早くからお出かけ。
 平野部でも紅葉が進むものの色は鈍い。
 さらに、
 異常な暖かさと寒暖の差に色づく前の落葉。
 
 先日“五箇山周辺”にドライブに行った時も、
 地元の人が、
 「今年の紅葉は色づきが悪い」。
 と嘆いておられた。
 気象変動だけでなく害虫による影響も指摘。
 でも今日の、
 里の銀杏(いちょう)は今年も黄金色に輝く。

 地元の温泉に入り午後5時には帰宅。
 風は午前に比較し強い(明日、明後日は大荒れの予報)。
 夕食までに1時間ほどの時間があるのでPCを開く。
 目に飛び込んできたショックなニュースは、

 【立川談志死去】

 人気落語家で元参議委員議員の、
 立川談志(たてかわ・だんし:本名・松岡克由=まつおか・かつよし)さんが、
 21日(2011年11月)喉頭癌のため75歳で亡くなった。
 1936年:東京都生まれ。
 1952年:五代目柳家小さんさんに入門し、小よしの名で前座に。
 1954年:小ゑんで二ツ目。
 1963年:五代目立川談志を襲名して真打ちに昇進した。
 小ゑん時代から頭角を現し切れ味のある啖呵(たんか)と痛烈な毒舌でファンを増やした。
 同年代の三遊亭円楽さん、古今亭志ん朝さん、春風亭柳朝さんとともに
 “寄席四天王”と呼ばれて活躍。
 1966年開始の日本テレビ系の演芸番組『笑点』で初代司会者を務め、
 テレビ、ラジオ、映画の世界でも売れっ子になった。
 1971年:参議院全国区に無所属で立候補して当選。
 自民党に入党し沖縄開発庁政務次官も務めた。
 1983年:弟子の真打ち昇進問題をきっかけに一門とともに落語協会を脱退。
 『立川流家元』として一派を率い志の輔さん、談春さんらの人気落語家を育てた。
 1997年:がんを公表。
 手術して高座に復帰したが、
 2009年8月末:体調不良から休養を発表。
 2010年4月:再度復帰を果たしたものの、
 今年(2011年)4月に当面の休養を発表し、
 入退院を繰り返しながら闘病を続けていた。
 (2011年11月23日17時03分:読売新聞記事転載) 


 当ブログでも談志さんについての記述は幾つかみられ、
 “横澤彪氏の笑い”&“立川談志さんの落語”を語る(枕は積雪の話)。
 今日は話題のテンコ盛り! ~暇があれば読んで損なし?~
 立川談志さん&ポリーニ&JIN(仁)&ゲゲゲと龍馬伝の話題。
 森光子さん、沢田研二さん、立川談志さんと世情の話題。
 等の記事がある(下線上の緑色文字をクリック=4件)。
 談志さんへの思い入れはこれまで左程強くなかったものの、
 近年マイブームとしての落語を学ぶ上で興味が深まった。

 志ん朝の粋(いき)と談志の野暮(やぼ)。
 理論派で無頼な落語はカルト人気が高いと評されるものの、
 その実は原本(古典)に忠実な解釈は聞いていて安心。

 小さん師匠との別れ&その後の心的な和解と、
 相手を重んじる気持ちとお互いの立場。
 “談志の野暮”と文字にしたが、
 数々の逸話には粋な所作も多い。
 豪放でアナーキーなイメージとは異なる細かい気配りは、
 今後弟子たちの口から次々と語られることだろう。

 “カルト人気は生きる伝説”
 “育った弟子たちの質の高さ”
 亡くなることで世間が気付く、
 “落語家の凄味!”
 
 「笑ってくれよ!」
 
 地獄から、
 談志さんの高笑いが聴こえる。


 <2011-11-23 17:49:49>

 ~以下Web記事転載。

 【立川談志:家族会見】

 立川談志さんの長男:松岡慎太郎さんと、
 長女:松岡弓子さんは23日夜、
 東京都内のホテルで記者会見を開いた。

 S:すでに報道でもありますように21日喉頭がんで死去しました。
 生前中はファンの皆様、マスコミの皆様などお世話になりました。
 家族、事務所としてお礼を申し上げます。
 今回は密葬という形で本日3時に葬儀は終えることができました。
 3年前に喉頭がんになりました。
 その時は発見も早かったので効果的な治療ができて治った。
 昨年11月に医師から家族に話がありますということで喉頭がんの再発を言われた。
 声帯をとってほしいと医師からは言われた。
 ただ、
 しゃべる仕事をしておりまして立川談志だったので「分かった」はない、
 本人もプライドは許さないと摘出手術は拒否した。
 表面のがんだけ取り除く形で自分の声で話せるかぎり今年3月まで高座にたちつづけた。
 3月の終わりぐらいに気管切開。
 それからは在宅治療と入院治療を続けていた。
 その間に危険な状態もあったが華奢に見えても強くて今までの経験で乗り越えてきた。
 先月27日に容体が急変し心肺停止までいきました。
 心臓はすぐ動き始め、それからも3週間、医者もびっくりするくらい強く生きていた。
 在宅治療中に本人も苦しかったと思う。
 飲めない、食べられない、しゃべれない。
 しゃべれないのが何より苦しいようだったが一度も苦しいとは言わない。
 最後も家族が全員たちあって穏やかに亡くなりました。

 <質疑応答>

 Q:3月に舞台出た時にいつになく元気がなかった。
 限りある命をご存じかと思っていたがお嬢さんはどんな思いか。
 Y:3月の気管切開出術で声が出なくなってそれからは筆談。
 最後は筆談の方も読めなくなっていた。
 それでも8か月間。
 人生で最初で最後というくらい父とべったりできた。
 イメージと違った、
 こんなにジェントルマンだったんだ(と思った)。
 そういう時間をもてて良かった。

 Q:最後の筆談の紙は。
 Y:もともとおしゃべりだったのですごい量。
 最後、何を書いていただろうね。
 遺言ではないが、
 葬儀をしないでくれ、骨は海にまいてくれ(ということだった)。
 戒名も自分でつけていた。

 Q:つけた戒名は。
 S:立川雲黒斎家元勝手居士(たてかわうんこくさいいえもとかってこじ)。
 これが戒名です。

 Q:余命はどれくらいと。
 Y:3か月くらいということだったんですが丸5か月一緒に過ごしました。

 Q:奥さんに頭上がらなかったと言うが。
 Y:すごく母が頑張って幸せな夫婦だったのでは。
 他人同士があれだけ思いやれるのかと思いました。

 Q:落語家立川談志をどのようにみているか。
 Y:落語家としても最高に格好良かったんですが、
 本当に最高に優しいお父さんでした(涙を流して声を詰まらせる)。

 Q:ひつぎの中にはどのようなものを入れたか。
 S:花以外はトレードマークのヘアバンドとか、ぬいぐるみとか。
 遺言や遺書はなかった。

 Q:破天荒な天才ぶりで愛された師匠だが家族にとってはどんな父親だったか。
 S:皆さんがイメージされている立川談志とほぼ同じです。

 Q:今年3月まで活動されていたが療養中に高座にかける思いは。
 S:かなり亡くなるギリギリまで強く意欲は持っていた。
 ベッドから起きあがれないような状態だったので行けないという現実は分かっていた。

 Q:人生で最初で最後と思うほどべったりしていたとおっしゃった。
 こんなにジェントルマンかと思ったというのは弓子さんにとって、
 父親としての談志師匠は違ったイメージなのですか。
 Y:おしゃべりで毒舌の父が一言も口がきけなくなるということは、
 それはそれは切なく、いじらしく、声を失わなければ味わわなかった思いはもちろん、
 すごくたくさんあったと思う。
 それ以前の父は破天荒で子供の頃からテレビと家で言ってることは同じ。
 まったく外と家と変わらなかった。
 ただ声を失い自分のことができなくなって要介護度5になって。
 なってみないと分からない思いは双方にあったと思う。

 Q:師匠自身が言葉にならないながらも変わったというのはどういう時に感じたか。
 Y:勝手な人だったのが我慢をせざるをえなくなる。
 吸引やしてもらわないといけないことがたくさん発生するわけですから。
 人にお願いすることはしゃべれてたらなかっただろうね。
 (病状が進んで)食べられなくなったが、
 食べたいというより、しゃべりたいという方が多かった。

 Q:小さい頃からのお父さんと亡くなる直前のお父さんと比べて変わったか。
 S:しゃべれなくなってから変わった。
 Y:ある意味、なかなか死ななかった。
 S:力強く生きていた。
 Y強さも見せつけられたね。

 Q:父親として家族にとってはどんな存在だったのか。
 S:今思うと家族孝行の父だったと思う。
 意外かもしれないが結果的にそうだった。
 医師から病状を知らされてから気持ちの整理をする時間もありましたし、
 時間を十分与えてもらい家族が苦しまないように人生成り行きかもしれないが悲しまないように。
 死に様が見事だったと思う。
 家族にとっては、すごい父親だったと思う。
 Y:本人はふとした病で死にたいと言っていたので、
 あの頑張りは私たちのためにしてくれたのだと思う。
 病気になってから泣き言は言わなかった。
 再発は分かっていたと思う。
 気道を確保する時、しゃべれなくなると主治医に言われていなかったので驚いたようです。
 筆談の第一声が「しゃべれるようになるのか」だった。
 本当に答えられなかった。
 手術の直後は。

 Q:答えられないことで状況を察したのか。
 Y:そうだと思う。

 Q:病状は周囲に話したのか。
 S:家族にだけ。
 体力、気力も落ちていたので色んな方に心配かけますし、
 本人にも穏やかな環境で過ごしてほしかったので家族だけにしようと思った。
 悩んだが一門の人間にも伝えなかった。
 Y:しゃべれなくなった立川談志を家族はさらしたくなかった。
 お弟子さんとは夏ぐらいに一席を設けて会ってもらった。
 それがお弟子さんにあった最後になった。

