日本裁判官ネットワークブログ
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最近の名張毒ぶどう酒再審請求棄却決定について,裁判所が検察・弁護側が論及していなかった理由で判断した,との報道がなされています。先の小沢さんの無罪判決でも明確な争点となっていなかった違法性の認識で結論が左右されたように感じました。

裁判官が記録や証人尋問の結果を精査して,検察官や弁護人が気がつかなかった論点に気づくことはままあることです。

しかし,それが結論を左右する重要な論点である場合には,なんらかの方法で当事者に明らかにして,双方に意見を述べさせる必要があるのではないでしょうか。

裁判官が気がついた論点が思い込みに過ぎない場合もあり得ますし,分析が不十分なこともないとはいえません。

とりわけ公判前整理手続が導入され,当事者に争点と証拠の絞り込みを要請する以上,それ以外の争点で決着をつけるのは慎重を要すると思います。裁判官の職権判断に限界を設けないと,争点整理の意味がなくなるおそれがあるからです。

私の思いつきですが,審理の最終場面で法曹三者による公判後整理手続を行う必要があるように思います。

                                                                               「花」                                                                          

 



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 当ブログ5月11日欄に掲載している6月17日(日。法曹会館。13時から)のシンポジウムにおける佐藤幸治先生(司法制度改革審議会会長・京大名誉教授)の記念講演の演題は、「司法改革の経緯、成果、そして課題」です。演題は今回のシンポ全体のテーマにもさせていただきますが、ご講演は司法制度改革全体を振り返るものでとても貴重です。法曹三者、司法修習生、法科大学院生、ファンクラブの方々ぜひご参加ください。特に裁判官の方々、お待ちしております。身近なところでお誘いあわせの上ご参加ください。



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1 犬との散歩が犬の事情で中止になり,私の意思が弱いためか,もともと散歩が好きでないのか,とにかく私ひとりでの散歩は困難で,運動不足状態に陥った。これ幸いと散歩をさぼっていると,何だか気持ちが落ち着かず,その対策を練っている最中である。何せ古希が近くなっているのに,自然のままで髪は黒く(もっとも内部的には密かに手を打ってあるが),最近は友人たちから「異常」だと言われている私のことであるから,老化防止対策に手抜かりは許されず,運動不足を放置するわけにはいかない。
2 そこで先日の日曜日の早朝(と言っても午前7時過ぎのことであるが),ついにサイクリングに出かけた。かなり前には,犬との散歩が続いていたころでも,土,日の早朝サイクリングを続けたこともあったが,妻との仕事上の別居が解消した数年前から,妻との週1早朝テニス練習が始まり,その結果サイクリングも中止されていたのである。このところ妻の多忙のためテニス練習が中断状態なので,久しぶりにサイクリングに出かけたが,甚だ快適であり,長期間サイクリングのことを忘れていたことを後悔した。ひとりでの散歩は甚だおっくうであるが,不思議なことにサイクリングは全くおっくうではなく,甚だ快適であることを再確認することとなった。
3 家から約500メートルの所に岡山後楽園がある。その正門前を通り過ぎて蛇行する旭川の本流に沿ったその外周の緑の桜並木をくぐり抜けて,なお緑の深い散歩道を少し進み,「月見橋」という名の橋を渡ると岡山城に出る。外壁が黒塗りで烏城(うじょう)とも呼ばれる。昭和20年に空襲で焼け落ちて,鉄筋で再建された。その石垣の下の旭川との間の細道の樹木のトンネルをくぐり抜けると県庁の脇に出て,大通りを越える。
4 更に川岸を500メートルほど進むと,夏目漱石の句碑がある。漱石が胃潰瘍の手術後,生き延びることができた喜びを,伊豆の修善寺で詠んだとされる「生きて仰ぐ 空の高さよ 赤蜻蛉」という,私の好きな俳句が刻まれており,その上部に「我輩は猫である」の猫の小さな銅像が安置されている。広々とした空間の中を流れ遙かに旭川が蛇行しており,景色も良く,私の好きな場所である。漱石逗留の地の記念ということで立て札もあり,大学生であった漱石が夏休みに1か月ほど亡兄の妻の実家のある岡山市を訪れた明治25年に,偶々岡山市が大洪水に見舞われた話などが書かれている。もっとも数年前にあるテレビで,「修善寺の大患」の後で,肉好きだった漱石がカツドンを食べて死んだと放送していた記憶であるが,真相の調査未了で,宿題のままとなっている。
5 そこからの帰路は 対岸の160本余の桜並木の大木の下の舗装された約2キロの細道を,ビュンビュンと思い切り高速ですっ飛ばす。後楽園の深い緑と岡山城を左手の対岸方向に眺めながら,緑の森と広い空と清流に囲まれた視野の中にゆるやかに湾曲した小道で,土手の中段にあり,散歩する人も余り多くない。
6 すぐ近くにこんなにも快適なサイクリングコースがあることをすっかり忘れていた。久しぶりにコースを走行して一種の感動さえ覚えた。土,日の週1回ではもったいない。犬の散歩の代わりであるし,所要時間も同じ30分である。出勤の準備は前夜の就寝前に済ませて,雨の日以外は「毎朝サイクリング」に挑戦してみたい。朝6時起床,6時半から30分でというのはどうだろう。これは名案だ。デジカメを携帯して,事務所に飾る写真を増やすことにしてみよう。キッと大幅減量もできるに違いない。(ムサシ)



