言語空間+備忘録

メモ (備忘録) をつけながら、私なりの言論を形成すること (言語空間) を目指しています。

経済的に余裕のない者の受験機会の確保

2009-12-06 | 日記
日本裁判官ネットワークブログ」 の 「ロースクールの現場から日本の将来を憂う

 ネットワークOBで現在ロースクールで教鞭を執っている立場から,ロースクールの最近の情勢をお伝えします。

(中略)

 しかも,進学には学力だけではなく,経済力も必要なため,学力はあっても経済力の乏しい者は進学を断念せざるを得なくなってきています。そのため本来法曹になるにふさわしい資質のある学生がロースクールを敬遠する傾向も顕著で,数年先には法曹の質の低下が深刻になると危惧されます。
 もともと旧司法試験の受験生が予備校でのマニュアル的な勉強に依存しているという弊害が叫ばれて始まったのがロースクールです(私は勉強には方法論が必要で,それをエキスパートに指導してもらうこと自体悪いとは思っていませんが)。しかし,実際にはロースクールの学生は今まで以上に試験を意識した勉強に走っており,試験に必要かどうか,役に立つかどうかを非常に気にしています。かつての司法試験受験生のように自分から学ぼうという姿勢に乏しく,教員におんぶに抱っこで要求ばかりする者も増えているように思います。

(中略)

 しかもそこまで時間とお金をかけても,薬剤師も教師もそれほど待遇がいいわけではありませんし,弁護士でも就職難に苦しみ,歯科医師さえ倒産する時代です。家計に余裕がなければ人生をかけてまでチャレンジできるものではありません。
 日本は,金持ちでなければ資格をとるスタートラインに立つことさえできない社会になりつつあるようです。しかも,そのチャンスに恵まれた若者はそれを所与のものとして,そのチャンスがない者への理解も共感もなく,特権を浪費しています。なぜ,有り余る冨を持つ世帯にまで定額給付金や子ども手当を税金から配らなければならないのか,理解に苦しみます。
 文明論者によると,ギリシャ,スペインからアメリカに至る世界の歴史を見ると,その覇権のピークになると弁護士,医師,保険業者が増え,その後その社会は衰退していくそうです。果たして日本はどうなるでしょうか。
 個人的には,中卒,極道の妻からでも,一念発起して弁護士になった大平光代さんのような方にも開かれている旧司法試験の方が平等でよかったと思います。


 現在のロースクール制度には問題がある、と指摘したうえで、旧制度のほうが平等でよかった、と評されています。



 上記記事は説得力に欠けていると思います。



 まず、

 「進学には学力だけではなく,経済力も必要なため,学力はあっても経済力の乏しい者は進学を断念せざるを得なくなってきています。そのため本来法曹になるにふさわしい資質のある学生がロースクールを敬遠する傾向も顕著で,数年先には法曹の質の低下が深刻になると危惧されます。」

と書かれている点についてですが、

 旧制度下においては、合格者数が少なかったために、「本来法曹になるにふさわしい資質のある学生が司法試験を敬遠する傾向が顕著で,法曹の質の低下が深刻になると危惧され」 た、とも考えられますから、

 旧制度にも新制度にも問題がある、と結論されると思います。したがって、現行制度に対する批判として、説得力に欠けていると思います。



 次に、

 「もともと旧司法試験の受験生が予備校でのマニュアル的な勉強に依存しているという弊害が叫ばれて始まったのがロースクールです(私は勉強には方法論が必要で,それをエキスパートに指導してもらうこと自体悪いとは思っていませんが)。しかし,実際にはロースクールの学生は今まで以上に試験を意識した勉強に走っており,試験に必要かどうか,役に立つかどうかを非常に気にしています。かつての司法試験受験生のように自分から学ぼうという姿勢に乏しく,教員におんぶに抱っこで要求ばかりする者も増えているように思います。」

と書かれている点についても、

 「かつての司法試験受験生のように自分から学ぼうという姿勢に乏し」 いのであれば、旧制度にも新制度にも問題があるのであって、現行制度に対する批判として、やはり、説得力に欠けているのではないかと思います。



 経済的な平等 ( 経済的余裕のない者にも受験機会を与えるべきである ) 、という点については、たしかにその通りだとは思いますが、

 経済的に余裕のない者の受験機会の確保は、奨学金等の貸与制度の充実 ( 返済不要の奨学金等も含みます ) 、ロースクールの授業料減免制度等によって対応するのが当然であり、ロースクール制度そのものを否定する根拠にはなり得ないと思います。