 Q:師匠の様子は。
 S:弟子に会うので楽しみにしていた
 Y:体温が39度ぐらいあったのに熱が下がる注射をしてもらい担がれるようにして行った。
 お弟子さんの前には、びっくりするぐらいしっかりしていた。
 しゃべれませんでしたが。

 Q:確認だが、家族としては、
 「余命2、3か月」と本人に言っていないが察知したかもしれないと思うか。
 S:してないと思う。

 Q:高座に向かう時の談志さんには覚悟があった様子か。
 S:かなり強い意欲を持っていたと思う(声はかすれて)。
 Y:出ない声であの「芝浜」なんかは……。

 Q:昨年暮れの読売ホールの?
 Y:そうです。
 ふつうの人ではあり得ないと思う。
 声の出る限り落語を愛していたんだと思う。

 Q:それ以降は。
 S:昨年12月の読売ホールがあって3月までに3回くらいだと思う。

 Q:談志さんが生前好きだった思い出の場所などは。
 Y:家で食べるのが好きな人でした。
 S:その時代で好きなものはかなり変わったがだんだん言わなくなった。
 最初のうちはヨーグルトとバナナでこれは「チンパンジー食」だといったりして。
 Y:食欲がどんどん無くなってきた。
 気管切開をした後にステーキを焼いたら俺も食べると言って。
 本当に小さく切って食べたらそれが気管に引っかかってそれで死にそうになったんです。
 外食は去年のクリスマスに洋食屋さんに行ったのが最後ですね。

 Q:葬儀で流した曲は。
 Y:「ザッツ・ア・プレンティー」です。
 これで満足という意味です。
 (おわり)

 <最終更新:11月23日(水)22時45分:読売新聞>

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【なでしこジャパンの選手達】:ブログで読む“3.11”東日本大震災。

2011-07-28 21:00:00 | 芸能・スポーツ

 7月24日の更新で、
 
“時間が足りない”
 それは多くの方々にとって共通の悩みとして存在し、
 情報過多(時間×好奇心=葛藤)が原因であるだろう。
 と文字にした。
 “情報過多な時代”は多くの事を調べることが可能だ。
 
 7月17日の更新では、
 “なでしこジャパン”の選手達のブログURLを記した。
 そこで頭に浮かんだの“選手たちの3.11(その日)”
 ブログの多くにはカレンダーやバック・ナンバーがついている。
 そのカレンダーを辿ればブログに綴られたそれぞれの“3.11”に遭遇する。
 今夜は短い時間を利用し脚光を浴びている選手達の“3.11”に注目したい。

 *丸山 桂里奈(ブログ)→ http://ameblo.jp/karina14/

 3月11日:M8.8→ http://ameblo.jp/karina14/entry-10828086642.html
 3月13日:連絡→ http://ameblo.jp/karina14/entry-10829164116.html
 4月 4日:お詫び→ http://ameblo.jp/karina14/entry-10851504519.html

 *岩清水 梓(ブログ)→ http://ameblo.jp/azusa1014/

 3月13日:帰国→ http://ameblo.jp/azusa1014/entry-10829996871.html
 3月24日:故郷→ http://ameblo.jp/azusa1014/entry-10840442103.html

 *川澄 奈穂美(ブログ)→ http://pure-city.jp/nahomi/

 3月11日:帰国→ http://pure-city.jp/nahomi/2011/03/post_862.html
 3月13日:地震→ http://pure-city.jp/nahomi/2011/03/post_865.html

 *大野 忍(ブログ)→ http://ameblo.jp/shinobuohno/

 3月11日:大地震→ http://ameblo.jp/shinobuohno/entry-10835864463.html
 5月 3日:開幕→ http://ameblo.jp/shinobuohno/entry-10880304589.html

 *永里 優季(ブログ)→ http://ameblo.jp/y-naga19/

 3月12日:ドイツで→ http://ameblo.jp/y-naga19/entry-10828852184.html


 <補足:ツイッター>
 *安藤 梢選手(サポート)→ http://twitter.com/#!/FCRjapan
 *熊谷 紗希選手→ http://twitter.com/#!/kumagai1017
 *鮫島 彩選手→ http://twitter.com/#!/sharkaya


 注目すべき点は多々ある。

 先ずは丸山選手は元東京電力の社員であったことから福島県とは縁が深く、
 さらに自宅での大きな揺れを経験する事で震災への思いの強さが伝わる内容。
 特に注目は4月4日のお詫び。
 この文書は4月3日に丸山選手が投稿したとされる文書が炎上。
 文書は丸山選手によって削除されその経緯をお詫びした内容となっているが、
 前の記事をからの繫がりが不明瞭で一見すると何が何やらの不可解な文書。
 調べてみると、
 福島第一原発の事故への思いを綴ったもので“丸山選手の心情”が述べられており、
 丸山選手宛てのコメントを読んでみても同情する者が多い。
 さらに調べると削除されたはずの“文書全文”に行き着くのは時代の凄さ!(下記リンク)。
 http://tepcofriends.pbworks.com/w/page/39376372/%E4%B8%B8%E5%B1%B1%E3%80%80%E6%A1%82%E9%87%8C%E5%A5%88

 少しだけ引用させていただくと、
 今原発内にいる人達は、みんな命懸けです。
 きっと、報道されてること以上にやってることもあると思うし、
 報道されてほしいことが報道されてなくてってこともあると思う。
 私は、東電社員だったことを誇りに思うし、今原発内にいる
 東電社員の方々を本当に誇りに思います。
 今も寝ずに国民の安全の為に、一生懸命原発内で戦ってる
 東電作業員がいることを忘れないでほしいと思います。
 削除するには惜しい真面目な文書であるし、
 丸山選手のブログ記事が炎上に至る過程も、
 今の環境であれば違った結果が出ていたのだろう。

 岩清水選手は岩手県出身と言うこともあり思いが強いものの、
 地震当日は韓国遠征中で帰国後の3月13日が最初のブログ更新。
 そして“ふるさとは負けない”の思いは、
 あの“W杯・日の丸メッセージ”へとつながる。
 今、私にできることはサッカーを通じて明るいニュースを届けること。
 
喜んで元気になってもらいたい。
 
一日でも早く復旧されますように。
 
一日でも早く多くの人々に笑顔が戻りますように。
 
そのために私はがんばります。
 
 チームの広報担当を自認する川澄選手はポルトガル遠征の帰国直後で、
 3月11日は地震については触れられておらず3月13日に“思い”を発表。
 日本中が地震のニュースで辛い思いをしているのにブログの内容が不適切だというご指摘を受けました。
 地震が他人事とは今も全く思っていませんし、できる限りのことをしたいと思っています。
 
“できる限りのこと”を私なりに考えましたが最終的に思いつくことは同じことでした。
 サッカー選手としてサッカーを頑張り、皆様に元気になっていただくこと。
 サッカー選手として続けているブログを通じて皆様とコミュニケーションをとり、
 記事を見て元気になっていただくこと。
 この思いは地震が起こる前も起こった後も変わりありません。
 地震のことには触れない記事ばかりになると思いますがそれは何も考えていないのではなく、
 私なりに考えた結果、私がしている表現だと思っていただければ幸いです。
 
公の立場と私の立場の心情の揺らぎは筆まめ?な川澄選手らしく、
 “ハッキリとした自己主張”が読み取れる。 
 
 大野選手は3月11日当日の更新から5月3日までの50日に渡る空白は、
 大野選手が感じた“事の成り行きと衝撃”が伝わる内容になっている。
 震災の影響でリーグに参加出来ないチームもあります。
 サッカーを出来る環境に感謝して今シーズン頑張りたいと思います。
 は短い文書ながら震災の影響が強く感じられる。

 ドイツで所属する永里選手は3月12日の更新。
 自分に何ができるかを自問し、
 “今ある命で、今ある身体で、今ある心で、最大限、表現すること”
 と逸早く文字を綴っている。

 誰かのブログを読む
 その時に3.11周辺(後日2週間ほど)をブログ内カレンダーで検索する。
 その結果、
 震災を経験した場所や立場により違った感想を見つけることができる。
 *震えた地域と震えなかった地域では感じ方がまるで違う。
 また、
 その日(周辺)の“コメントを読めば”思いもよらぬ情報も見つける。

 W杯優勝以後は一躍シンデレラ・ガールに躍り出た、
 なでしこジャパンの選手達へのコメントも、
 3月11日周辺では10件前後が日常であったものが、
 今日(7月27日)の数百件のコメント=注目度アップの特異点は、
 宮間あや選手が危惧するフィーバー(熱狂・興奮)の現れなのか?
 *思い出すのは北京五輪:女子ソフトボールのフィーバーと現状。
 笛吹けば踊る国民感情の右倣えは横一列。
 注目されるために最も必要な勝ち続ける努力と、
 機敏なメディア対応はプロとしての両輪。

 メディアに流されることなく、
 ブログ(=コメント)に気を集中することなく、
 バランスの良い精神状態を保つ。
 
 そのお手本としての澤穂希選手の立居振舞。
 浮かれることなくアジアを制す。
 フィーバーの持続に必要な“勝利”の報告。
 彼女たちへの期待は高まるばかりだ。

  【追記:7月29日】

 *報告:永里優季+大儀見浩介=入籍。
  http://ameblo.jp/y-naga19/entry-10968458185.html

 *報告:大儀見浩介+永里優季=入籍。
 http://ameblo.jp/gimigoal/entry-10967569536.html

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【W杯サッカー女子:ドイツ大会・なでしこ(撫子)・魁皇引退】私的メモ。

2011-07-21 07:30:00 | 芸能・スポーツ


 いつもとは違うピンク色でスタート。
 この色を見れば“なでしこジャパン”を連想する方も多いだろう。
 文書の構成も私的なメモとして平素とは大きく変更。
 先ずは前記事でも紹介した選手達のブログと関連リンク。

 *川澄 奈穂美選手の優勝報告(速報)
 http://pure-city.jp/nahomi/2011/07/post_995.html

 *丸山 桂里奈選手の優勝報告(金メダル付)
  http://ameblo.jp/karina14/entry-10957646220.html#main

 *大野 忍選手の帰国報告(写真付)
  http://ameblo.jp/shinobuohno/entry-10959264177.html#main

 *安藤 梢選手のツイッターで見つけたアルゴリズム体操(微笑み)
 http://www3.nhk.or.jp/news/nadeshiko_taiso0719/index.html

