日本裁判官ネットワークブログ
日本裁判官ネットワークのブログです。
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このブログは、日本裁判官ネットワークという司法改革について発言する現職裁判官メンバーと、元裁判官サポーターによる共同執筆です。投稿は各個人の見解であり、日本裁判官ネットワークという団体の公式見解などではありません。メンバーもサポーターも、種々多忙なため、なかなかうまく更新できませんが、どうか長い目で見てください。今後ともよろしくお願いします。



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gooブログの仕様変更により、広告が表示されるようになりました。ブログ記事の内容との関連性から、弁護士事務所の広告等が表示されるようです。申すまでも無いと思いますが、これは日本裁判官ネットワークとして選定した広告が掲載されているわけではありません。広告に表示された法律事務所を当ネットワークが推奨しているなどと言うことはありません。どうぞご理解ください。



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「迅速かつ効率的な裁判の実現を図るため、諸外国の状況も踏まえ、裁判における手続保障等総合的な観点から、利用者目線で裁判に係る手続等のIT化を推進する方策について速やかに検討し、本年度中に結論を得る。」(未来投資戦略2017(ポイント)p.29)
先般、内閣で閣議決定された未来投資戦略には、裁判手続のIT化の推進が盛り込まれています。
また、「司法のIT化ードイツの現状」という森下判事補の報告によれば、「ドイツの裁判所から紙が消える日が近づいている」そうで、2022年1月までに裁判所に提出される書面は全て電子化されるとのことです(法曹2017年6月号)。
私は、以前から、裁判手続は情報処理過程であり、裁判所は紛争に関する情報の処理を行う「情報処理産業」であると考えています。裁判所は、他の行政官庁のように、国民に対して給付サービスを行うわけでもないですし、国民に直接働きかける実働人員を持っているわけでもありません。裁判所は受動的な法原理機関であって、利用者が持ち込む情報(主張と証拠)から過去に生じた事実を再構成し(事実認定)、それに法規範を当てはめて一定の結論を生み出し(法適用)、その判断を結果と過程を含めて利用者に回答する(判決)というのが「司法サービス」の本質であろうと思っています。
そうすると、裁判手続は、情報処理技術の利用に馴染む面が多いと思うのですが、残念ながら、そうした観点から裁判事務のIT化を検討しようとする動きはあまり見受けられません。逆に、情報セキュリティの観点から個々の職員のパソコンからのインターネット接続は遮断されているし、不審メールの情報が毎週のように「回覧」されています。
回覧というのは、知らせたい内容の書いた紙を決裁板というものに挟んで机から机へと回し、自分が見たら名前のところにチェックの印を入れて、次の人に回すことを言います。不審メールの情報を知らせるメールを見る前に、不審メールを開けてしまわないようにと、不審メールの情報を知らせるメール本文を管理職がプリントアウトして回覧するのだそうです。私にとっては・・・・*以下略)
裁判所において、紙は「神」のようなものであり、裁判所法74条には「裁判所では、日本語を用いる。」とありますが、実は同条には隠れた第2項として「裁判所では、紙を用いる。」と定められているのではないかと思うぐらい、裁判所は紙(書類)にこだわります。裁判所は、紙(書類)に載せられている情報を電子データとしてシステムで管理することはあっても、情報自体を紙以外の媒体で受け取ることはほとんどありません。ですから、未だにファクシミリが主流であり、電子メールを裁判事務に使うことはないのです。紙(書類)=訴状などの情報を独自のシステムに入力して電子データ化し、さらに紙(書類)自体=事件記録とシステムの電子データの両方を併せて保管し、紙(書類)=債務名義に加工して当事者の元に届けるのですが、その手続の運営はあまり効率的とはいえないように思います。紙(書類)と電子データの2つによって情報が管理されれば、自ずと実体のある紙(書類)が優先されてしまうのは人間の本性というものでしょう。裁判所の仕事量は、実体として存在する事件記録(書類)の分量で測られているのではないかと感じることすらあります。
裁判手続のIT化に関しては、わが国は欧米諸国からも20年以上は遅れているのではないかと思うので、未来投資戦略2017の提言を受けての方策がどのようなものになるのかが、注目されます。


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SF作家で、ショートショートの神様ともよばれる星新一氏の作品に「服を着たゾウ」という作品があります(星新一「マイ国家」新潮文庫所収)。
ざっとこんなあらすじです。
催眠術の分野で優れた才能を持つ一人の男が、気まぐれで動物園にいるゾウに「おまえはゾウではない。人間なのだ。」と催眠術をかけます。ゾウは、自分が人間であると思い込んで、檻の鍵を開けて外に出ます。ハダカで外を歩くのが恥ずかしいとゾウは、洋服屋で洋服を特別に作ってもらいます。そして、お金のないゾウは洋服屋が紹介してくれた芸能プロダクションで働いて、その代金を支払うことにしました。最初は、社長からゾウ扱いされて憤慨したものの、ゾウの役として演じるのならと納得して働き、たちまち、大人から子供まで全ての人に愛される人気者になります。そのあともゾウは熱心に働き、無駄な遊びもせずひまがあると読書にふけりました。そうして、貯めたお金で、遊園地やお菓子の会社、おもちゃの会社を経営し、その良心的経営で大成功して得た利益を、恵まれない人たちに惜しみなく分け与えます。ある人から成功のひけつをきかれたゾウは、こう答えます。
「わたしの心の奥に、おまえは人間だ、という声がひそんでいるのです。しかし、人間とはなにか、わたしにはよくわからなかった。そこで、本を読んで勉強したのです。人間とはどういうものか、人間ならなにをすべきか、などについてです。つねに学び、考え、その通りにやってきただけです。わたしが世の中に役立っているとすれば、このためかもしれません。」
お話は、多くの人は自分が人間だということをちゃんと考えたことがない、だから、一度、催眠術師に自分は人間だと暗示をかけてもらった方がいいのではないかと結ばれています。
私は、この短編が大好きで、今でも時折、思い出すことがあります。
 