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  裁判官という仕事をしていると,どうしても現実の社会の暗部に向き合うことが多いように思います。刑事事件にしろ,民事事件にしろ,持ち込まれる事件の背景には社会における多くの矛盾があり,法廷にやってくる人々の多くは,そのような現実の中で必死に生きている人々のように私には感じられます。

  今月,NHK教育テレビ(Eテレ)で放送されている番組「ハートネットTV」は,拡大する貧困社会をテーマに取り上げています。「子どもの貧困」や「女性の貧困」といった従来とは違う切り口から拡大する貧困社会の現実に迫っており,思わず見入ってしまいました。
 「貧困」の問題は,あまり楽しいテーマではなく,できれば見たくないと思う自分がいる一方,なぜかこの問題に惹かれてしまう自分もいて,気がつくと書架の一角はこのテーマの本で占められており,この問題を取り上げるテレビ番組を録画してまで見ています。

 自分がこの問題にひかれるのは,裁判所で取り扱う事件はこの「貧困」という問題がからむことが多いうえ,私自身があまり裕福ではない家庭で育ったためかも知れません。先日,甥が大学に合格したので合格祝いをあげたことを,母にメールすると「それは良かった。お前が大学に合格したときはろくなお祝いもしてあげられませんでしたね。合格の知らせを聞いて,うれしいという気持ちより,やれやれ,もうこれで学費の心配をしなくて済むとほっとする気持ちの方が強かったのです。」という返事をもらいました。父親が失業中の家計を一人で切り盛りしていた母の苦労を思い起こし,切ない気持ちになりました。

 私が担当した事件の中には,奨学金の返還請求事件が何件かありました。母親と一緒に法廷にやってきた被告があまりに不安そうだったので,「実は,私の家も貧乏で,高校・大学と奨学金をもらっていました。その時は本当に助かりました。返済は大変でしょうが,あなたと同じような境遇にある子どもたちが,あなたと同じように学校に行って,楽しい思い出が作れるようにするためです。毎月どの程度なら支払えるか,司法委員の先生と少し考えてみましょう。」と言うと,すこしほっとしたような表情でうなずいていました。

 高校生の頃,公立の進学校に通っていた私は,全校生徒の中でただ一人の奨学金受給者だったようで,手続のため職員室に赴い際,進路指導の教師から心ない言葉を浴びせられ,「家が貧乏なので(奨学金を受けるのは)仕方ないでしょう!貧乏人でも頭の出来はそんなに変わりません。ちゃんと大学に行ってみせます!」とムキになって言い返し,書類を教師の机に叩きつけるようにして職員室から出ていったという苦い思い出があります。

