リオリオこんにちは。撮影は順調ですか?
さて心配症の兄貴が書いていたここ数日の風による放射能の全国的飛散の心配ですが、ドイツ気象局の報告だと、西風の流れに変わるようで、西風だと福島からは、太平洋の海上側に、風が吹くことなので、ひとまず全国的飛散は避けられそうです。ご心配をされた方へ、ひとまず安心されて下さい。
しかし、冷却汚染水がついに定期的に海に放出される状況で、コウナゴから高い濃度の放射性物質が検知されるなど、大気、大地、そしてこれから大海の汚染と向き合わなければならなくなります。
他の生物をも汚染し、安心だからという表現の中で人々の心にも多大な不安を与え、そして農業、漁業、海外への輸出産業や海外からの観光産業にも与え、そして直接作業される方及びご家族への精神的負担、いつ帰れるのがわからない故郷と切り離される人々への思い、そして今費やされている資金負担も含めて、ここまでして、電力維持の為に原発維持の社会を保たなきゃいけないのでしょうか?確かに私達はこれから原発を止めたら、産業構造も変わるかもしれませんし、不便なことも増えるかもしれません。でもそれでもこんなに多くの人を不安にするものであれば、私は不安より喜んで不便な社会を未来には期待したいのですが、皆さんはどう考えられるでしょうか?
私は最近何かを人は決める時に、強者の論理と弱者の論理があるように思えてなりません。私は多少理性的理論的に受け止める心があるので、こんな中でも、まだ冷静に希望を探せることはできますが、うちの姉や父といった病気を抱えたものなどには、どんなに語っても不安を感じたり、現にPtsd心理的な外傷性ショックや、テレビや様々な報道などの悲しい厳しい現状などで心身の調子を崩された方もいらっしゃると思います。私は理論的な安心だけでははかれない弱者の論理を無視してはいけないと思うのです。原発には大きなエネルギーや利潤を生み出すという強者にとっての魅力が強い技術だということも、間違いなくあると思います。だからきっとこんな大惨事があっても、間違いなく、安全性の徹底という言葉に基づく、原発維持の方向は必ず出てくると思います。私は争い事が苦手なので、デモで何かを変えようとかは合わない人です。だけど今回は、やっぱり脱原発を目指したいという気持ちです。どうしたら人の善意ど努力でこの不安な社会を穏やかに不便な、でも弱者に優しい社会にしていくことができるかな?
みんながどんな社会を望むかは、各人によって違うと思いますが、もし強者でなく弱者をも共に助け合う社会を望む方がいらっしゃったら、これからも少しづつですが、何ができるか考えていきたいですね。革命や争いでなく、話し合いと思いやりで、未来の日本にも穏やかな西風が吹くことを願っています。
リオリオも一人の人間だから、きっと別の考え持っていると思うけど、でも脱原発や弱者の論理を共有できる天使だったらいいなと願うミッキーでした。
さて心配症の兄貴が書いていたここ数日の風による放射能の全国的飛散の心配ですが、ドイツ気象局の報告だと、西風の流れに変わるようで、西風だと福島からは、太平洋の海上側に、風が吹くことなので、ひとまず全国的飛散は避けられそうです。ご心配をされた方へ、ひとまず安心されて下さい。
しかし、冷却汚染水がついに定期的に海に放出される状況で、コウナゴから高い濃度の放射性物質が検知されるなど、大気、大地、そしてこれから大海の汚染と向き合わなければならなくなります。
他の生物をも汚染し、安心だからという表現の中で人々の心にも多大な不安を与え、そして農業、漁業、海外への輸出産業や海外からの観光産業にも与え、そして直接作業される方及びご家族への精神的負担、いつ帰れるのがわからない故郷と切り離される人々への思い、そして今費やされている資金負担も含めて、ここまでして、電力維持の為に原発維持の社会を保たなきゃいけないのでしょうか?確かに私達はこれから原発を止めたら、産業構造も変わるかもしれませんし、不便なことも増えるかもしれません。でもそれでもこんなに多くの人を不安にするものであれば、私は不安より喜んで不便な社会を未来には期待したいのですが、皆さんはどう考えられるでしょうか?
私は最近何かを人は決める時に、強者の論理と弱者の論理があるように思えてなりません。私は多少理性的理論的に受け止める心があるので、こんな中でも、まだ冷静に希望を探せることはできますが、うちの姉や父といった病気を抱えたものなどには、どんなに語っても不安を感じたり、現にPtsd心理的な外傷性ショックや、テレビや様々な報道などの悲しい厳しい現状などで心身の調子を崩された方もいらっしゃると思います。私は理論的な安心だけでははかれない弱者の論理を無視してはいけないと思うのです。原発には大きなエネルギーや利潤を生み出すという強者にとっての魅力が強い技術だということも、間違いなくあると思います。だからきっとこんな大惨事があっても、間違いなく、安全性の徹底という言葉に基づく、原発維持の方向は必ず出てくると思います。私は争い事が苦手なので、デモで何かを変えようとかは合わない人です。だけど今回は、やっぱり脱原発を目指したいという気持ちです。どうしたら人の善意ど努力でこの不安な社会を穏やかに不便な、でも弱者に優しい社会にしていくことができるかな?
みんながどんな社会を望むかは、各人によって違うと思いますが、もし強者でなく弱者をも共に助け合う社会を望む方がいらっしゃったら、これからも少しづつですが、何ができるか考えていきたいですね。革命や争いでなく、話し合いと思いやりで、未来の日本にも穏やかな西風が吹くことを願っています。
リオリオも一人の人間だから、きっと別の考え持っていると思うけど、でも脱原発や弱者の論理を共有できる天使だったらいいなと願うミッキーでした。