ある日、裁判所で働いていた私に、誰かが「お前は裁判官だ」という暗示をかけました。私は、自分が裁判官だと思って、法壇に上がるのに必要な黒い法服を作ってもらい、その代わりに一定期間の研修を受けました。しかし、裁判官なのに、いろいろなことを全部わかっていないことが不安ですし、本当にちゃんとやれているのかいつも心配です。時折「お前は司法試験に受かっていないじゃないか」という声を聞くこともあって、それで今でも一生懸命、いろいろな本を読んで勉強しています。
私は、自分の心の奥にある「お前は裁判官だ」という声に従い、裁判官なら何をすべきかを勉強し、常にそれに向かって努力しなければなりません。法廷に来る当事者や代理人弁護士、また私の周りの人々が私を「裁判官」だと認めてくれるよう、私は多くの人がこうあってほしいと願う「裁判官」のように振る舞い、多くの人に「裁判官」の判断だと受け入れてもらえるような判決を書き、「裁判官」に対する期待に応え続ける必要があると思っています。
だから、私はずっと「裁判官とは何か」を考え続けています。
しかし、「裁判官とは何か」という問いは実は「人間とは何か」という問いかけと同様、大変難しく、私を悩ませます。私は、誰よりも裁判官らしくありたい、誰からも裁判官だと認めてもらえるようになりたい、そう願い、あれこれと先輩諸氏の書かれた本を読んだり、いろいろな人からの話を聞いたり、自分で勉強したりするのですが、時折、わからなくなるのです。
ディズニー映画では、願い続けて頑張っていればいつかは夢が叶うことになっていますが、それは映画やおとぎ話の中だけのお話。現実は違います。勿論、星新一のショートショートも。
でも、簡易裁判所判事である私は、無事に定年を迎えた後、あなたは「裁判官」として立派に職責を果たされましたが、その秘訣は何だったのですか、と聞かれてこう答えたいのです。
「私には法曹資格はありませんでしたが、自分の心の奥底にある「お前は裁判官だ」という声に従い、裁判官なら何をすべきかを勉強し、常にそれに向かって努力してきました。」と。
 
判例時報2327号には宮本康昭氏の論文「岐路に立つ裁判官(1)ーいま裁判官に求められているもの」が掲載されています。
宮本氏は、憲法の教科書であれば必ず掲載されている宮本判事補再任拒否事件の当事者です。厳しい時代に不本意ながらその地位を去らねばならかった氏が渾身の気魄を込めて書かれたものであり、これからの困難な時代に、私のようなものにも「裁判官とは何か」を語ってくれているような気がしました。
 
皆さんは、私たち裁判官に何を求めますか。


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仕事をしていて、どうにも気になる言葉があります。幾つかのそうした言葉について、少し考えてみました。最後は「郵券」。
「ゆうけん」と読みます。ワープロで一発では変換してくれません。普通の辞書には載っていないようですし、法令用語というわけでもないようです(民事訴訟費用等に関する法律でも「郵便切手等」と規定していて、「郵券」とは書いていません。)。おそらく、裁判所でしか使わない用語ではないかと思います。もはや符丁のようなものでしょうね。
「よのうゆうけん」と言われても、正確に漢字が思い浮かぶ人はほとんどいないと思います。訴えを起こす人が最初に納める切手のことです。相手方に訴状などの書類を送るときに使う切手です。
じゃあ、「きって」と言えばいいじゃないかと思うのですが、なぜか、裁判所の人は「ゆうけん」と言います。一般人にはわからない仲間うちの符丁のようなものです(ほら、中華料理屋さんの厨房で、よくオーダーの声がするでしょう、あれに近いような気がします。)。
私は、ずっと「きって」と言っていますが、裁判所の中ではちょっと仲間外れのような感じです。新採用職員の方が「郵券」と言った後に「ああ、切手ね」と言って変な目で見られています。
私だけ、気にしています。
裁判の世界は、こうした仲間内の符丁のような言葉が多くて、大変です。専門用語ですね。法律の勉強は外国語の勉強に似ていると何かの本で読んだことがありますが、本当にそうです。そういう専門用語は使い始めると、格好がいいし、正確かつ簡潔なので、専門家どうしで話をする時には大変便利なのです。
ただ、この符丁を一般の人に対して使うとどうにも意思疎通が図れず、司法というものがどんどん市民から遠いものになっていくような気がします。ちなみに裁判員裁判が導入された際には、そういう法律用語を日常用語に言い換えるための用例を集めた本が出版されていました。
「郵券」は特に専門用語というわけでもなさそうだし、どうしてそう呼ぶのか不思議ですね。
以前、傍聴した法廷で、被告席におずおずと座っている一般の老婦人に対して「それで、請求原因事実の認否はどうなりますか?」と聞く裁判官がいて、びっくりしました。そんな風に聞いたって一般の人がわかるはずがないし、逆に、老婦人が立ち上がって「はい、請求原因事実1は不知、2は認める・・・」なんて言ったらこちらがびっくりさせられます。私は、法廷に来る人が自分の両親や親戚、兄弟、友人だったらと考えるようにしているので、そういう聞き方はしないようにしています。
私はいつもこんな風にお尋ねしています。「裁判所から送った書類の中に、訴状というのが入っていたでしょう。読みましたか。そこには、あなたが借りたお金をまだ返していないということが書いてあるのだけど、間違いないですか。うん、そう、カードを作ってね、お金を借りましたか。そうですか。生活が苦しくて返せなくなったと。なるほど、それで、そこに書いてあることでどこかわからないところはありますか?」と。和解条項の説明なんかも「期限の利益喪失」と言ってもよくわからないかもしれないと思い、「毎月の返済をしないで、その未払いの額が*万円になると、もう分割で支払うことはできなくなって残りのお金、全部いっぺんに返さないといけなくなります。それに、その場合には、元金だけでなく、そこから年*パーセントの割合という高い金利で利息もついて、それも支払ってもらうことになりますからね」と言うようにしています。正直、時間がかかるわけですが、せっかく裁判所まで出てきてもらったのですから、できるだけご本人にはきちんと手続の内容をわかって納得して欲しいのです。
簡裁判事である私には高度な法的議論を戦わせるだけの素養はありません。しかし、なんとか法律用語や仲間うちの符丁を使わず、一般の人にも簡単にわかってもらえるような、うまい言い換えができないかと腐心している毎日です。