 社会におけるセーフティネット(社会福祉)がきちんと機能し,ふつうにがんばってきた子どもや女性が貧困に陥ることがない社会,また,いったん貧困に陥っても,またがんばればそこから抜け出ることができる社会,そうした社会になって欲しいと心から思います。
 聞くところによると,法科大学院に通い,司法試験に合格するのに,多額の費用が掛かるうえ,司法修習生の給費制が廃止されて,貸与制となり,法曹として一人前になる前に多額の借金を抱える人が多いとのこと,また,せっかく司法修習を終えても,今度は就職する事務所が決まらない人が大勢いるということです。
 「貧困」という問題は,あまり楽しい話ではないので,できれば触れたくないのですが,見て見ぬふりをしているうちに,この問題は社会のあらゆる分野に広がっていて,気がつくと自分の足もとにもひたひたと迫ってきているようで,実に不気味です。



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1 このところ運動不足が続いていた。その結果体調に変化があったわけではないが,何となく気力の充実を欠くような気がしていた。運動不足の原因は愛犬のムサシ(16歳)が歳をとって散歩を嫌がるようになり,この数か月散歩が中断しているためである。
2 わが家には,猫のウリと犬のムサシがいたが,3年ほど前に喧嘩友達のウリが死んでから,急速にムサシの老化が進んだような気がする。わが家では平成7年にウリの方が先に家族となったとき,まだ子猫であったウリは野良猫であったが,品の良さもあり,どこかの飼猫であったのかも知れない。借家したばかりのわが家の庭の隅に頑張って住み着き,粘り勝ちでわが家の一員となったのである。
3 それから1年後に,自宅を新築して転居した際,子供らの強い希望で,今度は柴犬の子犬を飼うことになった。よちよち歩きでまだミルクを飲むチビで,ムサシが幼いため,ウリと仲良しになるのではないかという期待もあった。しかしウリは1歳年上であったが小柄で,ムサシの体格がウリと同じくらいに大きかったためか,ウリの方が気を許さず,結局二匹は喧嘩友達になったのである。
4 それから13年余が経過し,平成21年8月にウリが14歳で死んだ。ところが不思議なことに,それまで若々しく見えたムサシが,ライバルを失って急速に老け込んだのである。平日の散歩は続いたが,休日の長距離散歩を,途中で足を踏ん張って拒否するようになった。その後も少しずつ老犬風になり,最近では川原に降りる30段の階段でよろめくようになったため,3か月前ころからムサシの散歩は中止された。
5 ところがもう一つ不思議なことに,散歩健康法論者の私も,それきり散歩をしなくなったのである。自分一人での散歩には案外気力を要する。どうやら私の散歩健康論も,その程度のレベルに過ぎなかったようである。そこで私は,私の健康のために,また子犬を飼いたいと提案したが,妻は即座に拒否した。
6 そこで私は散歩に代わる当面の健康対策を検討した。私ども夫婦はどちらもテニスを趣味としているが,このところ主として妻の多忙のために,以前のように週1回の夫婦テニスの練習が困難となっている。そこでテニスもまだ続けるつもりではあるが,当面の対策としていくつかの実験を開始した。いずれも以前実行していたことではある。その一は週1回土か日の早朝30分自転車に乗ることである。近くに快適なサイクリングコースがある。その二は週1回,事務所まで1キロの距離を自転車か徒歩で出勤することである。その三は週1回夜プールで泳ぐことである。プールの会員であるのにサボっていたのである。できれば週1回夫婦でテニスの練習もする。そして無理をせず,しかし工夫と粘りで頑張ることになり,約1か月が経過した。今のところ続きそうである。
7 わが家には,結婚して関東地方に住んでいる2人の娘がおり,長女は2人目を妊娠中であり,次女は最近2人目を出産した。そして遠からぬ夏の数日,わが家は4人の孫で賑やかになる時が必ず来る。その時にタイミングを合わせて,わが家にチビ犬がいて,孫たちが争ってチビ犬を抱っこすることになれば,犬のお陰で,「またお爺ちゃんちに行きたい。」とせがむに違いない。私の健康法にも役立つ。その頃にはムサシも生きているかどうか。そうなると妻も孫のために犬を飼うことを拒否できまい。これは名案である。「策士」である私は,密かにこの「秘策」を更に練り上げることになるだろう。(ムサシ)



