日本裁判官ネットワークブログ
日本裁判官ネットワークのブログです。
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このブログは、日本裁判官ネットワークという司法改革について発言する現職裁判官メンバーと、元裁判官サポーターによる共同執筆です。投稿は各個人の見解であり、日本裁判官ネットワークという団体の公式見解などではありません。メンバーもサポーターも、種々多忙なため、なかなかうまく更新できませんが、どうか長い目で見てください。今後ともよろしくお願いします。



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gooブログの仕様変更により、広告が表示されるようになりました。ブログ記事の内容との関連性から、弁護士事務所の広告等が表示されるようです。申すまでも無いと思いますが、これは日本裁判官ネットワークとして選定した広告が掲載されているわけではありません。広告に表示された法律事務所を当ネットワークが推奨しているなどと言うことはありません。どうぞご理解ください。



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26 ヒトラーは政治権力を握ると,他政党や党内外の政敵を弾圧し,極端な独裁政権を樹立して,政敵などを殺害粛正し,ひいては第二次世界大戦を引き起こした。そしてユダヤ人などの民族的な虐殺政策と狂気の独裁政治を推進し,結局敗戦して自殺したのである。これはヒトラーの特殊な個性による部分が多く,また時代背景も異なるし,現在の日本がこのようなことになるなどとは思わない。しかし少なくとも,憲法を改正することなく,結果として憲法よりも法律の効力を優先させたという点では,現代のこの日本において,かつてのドイツと同じことが起きており,異常事態だということになる。
27 私は戦前の日本の歴史も,極端な政府の暴走であったと思っているが,ヒトラーと同じように,憲法をないがしろにし,憲法違反をしたのかどうかはよく知らない。
28 ヒトラーを支持したドイツ国民は,余りにも軽率で愚かで無責任であったと私は思う。そしてその結果としての悲惨な「つけ」は国民が支払ったのである。またわが国の戦前についても同様であると思う。軍部が無謀な戦争に突っ走り,戦争に反対すると治安維持法等で逮捕された。しかし私は,そうなった歴史については,やはり日本国民の責任が大きいと思うのである。仕方がなかったでは済まされない。そして歴史の教訓は大切にしなければならず,愚かな歴史は繰り返してはならないのである。政府の暴走を放置してはならない。主権者である国民がしっかりと自覚して政治を監視しなければならないし,国民には大きな責任があるのである。
29 憲法の規定に反する法律は無効である。これは明確なことである。現在の日本においては,現政権が暴走し,憲法違反という事態が生じているということである。歴代の政権も,憲法学者の殆ども,そして国民も,これまで日本国を挙げて違憲だとしてきた内容の法律を,国民が納得できるような説明もなく,国会の多数で強引に押し切って法律を成立させてしまったものであるから,そのような政治を信頼できる筈がない。わが国が良識ある理性的な現代の法治国家であり,立憲主義国家であるためには,まず国会と内閣が憲法を厳守するという強い決意を持つことが必要である。国会と内閣は,主権者は国民であることをよく認識し,謙虚に国民の声に耳を傾けて,国民が納得するような見識ある政治を行なうことが求められている。
30 国民は主権者である。国民一人の力は大きいわけではないが,国民のひとりひとりが,自分は主権者であることを自覚して行動するならば大きな力になるということである。
31 歴史を振り返って見ても権力を握ると人は変化し,堕落することが多い。 違憲であるかどうかの判断は,最終的には裁判所ないし最高裁の判断になるにしても,その前の段階で憲法の専門家である憲法学者の意見は尊重されるべきであると思うのである。憲法学者の圧倒的多数の意見を無視して,それに反する結論の法律を,国会の多数で押し切るような政治は,到底まともな政治ではないし,まともな国家である筈がない。やはり国民は,呑気にボンヤリしていてはならず,戦争に巻き込まれる前に目覚めなければならないと思うのである。(ムサシ)

 