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仕事をしていて、どうにも気になる言葉があります。幾つかのそうした言葉について、少し考えてみました。続いて「事件処理」。
これもつい使ってしまう言葉です。
「事件処理は順調ですか?」とか、法廷で「順番に処理していきますので」とか、「今月の処理件数は」とか。
「処理」という言葉の背景には、主体と客体がありますよね。主体はもちろん、事件を担当する裁判所。そして、客体は事件・・・ですが、その背後には事件を裁判所に持ち込んだ原告と相手方となっている被告がいます。
せっかく司法制度を利用してくれる当事者からすれば、「これってもしかして」「私たち」「処理されてるぅ〜〜?!」(ここで、RADWIMPSの「前前前世」でも流してください。)
毎日、たくさんの事件を扱っていると、そういう感覚になってきてしまうのですが、ここは一度、裁判官と当事者の立場を入れ替えて眺めてみないといけません(そう、昨年の大ヒット映画「君の名は」(新海誠監督)の主人公たち(三葉と瀧)のように)。
それに「処理」という言葉には、その対象が何となく面倒なもの、厄介なものが含意されているような気がします(どうもネガティブな感じがします)。
再び司法制度改革審議会意見書にご登場願いましょう。
「法の支配の理念は、すべての国民を平等・対等の地位に置き、公平な第三者が適正な手続を経て公正かつ透明な法的ルール・原理に基づいて判断を示すという司法の在り方において最も顕著に現れていると言える。それは、ただ一人の声であっても、真摯に語られる正義の言葉には、真剣に耳が傾けられなければならず、そのことは、我々国民一人ひとりにとって、かけがえのない人生を懸命に生きる一個の人間としての尊厳と誇りに関わる問題であるという、憲法の最も基礎的原理である個人の尊重原理に直接つらなるものである。」
これは、私のお気に入りの一節で、初めてこの文章に触れた時、思わずかっと頬が熱くなり泣きそうになりました。
そうすると、どんな事件であってもその背後には、そうしたかけがえのない人生を懸命に生きる一個の人間がいるわけで、そうしたものを「処理」するというのはどこか非人間的・機械的で、まるでベルトコンベアーの流れ作業のようで、何かが違っているのではないかと思えてなりません。私たちにとっては、毎日のように目にする、ありふれた事件であっても、当事者にとってみれば唯一無二のものなのですから。
どなたもそんなことは全く気にしておられないようなのですが、私、気になります。
そこで、最近、私は「処理」という言葉が口から出そうになると、その代わりに「審理」というように心がけています(たまにつられて、「処理」と言ってしまって「あっ」と思うこともあります。)。
「事件」は、宅配便の「お届け物」のようなものであって、決して「処理」されるものではないように思います。きちんと審理して、それぞれの当事者の元に大切に「お届け」しなければなりません。


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仕事をしていて、どうにも気になる言葉があります。幾つかのそうした言葉について、少し考えてみました。まず最初は「上申書」。
法令用語辞典には掲載されていないようですが、上申書というのは、官公庁に差し出す書類の中で、特に応答義務がないような事項に関する報告などを記したものをいうようです。
簡易裁判所における業者事件で、分割弁済を希望する被告からの申し出を受けて、原告から「和解に代わる決定」を求めるとして、自らが希望する和解案が書面で提出されることが多いのですが、その書面のタイトルが「上申書」となっています。その他にも訴状等の送達ができない場合に、再度の送達を求める旨の「上申書」なんかもあります。毎日のように目にする書類のタイトルですし、職員も普通に「上申してください」なんて当事者に連絡しているようです。
しかし、もともと「上申」というのは、「上」に「申し上げる」ことですよね。
「上」って、もしかして「お上」、それは私たちのことですか。裁判所って、当事者からすると「お上」なんでしょうか。
司法制度改革審議会意見書は、その冒頭において、改革の根底に共通して流れているのは「国民の一人ひとりが、統治客体意識から脱却し、自律的でかつ社会的責任を負った統治主体として、互いに協力しながら自由で公正な社会の構築に参画し、この国に豊かな創造性とエネルギーを取り戻そうとする志」であろうと述べています。
そうした司法制度の利用者が「上申書」というのはどうなのでしょう。果たして統治客体意識から脱却できているんでしょうか。
他の人は全く気にも留めていないようですが、私、気になります。
「要望書」とか「意見書」とか「報告書」でいいんじゃないでしょうか。私は、手続を進めていくうえで、ご意見・ご要望があればお伺いしていますし、法律が許す限り、できるだけそうした要望には沿うようにしておりますので。
些細なことかもしれませんが「言霊」(ことだま)というものもあって、普段からこういうモノ言いに慣れてしまうといつのまにか自分たちは「お上」で、当事者から「申し上げられる」立場であると知らず知らずのうちに潜在意識に刷り込まれてしまうような気がします。
私が「上申書」というタイトルを見て、最初に頭に浮かんだのは、日本史の教科書にあった挿絵です。足尾銅山の鉱毒問題を明治天皇に直訴しようとして取り押さえられる田中正造翁の姿を描いたものです。畏れ多くも、お上に直接、申し上げるとはなんたる不敬というわけですね。
うーん、上申かぁ・・・。
ところが、この上申書以上のインパクトのある書面がありました。
「和解勧試に関する嘆願書」
過払金返還請求事件で、被告となった大手消費者金融業者から、少し前にはよく提出されていたのですが、初めて見たときは思わず二度見して、仰け反りそうになりました。
嘆願って・・・
イメージとしては、責任を問われて切腹を命じられた部下を救うため、同僚が集まって名前を連ねてお殿様に差し出したりする感じですね。
あれだけ隆盛を極め、高金利で厳しい取り立てをしていた消費者金融業者も、立場が入れ替わるとこうした書面を出してくるのかと驚かされました。書面には、相次ぐ過払金返還債務が経営を圧迫し苦境にあることが切々と記されていて、裁判所から是非、和解案を示してくださいということなのですが、何もそこまで卑屈にならなくてもいいのにと思いました。双方が納得できるような案を考えるのは、どんな事件でもそうですし、ご要望があれば、和解を試みることには何のためらいもない私なのですが・・・。嘆願すべき相手がちょっと違うのではないかと思いました。
いずれにしても、変な事大主義というか、慣行として使われている裁判所用語、気になります。