 大きな話題の後は恒例の新聞購入。
 今回は選手見たさに各局ワイドショーを軒並み録画視聴。
 選手たちの個性とキャラクターを楽しんだ。
 
 『横から目線、清潔、ユーモア』が身上の佐々木則夫監督。
 ブログ更新がマメでスウェーデン戦で2Gした川澄奈穂美選手の本音は、
 PK戦(5番目)を蹴りたいがために熊谷紗希選手の決勝Gを外せと願う(笑)。
 ~川澄選手のブログによると早くもSMAP×SMAPの収録を終了。
 新聞情報(ニッカン)によるとエースの澤 穂希選手は昨年末に失業し、
 “正月から無職か”と不安の中で過ごした日々なども紹介され、
 大きな栄光とは裏腹に各選手が決して恵まれていない毎日を過ごす。
 MVP以上の活躍との評価も高い宮間あや選手のブレない言動や、
 TV番組では彼氏同伴で婚約報告をして祝福された永里優季選手のクレバーな切り口。
 ドイツ戦のヒロインであり福島では辛い経験をした丸山桂里奈選手の明るさ。
 何よりも意地悪な言動が憎めない大野忍選手は特異なキャラで一躍注目の的に。
 ~選手たちのマスコミ露出は個人の人気ばかりか競技人口にも大きな影響。
 見る側(視聴者)にも様々な意見があろうが人気選手=広告塔としての役割も強く、
 どれだけのスターを輩出できるかがメジャー・スポーツとマイナー・スポーツの区別なら、
 選手たちはマスコミに振り回されることなく露出(利用)し注目を集めるべきだと感じる。
 スター気質が高い女子サッカー・チーム:なでしこジャパン。
 今後もグランド(ピッチ)とは違った一面(表情)を見せ楽しませて欲しい。
 明るい勝利で前向きな“なでしこ”の姿勢にスポーツの楽しさを見た。
 お洒落を楽しみ、恋を楽しみ、試合を楽しむ選手たち。
 悲壮感を良しとした過去のイメージを覆す現代っ娘による世界一の栄冠。
 学ぶことは多い。

 
なでしこ(撫子)について、お勉強】

 撫子は日本を代表する夏~秋に咲く野草の1つ。
 色合いはこんな感じの淡紅色で万葉の頃から寵愛される。
 大和撫子(やまとなでしこ)とは大和(=日本)の撫子の事で、
 唐撫子(からなでしこ=中国の石竹))と区別するための名称で、
 一般的には河原撫子(かわらなでしこ)と同義語とされる。
 撫子を含む秋の七草は古くは平安期頃からやまと絵や工芸意匠に描かれ、
 特に茶道具や江戸期の装飾小物には好まれる花として知られ、
 “撫でたいほどに可愛い子”は可憐な薄いピンクが女子の肌色と連想され、
 大和撫子は目立たずに野に咲く可憐な小花から慎ましい印象を受け、
 花言葉は、純潔の愛、無垢と手元の資料『万葉の花を生ける』にはあり、 
 遠慮深く家庭を支えた古い時代の理想の女性像として見るべきだろうが、
 サッカー女子“なでしこ”の花言葉は、
 不屈、闘志、実現などが適切であろうか?
 *撫子は古今和歌集の時代には常夏(とこなつ)と表記される。

 
 【大関:魁皇関の引退と会見】
 
 
Q.引退を決めた今の気持ちは。
 A.あまり実感はなく不思議な感じ。でもテレビの報道を見て本当に力士生活が終わったんだなとも感じる

 Q.どの段階で引退を決意したのか。
 A.(最後の琴欧洲戦の前日に)明日の相撲で負けるようならと師匠と話した。これまでさんざん引き際というのを逃してきてこれが本当に最後の引き際かなと思って決めた。場所前から記録のことを騒がれて自分の中でも気になってしまった。そこに目標を置いてしまって苦しんで達成した。そうしたら今まで以上に負けたときに悔しさがないというか自分の相撲がとれない。前に攻めようという気持ちがあっても体が動かない。もう無理かなと思い始めた。自分の相撲をとれないならもうやめようと思った。」

 Q.これまでに引退を真剣に考えたことは。
 A.何度かある。師匠に『もう少し相撲をとらせてください』と言ったこともある。ただ、もう後はないと思ったときに相撲がとれる。カド番のときは、そういう気持ちが強かった。後悔しないようにと思って相撲をとってきた。

 Q.来場所、カド番でももう一度とる気持ちはなかったか。
 A.周りの人には言われたが自分の中の責任というか、これが引き際なので次の場所はないと考えた。場所が始まって3連敗の時点で(引退しようか)どうしようか悩んだが応援してくれる人に(最多勝)記録のことを言われていたのでなんとかそこまでは頑張ろうと思った。

 Q.現役23年振り返っての感想は。
 A.相撲人生としては最高だった。相撲界に入るのも迷っていたが稽古して番付が上がっていくたびにだんだん楽しくなった。(相撲を通じて)いろいろな人と知り合って多くの人が応援してくれた。この世界でなくては味わえないことが経験できた。

 Q.23年間で一番充実していた時期は。
 A.関取に上がってから上位を倒すことが楽しかった。思い切って相撲がとれて強い人を投げると。三役に上がった頃くらいだと思う。

 Q.ライバルと意識した力士は。
 A.常に周りの人はライバルだと思っていた。その中でも武双山関(現藤島親方)というのは年も近いし負けたくないという気持ちで戦っていた。最近では千代大海。同じようにけがで苦しんだ

 Q.やり残したことはないか。
 A.もっと上(横綱)にとか地元の九州場所で優勝したいという夢はかなわなかったがそれ以上に十分いい人生だった。悔いはない。

 Q.横綱という地位への思いは。
 A.何度かチャンスがあったがことごとく失敗した。そこで思ったことは並大抵の精神力では上がれないということ。

 Q.大関としての責任感もあったが。
 A.成績は褒められるものではなかった。ただ大関にいる以上は稽古もしっかりやって務めなくてはいけないなと思った。

 Q.こだわっていた記録は。
 A.幕内在位記録にはこだわりがあった。90場所を超えたときに、ここまで来たら100場所までいきたいと思うようになった。(達成して)ようやくここまで来たなと思った。

 Q.忘れられない相撲は。
 A.(2000年初場所の)千秋楽に武双山関に負けた相撲。あのときの悔しさがあったから自分は大関に上がれたと思う。相撲に対する考え方も変わった。

 Q.指導者としての夢は。
 A.早く自分より強くかっこいい力士を育てたい。自分の形をしっかり持った相撲取り。まじめに稽古する力士を育てたい。自分の相撲が取れるようにしたい。

 Q.部屋を持ちたいという思いは。
 A.焦って部屋を持ってもいいことはない。いろいろしっかり勉強してある程度覚えたところで自分の部屋を持てたらなと思う。

 Q.長く続けられた支えは。
 A.いろいろな人が一生懸命支えてくれるのに自分の気持ちが折れたら失礼だと思った。応援してくれる人も勝つと自分のことのように喜んでくれてうれしかった。だからできるところまでやろうと思った。

 Q.魁皇コールを送ったファンへの思いは。
 A.あそこまで応援してくれるのはなかなかないことだった。最初はビックリして緊張もあったけどあの中で相撲がとれるのはどれだけ幸せなことかと思った。その中で勝っていくとそれが力になった。本当にうれしかったし応援してくれた人に感謝しています。

 Q.いま一番やりたいことは
 A.なんでしょう。少しずつやっていきたい。車も乗れなかったしどういう格好をしたらいいのかもわからない。15でこの世界に入ったから靴を履く習慣もない。いろいろなことがほかの人と比べて遅れているので聞いていかないと恥をかく。
 (2011年7月20日:Web日本経済新聞より記事転載)


 大関:魁皇が引退会見を行ったその
日の名古屋場所(7月20日)。
 大関の座を狙う関脇:琴奨菊が力相撲の末に全勝の横綱:白鵬を押し出す。
 琴奨菊は魁皇と同郷の福岡県出身で空白になった日本人大関の最右翼。
 ふと思ったことは大関の座を守ることと大関の座を譲ること。
 まだやれるとのファンの期待を背負いながらも、
 大関在位中の引退を決意した大関:魁皇の決断。
 素人目には余力を残して土俵を去る男の引き際。
 それはそれで“見事・立派”と捉えるべきなのだろう。

 個人的な意見としては、
 40歳、1100勝、大関在位70場所、幕内通算900勝、幕内出場1500。
 “十両陥落まで相撲を取って欲しかった”
 は私の勝手な妄想でしかない。

 日本人大関の地位を長年守り続けた魁皇関の辛抱。
 本当に“お疲れ様”でした。

 ☆魁皇の歴代1位記録◇
 ・通算勝ち星:1047勝
 ・幕内勝ち星:879勝
 ・幕内在位:107場所
 ・幕内出場:1444回
 ・大関在位(タイ) 65場所



 ~以下女子サッカー日本代表が世界一を決めた翌日の、
   朝日、毎日、読売新聞のコラム&社説の転載(私的引用)。

 2011年7月19日(火)
 