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1 5月の連休中に次女とその子2人が4泊5日でやってきた。上が男の子で来年小学1年生入学,下の女の子は子供の日が誕生日で,4歳になった。孫は全部で4人いるが,長女の2人の子は今回は来ることができなかった。孫が4人揃うと大変なことになる。
2 早速「虫取網はないか」と注文が来た。そういえば,うかつにも以前あった虫取網もいつの間にか処分してしまったようで,見つからなかった。しかし以前私が熱心に釣りをやっていたころの,鮎用の柄の短い網と,チヌ用の玉網が見つかった。庭では丁度アゲハ蝶の幼虫が羽化するシーズンである。2人の孫は,その網でアゲハ蝶を捕らえようとしていたが,うまく行かなかったらしい。「おじいちゃんはアゲハ蝶だ。捕まえろ。」と言って,2人の孫がそれぞれ網を持って追いかけてきた。「ヒエー,助けてくれ。」と言って庭を逃げ回ったが,とうとう私の頭は,同時に2本の網の中にスッポリと捕獲されてしまった。「助けてくれ。」と頼んだが,なかなか許してくれなかった。
3 その後間もなく,下の女の子が,昔母親たちが使った小さな籠を見つけてきて,花を摘んで籠に入れ始めた。あっという間に籠は摘み取られた花で一杯になった。それをどうするかと思って見ていると,台所のガラス容器を取り出して少し水を入れ,その上に花を並べて行ったのである。青とピンクの矢車草,金魚草,紫露草,シラン,ヒナギク,ペチュニア(朝鮮朝顔)などでが40〜50個ある。花飾りは案外綺麗にできた。「おじいちゃんも手伝って」と,何度も庭に呼ばれて,花飾りは4個になった。なかなか見事である。庭には矢車草の大きな株が5株あり,1株に100個以上の花が咲いていたので,庭が悲惨な事態にはならなかった。孫は花の部分だけ摘んで,枝を折ることはしなかったのである。そういえば,以前も同じようであったことを思い出した。
4 次の日の昼前に,家から500メートルの所にある岡山後楽園まで5人で歩いて出かけた。車で行くと,孫たちが余り疲れないので,朝5時過ぎに起きるので,親がグロッキーになってしまう。孫たちを疲れさせる作戦であった。公園の入口近くで,美味しい桃の冷凍ジュースを飲んだ。公園の中を半周位したとき,皆で広い芝生に寝転んで大の字になり,青い空を見上げた。久しぶりにジックリと空を見た。夏目漱石が重症の胃潰瘍から生還した伊豆の修善寺の大患の後で詠んだ俳句である「生きて仰ぐ 空の高さよ 赤とんぼ」を思い出した。風が心地よい。孫たちは靴下と靴を脱いで芝生の上を走り回ったり,ごろごろと転げ回って,オオハシャギをしていた。2人の孫の肩車もさせられた。重かった。梅入りで少し酸っぱくて美味しいソフトクリームも食べた。
5 夜は長男とオセロゲームをした。駒の白と黒を使って,挟んだ駒を自分の色にひっくり返して,駒の色の多さで勝負が決まる。案外手強い。「クソ−,負けてたまるか」,「チビのくせになかなかやるな」,「その手は桑名の焼き蛤」,「しまった,その手があったか」などと,ふざけて大騒ぎした。結局夜3敗,次の日の早朝5時半から3敗,通算6連敗である。「ワーイ,勝った,勝った!」と長男が大喜びしたことは言うまでもない。
6 最後の日は空港まで車で送りに行った。空港で昼ご飯を食べて,所定の時刻に孫たちは飛行機の搭乗口に向けて去って行った。夫婦で手を振って見送った。それから約2時間後に,次女から電話があった。無事羽田空港に着いたこと,長男が「帰りたくない。」と言って飛行機の中で大泣きしたという報告であった。また遊びに来るように伝えて貰ったが,わが夫婦の心が温かい思いに溢れたこともまた言うまでもない。(ムサシ)