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簡易裁判所では、物損交通事故に基づく損害賠償請求事件の適正・迅速な処理が喫緊の課題となっており、様々な研究や取り組みが行われています。
こうした課題について、同僚の裁判官と協議する機会も多いのですが、私の考え方は独特なようで、なかなか議論がかみ合いません。
話は変わりますが、最近、放送大学で法学系の講義を視聴し始めました。今さら、司法試験というわけでもないですが、簡裁判事になった以上は退官までは勉強だと思い、本だけは買って読むようにしています。しかし、歳を重ねるにつれて、根気も続かず、積ん読が多くなって嫌になります。自分で読むより、人の話を聞いた方が良いと思って、調べてみると放送大学の講義が無料で視聴できることがわかりました。テキストを買って視聴してみると、これがなかなか面白くて、なんだ、こんなことならもっと大学の頃、学費に見合う分、きちんと講義に出ておけばよかったと後悔しています。
「現代訴訟法」の講義で、民事保全手続における「仮処分の本案化」という話題が出ていたのですが、私がこれまで試みてきた交通事故訴訟の審理方針も、これに似たところがあるように感じました。同僚の多くは、弁論を重ねたうえで、たくさんの準備書面と書証を裁判官室で読み込んで、あれこれと考え込んでいるのですが、私は、早い段階で弁論準備手続に付して、双方代理人と一つのテーブルを囲み、口頭で主張と争点を確認して、それぞれの主張を裏付ける書証を逐一説明してもらったり、ドライブレコーダーがあれば再生して一緒に見たり、車両の損傷状況の写真と修理見積書を照らし合わせたり、ミニカーを使って事故状況を再現してもらったり、とにかく口頭による双方代理人との「対話」を重視し、その場で疑問点を問い質し、自分の考えを率直に話しています。私は、この弁論準備手続こそが審理の正念場と捉えていて、できる限りその場での「対話」で心証を取るように努めています。仮処分における双方審尋期日とか、少額訴訟の期日に近いような形になっているのではないかと感じています。私にとっては、とても刺激的ですし、最もやり甲斐を感じるひと時で、思わぬ代理人の本音が聞けたり、自分の思い違いを指摘してもらったり・・・。双方代理人と議論が噛み合って、それが一つの結論に収斂していく時は、立場の違いを超えて、まさに自分も事案解決の一端を担っていることが実感でき、ワクワクします。こうした「対話」がしっかりとできる代理人とは、結論にかかわりなく信頼関係が生まれるような気がします。そして、多くの事案では、その時点での心証で和解勧試を行い、和解が成立しない場合には、最終的に運転者の尋問を行なって、終結をして判決をするようにしています。
簡易裁判所は少額・軽微な紛争を簡易・迅速に解決することを理念としており、そうした面からも「仮処分の本案化」と類似した面があって、こうした方法はある程度、合理性があると思っていますし、今のところ、代理人のご理解とご協力を得て比較的スムーズに手続を進行させることができています
「行政法」の講義では「行政指導と不利益処分の2段階構造」という話題が出てきました。行政法などあまり自分の仕事には関係ないかなと思っていたのですが、これもなかなか興味深く、物損交通事故における損害賠償請求事件においては「和解と判決の2段階構造」になっているなぁと感じました。
つまり、行政指導は、処分権限のある行政庁が不利益処分をする前に、なるべく任意での履行等を期待して行われるものですが、和解勧試も、判決をする裁判所が、その前に柔軟で合理的な解決を目指して行われるもので、行政指導と似た面があるように思うのです。行政指導については、行政手続法によって、その態様や行使方法が規制されています。例えば行政指導に従わなかったことを理由として不利益な取り扱いをしてはならないとか、行政指導に従う意思のないことを表明した場合には、指導を継続することで権利行使を妨げてはならないとか、その内容について書面の交付を求めることができるといったことが定められていて、これは概ね、和解勧試にも当てはまるように思いました。私は、和解を提案する時は、原則として、相当と考える案(損害額や過失割合、和解金などを明記したもの)と簡単な理由を記した書面を交付するようにしていますし、和解する意思がないと言われれば、それ以上は和解を勧めず、証拠調べを行なって終結し、判決をするようにしています。もちろん、和解に応じない当事者に不利な扱いなどはしませんし、そう思われないように注意をしています。代理人も本人の意向に反するわけにはいかないでしょうし、本来、当事者が求めているのは判決なので、裁判所はその求めに応じてしっかり判決をするだけのことです。その判決を当事者がどう受け止めるかは自由ですし、不服があれば控訴することができるのですから。
いずれにしても、民事訴訟の基本理念である適正・公平・迅速・経済の実現のためには、唯一の正解があるわけではなく、各裁判体が手続法の範囲内で創意工夫し、試行錯誤の実践(プラクティス)をすることが大切なのであって、また、そうした実践にこそやり甲斐があると私は思います。しかし、多くの同僚は、他人と違うこと、これまでやっていないこと、マニュアルに書いていないことをすることには大きな抵抗があるようです。他人と同じことをしていれば、間違えることも批判されることも少なく安心でしょうが、そうすると同じような結果にしかならないのは当然で、議論ばかりしていても、結局、何も変わりはしないし「革新」は起こらないと思うのです。しかし、自分なりに工夫して取り組めば、うまくいかないこともあるかもしれないけれど、うまくいかなければ、その原因を分析し更に工夫してチャレンジすれば良いだけのことで、そうした実践(プラクティス)を自分からやってみる、進取の気風のある人が少ないようで残念に思っています。
旧民訴時代の「弁論兼和解」にせよ「集中証拠調べ」にせよ、特定の裁判体による実践(プラクティス)が次第に承認され、広がっていったのだと思うのですが、そうした工夫が途絶えているように感じられるのです。必要は発明の母であり、物損交通事故の損害賠償請求事件が激増している今こそ、簡易裁判所における、こうした実践による変革のチャンスであり、むしろ争いのある事件全般について、簡裁の設置理念を活かした、汎用性のある合理的な審理のやり方を生み出すことができるように思うのですが、どうでしょうか。