朝日新聞:天声人語

 最後まであきらめない。
 祝日の早朝、そんなメッセージがフランクフルトから届いた。
 サッカーの女子ワールドカップ決勝。
 なでしこジャパンは米国に2度追いつきPK戦を制した。
 今の日本にすれば、あらゆる政治の言葉より意味がある世界一だ。
 押しに押されゴール枠の「好守備」に再三救われた。
 しかし残り3分、頼れる沢主将がすべてを元に戻した。
 宮間選手のコーナーキックに飛び込み示し合わせたような右足一発。
 居合抜きを思わせる美技だった。
 この同点弾で、なでしこの至宝は大会の得点女王と最優秀選手に。
 前言通り「人生最高の試合」にしてみせた。
 仲間の粘りを勝利につなげた守護神、海堀選手の神業にもしびれた。
 米国の女子サッカーは国技に近い存在らしい。
 女の子の3割が習い事でたしなみ人気選手はCMにも出る。
 「女子は男女同権の国ほど強い」(W杯米国大会プログラム)。
 そうした誇りと期待を代表の面々は担う。
 かたや日本は代表チームができて30年。
 ルールは男女同一に競技人口は10倍以上になったが、
 主力選手の多くが働きながら練習している。
 凱旋(がいせん)の旅もエコノミークラスと聞いた。
 世界一の次は実力にふさわしい環境だろう。
 早起きを3回しただけの素人にも魅力は分かる。
 俺が俺がのプレー、汚い反則や抗議がなく、ボール回しを楽しめた。
 なでしこは国を励まし、世界を驚かせ、この団体球技の面白さを教えてくれた。
 雑草の根っこを持つ大輪たちに感謝したい。

 *朝日新聞社説:なでしこ世界一

 伸びやかさを力に朝まで続いた熱戦に釘付けになった人も多かったろう。
 サッカー日本女子代表チーム(なでしこジャパン)が、
 ドイツで22日間にわたって開かれた女子ワールドカップで頂点に立った。
 サッカーでは男女、年齢別の大会を通じても初の世界一だ。
 女子スポーツの中でも難しいといわれる団体球技では、
 五輪と世界選手権で優勝したバレー、ソフトボールに次ぐ快挙。
 回転レシーブなど独自の技術を編み出して体格差を克服し、
 「東洋の魔女」と世界から称賛された東京五輪の女子バレーを思い起こさせる活躍ぶりだ。
 印象深いのは男子とは違うその伸びやかな戦いぶりだ。
 相手の猛攻にひたすら耐えるだけではない。
 肩に無駄な力を入れず結果を恐れず素早いパス回しとセットプレーという、
 武器を存分に生かした。
 決勝で世界ランク1位の米国に2度のリードを許した時間帯も、
 重圧との戦いでもあるPK戦も、
 恵まれない環境でサッカーを続けてきた日々を思えば、
 さほど苦しくなかったのかもしれない。
 PK戦前の円陣には笑顔すらあった。
 悲壮感や根性論とは無縁のスポーツの原点である、
 「プレーする喜び」が彼女たちの全身からあふれていた。
 そんな姿に日本中が熱狂したのは大震災以降の重苦しさのなかで、
 人々がなでしこの快進撃に希望や期待を重ね合わせたからだろう。
 一瞬でも苦しさを忘れ勇気を与えられた人は多かったに違いない。

 今大会は女性スポーツ大会の発展という意味でも節目になりそうだ。
 女子サッカーの歴史をひもとけば北欧や北米などリベラルな先進国を中心に広がってきた。
 そこに南米やアフリカ勢が台頭し世界のレベルは着実に上がっている。
 中でも体力任せの大味な競技スタイルだった世界の潮流に、
 技術という要素を加えたことは日本の大きな貢献だ。
 体格やスピードの差から男子に比べおもしろさに欠けると見られがちな女性スポーツだが、
 力と技の組み合わせで競技の魅力はまだまだ高まるはずだ。
 1試合平均約2万6400人という観客動員数もこのことを裏付けている。
 女性のスポーツの興行面での将来的な可能性も示したのではないか。
 世界から追われる立場になったなでしこは9月にはロンドン五輪予選を迎える。
 周囲の期待はいや増すばかりで時に重圧となるかもしれない。
 それでもドイツで見せた伸びやかさを失うことなく再び世界にチャレンジしてほしい。


 2011年7月19日(火)
 
毎日新聞:余録

 「特別のことはない。これまでのステップを積み重ねればいい。
 ただし、最後の1歩は歩幅が広い」。
 決勝戦にのぞむ心構えについて男子サッカー日本代表の、
 イビチャ・オシム元監督はそう語った。
 ならば、その大会がW杯、その1歩に世界一がかかる決勝戦ならどうか。
 過去の対戦で1勝もしたことのない米国、
 そのチームに2度のリードを許しながら粘り強く追いついてのPK戦だ。
 気の遠くなりそうな深淵(しんえん)をみごと飛び越えたなでしこジャパンの優勝だった。
 米国ディフェンダーのすきを突いた宮間あや選手の同点ゴール。
 クロスに右足アウトサイドで合わせた澤穂希選手の土壇場の同点ゴール。
 PK戦1本目のゴールキーパー海堀あゆみ選手の右足によるセーブ。
 これから時代の記憶として後世に語り伝えられるシーンだ。
 ついでながらオシム元監督の言葉にはこんなのもあった。
 「毎日奇跡が起こるわけではない。奇跡を金で買うこともできない。
 入念に準備をした上でしか奇跡は起きない」。
 「勇気をもってのぞまないと幸運は訪れない」。
 (千田善著「オシムの伝言」みすず書房)
 佐々木則夫監督のいう“小さな娘たち”が体格で勝る強豪を粘りで倒してきた、
 「入念な準備に根ざす奇跡」である。
 満員のドイツの観衆が大歓声で祝福し敗れた米国のメディアも、
 震災から立ち直る日本の不屈の精神を表すとの賛辞を寄せた日本女子の「勇気」だ。
 その感動をすべての人が分かち合えるスポーツの栄光である。
 震災の被災地、その支援をしてくれた世界中の人々。
 この国のすべての住人を今度は歓喜で結びつけてくれたなでしこに感謝する。 

 *毎日新聞社説:なでしこ世界一!大輪咲かせた感謝の心。

 18日は日本中が元気になる、素晴らしい朝になった。
 ドイツで開かれていたサッカーの女子ワールドカップ(W杯)で、
 初めて決勝に進んだ日本代表「なでしこジャパン」がPK戦の末、
 世界ランキング1位の米国を降し初めて世界一のタイトルを獲得した。
 米国との決勝戦は日本時間午前3時45分開始という早朝の試合だったが、
 テレビの前で声援を送った人は少なくなかっただろう。
 米国とは過去24度対戦し21敗3分け。
 まだ一度も勝ったことのない相手だった。
 この試合も2度先行を許す苦しい展開だったが粘り強く食い下がり、
 最後はPK戦でGK海堀あゆみ選手がスーパーセーブを連発。
 最高の舞台で最強の相手から価値ある初勝利をもぎ取った。
 主将としてチームを引っ張る澤穂希選手は延長後半の貴重な同点ゴールを決め、
 今大会5得点で得点王とMVP(最優秀選手)を獲得、優勝に花を添えた。
 澤選手の技ありゴールを含め歓喜のシーンは何度見ても感動は薄れない。
 東日本大震災からの復興を目指す日本にとって何よりの励ましとなる優勝だった。
 感動したのは試合内容だけではなかった。
 決勝戦を含め出場したすべての試合後になでしこたちは、
 『世界中の友人たちへ支援に感謝します』
 と英文で書かれた横断幕を手に場内を回りスタンドの観衆の声援に応えた。
 今回の東日本大震災に際し世界中から送られた支援に、
 なでしこたちが日本を代表して感謝の意を表してくれているようで胸が熱くなった。
 2強といわれたドイツ、米国を破って一躍世界の頂点に立ち、
 これからは“追われる立場”となったなでしこジャパン。
 だが海外のプロリーグに所属する一部の選手を除けば、
 選手たちを取り巻く環境は恵まれているとは言い難い。
 所属する企業チームの休廃部が相次ぎ、
 “仕事とサッカー”の両立に苦戦を続けている。
 かつては国際大会の代表に選ばれても遠征費用の半分は自己負担だったという。
 マイナー競技の悲哀を味わい続けた先輩たちの犠牲の上に今回、大輪の花が開いた。
 なでしこたちが“感謝の心”を忘れないのはそんな背景があるのだろう。
 競技人口の拡大が今後のカギを握る。
 全国高等学校体育連盟が主催する高校総合体育大会(インターハイ)で、
 女子サッカーが実施されるのは来年の北信越大会から。
 今回のなでしこの活躍にあこがれサッカーを始めたいと思う少女たちの、
 夢をかなえるための環境整備が急務だ。
 ともあれ、
 なでしこジャパンの皆さん。
 本当におめでとう。


 2011年7月19日(火)
 
読売新聞:編集手帳

 缶コーヒーのCMで宇宙人が内心つぶやいていたのを思い出す。
 「この惑星の住人は上を向くだけで元気になれる」と。
 明察ではあるが上を向くのもそう簡単ではない。
 気がつくと、うつむいて手を見つめていたり、靴の爪先をにらんでいたり、
 心の沈みがちな時はそういうものだろう。
 被災者の品格ある振る舞い、国内外から届いた激励、詩『雨ニモマケズ』、唱歌『故郷』…。
 震災以降、日本人の目を上に向かせてくれたものは幾つもある。
 スポーツもそうだろう。
 頂点をめざす競技者は“上を向く”ことを習性として身につけた人々である。
 サッカーの女子ワールドカップ(W杯)ドイツ大会で日本代表、
 “なでしこジャパン”が初優勝の快挙を成し遂げた。
 準々決勝の直前には全員で被災地のビデオ映像を見たという。
 被災者の懸命に生きる姿が選手たちに上を向かせ、
 選手の躍動が被災者に上を向かせる。
 きれいに通った心のパスに酔いしれている。
 目も心も昨日は上に向けた人が多かろう。
 米国との決勝戦でなでしこがPK戦を制した朝、
 物の輪郭がいくらか滲(にじ)んで見える目で仰いだ夏空を忘れまい。 

