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どこまでだって歩いていけるさ

2012年1月22日 それまでの日記を引き連れてOCN Cafeから移住。
新しい扉の向こうには何があるのだろうか。

それでいい―恒例のチョイと遅くなったお墓参り

2016年06月01日 | 日記
今日から解体工事が始まる

何度もその機会はあったのに私はなぜか先延ばしにしていて 今朝 解体業者の方々に挨拶がてら やっと家の最後の姿を写真に収めた

そうしようと数日前から決めていたので 今朝は早起きをした

早起きといってもいつも5時過ぎに起きているのを 今日はまだ真夜中の2時過ぎということ

そうして支度をしているうちに そうだ ついでだからお墓参り(掃除)にも行こうと思い立った

いつもならGWには行っていたのに 今年はそれどころでは無かった

梅雨に入ってからではチャンスを失う

お墓掃除セットを取り出して 手帳に書いてあるチェックリストと照らし合わせる

抜かりはない!


工事は8時から始まるはずだったのに 家に着いたらすでに工事会社の方は来ていた

伝えたいことを残し 写真を撮り お願いしますと告げていざお墓へ

いつもはお彼岸を避けた週末に行くことにしていて それでも墓地にはいつもそこそこの人がいるのに 今日はさすがに閑散としている

多磨霊園は広いので 一人での墓参の時にこうも人が居ないと少し怖い

怖いというのは お化けが出るとかじゃなくて 怪しい人の存在

母は その母親(私の祖母)から 決して一人でお墓参りはしないようにと言われたとか

それは その時の心情とか あるいは 一人で行く状況とかを考えてのことだったかもしれないけれど 私は一人で行くしかないじゃん

お墓参りといってもお墓掃除のようなものだし 職人だと思えばいいと自分に言いきかせて それでも貴重品を置いてお墓を離れることはできないし 今時のカラスもけっこう怖い


ともかく到着して 例の百日紅がどうなっているかが一番の見どころ

というのも 毎回(半年ごとだけれど) この木の枝がめちゃめちゃ伸びきっていて 鋸で簡単に切れるけれども 数メートルと伸びた木を短く切って捨てに行くのもけっこう大変だったのだ

そこで前回 根本しか残っていないその木の全体を 黒いビニール袋で覆って紐で結んでおいたのだ

おうおう 私の作戦は見事成功!!

下の方から伸びた枝は数本 しかもなよなよしていて短い

やったね!!


それでも 剪定やら草取りやら(草は全然大したことなかった)で 掃除がすっかり終わり 供えるものも供え お線香に火をつける時には正午になっていた

報告することは沢山ある

お線香が煙をあげている時間が 私と両親との会話の時間

それでも今日は あまりうまく報告できなかった

頑張っている自分と 少しずつ年を重ねる自分を感じ始めている

勿論 まだまだこの程度の事で疲れたりはしていない

ただこの先 10年後 20年後のことを思わないでは無かった


いつものようにまた来るねと挨拶をして 二度三度振り返りながら広い墓地の中を駅まで戻る

私の計算では 年老いた母の手を握りながらゆっくりゆっくり歩くはずだったのに

何度となく両親には内緒で想像したその映像は ついに現実のものとなることは無かった(父よ すまない!)


お墓は亡くなった人のためにあるものではない

今 生きている人のためにある

はっきりとそう思うようになった

いつかは都霊園の事務所に行って 相談しないといけない

はっきりとわかっているのは 私のためのお墓は必要ないということだけ

そして それでいい


捨てられなかった本のこと

2016年06月01日 | 日記
本を沢山整理したことは書いた

二度と読まないと思う本もあれば 惜しみつつ捨てたものもある

特に 辞書の類を捨てるのは辛かった

しかしこれから先の人生を考えた時 多くの本を所有することを断念することが賢明と考えた

それに 仮住まいへの引っ越しにも不都合だった

それでも それなりにあるもので 段ボールに本だけを入れてしまうと 私にとっては重過ぎて腰を痛めそうだったので 半分本を入れたら残りはタオル類を入れると言った具合に工夫なければならなかった

随分と捨てたつもりだったのに それでも捨てきれなかったものの多さに我ながらあきれた


捨てられなかった本の中に 植草甚一のスクラップブックシリーズがある

知る人ぞ知るファンキーなJ・Jおじさんである

映画 洋書 ミステリ ジャズ ロック サブカルチャー そして本とレコードの収集 コーヒーと喫茶店 古書店 独特なおしゃれ ニューヨーク

彼を紹介するとき こんな言葉が浮かぶ

一度だけ 彼を神保町で見かけたことがある

本当に小柄な人だった


何から どんなきっかけで彼を知ったのか 記憶は全くない

ミステリ雑誌だったのか あるいは ジャズからか 

若い頃に影響を受けた人のひとりである

『雨降りだからミステリーでも勉強しよう』 『ぼくは散歩と雑学がすき』 『こんなコラムばかり新聞や雑誌に書いていた』

こんな題名も新しかったし 彼が自分の事を「ぼく」と書くことも 特にいったいに一文が長くて話しているように書くところなんかが特徴的だった

私も散歩と雑学が好きと思ったし 古書店に通ったのは彼を真似てのことだったと思う

ある種 憧れの人でもあった


彼が買い続ける本の重さに耐えかねた床が抜けたこともあり 本のために部屋を借りていたともきく

しかも レコードの収集もかなりのものだった

どちらも 場所を取るし 非常に重いものだ

当然 こんな状態に奥さんがいい顔をするわけがない

彼が亡くなった時 本は古書店が引き取り(全てかどうかは知らない) レコードはタモリが買い取った

奥さんにとってはせいせいした というところだった

レコードは全てを 本もその多くを手放した今の私には 奥さんの言い分もよくわかる


晶文社の編集者として長く彼と付き合いのあった人が 彼についての本を出している

『したくないことはしない 植草甚一の青春』

けれど 私には 彼は したいことをした のだと思える

あれほど海外の文化に浸った生活だったのに長く行くことはぜず そのくせ ニューヨークのアベニューやストリートには詳しくて どこにどんな店があるかも知っていた彼が 晩年渡米した途端にすっかり気に入った話は面白い

そして 勿論 そこでも山のように古書を買ったのだった