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日本裁判官ネットワーク主催

平成司法制度改革を振り返るシンポジウムのご案内

 今回は,参加資格を法曹,学者,司法修習生,法科大学院生及び当ネット・ファンクラブ員に限定します。

  日時:平成24年6月17日(日)午後1時から19時ころまで
 

 場所:法曹会館 〒100-0013 東京都千代田区霞が関1-1-1 法務省赤煉瓦の東側 TEL:03-3581-2146

 1 記念講演(13時から14時半ころまで)
   【佐藤幸治】司法制度改革審議会会長(京大名誉教授)をお招きして,今次の司法制度改革を振り返る講演をお願いしています。

 2 パネルディスカッション(15時から17時まで)
   民事裁判改革,刑事裁判改革,裁判官人事制度改革,法曹養成制度改革などについて,現職裁判官,弁護士,学者らが討論します。

 3 懇親会(17時半ころから約2時間)
   会費は,ベテラン法曹1万円,その他の法曹6000円,その他の方は4000円の予定です。

     連絡先 TEL:090−6061−0830 小林克美

 



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 4月後半に所用で東京に行った際に、昼間に空き時間ができたので、東京ヴォードヴィルショーの久しぶりの新作「トノに降る雨」を三軒茶屋のシアタートラムで鑑賞した。

 東京ヴォードヴィルショーは、地元の演劇鑑賞団体で「竜馬の妻とその夫と愛人」を鑑賞したのが最初で、その際、あめくみちこさん(「カーネーション」の周防の娘役は良かったなあ)の実物の美しさを含めて、いたく感激したのであるが、それ以来数回の例会では私の評価は下がり基調、どうも「竜馬」を超える作品に出会わないと感じていた。

 しかし、今回は、久しぶりの新作と言うだけあって、なかなか笑わせて泣かせるお芝居に仕上がっており、私の中でも「竜馬」はしのがないまでも、二番目に良いくらいの評価である。できれば地元の演鑑で取り上げて、多くの人に見てもらいたいと思わせる。

 時は、織田信長が尾張国をようやく統一しようという頃の設定。織田家の近隣の領主が主人公、ちょっとした運命のいたずらからその地位に就いた男が、極限的な状況の中で苦悩し、ついには領民のために重大な決断をするにいたる。施政者として危急時に領民のために何をなすべきなのか、今次の社会状況に鑑みても、胸に迫るものがある。弁護士急増の弊害が顕れる中、日弁連の舵取りに右往左往する執行部を重ね合わせたりして。

 とはいえ、いささか腑に落ちない点も残る。ラサール石井氏の演出は、特に前半でベタな笑いを狙っているが、ちょっとベタ過ぎるきらいが。また、パンフレットによれば、台本は稽古場に徐々に届けられる形式で作られ、つまり最初から各配役の展開が定まっていなかった面があるらしく、それが足かせとなったかのような箇所もある。すなわち、後半の展開を考えれば、領主のキャラ設定が、前半ではちょっとベタ過ぎやしないか、後半と落差がありはしないかと芝居の展開につれて気になってしまう。

 何より、今回の芝居、B作氏は主役を譲って脇を固めるべきではなかったか、B作氏は、「いい人」よりも「悪い人」で光るのだが、と生意気にも思う。

 舞台を引き締めているのは、何と言っても領主の母親役の松金よね子さんである。地方巡業に出た場合、よね子さんは来てくれるのかと心配になる。井之上隆志さんの存在感もすごい。栗田桃子さんも、「父と暮せば」とはかけ離れたコメディエンヌとして健闘している。あめくさんが、新国立劇場の「負傷者16人」に客演中で見られなかったのが残念(今度東京に行ったら、これを見よう)。

 山口良一演じる落武者による前説が凝っている。「このような場所で携帯電話の電源を入れておくと、敵に居場所を察知されてしまいます」と言って、実際に携帯に出て、敵に切られる芝居をする。このネタ、うちの演鑑の前説で使えるかな。笑。実際、マナーモードにしていたって、携帯の画面が光るだけでも、気になるものなのだ。ちょっとした気配りで楽しい観劇。

(くまちん)



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今年の憲法記念日を迎えるにあたっての、最高裁長官の談話です。震災と裁判員裁判が