 *読売新聞社説:なでしこ世界一、日本中を元気付けてくれた。

 “なでしこ”が見事な花を咲かせた。
 日本のサッカー史上ひときわ輝く快挙である。
 サッカー女子ワールドカップ(W杯)決勝で日本は米国を、
 PK戦の末に破り初優勝を果たした。
 「小さな娘たちが本当に粘り強くやってくれた」。
 佐々木則夫監督は選手をそうたたえた。
 早朝のテレビ中継を見て歓喜した人たちも同じ思いだろう。
 試合後、選手たちは世界中から寄せられた東日本大震災への支援に、
 感謝する横断幕を掲げ場内を一周した。
 被災地からは、
 「私たちも頑張らなくては、という気持ちになった」という声が上がった。
 日本全体を元気付ける“なでしこジャパン”の奮闘だった。
 それにしても彼女たちの強い精神力には驚かされる。
 準々決勝では、これまで一度も勝ったことのなかった開催国ドイツを、
 ホームの大声援をはね返して撃破した。
 決勝では、やはり過去未勝利だった世界ランキング1位の米国に、
 2度リードされながらも追いついた。
 PK戦を前に見せた選手たちの笑顔からは、たくましさが感じられた。
 体格で勝る相手でも最後まであきらめずに勝利をもぎ取った。
 フェアプレー賞も受賞した。
 1991年に始まった女子W杯は、五輪と並ぶ女子サッカー最高峰の舞台だ。
 4年に1度開催され日本はこれまで6大会すべてに出場してきた。
 95年大会でベスト8に入ったがそれ以外は決勝トーナメントに進めなかった。
 日本の女子サッカーが強くなった原動力は、
 世界の壁にはじき返された悔しさだったろう。
 近年、女子でも海外のチームに移籍する選手が増えた。
 レベルの高いプレーの中でもまれ力をつけた選手が日本代表に加わることで、
 海外組と国内組が競い合う。
 それが“なでしこ”のチーム力の底上げにつながったといえる。
 サッカーに打ち込む小学生や中学生の女子選手が増えている。
 沢穂希選手らの活躍を見て、
 「いつかは自分も」と誓った“未来のなでしこ”もいるだろう。
 W杯制覇は日本女子サッカーの一層のすそ野拡大につながるに違いない。
 選手たちは休む間もなく9月には来年のロンドン五輪のアジア最終予選に臨む。
 追われる立場になった「なでしこ」だが、ぜひとも勝ち上がり、
 五輪でも金メダルを手にしてもらいたい。

コメント (3)
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『たまにはロック&プロレスの話題でも ~You Tubeで検索の達人~』

2011-06-19 17:50:00 | 芸能・スポーツ

 mimi-fuku通信には検索からロック記事に辿り着く人も多い。
 数少ないプロレス記事も過去に多くのアクセスをいただいている。
 そこで今日は久しぶりに!

 昨晩(2011年6月19日)9時ごろに親しい友人が来た。
 
「久しぶりにプロレスのビデオ見せてよ。」
 プロレスのビデオ(VHS)と言われても、
 既に整理整頓されて別室に移動しているため、
 たまには“You Tube”でも観る?との結論に達した。
 ~長文になる前に今回紹介する映像を発表。

 上から順番に、
 Ⅰ:1985年・ライブエイド(Live Aid)のレッド・ツェッペリン=天国への階段。
 Ⅱ:1972年・デンマークでのディープ・パープル=ストレンジ・カインド・オブ・ウーマン
 Ⅲ:プロレス=バディ・ロジャース対ジョニー・バレンタイン(1953年)
 Ⅳ:プロレス=ルーテーズ対アントニオ・ロッカ(MSGでのNWA世界戦)

 Ⅰ:Led Zeppelin - Stairway To Heaven - Live Aid 1985
 *映像 
http://www.youtube.com/watch?v=Q2nJKO2wbsE

 Ⅱ:DEEP PURPLE - Strange Kind of Woman LIVE 1972 DENMARK
 *映像
http://www.youtube.com/watch?v=Ub73Wkbyzzw

 Ⅲ:Buddy Rogers vs Johnny Valentine
 *映像
http://www.youtube.com/watch?v=XqPg2Keu3O8

 Ⅳ:Lou Thesz Vs Antonio Rocca (NWA) 
 *映像
http://www.youtube.com/watch?v=Cfxzd7JCTCo

 今日の記事のタイトルは、
 ~You Tubeで検索の達人~

 そこで今日は、
 
検索から貴重映像に辿り着く方法の話をしよう。
 先ず、
 
“You Tube内の検索枠”“複数キーワード検索”が可能なこと。
 1番を検索する場合は
 “レッド・ツェッペリン+天国への階段”と入力すれば、
 日本の投稿者の投稿映像に移動する可能性が高い。
 
注意:+(プラス)と表記する部分は空間を開けるの意味で“+”は入力しない。
 キーワードを
 〝Led Zeppelin+Stairway To Heaven”に変えれば、
 世界中の投稿者の投稿にたどり着く可能性が高まる。
 それでも上記のキーワード検索2件からは、
 “ライブ映像に辿り着く可能性”が少ないので、
 ZEPが活躍した年代を想定してキーワードの項目を増やしていく。
 ライブ映像が残されている多くは1970年代初期なので
 〝Led Zeppelin+Stairway To Heaven+197”と入力。
 ~1971年、1972年、1973年、1975年の候補が示される。

 そこで昨晩は1985年に開催された伝説のチャリティ・コンサート、
 “(Live Aid)ライブエイド”の映像があるか知りたいと感じ、
 〝Led Zeppelin+Stairway To Heaven+198
5”と入力。
  → Led Zeppelin Stairway To Heaven 198
5 ←
  → Led Zeppelin Stairway To Heaven 1985 Live ←
 待望のライブエイドの映像に行き当たった。

 ライブエイドで演奏された『天国への階段』は、
 後に市販されたDVD(4枚組)には収録されておらず、
 1985年のフジテレビでの放送の際も、
 CMに阻まれ全曲の放送はなかったと記憶している。
 ドラムにはフィルコリンズが参加したツイン・ドラムの特殊編成。
 ~フィル・コリンズはイギリスでのコンサート後にコンコルドでアメリカへ移動。
 全盛期のパワーは落ちているものの、
 ZEPの出演はチャリティ・イベントに花を添えた。

 2番めのディープパープルも。
 同じような入り方だが最初はカタカナ文字“ハイウェイ・スター”から検索。
 日本の投稿タイトルを確認しながら記載されている英語文字に次々と変換し、
 1974年のデヴィッド・カヴァーデルのライブ映像に到着するも、
 
イアン・ギラン脱退以前に興味があるため1972年を選択。
 その映像タイトルに、
 〝DENMARK”の文字を見つけ、
 〝DEEP PURPLE+LIVE+1972+DENMARK”と入力。
  → DEEP PURPLE LIVE 1972 DENMARK ←
 いくつかの曲候補が列記され、
 〝Strange Kind of Woman”を選択。
 
 「ストレンジ・カインド・オブ・ウーマン」は、
 傑作アルバム『ライブ・イン・ジャパン』でも注目された楽曲で、
 イアン・ギランとリッチー・ブラックモアの音の会話が見所・聴き所。
 デンマークでのライブ映像はブラックモアの“すかし”が楽しい。
 *知らなかったのですがデンマークの映像は市販DVDも販売(下記)。

ディープ・パープル
マシンヘッド・ライヴ1972 / 73
JON LORD(Key)
RITCHIE BLACKMORE(G)
IAN GILLAN(Vo)
ROGER GLOVER(B)
IAN PAICE(Dr)
バップ・DVD

 *廉価輸入盤(全12曲)も存在します。

 
 プロレスは、
 猪木VSハンセンの映像から、
 猪木VSテーズの話題となり、
 テーズの全盛期の映像を観ようと、
 英語キーワード〝Lou Thesz” を入力。
 
 「なんでもあるな。」

 の話から、
 馬場さんが最も憧れたバディ・ロジャースや、
 アントニオ猪木さんのアントニオのネーミングの由来とされる、
 アントニオ・ロッカの映像を英語で検索。

 英語の人名は複雑なスペルも多いものの、
 “(Window)ウインドウ”を事前に2画面開いておいて、
 “(Yahoo!)ヤフー”でも“(Google)グーグル”でも人名をカタカナ入力すれば、
 人名の場合ほぼ“(Wikipedia)ウィキぺディア”がトップにくるので、
 検索候補画面から英語表記をコピーし、
 “(You Tube)ユーチューブ”の検索枠内に張り付けるだけで、
 夢の世界へGo!
 *検索のコツとしては選手名の後に半角空間を入れ vs を入力すると試合の可能性大。

 古いプロレス・ファンも見る機会が少ないだろう、
 バディ・ロジャースのファイテング・スタイルは、
 今観ても新鮮。
 ~対戦相手のバレンタインは猪木さんの好敵手。

 また、
 テーズ vs ロッカのファイテング・スタイルは、
 アントニオ猪木・全盛期の原型と言われても納得。
 
 “You Tube”には複雑な思いもあるものの、
 凄い時代が来たものだとつくづく思う。
 
 知恵を絞って海外のお宝映像をGet!
 単純に楽しめば?

 でもね…(笑)。
 

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第95回『日本陸上選手権(2011年)』:NHK総合&BS放送予定。

2011-06-10 01:14:14 | 芸能・スポーツ

 【NHK総合】
 
第95回日本陸上選手権-1日目-
 ~2011年6月11日(土)1:15-2:30(深夜再放送) 

 第95回日本陸上選手権-2日目-
 ~2011年6月11日(土)16:00-18:00(生中継)

 第95回日本陸上選手権-最終日-
 ~2011年6月12日(日)16:00-18:00(生中継)

 【NHK-BS1】
 第95回日本陸上選手権-1日目-
 ~2011年6月10日(金)19:00-21:25(中継録画) 

 第95回日本陸上選手権-2日目-
 ~2011年6月12日(日)1:00-2:50(深夜再放送)
 ~2011年6月16日(木)2:00-3:50(アンコール放送)  

 第95回日本陸上選手権-最終日
 ~2011年6月13日(月)0:00-1:50(深夜再放送)
 ~2011年6月17日(金)1:00-2:50(アンコール放送)

 <大会結果2011>
 *男子http://www.jaaf.or.jp/jch/95/result_m.pdf?sid=06j82pqdk4k6u9e1ncnqvbs4h4


 *女子http://www.jaaf.or.jp/jch/95/result_w.pdf?sid=06j82pqdk4k6u9e1ncnqvbs4h4

 注:リンク先(陸連HP)の文字が小さい場合は拡大選択(%表示)で適度な大きさに変更可。
 

 <mimifukuからひと言>

 年に一度のお楽しみ。
 今年も、
 日本陸上選手権の季節がやってきた。
 今年の会場は首都圏からも近い、
 熊谷スポーツ文化公園陸上競技場

 今年も私の一押しの注目種目は女子短距離陣の成長。
 5月8日に行われたゴールデングランプリ川崎では、
 女子400メートルリレー:日本チーム(北風、高橋、福島、市川の順)が、
 43秒39を日本新記録達成し“
この記録”は、
 陸上世界選手権の決勝レース進出も夢でないかも?