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NHKの朝ドラは、15分という時間が絶妙で、毎回欠かさずに観ている。
今期の「ひよっこ」は、岡田恵和さんの脚本なので、楽しみしていたが、期待に違わず、面白い。主演の有村架純さんは、「あまちゃん」でブレイクしていたが、これも、不器用なところがうまく演じられていて、とても良い。
高度成長期の東京を舞台に、名もなき普通の人々の暮らしを丁寧に描いていて、泣き笑いを誘う。最近は、みね子(有村架純)の「お父さん・・・」で始まる独白が気に入って、このセリフを聞くたびに頬が緩む、と同時に涙腺も緩んでしまう。わが家の娘は、みね子と同じ年で、この春、大学生になったばかりだが、何がそんなに良いのかさっぱりわからないという顔で私を眺めている。
丁度、私が中学生の頃、倉本聰脚本のテレビドラマ「北の国から」で、黒岩五郎(田中邦衛)の長男・純(吉岡秀隆)が「母さん・・・」と独白していて、父がいつもそれを見て笑っていたことを思い出す。あの頃は、私も、娘がそうであるように、何が面白いのかさっぱりわからなかったが・・・。
集団就職や工場での組み立て作業など、団塊の世代を狙ったものなのかもしれないが、両親に水を向けると、色々と思い出話が出てきた。両親とも田舎の高校を出て、都会に就職した。父は繊維問屋の丁稚奉公、母は今はもうない大手家電メーカーの部品の下請け工場の工員として、ドラマと同じように田舎から都会に出てきたのであった。
父は、就職して最初、言葉の壁で苦労した話をしていた。電話に出ても、相手の話していることがほとんど聞き取れず、自分でもうまく話せず、大変だったらしい。関西弁は、独特のイントネーションであるし、とりわけ商売人の話す言葉は独特で、意味もよくわからず、適当に真似をすると全く逆の意味であったりして、大目玉を食らい、とにかく電話が怖くて仕方がなかったと言っていた。
私が物心ついた時から、父の話す言葉は完全な関西弁で、電話の声は大きく、良くも悪くも大阪商人のそれであった。子どもの頃から、父の話し方があまり好きではなかったが、そんな父が言葉で苦労したというのはまったく意外であった。
それで、どうしたのかと聞くと、父は曰く、休みの日に時間があると大阪・新世界にある露天商に行き、店の前で主人と客との会話を店が閉まる頃までじっと何時間も聞き、メモをしたり、小声でそれを鸚鵡返しに繰り返していたと。新世界の露店での客と主人の会話など、まさに最高レベルの大阪弁の応酬である。今でいう英語のスピードラーニングならぬ、関西弁のスピードラーニングのようなものだ。
商品を買うわけでもないのに、日曜日毎にやってきて店の脇でじっと立って小言でブツブツと言っているだけなので、露天商のオヤジさんに次第に顔を覚えられ、ある日「何をしとるんや、気色悪い奴やな、買わんのやったら、あっちへ行け」と怒鳴られたそうだ。父が「私、田舎から出てきたばかりで言葉が解らんのです。それで、おじさんの真似をしようと思いまして、来させてもらってました。ご迷惑をかけてすいませんでした。」といって立ち去ろうとすると店のオヤジさんは、急に優しくなり「そうか、にいちゃん。そういうことやったら、かまへん。聞いていき」と言ってくれたばかりか、テントの中に招き入れ、横に座らせてくれて、話を聞いてくれたそうだ。翌週、オヤジさんは父を見ると、すぐに手招きして迎え入れ、自分の横で客と応対させて、色々と教えてくれたという。父はそうして、商売人の大阪弁をほぼ自分のモノにした。「おかげさまで、助かりました。もう、今日で最後にします」と父がいうと、露天商のオヤジさんは「そうか。まあ、そんくらい喋れたら、大丈夫やろ、あんじょうやるんやで。これ、餞別や、もっていき」と言って、商品である桃の缶詰を一つくれたそうだ。「あの缶詰、うまかったなぁ」と父は遠い目をして話していた。
一生懸命頑張る人を応援する人は今も昔も、そう変わりはしないだろう。
5月も半ばとなり、色々とうまくいかない新社会人の皆さん。安心してください。
だいじょうぶ、そのうちできるって。


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            平成29年5月19日 http://www.j-j-n.com/

日本裁判官ネットワーク

平成29年7月8日(土)

「川名壮志さんの講演会」と「ファンクラブとの交流会」の御案内

 

日時:平成29年7月8日(土)午後2時から7時まで

場所:大阪・江坂「第1サニーストン・ホテル」 ☎ 06-6386-0001

    地下鉄御堂筋線「江坂駅」下車,最南端(新大阪寄り)の改札口を出て左へ,歩道橋を渡り(左前方にホテルの看板が見える),階段を降りると約50m先

日程: 午後2時から4時ころまで 川名さんの講演と質疑

        午後4時ころから5時まで ファンクラブとの交流会

       (以上の会場はホテル旧館「竹の間」

       午後5時から7時まで パーティ 参加費用:一般3千円,法曹1万円 (会場はホテル旧館「松の間」) 

川名さんのご紹介

 毎日新聞社の記者で,著書に①「密着・最高裁のしごと」(岩波新書),②「謝るならいつでもおいで」(集英社)があります。

   は,最高裁詰めの記者時代に取材した著名な最高裁判決(DNA鑑定で嫡出推定は破れない,夫婦別姓を認めないのは違憲ではない,裁判員裁判の死刑判決と求刑越え判決を破棄)の憲法判断上の意義や問題点を,中学生にも分かる文章で書かれた書物です。分かりやすい文章を書くためどのような工夫をされたのか,そのための苦労話,本に書けなかった「本音」,最高裁判事や事務総局の人建ちに接した印象などを聞きましょう。

   は,佐世保支局勤務の2004年に,支局長の長女(小学6年生)が学校で同級生女子にカッターナイフで殺害された事件のノンフィクションです。少年事件報道に関する記者の考えを聞けるかも?

 

 ファンクラブとの交流会

 ファンクラブの方々から,裁判所・裁判官に対する市民目線での素朴な疑問を出していただき,お答えしたいと考えています。

日本裁判官ネットワークは、昨年、平成司法改革の到達点を解説する「希望の裁判所」を刊行しましたが、読者対象を若手法曹や法曹志願者としたため、内容が専門的で難しいという意見が多数寄せられました。そこで市民にも平成司法改革や司法制度が分かる第2弾の出版を考えています。その手がかりを得たいので、市民の目から見た平成司法改革や裁判所・裁判官などについての素朴な疑問を寄せていただきたいと思います。 

     連絡先 090-6061-0830 ja9aev5117@i.softobank.jp 小林克美

 



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                  平成29年5月8日 http://www.j-j-n.com/

日本裁判官ネットワークの平成29年7月の企画予告

平成29年7月8日(土)(当初は7月1日を予定していましたが1週間ずらせました)

「新聞記者Kさんの講演会」と「ファンクラブとの交流会」( Kさんの氏名は間もなく公表します)

日時:平成29年7月8日(土)午後2時から7時まで

場所:大阪・江坂「第1サニーストン・ホテル」 ☎ 06-6386-0001

地下鉄御堂筋線「江坂駅」下車,最南端(新大阪寄り)の改札口を出て左へ,歩道橋を渡り(左前方にホテルの看板が見える),階段を降りると約50m先

日程: 午後2時から4時ころまで K名さんの講演と質疑

午後4時ころから5時まで ファンクラブとの交流会

(以上の会場はホテル旧館「竹の間」)

午後5時から7時まで パーティ 参加費用:一般3千円,法曹1万円 (会場はホテル旧館「松の間」) 

Kさんは、一流新聞社の記者で,最高裁詰めの司法記者時代に取材した著名な最高裁判決(DNA鑑定で嫡出推定は破れない,夫婦別姓を認めないのは違憲ではない,裁判員裁判の死刑判決と求刑越え判決を破棄など)の意義や問題点を中学生にも分かる平易な文章で著述しておられます。難しい憲法問題を市民にも分かるように書く秘訣というか心意気が聞けると期待していいます。