中心です。是非ご覧下さい。

http://www.courts.go.jp/about/topics/kenpoukinenbi/index.html



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1 最近は結構同窓会の機会が増えている。この1年間に小学校,高校,大学のクラス会,大学の2か所の寮の同窓会などが行なわれ,結構忙しかった。実は私もいつの間にか「古希」が近づいているのである。できるだけ出席するように努力しているが,やむを得ず欠席することもある。
2 先日,寮の同サークル10人足らずの少人数の同窓会に出席した。この会は最近毎年行なっている会で,今回で3回目であったが,みんな楽しみにしているようで,飲酒歓談し大いに盛り上がった。東京のある中華料理店で同窓会を行なった後,今回初めて近くのカラオケ店に行った。そして寮歌や懐かしい童謡,歌曲などを沢山歌った。カラオケに合わせてみんなで肩を組んで合唱し,大いに盛り上がってとても楽しかった。寮歌のほかに,童謡「ふるさと」,「かあさんのうた」,「高校三年生」,「星影のワルツ」,「惜別の歌」などを歌った。
3 私は,このことに味をしめたということになる。つい先日の小学校の同窓会でも,私の主張で,30人くらいで肩を組んで全員合唱をしたのである。同窓会の開催場所が田舎の集会所のような所なので,おそらく挨拶用のマイクはあるだろうが,カラオケはないかも知れない。そうすると歌詞を用意しておく必要がある。そこで同窓会の前日の土曜日に歌集を作ることにした。全員の歌集を用意するのは大変なので,カラオケがない場合には,私が取り仕切ることにして,1冊だけ歌集を作った。
4 私は案外歌は好きで,カラオケにも時々行くが,以前私の家には歌集は沢山あった筈なのに,なぜか見つからず,本屋で買ってきた。そして事務所でコピーしたり切り貼りをして,結構時間をかけて準備した。
5 小学校の同窓会は今回で3回目であったが,小学校卒業後実に50数年が経過している。しかも草深い本物の田舎の小学校の同窓会であったし,私は小学校4年生までは,同級生が10人という,「二四の瞳」よりも小さな分教場に通学していたのである。
6 私は近況の挨拶の中で,「まるで高性能のタイムマシーンに乗って,50数年の時を越えて小学生時代に戻ったような気がする。今後もたびたびこのタイムマシーンに乗せてほしい。」と述べた。また「定年退職をして退職金を貰ったりして,金銭的にも時間的にも初めて好きなことができるのであるから,前期高齢者である今が人生の黄金期だ」とか,「病気などしないでピンピンと生きてコロリと死ぬという「ピンコロ人生」を目指そうではないか」などと話したが,ついでに,私がいろいろと健康論をぶつくせに,一向に痩せない肥満体であることから,ある友人に,「君の人生はピンコロ人生ではなく,トン(豚)コロリ,すなわちトンコロ人生だ」と一本取られて大いに反省したが,一向に体重は減らないことを述べると,その場は爆笑の渦となった。
7 閉会の30分前頃から私の提唱で,肩を組んで全員合唱をした。恐れていたとおり,カラオケの装置はなかったので,私が歌集を片手にマイクを握ってリードした。「瀬戸の花嫁」も加わって7局歌った。私は今後も同窓会などの色んな局面で,肩を組んで全員合唱できるように,密かに準備体勢を工夫しておこうと考えている。それにしても同窓会で多くの懐かしい友人たちに会うと元気が湧いてくるような気がする。(帰ってきたムサシ)



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徙木信著「法廷弁護士−少女の居場所−」(日本評論社)を読みました。

帯にあるように,「正義」「公平」「原理原則」「良心」4つの武器を駆使して,真正面から勝ちに行く!弁護士の活躍を描いたものですが,とても清々しい気分になりました。お勧めです。

主人公の九品仏弁護士は,第1話「不屈の借地人」では,誰も引き受けなかった事件を見事に解決に導き,第2話「少女の居場所」では少年事件の付添人として,彼女の人生に深く関わることになります。

和解の席で出会う弁護士の先生にも,この作品の主人公のような清々しい方がおられます。また,被疑者国選弁護人として,奔走されている弁護士の先生方の粘りにはいつも頭が下がります。