 そして今年2011年の陸上界最大の注目点は、
 8月に行われる世界選手権の会場が隣国の韓国
 *リアルタイムで陸上・世界一決定戦の視聴が可能。
 日時は、
 8月27日~9月4日までの9日間で会場は
韓国・大邱(テグ)
 つまり今年の大会は、
 韓国で行われる世界選手権の選考レースであり、
 競技選手の気合の入り方も例年以上と思われる。

 しかし“残念なこと”も発表されている。
 それは
欠場選手に有力選手が多数存在。
 女子5千メートル、1万メートルの人気者:福士加代子選手。
 女子1万メートルはママさんランナーでお馴染みの赤羽有紀子選手。
 女子1500メートルの小林祐梨子選手は5000mのみの出場予定。
 さらに、
 男子短距離界の象徴的存在の塚原直貴選手も欠場を決めている。

 さて今年の日本選手権の見所と言えば先に紹介した、
 女子100&200mの福島千里VS橋萌木子の宿命の対決。
 両エースの2人に割って入る、
 急成長株の
市川華菜選手やリレーメンバー北風沙織選手。
 安定感は福島選手が一歩も二歩もリードするものの、
 昨年(2010年)の200mでは高橋選手の逆転劇。
 タイムは平凡なものの最高の盛り上がりを見せた話題のレースだった。
 今年は梅雨前線の悪戯が勝負の明暗を分けそうな気配に要注目。 
 
 
男子100mでは塚原選手の欠場は残念ながらも、
 新エースで
3連覇がかかる江里口匡史選手を軸に混戦模様。
 男子200mも混戦ながら高平慎士選手の巻き返しに注目。
 
男子400mハードルでは為末大選手が3年ぶりの出場。

 フィールドでは、
 男子やり投げ:村上幸史選手が今年も好調。
 
男子ハンマー投げ:超人・室伏広治選手の17連覇は孤高の道を歩む。
 連覇に期待がかかる選手は下段にも資料(昨年の記録)を掲載したが、

 ・男子 100m:江里口 匡史(3連覇)
 ・男子 400m:金丸 祐三(7連覇)
 ・男子 800m:横田 真人(3連覇)
 ・男子110mH:田野中 輔(3連覇)
 ・男子400mH:成迫 健児 (3連覇)

 ・男子ハンマー投げ:室伏 広治(17連覇)
 ・男子やり投げ:村上 幸史(12連覇)


 ・女子1500m:吉川 美香(6連覇)
 ・女子100mH:寺田 明日香(4連覇)
 ・女子400mH:久保倉 里美(5連覇)
 ・女子3千m障害:早狩 実紀(6連覇)
 ・女子三段跳び :吉田 文代(7連覇)
 ・女子円盤投げ :室伏 由佳(10連覇)
 ・女子ハンマー投げ :室伏 由佳(4連覇)
 ・女子やり投げ :海老原 有希(4連覇)
 
 等が連覇をかけて“王者・女王としての戦い”に挑む。
 何れの選手も血の滲むような努力に敬意を払いたい。

 また変わった鑑賞視点としては、
 近年注目されるアスリートのファッション。
 ソウル五輪でのフローレンス・ジョイナー選手の井出達は異彩を放つものの、
 近年日本人選手もファッションに自己主張が見え華やかな限りだ。
 男子ではサングラス姿で走る塚原選手の欠場は惜しいが、
 棒高跳びの澤野大地選手のスタイルも斬新で興味深い。

 女子選手は彩緑だが福島千里選手のネイルアートは有名で、
 デジタル大画面ではスタート前の指先にも注目!
 また、
 
女子100mハードルでは城下麗奈選手の“へそピ”が毎年話題に…。
 *どちらかと言えば不謹慎との見方もあるが私は賛成に1票(笑)。
 
自己主張することは“後には引けない覚悟”もいるし、
 アマチュア・スポーツ選手と言えども注目されてナンボの世界は、
 選手のモチベーションにも大きく関係すると感じる。
 それと週刊現代などにも取り上げられる城下選手ではあるが、
 選手生活を続けるうえでの悩みを下記ブログ(2010年)で確認。
 *れなちゃんのお部屋
http://ameblo.jp/rena1348/day-20100607.html
 
 様々な視点での注目。
 日本選手権を見ると見ないでは、
 4年に1度のオリンピックの楽しみが半減。
 是非ご覧ください。

 <番組感想>

 第95回日本陸上選手権2011。
 先ずは女子短距離界の話をするのが今の定石かと思う。
 近年上位入賞が定位置の渡辺真弓選手の話題から。
 結果は決勝レース6位ながら彼女のドラマを放送で初めて知った。
 これまで所属していたナチュリルの解散と福島県:東邦銀行への移籍。
 *3・11東日本大震災と被災地・福島県での練習環境。

 廃部になったナチュリルは2006年3月に発足。
 福島大陸上部監督でもある川本和久監督の下、
 2007年から全日本実業団大会で女子総合4連覇。
 2008年の北京オリンピックには、
 400メートルの千葉麻美(旧姓:丹野)。
 1600メートルリレーに青木沙弥佳、佐藤真有が出場。
 同クラブは2011年3月31日付で廃部となった。
 (スポニチ:Web記事転載)

 またナチュリルの顔であった、
 千葉麻美選手が妊娠のため今季は休養とのニュースもあり、
 おめでたいニュースに思わずニンマリも、
 アマチュアで陸上競技を続けることの困難を強く感じた。
 “好きでなければ!”
 選手達が走り続けることに大きなご褒美があれば良いのだが、
 経済の疲弊はスポーツの発展にとって大きな障害となっている。

 女子100mでは以前にもスーパー中学生として紹介した、
 土井杏南選手(高校1年生)が見事4位入賞。
 ベスト・タイム11秒51は今後の成長が楽しみ。

 福島千里選手×高橋萌木子選手の活躍で、
 急速に市民権(=社会認知)を得た女子短距離界は、
 北京五輪以後の全体のレベルアップと、
 続々とタレント(注目選手)を輩出し続け、
 今後益々目が離せない競技になった。
 *それにしても市川華菜選手の垢抜けは自信の表れか?
 秘めた闘志に自信が備われば大化けしそうな今後の活躍。
 世間の注目度が高まれば一層のレベルアップが期待できる。

 逆に、
 男子100mは低調と言わざる得ない。

 今年(2011年)の結果が、
 1位:江里口 匡史 10.38
 2位:小谷 優介   10.40
 3位:川面 聡大   10.49

 江里口選手初優勝の2009年の結果が、
 1位:江里口 匡史 10.14
 2位:木村 慎太郎 10.22
 3位:荒尾 将吾   10.23 

 追い風と向かい風の影響を考慮しても、
 銅メダルを獲得した北京リレーの翌年であった3年前。
 大学生達の上位独占の期待に反する現状のレベル低下。
 タレント(注目選手)が揃った北京五輪と比較し、
 男子短距離界でのタレント不足は否めない。

 しかし今大会。
 男子200mを制したのが、
 北京五輪でのタレント選手:高平慎士。

 今年の日本選手権2011では、
 男子:高平 慎士選手
 女子:絹川 愛(めぐみ)選手
 が私の目に映るベスト・パフォーマー。

 長時間番組も紹介されなかった競技があることは残念。
 ダイジェストでもよいので総べての優勝選手の映像を紹介することは、
 各競技の選手達のモチベーションをあげるためにも宜しくお願いしたい。
  
 今年も多くの感動に感謝・感謝。

 <関連記事>
 
*第94回『日本陸上選手権(2010年)』:NHK総合&BS放送予定。
 http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/e/ef717ba6dd857f80c36840bd7964535e


 ~以下NHKホームページより記事転載。

 
国内最高峰の大会である日本陸上競技選手権大会が、
 6月10日から12日までの3日間、
 埼玉県熊谷市の熊谷スポーツ文化公園陸上競技場で開催されます。
 今大会は今年の8月に韓国で行われる世界選手権の代表選考会になっており、
 選手にとっては来年のロンドンオリンピックへとつながっていく重要な大会です。
 男女合わせて700人を超える日本のトップアスリートたちが、
 トラック&フィールドで熱い戦いを繰り広げます。

 男子のトラック種目では、
 
400メートルハードルの為末大選手が日本選手権に3年ぶりにエントリーしました。
 2001年と2005年の世界選手権で2回銅メダルを獲得し世界で戦ってきた為末選手。
 33歳になったベテランハードラーが復活をかけます。
 フィールド種目ではやり投げの村上幸史選手。
 2009年の世界選手権でこの種目で日本人では初めてメダルを獲得し一躍脚光を浴びました。
 この2年は毎年自己ベストを伸ばしており、
 今大会では85メートルを超える投てきを狙っています。
 またハンマー投げにはアテネオリンピックの金メダリスト:
室伏広治選手が出場。
 日本選手権最多連勝記録を更新中の室伏選手は、17連覇を目指します。

 女子では短距離のエース・福島千里選手に注目が集まります。
 北京オリンピック以降100メートルでは国内負け知らず。
 去年のアジア大会でも優勝を果たし世界での活躍が期待されている選手です。
 去年の4月にマークした自身の持つ日本記録11秒21の更新を狙います。
 長距離では10000メートルに出場する福士加代子選手。
 5月の大会では5年ぶりに30分台の好記録をマーク。
 8回目の優勝に向かって順調な仕上がりで日本選手権に臨みます。

 *第95回日本陸上選手権(第1日) 
 
陸上日本一をかけた戦い。
 今大会は世界選手権の代表選考会も兼ねて開催される。
 1年後のロンドン五輪を目指す選手たちの熱戦に期待! 
 大会第1日の注目はハイレベルな争いが期待される女子100メートルの予選。
 自らの日本記録の更新に期待がかかる福島千里。
 今シーズン急成長の市川華菜が決勝に向けてどんな走りを見せるのか? 
 女子1万メートル決勝は長距離の女王・福士加代子が登場!