ファンクラブとの交流会

ファンクラブ員ほか市民の方々から,裁判所・裁判官に対する市民目線から見た素朴な疑問を出していただき,分かりやすくお答えしたいと考えています。

当ネットワークは、昨年、平成司法改革の到達点を解説する「希望の裁判所」を刊行しましたが、若手法曹や法曹志願者を対象としたため、内容が専門的で難しいという意見が寄せられました。そこで市民にも平成司法改革や司法制度が分かる第2弾の出版を考えています。その手がかりを得たいので、市民の目から見た平成司法改革や裁判所・裁判官などについての素朴な疑問を寄せていただきたいと思います。 

     連絡先 090-6061-0830 ja9aev5117@i.softobank.jp 小林克美

 

 

 

 



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【憲法施行70年目の日に】
私がまだ書記官であった頃、今からもう10年以上前の話です。 
その日は日曜日で、しかも前日には地元の有名なお祭りがあり、毎年、不良少年が逮捕されて、勾留請求されるのが恒例になっていました。
私は、令状事務の当番で出勤していましたが、ちょうど、I判事も令状当番で登庁されていました。I判事は現職裁判官として様々な意見を公にされていましたが、私はそうしたI判事の、誠実で真摯な意見に共感し、密かに憧れていたのでした。
案の定、その日はたくさんの事件がきていて、忙しかったのですが、I判事は、そうした中にあっても、勾留質問においては温厚かつ丁寧に被疑者一人一人の弁解を聞きとり、そのほかの一般令状請求にあっては細部にまで手を入れながら手際よく事件を処理され、私たち休日出勤の職員にも「お昼ご飯を食べる時間はありましたか」「慌てないでいいですからね」と色々と気を遣ってくれていました。
最後に回ってきた事件は、前日のお祭りで仲間と騒いでいたところを、巡回中の警察官に咎められ、注意した警察官に暴行を働いたとして公務執行妨害で逮捕された現場作業員の少年の勾留請求事件でした。
I判事が勾留質問で、ふてくされる少年に被疑事実を告げ、どうしてこういうことになったのかと丁寧に問いかけたところ、次第に少年の唇がわなわなと震えだし、泣き出しました。I判事が優しく諭し、理由を聞くと、取り調べの際に刑事たちに小突き回され、殴られたということでした。「俺が悪いのはわかってるけど・・・、あんな風にされて・・・」と少年は鼻をすすりながら涙をぬぐいます。どこを殴られたのかとI判事が静かに尋ねると、少年はTシャツをめくって見せました。脇腹が少し赤くなっているようでした。
I判事は、それを見て黙って頷くと、勾留質問に立ち会っていた私に向かって、裁判官室でもう一度記録を検討したい、いったん中断するので、同行の警察官に連絡してくれませんかと丁寧に頼みました。私がその旨を告げると、彼らは顔を見合わせ、ひそひそと話を始めました。
その後、I判事はなかなか戻ってこないし、警察官からはまだですかとしつこく催促されるので、私は裁判官室にそっと様子を見にいきました。休日の庁舎は誰もおらず普段はシーンとしているのですが、I判事は電話で誰かと激しく言い争っているようで、怒気を含んだ大声が廊下にまで聞こえていました。どうやら、電話の相手は検察官か警察官かのようでした。私は、いつも温厚で、誰に対しても丁寧で優しいI判事があんな大声を上げているので、何か見てはいけないものを見てしまったような気がして、裁判官室のドアをノックせず、そのまま踵を返して部屋に戻って待っていました。
I判事は、その後、何事もなかったかのように戻ってこられ、いつも通りの優しい口調で私に「書記官、すまないけれど、罫紙を1枚、うん、コピー用紙じゃなくて、ちゃんと罫線の入ったのがいいです、持ってきてくれませんか」とおっしゃられました。
再開した勾留質問で、I判事は、少年から被疑事実はその通り間違いないと聴取した後、その罫紙とペンを少年に手渡し、反省文と出頭誓約を書かせて、勾留請求を却下されました。同行の警察官たちはその結果を聞くと、慌ててあちこちに連絡を取っていました。
(準抗告はなく、そのまま少年は釈放されました。)
勾留質問の後、私に向かってI判事は「書記官、お手数をおかけしましたね。でもね、警察は実際にああいうことを時々、やってしまうんだよ」と言って眉を顰めました。
今では、勾留却下率は全国平均でも4パーセントぐらいにまで上昇しているようですが、その当時は、勾留が却下されることは珍しく、私は、初めてそれを目の当たりにし、司法の廉直性とI判事の姿勢とその判断に心動かされ、ろくに口もきけずにいました。
その日、私は帰宅する電車の中で、つり革につかまり、流れ行く夕暮れの街並みを車窓から眺めつつ、学生時代、あんなに頑張っていた司法試験を諦めて、裁判所職員となり、全てをなかったことにして無為に過ごしてきた日々を心底、後悔しました。過ぎ去った日々はもう戻ってこないし、いろいろな制度は自分が学生の頃からは考えられないぐらい、様変わりしつつありました。
I判事は人事上、あまり恵まれていなかったという人もいるようですが、私に声を潜めて「死刑判決を出さずに定年を迎えることができた、これが一番の勲章だよ」と言い残して、定年退官されました。
それからしばらくして、私は選考採用を経て、簡易裁判所判事に任官したのでした。