 



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ゴールデンウィークを利用して、娘が進学を希望している大学のオープンキャンパスに行ってきた。そこで風邪をもらったようで、連休中はずっと喉が痛く、変な咳が出てしまい、体調がすこぶる悪い。
 
それにしても、自分が大学進学のときには、親が大学を見学するというようなことは一切なかった。そもそも、こうしたオープンキャンパスなるイベントもほとんどなかったように思う。親は、高校進学までは面倒をみるが、大学は行きたければ自分で勝手に行け、ただし、金はないから、国公立にしか行かせられないというのが我が家の方針であった。もともと両親ともに高卒で、大学受験とはどういうものかまったくわかっておらず、何の相談もしなかった。
しかし、時代は移り変わり、少子化の進展と反比例するように、大学進学率はどんどん向上し、いまやどこの大学も学生集めに必死なようだ。オープンキャンパスにも、保護者(というか、受験生の両親)が私たちを含め大勢、参加していた。
緑豊かなキャンパスを散策し、大講堂で保護者説明会を聞いていると、最後に「奨学金カウンセラー」なる人物が登場して、奨学金制度の利用についてあれこれと説明してくれた。奨学金というと、昔は苦学生のイメージであったが、いまやほとんどの学生がこれを利用しているらしい。私の頃は、日本育英会であった団体も「日本学生支援機構」と名前を変えて、奨学金事業を行っている。
貸与型の奨学金は立派な借金であって、しかもみなさんの大切なご子息が背負う借金であって、滞納となれば、裁判を起こされ、ブラックリストにも載ると登壇したカウンセラーは力説していたが、こちらは仕事柄、奨学金返還請求事件を毎月のように目にしている。
私の頃の学費は、自分のアルバイトでなんとかなる金額で、確か、前期は自分のバイト代で払い、後期は親が払い、念のため奨学金も受けていたように思う。
ところが、大学のパンフレットを見て驚いた。自分の頃からすると信じられないぐらい入学金、学費が上がっている。「こんなに!」と妻と二人で顔を見合わせ、奨学金の説明に真剣に聞き入ることになった。
一人娘を大学に4年間通わせ、下宿させるとなると、もはや中古マンションを購入するぐらいの費用がかかることに今更ながら気がついた。
大学側は、しきりに就職率のことをあれこれと説明しており、大学は何も就職予備校でもないだろう、どうして、そんなに就職率のことばかり話すのかと不思議に思っていたが、なるほど、こんな多額の費用をかけて、将来、ペイされなかったら、奨学金返済も難しいだろうし、親も学費を出す気にはなれないだろうと合点がいった。
大学が大衆化し、進学率が上がれば、今度は少しでも良い企業へと就職するためにはどうしたらよいかということになるのだろう。そうなると、もはや教育は、立派な投資である。学費は「出資」であり、将来の就職は「リターン」ということだ。そして、自らが日々の生活でゆとりのない家庭であればあるほど、将来の子どものためを思い、少しでも就職に有利な大学へと子どもを駆り立て、借金をしてでも(教育ローン、奨学金)学費を工面する。そうした出資者側の期待に応じるべく、大学も就職率向上に向けて種々の取り組みを行っているのであろう。
しかし、それでは、いったいぜんたい、大学とはどういうところなのか?
 