 *第95回日本陸上選手権(第2日)
 第2日の注目はハイレベルな争いが期待される女子100メートル決勝。
 男子ハンマー投げには王者・室伏広治が登場! 
 男子400メートルハードルにはベテラン33歳の為末大。復活の走りなるか?

 
第95回日本陸上選手権(最終日)
 最終日の注目は女子200メートル。短距離の女王・福島千里が登場する! 
 男子やり投げには前回の世界選手権・銅メダリストの村上幸史が出場。
 日本記録の更新、世界レベルの投てきに期待がかかる。
 日本一速い男は誰だ? 
 男子100メートル決勝は大混戦が予想され目が離せない!

 【解説】:山崎一彦
 【アナウンサー】:竹林宏、冨坂和男

 ~熊谷スポーツ文化公園陸上競技場で収録~


 【参考資料:2010年大会結果:優勝者と記録】

 *男子トラック
 ・男子 100m:江里口 匡史(10秒26/2連覇)
 ・男子 200m:藤光 謙司 (20秒38/初優勝)
 ・男子 400m:金丸 祐三(45秒56/6連覇)
 ・男子 800m:横田 真人(1分47秒25/2連覇4度目)
 ・男子1500m:村上 康則(3分45秒76/初優勝)
 ・男子5000m:松岡 佑起(13分40秒11/初優勝)
 ・男子10000m:竹澤 健介(28分43秒08/初優勝)
 ・男子110mH:田野中 輔(13秒58/2連覇3度目)
 ・男子400mH:成迫 健児 (49秒01/2連覇3度目)
 ・男子3千m障害:武田 毅 (8分47秒61/初優勝)

 *女子トラック
 ・女子 100m:福島 千里(11秒30/2年ぶり2度目

 ・女子 200m:橋 萌木子(23秒56/初優勝)
 ・女子 400m:田中 千智(54秒46/初優勝)
 ・女子 800m:岸川 朱里(2分05秒22/初優勝)
 ・女子1500m:吉川 美香(4分18秒68/5連覇)
 ・女子5000m:福士 加代子(15分29秒80/3年ぶり6度目)
 ・女子10000m:福士 加代子(31分47秒56/3年ぶり7度目)
 ・女子100mH:寺田 明日香(13秒32/3連覇)
 ・女子400mH:久保倉 里美(55秒83/4連覇)
 ・女子3千m障害:早狩 実紀(9分56秒25/5連覇)

 *男子フィールド
 ・男子走り高跳び:高張 広海(2m21/初優勝)
 ・男子棒高跳び :鈴木 崇文(5m50/初優勝)
 ・男子走り幅跳び:菅井 洋平(8m10/2年ぶり2度目)
 ・男子三段跳び :鈴木 義啓(16m17/初優勝)

 ・男子砲丸投げ :畑瀬 聡(17m96/3年ぶり5度目)
 ・男子円盤投げ :畑山 茂雄(58m90/3年ぶり10度目)
 ・男子ハンマー投げ :室伏 広治(77m35/16連覇)
 ・男子やり投げ :村上 幸史(80m60/11連覇)

 *女子フィールド
 ・女子走り高跳び:藤沢 潔香(1m77/初優勝)
 ・女子棒高跳び :我孫子 智美(4m25/2年ぶり2度目)
 ・女子走り幅跳び:井村 久美子(6m31/3年ぶり5度目)
 ・女子三段跳び :吉田 文代(13m24/6連覇・7度目)

 ・女子砲丸投げ :豊永 陽子(15m79/2年ぶり8度目)
 ・女子円盤投げ :室伏 由佳(53m64/9連覇・11度目)
 ・女子ハンマー投げ :室伏 由佳(63m50/3連覇・5度目)
 ・女子やり投げ :海老原 有希(59m01/3連覇・4度目)

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このブログの事&田中好子(キャンディーズ)さんの葬儀と遺言。

2011-04-25 22:00:00 | 芸能・スポーツ

 3月11日以後。
 当ブログでは集中的に東日本大震災について文字にしてきた。
 特に最初の10日間は目の下にクマができながらも、
 さらに言えば体重を2kg落としながらも、
 自分なりの思いを文字に変えた。

 3月11日以前からブログにお越しくださっている方には、
 何を綴っているのか理解できない方も多いのではないかと思う。
 ~2年以上読んでいてくださっている常連の読み手の方は別として。
 今日は少しだけ気分を変えて3月11日以前の感じで文書を進める。


 2011年4月25日。
 元キャンディーズ(アイドルグループ)出身で、
 女優の田中好子(スー)さんの葬儀・告別式が行われた。
 私としては本当に久しぶりに、
 午前8時・正午・午後2時のワイドショーを留守番録画した。
 ワイドショーの留守録は、
 忌野清志郎さん、三沢光晴さん、マイケル・ジャクソンさん
 と自分が好きだった著名人の死去の時に以来だ。
 でも、
 それほどキャンディーズのファンだっけ?
 と思い起こすと、
 自分がファンと言うよりは、
 友人に熱狂的なファンが多かった。

 そう言えば前の家の私の部屋には、
 キャンディーズの大ファンから譲って貰った、
 自作特大パネルが飾ってあった。
 ~別のコアなファンが目を付けて“1万円で売ってくれ”と言われたので、
 譲ってくれた友人にイイ?と確認・了解をとった上でタダであげたと記憶。
 
CDはベスト盤を1枚持っている程度で、
 ファンと言えるか言えないか?

 友人にはファン・クラブに入っている者が2~3人いて、
 金沢で行われたコンサートの話などを聞かされた。
 コンサートなのかファンの集いなのか握手会があり、
 握手してもらったと手袋をしてきたのにはアングリ。

 当時の私の月のお小遣いが約2~3000円の時代に、
 彼らの浪費ぶりは羨ましいような馬鹿げているような。
 でも、
 自営業の家庭では家庭内アルバイトもあって、
 1万円、2万円は自由になっていたようだ。
 ~高校生にもなれば誰もがバイトしたけど。

 夜7時のNHKニュース。
 田中好子
さんが3月29日に録音した肉声テープが流された。
 聞くからに苦しげな口調で語れらる感謝の気持ち(下記に全文)。
 そして死を目の前にしながらも、
 東日本大震災の被災者への哀悼の意を示す強い心は、
 必ず天国で被災された方のお役に立ちたいと思います。
 それが私の勤めと思っています
 に心が震えないものはいないと思う。
 ~本当に3.11以後は誰もが涙もろくなっている。

 このブログでは何度も紹介しているが、
 病床の作詞家:岩谷時子さん(当時89歳)が、
 病床の歌手:本田美奈子さんに語った、
 あなたも私も、
 これから頑張って生きていかなければならない宿命を持っていると思うのね。
 だから力を合わせて何とか幸せに周囲も幸せになるように頑張りましょうね。
 にも通じる、
 著名人(セレブリティ)としての宿命は、
 周囲の幸せばかりか死後の世界の幸福までに思いを寄せる。

 セレブの言葉に秘められた責任(使命・宿命)を思うときに、
 世間の先頭に立つべき姿勢を強く感じた。
 ~成金をセレブと勘違いする輩の多いことには辟易する。

 周囲も幸せにするための責任のある行動と意識。
 私達凡人には思いもよらぬ強い心を持っている。

 話し変わって、
 昨晩BSジャパン(衛星7ch)で、
 尾崎豊さんの半生を綴ったドラマ『風の少年』が、
 成宮寛貴さんの主演で放送された。
 ~放送中の頻繁な地震情報に東北地方の現状を知る。

 当番組はテレビ東京(地上波)で放送されたもので、
 独りのロック歌手を題材にしたTVドラマは、
 2002年テレビ朝日で矢沢永吉さんの著書『成りあがり』を、
 松岡昌宏さん主演で制作されて以来だと思う。

 尾崎豊さんが亡くなって今年で20年。
 実は今日4月25日が、
 尾崎豊さん20年目の命日にあたる。
 ~明日4月26日はチェルノブイリ原発事故から26年目。

 番組情報としては、
 *NHK-FM
 
『今日は一日“尾崎豊”三昧』
 ~2011年5月5日(木・祝)午後0時15分〜10時45分(中断あり)

 
 2011年4月25日。
 遅い桜の花が葉桜になった春本番のはずのその日に、
 石川県加賀地方の一部では雹(ひょう)が降った。
 ~真っ黒な低い雲は雷をともなって1cm程度の氷の塊。
 午後には関東地方では竜巻も発生。
 不安定な自然現象には居心地の悪さを感じる。

 海の向こうでは過去に日本でも話題になった、
 サイババ氏が亡くなったとの報道。
 人は神にはなれないし、
 神が人の身体を借りて言葉を発するなどあり得ない。
 でも、
 信仰する心を否定してしまえば人の心は荒む。
 利用されてはならないものが信仰なら、
 人の心を癒す手段としての信仰を失ってはならない。
 ~人が心の拠り所とする信仰と人が創り出した宗教は異なる。