私たちは常に理想と現実の狭間にいて,ともすれば現実に目を奪われて理想を見失ってしまいます。しかし,苦しい現実の中で,理想を追い求める人の姿を見るととても勇気づけられます。

第1話「不屈の借地人」では,私が担当したある和解事件を思い出しました。「職業人である前に法曹も人であり,相手方も立場の違いはあれど人なんだよ。「良心」を動かすものに触れて初めて,人は望まれた行動をとる。人の「良心」を信頼し,「良心」に訴える。人は,「良心」に基づく正しい判断をする者として期待され尊重されるとき,誠実に行動し,期待どおりの正しい判断を下す。そうぼくは信じているんだよ。」(本文より)まったく,そのとおりであると思いました。私も,当事者である彼,彼女も裁判官である自分も,この同じ時代,同じ社会で生きる,同じ「ヒト」であり,彼,彼女の苦悩を自分のこととして受け止めて,話をするように心がけています。


第2話「少女の居場所」では,被疑者のために奔走していた,熱心な弁護人の面影が脳裏に浮かびました。私の勾留却下は準抗告審で取り消されてしまいましたが,準抗告をめぐる検事の自慢話「・・・裁判官は犬と同じだ。吠えた叩く,吠えたら叩く。これを何度も何度も繰り返す。特に新任判事補は,何度も,執拗に,徹底的に躾ける。そうすると,叩かれるのが嫌で,犬はもう吠えなくなる。・・・」(本文より)には,苦笑を禁じえず,複雑な気持ちになりました。

今回の作品には,二つのお話しかありませんでした。作者(ペンネーム)は,1959年,大阪生まれの弁護士さんのようですが,続編を期待しています。



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娘(中1)の通う中学の国語のH先生が,この春,定年退職されました。
娘の大のお気に入りの先生で,とても寂しがっていました。

当地の中学は,全校生徒が100人に満たない小さな学校で,先生方も,生徒を呼ぶのに上の名字ではなく,下の名前もしくはあだ名で呼ぶという,アットホームな雰囲気の学校です。学校自体のんびりしていて,先生もユニークな方が多いようです。
  社会のK先生は歴史の授業で「大化の改新をした中大兄皇子・中臣鎌足の行動は,正しかったか,そうでないか」を討論させたそうで,私も娘から意見を求められ,慌ててインターネットで事件の概要を検索して,一生懸命,娘に意見を言いました。娘からは「さすが・・・」と言われたので,その後「お父さん」という言葉を期待し,おお,たまには尊敬してもらえるかと思ったのですが,娘の口から出たのは「・・・裁判官が言いそうなことやな!」という言葉で,唖然としてしまいました。
  理科のI先生は,圧力の授業をしていて,中学生の頃のエピソードを面白おかしく語ったそうです。それは,「コンソメパンチ大爆発」というものです。先生が中学生の頃,どういうわけか一人で沖縄の親戚を訪ねることになり,飛行機に乗った時のこと,離陸してしばらくすると先生の席の荷物棚で「ボン」という爆発音がして,客室乗務員が慌ただしく行き交い,一瞬,機内が騒然となったそうです。調べてみると,先生がおやつに持って行ったポテトチップスの袋が気圧の関係で膨張して,袋が破れたようで,先生のスポーツバックの中は着替えのシャツやパンツもすべてコンソメパンチ味のポテチだらけになり,那覇空港に着くや否や,先生は空港事務所で事情聴取を受ける羽目になったというお話です。娘は,夕食の食卓で,実に楽しそうにその話を教えてくれました。
 娘の大好きな国語のH先生は,教科書をあまり使わず,プリント教材で授業をしていたそうですが,詩の朗読をしたり,生徒にお芝居(演劇)をさせたり,百人一首大会をしたり,毎回とても楽しい授業だったようです。生徒からも慕われていて,授業が始まる前には,クラスのみんなでいろいろと悪戯をするのだそうです。どんな悪戯かというとH先生が教室に入ってくると
1)全員が防災ヘルメットをかぶっていたり
2)椅子の配置を大学の教室のように,半円形にしたり,
3)先生を無視して,全員が教科書を逆さまにもって読むふりをしたり
4)全員が地震の時のように机の下に入っていたり
したそうです。
みんなで相談して,いろいろと悪戯をしかけて,H先生の反応を楽しんでいたようですが,都会の中学生に比べると随分と可愛いらしいものです。
しかし,H先生は,そんな生徒の悪戯にもうまくつきあってくれていたようです。最後の授業では,H先生は,生徒一人一人に,最初の頃の印象はこうで,こんなことがあったとか,こういうところがあるとか,こういう子だという生徒一人一人の個性を,さらに1年でどう変わったかをコメントして,ギターで「なごり雪」を弾き語り歌われたそうで,ちょっと涙ぐんでいる子もいたとのことでした。