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歩いてお遍路をしていると、日本の風景の美しさに感動します。私が一週間かけて歩いた道のりも、車を使えばほんの数時間で通り過ぎてしまう距離でしょうが、歩き疲れて立ち止まるたびに、風景の美しさを実感できました。
特に宍喰から室戸岬にかけての海岸線は、まさに空と海しかなく、水平線を望みながら歩くことになります。弘法大師の別名は「空海」ですが、その名のとおり、空と海が一体となって眼前に広がる様は圧巻です。その辺りを歩いた日は、午前中は快晴で、繰り返し打ち寄せ、砕け散る波頭と波の音を聞き、空と海の間に自分がいることを感じながら歩き、ふと目を山側に向けると、黄色い菜の花が一面に咲き誇っていたり、山桜がちらほらと咲きかけていたり・・・。
室戸岬を回って最御崎寺から金剛頂寺に至るルートを歩いた日は、一日快晴で、太平洋の雄大な景色を堪能しました。早朝、夜明け前の薄明かりの中、宿の前の国道に出ると、水平線からの昇る日の出を見ることができました。また、金剛頂寺の宿坊は山の中にあるので、夜はまるでプラネタリウムのような満天の星空でした。
室戸岬から高知市内に至る国道55号線沿い、安芸市の周辺には海岸沿いに自転車専用道路が十数キロに渡って整備されていて、自動車の往来がなく、大変、歩きやすい道でした。もっとも、ここでも自販機や商店はほとんどなく、宿を出るときに詰めたペットボトルのお茶とお接待でもらったおにぎりでお昼を済ませました。
国道に沿って歩くと自動車とはすれ違いますが、地元の人を含めて歩いている人はあまりいないので、少し残念です。やはり、おへんろ道の醍醐味は、国道が逸れた旧道にあります。歩行者だけが通れる薄暗いトンネルを通り、田園風景の広がるあぜ道や地元の人の生活道路を歩くとまるでタイムスリップしたような感覚に襲われることがありました。おへんろ道の脇には、お墓がよくあって、なんとなくこの道沿いにこれまで数多くのお遍路さんが行き倒れになったり、地元の方々が葬られているのかなぁと思いました。
そうしたおへんろ道の周辺はやはり過疎化が相当、進んでいるようで、住宅街や商店街も多くの家は空家なのでした。立派な旧家なのに、門は固く閉ざされ、雨戸も締め切られていたり、道ゆく人もまばらなのです。なんとなく地方の疲弊を感じます。
その反面、海沿いの漁港近くや田畑の近くでは、漁業関係や農作業に携わる元気な地元のおじいちゃんやおばあちゃんの姿、それに混じって茶髪の若者がいたりして、よほど活気がありました。
歩き遍路に最適の季節はやはり春で、田圃に水が入り、青空と山が水面に写り込む風景は、日本の原風景のような気がして、歩く疲れも吹き飛ぶくらい感動しました。
海沿いの道は、海に注ぐ川を幾つか越えて行くのですが、橋を渡って行くと吹き抜ける風が心地よく、空高くには鷲が悠然と獲物を狙って滞空し、橋脚にはツバメが巣を作っているのでしょう、道路すれすれを飛んできて急旋回していきます。これぞまさに燕返しのですね。
春のおへんろ道に広がる、美しい日本の田園風景は本当に素晴らしいものです。
杖をつき、鈴の音を聞きながら、頭の中でとりとめのないことを自問自答しつつ歩いていて、ふと、気がつくとそうした風景に心奪われてしまうのでした。
 
今回で、歩き遍路の旅のレポートは終わりです。
お読みいただいた皆さま、ありがとうございました。
また、日常生活で気のついたことなどを中心にできるだけ定期的にブログをアップしていきたいと思います。


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お遍路には「お接待」という文化があります。四国八十八ヶ所の札所を歩いて回る「歩き遍路」には、様々な人が優しく手助けをしてくれる風習があり、これは実に人の情けというか、その純粋な好意に感動しました。外国人の歩き遍路の方々も感動しているようでした。
例えば、歩き遍路をしていると、へんろ道に「無料接待所」という看板を掲げた東屋があることに気づきました。ちょうど疲れてきたので、休ませてもらおうと思って入っていくと、ボランティアのおばさん二人がコーヒーを入れてくれたり、蒸した芋やお菓子などを勧めてくれました。そして、あれこれと世間話をしてくれます。そのうち、後からまた「歩き遍路」の方が入ってきて、同じような接待を受けます。こうしたことが無償で行われていることに感動します。
また、四国の方は「歩き遍路」に優しくしてくれる人が多いように思います。国道沿いではあまり地元の人も歩いておらず、すれ違うことはないのですが、国道から外れた旧道のおへんろ道では、歩いていると地元の年配の方の多くは「ごくろうさまです」とか「頑張ってね」「大変だね」と声をかけてくれます。特に田んぼのあぜ道のようなところを歩いていると、農作業中のおばあさんから「どこからきたの」「今日はどこまで行きなさる」というふうに親しげに話しかけられたことが何回かありました。また、本来なら右折すべきところを、間違えてそのまままっすぐ歩いて行くと、後ろから軽トラックに乗ったおじさんがクラックションをならして「こっち、こっち」と運転席から身振り手振りで道を教えてくれたこともありました。
お遍路宿には様々な「お接待」という名目のサービスがあるようで、例えば、荷物を次の宿泊先まで配送してくれるとか、洗濯をしてくれるとか、お菓子や果物をくれるとか、お昼ご飯用のおにぎりをくれたりします。「はい、これお接待ね」と言われて物を受け取る時、その無条件の好意と人情にジーンときてしまいます。歩き遍路は大変なので、余計にそう感じてしまうのでしょう。
時々、休憩所で一緒になった女性の歩き遍路の方が、缶ビールと唐揚げを持って国道沿いの東屋で休憩していたので、「わあ、お昼からビールと唐揚げですか。優雅ですねぇ」と声をかけると、その方は困ったように「さっき会ったおじさんが、コンビニで買いすぎたから持っていけって。いいですって何度言っても聞かないのよ。お接待だって」と言っていました。私も、偶然にもそのおじさんに、さっきコンビニで会ったのですが、その際、話しかけられ、しばらく雑談をしたのち、アイスクリームのショーケースのところで「どれでも好きなのを買ってやる」と言われ、最初は固辞したのですが、次第に機嫌が悪くなってきたので、好意に甘えることにしてアイスをご馳走になったのでした。そのことを女性に話して二人で大笑いし「いやぁ、世の中には奇特な人がいるものですねぇ」「なんか、競馬であてたとか」「上機嫌でしたね」「お遍路さんに接待するのが趣味なのかも」と語り合いました。中には、こういう変なお接待もあるようです。
とにかく、歩き遍路は大きな荷物を背中に、トボトボとへんろ道をひたすら歩いて寺から寺を回っているので、孤独だし、足は痛いし、道に迷ったり雨に降られたりと色々と大変なのですが、そうした難儀をしている最中に、地元の人から「お接待」ということで優しくされたり親切にされたり、あるいは声をかけてもらうだけで感動してしまって、涙が出そうになります。一人で旅をしていると、特にそう感じるのかもしれません。歳をとると涙もろくなってしまっていて、私などは朝ドラを見るだけで泣きそうになるので、困っています。
それにしても、人間という生き物は、車で走れば僅か15分ほどで着いてしまう、たかだか20、30キロの道のりを歩くだけでも足にマメができ、4、5時間のうちに水分を補給しなければ頭が朦朧としてくるし、お腹が空いて物を食べたら、今度は排泄もしなければならない、実に面倒で手間のかかる生き物だと今更ながらわかりました。そういう面倒で手のかかる生き物は、一人ではとても生きていけない。誰かの助けを借りて、ようやく生を繋いでいく生き物が人間であり、単体としての人間は他の生物とは比較にならないくらい、か弱い存在なのです。
普段の生活においては、そうしたことは当たり前で意識することはないのですが、歩き遍路に出て、ひとりで歩いているとあらためて、そうして人が生きていくことの大変さ、面倒さが実感でき、ああ、自分は何か一人前のような顔をして暮らしているけれど、実際は何もできていなくて、いろんな人に助けてもらって生かされているのだなぁとしみじみと思うのでした。
そうしたことがわかるのも、お遍路は「同行二人」といって、ひとりで歩いているようで実は、弘法大師さまが一緒に歩いてくださっているからなのかもしれません。