学生は学生で、親の負担を少しでも減らすために、アルバイトをすることになるが、学業や人格を無視し就労学生を一個の労働力として使い潰す「ブラックバイト」が問題となっている。労働法規を無視し、学業に支障が出るほどの長時間労働を求め、さらに学生の無知や社会経験のないことを逆手にとって、一方的な負担を押し付けるのである(今野晴貴著「ブラックバイト」岩波新書)。親に無理をさせられないという真面目な学生の責任感をうまく利用して、アルバイトとはとても思えない責任の大きな仕事を押し付け、収益を上げているサービス業は、急成長を遂げているようだ。大学生も、来たるべく就活に備えて、あるいは今後、一生続くであろう過酷な労働環境に対する耐性を身につけるべく、バイト生活にいそしむことになる。
そうして、高額の学費を支払い、ブラックバイトをくぐり抜けたとしても、就職活動では散々な人格否定を受け、ようやく卒業・就労できたとしても、非正規労働者として雇用され、さらに過酷な労働環境に身を置くことになるとすれば、ため息がでる。
広大なキャンパスと優れた施設を見て回ると、ここで4年間、しっかりと自分の興味のあることを学び、自分の生き方を決めてほしいと思い、自分が大学生であった頃の、ゆったりとした時間の流れを思い出すのだが、今や、そうしたゆとりは多くの大学生に対して望むべくもないのかもしれない。
しかし、これは、私たちが望んでいた教育のあり方なのだろうか。いったい、そのような高等教育を受ける価値はあるのだろうか。こうした教育システムによって社会の一員となることを私たちは望んできたのであろうか。
教育とはいったい何を目的とすべきか。大学教育は何を目的としているのか。働くということはどういうことを意味しているのか。この社会は、子どもたちをどのように育て、社会の一員として迎えようとしているのか。
 
オープンキャンパスで体調崩し、憲法の日、こどもの日とGWを寝込んで過ごすうち、この社会の現実に暗澹とした気持ちになってしまうのであった。


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簡易裁判所では、最近、物損交通事故ついての損害賠償請求訴訟が増加し、その処理が課題となっている。こうした事件では、自動車保険の弁護士費用特約がついており、当事者双方に弁護士代理人がつく場合が多い。本人訴訟率の高い簡易裁判所においては、この種の事件は少し様相が異なる。
こうした特約については、濫訴の弊害が言われたり、経済的合理性が図られているのかといった点が問題視されているが、その反面、これまでは当事者間の力関係や保険会社の意向に沿って、いわば陰で処理されてきた問題に光が当たったという評価も可能である。
過払い金返還請求訴訟の増大の原因に、弁護士費用の確保の確実性があったように、物損交通事故訴訟の増大にも背景には、弁護士費用の問題があるように私には思える。
そんなふうに考えていたら、最近、新聞でついに日本でも本格的な「弁護士費用保険」が発売されるという記事と広告をみかけた。
 
「医者と弁護士と僧侶の友達がいると便利だ」と言われることがある。すべて、一生のうちに相談したり世話になる可能性の高い職業であるからだ。
年に1度も病院に行かない人はよほど健康な人であり、多くの人は風邪や花粉症、腰痛などちょっとした体調不良でも念のために病院に行く。それは国民皆保険という世界的にみても非常に優れた保険制度があり、その費用が利用者にとってある程度納得のできるものだからであろう。
それでは、法律事務所に行く場合はどうか。これは、病院と比べればよほど敷居が高いように思われる。一般市民は、よほどのことがない限り、費用が心配で、その門を叩くことはないといってよいのではないか。それに、怪我や病気は放っておくと大変だが、法律問題はなんとなく面倒そうだし、なんとかなるだろうと思われ、うやむやにされがちだ。それに頻度も多くはない。
ところが、テレビではタレント「弁護士」は引っ張りだこで、法律問題をドラマ仕立てで見せるバラエティー番組や、実際の事件を解説するニュースなどで随分と活躍している。そうした番組が長く続いているところをみると、視聴率もよいと想像できる。一般の市民も法律問題に高い関心をもっているのだ。
 