子どもたちの学力低下が問題とされ,教員をめぐる様々な事件があります。教育改革ということで,いろいろなことが議論されていますが,やはり,人格形成途上の,思春期まっただ中の生徒たちにとって,先生というのは単に勉強を教えてくれるだけの存在ではないように思います。私は,娘が大人になっても,ああ,あの先生どうしているかなと懐かしく思い出されるような先生に受け持ってもらえればいいなと思います。



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 最近の私の生活は、朝の連続テレビドラマ「カーネーション」を中心に回っていると言っても過言ではない。何しろ、朝7時半にBSで見て、8時に地上波で見て、ついでに「あさイチ」の司会陣の反応を確かめ、お昼は自宅のリビングで昼食を取りながら地上波の再放送を見、時にはBS夕方の再放送を見る。土曜日の午前中にうっかりテレビをつけると、BSで一週間をまとめて見てしまう。こんなことは「ちりとてちん」以来である。

 最初はもちろん、小原糸子が一世一代のはまり役と言うしかない尾野真千子さんの魅力からである。彼女の非凡な演技力は、老作家原田芳雄と渡り合う純文学の編集者(NHK広島「火の魚」)、天才子役芦田愛菜を虐待する母親(日本テレビ「mother」)、飛行機事故を追跡する女性地方紙記者(映画「クライマーズ・ハイ」)等、全く同一人物とは思えない様々な作品からうかがうことができる。

 そして、兵庫県西宮市が生んだ天才渡辺あやさんの脚本と、それを更に魅力的にする演出、スタッフワークの妙。二度三度見て初めて得心のいくシーンや細かい仕掛けの発見がたまらない。

 もちろん最初からこんなに熱心に見ていたわけではない。しだいに主人公が自分の年齢に近づくにつれ、どんどんのめり込み始めたのだ。主人公が長女への店の承継を考え始めるのが、ちょうど51歳、今の私と同じ年齢である。主人公と同じ自営業者として、もうこのあたりからドラマへの傾斜が止まらない。

 そして、世間を騒がせた主役交代。色々言われたが、私はこのドラマチームの力を信じていたので、夏木カーネーションを引き続き注視し続けた。もちろん最初は、岸和田弁以前に関西弁としてどうなの、というイントネーションが耳障りだったし、舞台女優ゆえかと思われる張った台詞の発声に違和感を拭えなかった。しかし、夏木さんの鬼気迫る「老い」の演技に主役交代の必然性を納得し、そこから「反転」してゆくドラマ展開にますます引き込まれ、もうイントネーションなどどうでも良くなってしまった。

 夏木さん自身も、尾野さんが快走しているのを見ながら、やりにくさを感じていたに違いない。記者会見でも「アウェイ感」という言葉を率直に口にしていた。しかし、ふたを開けてみれば、見事な逆転ホームラン。先週の「奇跡」では、何度泣かされたことか。あと一週間で終わるのが、惜しくてたまらない(と言いながら、ミムラさん目当てで次の「梅ちゃん先生」も見続けそうなのだが)

閑話休題

 裁判官の転勤時期である。弁護士としても、特に地方の小さな裁判所を舞台にする田舎弁護士にとっては、四月にどんな裁判官が赴任してくるのか、どのような訴訟指揮を見せるのかは、一大関心事である。着任当初は、着任した裁判官の一挙手、一投足が注視されているといっても過言ではない。まして前任者の「評価」が高かったりすると、露骨に「変わって残念」感が漂っているかもしれない。まさに、「アウェイ感」であろう。