 2011年は、
 人の死を考える年になると同時に、
 人の生を考える年にもなるだろう。

 キャンディーズが解散した1978年4月4日。
 今の便利と比較すれば不便な時代ではあろうが、
 今よりも“ず~っと楽しかった”と振り返る理由は、
 決して(学生時代の)若さだけではないだろう。
 人の生を考える上での人が人を必要とした時代。
 1978年の日本は人と人の繫がりが今よりも顕著だった。
 それが不便な時代の証(あかし)なのかもしれない。
 
 
 mimi-fuku通信らしく、
 忌野清志郎さんの特集番組(再放送)の情報を少し。
 ~祝日の1日に一挙放送。
 
 NHK-BSプレミアム
 熱中スタジアム「忌野清志郎」(前編)(再)
  ~2011年4月29日(金)午前11:40~午後0:24  

 熱中スタジアム「忌野清志郎」(後編)(再)
  ~2011年4月29日(金)午後0:24~1:08  

 忌野清志郎が描いた500枚の絵画~(再)
  ~2011年4月29日(金)午後1:08~3:07  

 忌野清志郎、ゴッホを見に行く(再)
  ~2011年4月29日(金)午後3:07~3:31  


 そして今夜から、
 巨大地震のため放送が延期になっていた、
 *NHKアニメ:もしドラ(全10回シリーズ)
 の放送を開始。

 また現在BSプレミアムでは、
 美術ファン垂涎の必見番組は4夜連続。
 『シリーズ:若冲ミラクルワールド』
 ~現在視聴中の細密細緻な超絶映像描写。

  <色と光の魔術師~“奇跡の黄金”の秘密に迫る~> 
  ~2011年4月25日(月) 午後9:00~10:30      

 <カタチに命を吹き込む~細密表現と視覚のトリック~>  
  ~2011年4月26日(火) 午後9:00~10:30   -

 <国際人:JAKUCHU~千年先を見つめた絵師~>   
  ~2011年4月27日(水) 午後9:00~10:30 

 <黒の革命~水墨画の挑戦者~> 
  ~2011年4月28日(木) 午後8:00~9:30 

 *番組ナビゲーターは嵐の大野智さん
 *番組ナレーターは女優の中谷美紀さん。
  
~中谷さんはTBS:仁(JIN)の花魁役も高評価。

 さらにクラシック音楽のファン必見番組は、
 NHK-BSプレミアム
 
『ミュージック・フォー・ジャパン』
 ~2011年4月30日(土)午後11時30分~

 2011年3月11日の東日本大震災から1ヶ月。
 世界中から多くの支援が被災地に寄せられる中、
 世界の音楽界、アーティストたちも相次いで支援に乗り出した。

 ベルリンでは、
 世界最高峰のオーケストラ:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団が、
 震災後まもない3月16日の定期演奏会の曲目を変更し、
 巨匠ベルナルト・ハイティンクの指揮で、
 ポーランドの作曲家・ルトスワフスキの「弦楽のための哀悼音楽」を演奏。
 芸術監督サイモン・ラトルのメッセージと共に収録された。

 パリでは、
 4月6日に歴史と格式を誇るシャンゼリゼ劇場で、
 ヨーロッパで活躍する世界のトップ・アーティストが結集し、
 チャリティー・ガラ・コンサートが行われた。
 出演したのは、
 ピアニストのマルタ・アルゲリチ、児玉桃、
 バイオリンの庄司紗矢香、 ルノー・カプソン、
 オペラ歌手のナタリー・デセイ、ロランド・ヴィラゾン、大村博美、
 ダンサーのシルヴィー・ギエム、ニコラ・ル・リッシュ、アクラム・カーン、
 等で日本から指揮者の小澤征爾さんがメッセージを寄せた。
 (NHKホームページより記事転載)

 
と久しぶりの番組情報を掲載。 
 ただし当分は、
 震災についての記事が多くなります。
 ご容赦ください。

 ~以下Web記事転載。

 【田中好子さんの遺言】

 こんにちは。
 田中好子です。
 今日は3月29日(2011年)。
 東日本大震災から2週間が経ちました。
 被災された皆様のことを思うと、
 心が破裂するような、
 破裂するように痛み、
 只々亡くなられた方々の、
 ご冥福をお祈りするばかりです。

 私も一生懸命病気と闘ってきましたが、
 “もしかすると負けてしまうかも”
 知れません。

 でもその時は、
 必ず天国で被災された方のお役に立ちたいと思います。
 それが私のつとめ(任務)と思っています。

 キャンディーズでデビューして以来、
 本当に長い間お世話になりました。
 幸せな、幸せな人生でした。

 特に、
 蘭さん。
 美樹さん。
 ありがとう。
 2人が大好きでした。

 映画にもっと出たかった。
 テレビでもっと演じたかった。
 もっともっと女優を続けたかった。
 お礼の言葉を、
 いつまでもいつまでも伝えたいのですが、
 息苦しくなってきました。

 いつの日か、
 妹(義妹)夏目雅子のように、
 支えて下さった皆様に、
 (支えて下さった)社会に、
 少しでも恩返しができるように、
 復活したいと思います。
 かずさん(夫の一雄さん)。
 よろしくね。

 その日まで、
 さようなら。

 (2011年4月25日:産経ニュース記事転載)


 【伊藤蘭弔辞全文】

 スーさん。
 あなたが旅立つときに一人で寂しくないように、
 美樹さんと一緒に名前を何度も呼びました。
 私たちの声はちゃんと届いていましたか? 
 時間が経って大切な人を亡くした寂しさが、
 こみ上げてきて私たちは困惑しています。
 お互い幼い中学生の時に出会い、
 その後キャンディーズで喜びも苦しみも共にし、
 素晴らしい青春時代を過ごすことができました。
 いつも春のように優しいほほ笑みで、
 私たちを包んでくれました。
 その後も女優としていい仕事をたくさんして、
 多くの人に感動を与えてくれました。

 体のことを打ち明けられたときは、
 「なぜスーさんが?」
 と悔しい気持ちでいっぱいでした。

 本当は辛いはずなのに何時も3人で会う時は、
 「笑うときが一番の薬なのよ」と言って、
 明るく楽しい時間を過ごし、
 反対に私たちの方が励まされていたような気がします。

 3人の中では一番年下で甘えん坊だったスーさんがいつの間にか、
 “強く頼もしく心豊かな女性”になっていたことに驚かされました。
 お見舞いに行った時も体調が思わしくないのにもかかわらず、
 私たちを気遣い何時ものようにユーモアを忘れない、
 本当に可愛いスーさんでしたね。

 愛情いっぱいのご主人:一雄さんや、
 スーさんが一番気にかけていた、
 お父さん、お姉さん、そのご家族、
 いつもそばに寄り添っていた、
 マネジャーの丸尾さんのお気持ちを思うと、
 とても胸が痛みます。

 私たちはみんな大好きなあなたの笑顔を、
 そして最後まで病気と闘い、
 立派に生き抜いたその勇気を決して忘れることはありません。
 “それを支えになんとか頑張って生きていかなければ”
 と自分に言い聞かせています。
 どうぞ私たちのことを見守っていてくださいね。
 ただ、
 もう一度だけでいいから3人で会いたかったです。
 約束していたのに果たされなかったのが残念でなりません。
 だから、
 今はまださよならは言わずにおきますね。
 いつか会えるときまでもう少しだけ待っていてね。
 これからは、
 今までの心配や不安から解き放たれて、
 どうかゆっくり休んでほしいと思います。

 美樹さんと私にとって、
 いつまでも特別な存在のスーさん。
 心から感謝しています。
 ありがとう。
 スーさん。
 ずっとずっと愛しています。

 (2011年4月25日:スポーツニッポン記事転載)


 【藤村美樹さん弔辞全文】

 スーさん。
 なんでそんなに早く逝っちゃったの。
 おばあさんになるまで恒例の集合写真たくさん撮りたかったのに。
 今度から、
 蘭さんと(水谷)豊さんと3人だけでスーさんがいないなんて寂しいよ。

 数年前。
 スーさんからがんと聞かされたときは本当にショックでした。
 でも、
 「信頼できるお医者さまがついているから大丈夫」
 と言ってそのことを前向きに受け止めていて、
 私たちをいっとき安心させてくれましたね。
 その後も会うたびに変わらぬ笑顔でいつも決まって深夜遅くまで、
 お菓子を食べお茶を飲みながらおしゃべりをしたよね。
 心から楽しかった。
 3人プラス豊さんとのあの場。
 あの時をずっと忘れないよ。

 家族や周りの人には心配をかけたくないとの思いで、
 病気のことを隠して必死に走り続けた数年間、
 本当によく頑張りましたね。
 スーさんのことだからすごく辛い時にも、
 優しい心配りで周りの人たちを和やかにさせ、
 その場の雰囲気をパーッと明るく変えたのではないか?
 と想像できます。

 最後まで頑張り通したスーさん。
 亡くなる当日も本当によく頑張ってくれましたね。
 ありがとう。
 私も蘭さんも“もう間に合わないか”と思ったけど、
 3人がそろってからのあの数時間は奇跡でした。

 いつもなら絶対に集まることは不可能な親族もみんなが勢ぞろいし、
 スーさんを取り囲んでお話をしたり、
 代わる代わる声をかけたり手をさすったりしました。
 その柔らかい手の感触を今でも思い出します。

 スーさんは一足先に天国に行ってしまうけど、
 “天国はそれはそれは素晴らしい所”
 らしいですね。

 スーさん。
 どうですか?
 おばあちゃんとおじいちゃん、
 かずちゃん(弟)やお母さん、
 (夏目)雅子ちゃんにも会えましたか?

 神様はこの世のお役目を果たした人を、
 そちらへ呼んでしまうようです。
 スーさんはもうお許しが出たのですね。
 それは神様からのプレゼントだっていうこと。
 新たな命を頂いて、
 そちらで幸せに暮らしてください。

 どうやら私たちは、
 まだ、
 神様からお許しが出ないので、
 スーさんの分まで、
 明るく前向きに、
 一生懸命誠実に、
 一日一日を生きます。
 私たちもいずれそちらに行きますので、
 それまで待っていてね。

 また3人で歌いましょう。
 本当にキャンディーズは楽しかった。
 本当に私たちはスーさんと出会えて幸せでした。
 私たちは永遠にキャンディーズだからね。
 おそろいのものも大切にするよ。
 ありがとう、スーさん。
 愛しているよ。

 (2011年4月25日:スポーツニッポン記事転載)

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