法律家は、社会生活の医師とも言われるが、ふつうの「医師」と比べれば、利用者である市民との距離は随分と違っているように思われる。
いくら健康に気を使って生活していても、人は怪我や病気とは無縁ではいられない。いくら法律に気を使って生活していても、これだけ社会が複雑化し、様々な技術や制度のもとで生活していれば、人は一生のうち、なんらかの法的トラブルに巻き込まれることは避けられない。学校でイジメられる、就職先がブラック企業だった、ネット通販で騙された、住んでいるマンションが傾いている、交通事故にあった、セクハラにあった、親が亡くなって相続で揉めている、貸したお金が返ってこない、保証人を頼まれた、彼氏と別れたらストーカーになった、旅行ツアーで電車事故に巻き込まれた、地震で被災した、生活保護を申請しようとしたら窓口で追い返された、家の前に不審者がいる、ある日突然、犯罪の嫌疑をかけられ逮捕される、世の中はトラブルだらけである。
そのときに、家の近くの「病院」に行くように自分の街にある「法律事務所」を訪ね、「弁護士」に悩みを打ち明け、相談に乗ってもらうことができるようになれば、随分と助かる。また、「病院」にもよくある疾病に対応する一般病院と、高度な医療設備を整えた総合病院や大学病院があり、医師にも「開業医」と「勤務医」がいるように、「弁護士事務所」にも一般のよくある事件を取り扱う家庭医のような弁護士がいる個人事務所と、例えば建築紛争、行政訴訟、特許侵害といった専門的な事件を取り扱う専門医のような弁護士がいる総合事務所といろいろあれば便利だろうなと思う。とりあえず、近くの弁護士に相談し、その弁護士がまず相談を聞き、専門的な知見が必要だということであれば、街医者が大学病院・大病院を紹介するように、街弁がそうした大きな法律事務所の特定分野が得意な弁護士を紹介するというようになれば、安心だ。
医療と比較すると、司法のうち、裁判は「手術」であり、調停や和解、示談などは「投薬治療」というようなものになろうか。
 
健康保険制度が支えてきた日本の医療にも問題はあろうが、法律事務所や弁護士、裁判所のイメージを、私たちが戦後、培ってきた病院や医師のイメージとできる限り近いものにすることが、社会を支えるインフラとしての司法制度の改革の原点ではないのだろうか。
 


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1 私は,かつてたばこを1日2箱吸うヘビースモーカーであったが,今から30年余り前にキッパリと止めた。そして今,「健康のためにたばこを吸う?」などと,妙なことを言い出したのである。私は「健康オタク」を自称しており,これまでも何かと「健康遊び」を実行してきたが,このたびその「健康遊び」を強化しようということである。
2 たばこは1箱440円位のようである。1月で約1万3000円になり,健康被害も無視できないことになる。ガンは約10年かけて発症するのだそうである。
3 たばこを吸うと肺ガンや色々な健康被害の原因となる。しかしたばこを吸ったことにして,煙草代相当額を全額健康のために投入することにすると,何か面白いことが起こりそうな気がする。たばこを吸ったつもりになると,この資金の投入が全く惜しいという気持ちにならないで済む。これは名案ではあるまいか。私はこのたびいろいろと考えて,更なる「健康遊び」として,「たばこ代健康法」を実験することにしたのである。さしたる動機はなく,ふとした思いつきに過ぎない。
4 私は以前から,健康に有用な3食品として,納豆,豆腐,ヨーグルトをセッセと食べることにしてきたが,「たばこ代健康法」の一工夫として,最近ヨーグルトに含まれている乳酸菌やビフィズス菌を多く摂取しようと考えて,そのカプセルを飲むことにしたのである。私はもともと自称「快便児」なのであるが,このカプセルの飲用を開始してから,その傾向は強まっており,腸が活性化している実感があって,甚だ痛快である。
5 最近,米ぬかの抽出物である「フェルラ酸粒」を,通販で購入して飲んでいる。健康雑誌の影響である。「脳活性食」とか,「認知症防止剤」とか言われているので,脳の老化防止効果があるということなのであろう。何せまだ認知症の気配はないので,健康遊びとして甚だ気楽な話である。しかし楽しみではある。
6 抗酸化作用の強いポリフェノールとして「アスタキサンチン」がある。これは鮭に含まれている赤色の色素であるが,ビタミンCの約6000倍の抗酸化作用があるとのことであり,サプリメントも案外高額である。もう何年も飲んでいる。
7 私は,昨年夏に緑内障と白内障の治療をかねて左眼を手術し,今年1月に白内障の治療のために右眼を手術して,それぞれ一応成功した。私は10年以上も前から,両眼の健康のためにブルーベリーから抽出された紫色の色素であるアントシアニンの錠剤を飲用してきた。直接目の健康に効果があったという実感には乏しいが,各種の目に見えない効用があったに違いないと思っている。アントシアニンはビタミンCの約50倍の抗酸化作用があるとされており,「たばこ代健康法」の重要な内容になる。
8 私は以前から,ミネラル入りの総合ビタミン剤を飲んできた。そして最近本気で減量するための努力の一環として,お茶の「ヘルシア」を2日に1本飲むことにした。
9 私は,これまで散歩その他の運動や,野菜果物などの摂取に気を配ってきた。その結果かどうかは定かではないが,70歳を過ぎても髪は黒く,血糖値も正常である。そして今回の「たばこ代健康法」のために,前記の金額を全額使い切ることにした。効果の有無などどうでもよい。妻と2人で,とりあえず半年間実験するつもりである。まだこれでもたばこ代相当金額を全部使い切る計算にはならず,「たばこ代健康法」も案外大変で,更なる頑張りが必要になりそうである。もっとも,気楽な実験なので,「やはり止めました」ということになるかも知れない。(ムサシ)