 着任当初は記録読みに追われ、ゴールデンウイークなどないに等しいが、そうした中、プレッシャーをはねのけ、自分らしさを徐々に発揮し、地元の弁護士の信頼を勝ち得ながら、多くの裁判官に、おのが「花」を咲かせていただきたい。そう願っている。

 PS 「カーネーション」のDVDは、第8週までの分が既に発売されている。私も早速買い求め、あまり熱心に見ていなかった初期を復習し始めている。7月に全巻が発売される頃には、ひとかどのマニアとなっている所存である。



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 3月は別れの季節です。先日,娘の通う中学校でも卒業式がありました。卒業式といえば,涙がつきものですが,娘の話を聞いた私は,思わず爆笑してしまいました。
 中学1年生の娘は,テニス部に所属していて,女子部員の先輩2人が卒業するのですが,現部長が突然,彼女らに卒業記念のミサンガを贈ろうと言いだし,卒業式の前日の土曜日曜にはわが家に集まり,リビングでなにやら作業をしていました。娘は,内心では面倒なことになったと思ったものの,部長のいうことだし,断るのも悪いと思い,しぶしぶつきあっていたようです。
 卒業式の後,部活動ごとに集まって,写真を撮ったり,手紙や贈り物を渡したりして,名残を惜しむのですが,部長と副部長は感極まって泣いていたそうです。娘は,それよりもお昼近くになり,お腹が減ってきたので,早く家に帰りたいと思っていたのですが,そんなことを言うのはKYなので,黙って適当に調子を合わせていたとのことでした。
 娘が驚いたのは,その際,1学期の終わり頃から部活動を休みがちになり,今ではまったく部活に来ていない「Aちゃん」という同級生の行動でした。
 Aちゃんは,どちらかというと,自分勝手で,いい加減な,空気の読めない子として,皆から疎んじられている様子です。部活もなにかと理由をつけてはずる休みをするようで,そのうち来なくなり,辞めたのではないかと噂になっていたのですが,なんと休部ということになっているそうです。
 そのAちゃんが,こともあろうにテニス部のグループにやってきて,先輩2人の前で,人目もはばからず号泣しているのでした。それはもう,しゃくり上げるように泣いていて,尋常ではない様子でした。それをみて,娘は目がテンになり,仲の良いクラブの友だちと二人で顔を見合わせて,「ええ〜〜〜」と後ろで思わずのけ反って,声をあげそうになったそうです。娘と友だちは,(あんた,そもそも部活にきてないやん!)(ていうか,もう辞めるんとちがうん?)(ミサンガも作りに来てないやん!)(送別会も送別試合も来てないやん!)(そのあんたがなぜ,そこまで泣ける???)という会話を目で交わしたと言っていました。二人は,「うちら,ミサンガ作るの,むっちゃ,頑張ったやんな!」「そうそう,むっちゃ,大変やったな!」と言い合って,何もしないくせに,まんまとテニス部のグループに紛れ込み,感動シーンを一人で演出するAちゃんを牽制したのですが,当のAちゃんはそんなことはまったく意に介せず,相変わらずのハイテンションで先輩と抱き合っていたそうです。
 娘は,Aちゃんから「あれ,なんで泣いてないの?」と言われて返事に困ったと言っていました。なんで泣いてないのって言われても,じゃあ,あんたはなんでそんなに泣いてんのよ!と言いたかったそうですが,敢えて黙っていたそうです。すると,Aちゃんは「私,クラブ頑張る!4月から復帰する!」とこれまた都合のいいことを言い出し,娘は4月から,この面倒なAちゃんの相手をしなければならないと思うと,自然と「泣けてきたよ〜」ということでした。
 私は,娘からこの話を聞いて,大爆笑しました。思わず,いるいる,そんな調子のいい奴!と娘に激しく同意し,今後のAちゃんの行動を逐一,報告するよう頼みました。
  いるんだよな,どこの世界にも,こういう神経の持ち主って。
 それにしても,娘が私と同じ感性の持ち主で良かった。女子中学生の「日常」からは目が離せません。



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