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歩き遍路の話をすると必ず聞かれるのが、宿のことです。泊まるところ、どうするの?というわけです。
私は、最初の宿以外は全て前日に予約しました。歩き遍路は想定外のことが起きるので、翌日の天候や今の体調、行程(平坦な道か、山道か)などを考えて、無理なくたどり着けそうな距離にある宿を予約するのがベストです。
とにかくその日に泊まる予定の宿に着いたら、すぐにスマホで明日の宿を探して、電話をして確保するわけです。一人なら意外となんとかなるものです。札所の近くには必ずといって良いほど、歩き遍路を対象した民宿(お遍路宿)や宿坊、ホテルがあり、歩いて回っていることと今いる宿を説明すれば、なんとかしてくれるところが多いようです。ダメなら、その宿の主人に頼み込んで、紹介してもらうのが一番です。
同じ宿に泊まった外国人のお遍路さんも、そうしているようでした。ガイドブックを見せて、身振り手振りで次はここに泊まりたいと女将さんにいうと、なんと、日本語の不自由な外国人の代わりに、女将さんがわざわざ電話をかけ、予約してあげていました(そんな優しさを横で見ていても、歩き遍路はいいなぁとしみじみ思いました。)。
宿には当たり外れがありますが、それもまた一興です。私の場合、安いところで、一泊素泊まり3600円(しかもクーポンを使って2700円になりました)のビジネスホテルから、高いところでも一泊二食付き7800円の民宿でした。
お寺には宿坊が併設されていることもあり、そちらの方は参拝した後、宿まで歩かなくてもいいので助かります。高野山もそうだと聞きましたが、最近の宿坊はサービスのレベルも上がっていて、普通の旅館と大差ないところも多いようです。
金剛頂寺の宿坊は、清潔な部屋と大浴場、食べきれないほどの豪華な夕食で、ビールや日本酒も飲めますし、これで1泊2食付き6500円で大丈夫かなと思いました。泊まり客全員で一つのテーブルを囲み、外国人も一緒にワイワイと食べるので、なんだか学生時代のクラブの合宿のようで楽しかったです。
また、民宿も「歩き遍路」には親切なところが多いように思います。
雨でずぶ濡れになって到着したとある民宿では、早速、宿のおばちゃんが「はぁ、こげなええ男が来るとは思わんかったで」「ほらほら、洗濯するから全部脱いで、お風呂に入り!」「他にも洗濯するものあったら早よ出し!」とお母さんのように世話をしてくれました。この民宿は口コミだけの宿で、泊り客は私以外には誰もおらず、部屋も一つか二つしかないようでした。一階の喫茶店がメインで営業されているようで、二階が宿泊用の部屋になっていました。ご飯ができると、鐘をガンガン叩き「ご飯やで」と知らせてくれます。夕食は、おばちゃんと差し向かいで賄いのような料理でしたが、ステーキを奮発してくれました。肉は土佐赤牛の上物のようで、絶品でした。店で食べると相当するんじゃないでしょうか。夕食の後「コーヒー、飲むけ?」と聞かれ、高知弁丸出しのおばちゃんの喋り方がまるでスケバン刑事そっくりで楽しく、ついついあれこれと話が弾んでしまいまいした。
また、室戸岬に向けて歩き始める前に泊まった民宿では、女将さんが「室戸を回るのなら、宍喰の道の駅以降は店も自販機もほとんどないから、お昼におにぎりを持って行った方がいい」と言ってくれて、朝食の席に、サランラップとお塩を持ってきてくれました。保健所の指導で自分は作れないから、私の方で作るように言ってくれて、作り方も教えてくれました。ラップを正方形に切って、真ん中にご飯をよそい、具を入れてラップの四隅を持ち上げて包んでひねるとあっという間に出来上がります。朝食のおかずが、まるでおにぎりを作ってくださいと言わんばかりの、具にぴったりのものばかりでした。梅干し、のり、ジャコ、佃煮、沢庵の細切り・・・。お櫃のご飯を全部使って良いし、足らないのなら持ってきてあげるということでしたので、遠慮なく三つのおにぎりを作って、持って行きました。そのおかげで本当に助かり、命拾いをしました。雨が降り出し、ようやく逃げ込んだ国道沿いのあずまやで途方にくれたとき、おにぎりのことを思い出し、リュックの中で押し合いへし合いしていたおにぎりを取り出しました。雨宿りをしながら食べたそのおにぎりの美味しかったこと。アニメ「千と千尋の神隠し」では、主人公の千尋が泣きながらおにぎりを頬張るシーンがありましたが、あれと同じような気持ちでした。あれがなかったら、どんなにひもじい思いで歩き続けなければならなかったことでしょう。
しかし、民宿や宿坊ばかりも気詰まりなので、高知市内ではビジネスホテルに泊まりました。市内に入ると無料w-fiでネット環境が良くなるので、インターネットで予約をしたのですが、こちらは両極端で、片方は格安でしたが、設備も老朽化していて部屋がタバコ臭いし、ウォシュレットも壊れていて閉口しました。もう一方は全国展開しているビジネスホテルで、大浴場もあり部屋も清潔で値段も安く、快適そのものでした。
まあ、そうした宿の当たり外れも含めて、歩き遍路なのだと思います。雨に打たれて歩いたり、足にマメを作って、もう嫌になるほど歩いていると、泊めてもらえるだけで十分という気持ちになりますから。
(追記)
日経新聞の夕刊では、中年男性の一人旅が消費トレンドとして取り上げられていました。妻も子ども家に残し、仕事も放り出し、普段、法廷では着ている黒い法服を脱ぎ、いつでも冥土に旅立てる白衣をまとって寺から寺へと歩き続ける「歩き遍路」。私にとっては、なかなかに刺激的な一人旅でした。


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