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18 憲法や法秩序を無視するような政治の暴走は,一時的に成功するかのような状況となることがあったとしても,結局長続きする筈はない。主権者である国民はそこまで愚かではないし,政治の暴走は必ず早晩破綻するに違いないと私は思う。
19 人類は比較的近い過去の歴史の中で,もっと極端な政治の暴走と悲惨な結果を経験している。第一次世界大戦に敗北したドイツは,帝政ドイツが崩壊した後の1919年8月にドイツ共和国憲法を制定した。これがワイマール憲法であるが,この憲法は,国民主権を規定し,自由と正義のもとで内外の平和に貢献し,社会進歩を促進させることを目指しており,社会権保障を志向するなど,現代憲法への転換がなされ,その後に制定された諸外国の憲法の模範となったとされており,当時世界で最も民主的な憲法とされていたとのことである。
20 ところが1929年の世界恐慌で大量の失業者が溢れたという事情などもあって,ドイツでは急速にナチスが勢力を伸ばして,1933年1月にヒトラー内閣が誕生した。そしてその僅か2か月後には「全権委任法」が成立したのである。この法律は,ヒトラー内閣にワイマール憲法に拘束されない無制限の立法権を付与したものであり,憲法違反の法律であるが,ワイマール憲法は改正や廃止の手続きが取られることなく,事実上停止状態になった。つまりワイマール共和政は崩壊したということになる
21 なぜそのようなことになったのか。それには理由がある。初期のヒトラは国民から熱狂的に支持され,民主的手続きを経て首相に就任しているのである。1934年には,大統領と首相を統合した「総統」職を新設して,自らその職に就くために国民投票を実施したところ,賛成票は実に90%を超えたというのである。
22 ヒトラーは,失業率30%,失業者600万人を抱えて麻痺していたドイツ経済を4年間で,アメリカに次ぐ世界第2位の活気に溢れた経済に一変させたという。それは奇跡的な成功であったものであり,当時の経済学の理論に反した方法で成し遂げられたというのである。ヒトラーは有効需要を国が生み出すという経済政策を推進したのであるが,それは経済学者のアドバイスを無視して,社会保障と福祉を中心にして,生産力の拡大と完全雇用を目指した失業抑制政策であり,ヨーロッパの各国の失業者が1個のパンを求めてうめいていたときに,ドイツ経済を活気に溢れた経済に一変させたというのである。
23 ナチスドイツには,シャハトという天才的な経済担当者がいたのだそうで,第一次世界大戦の敗戦で,賠償金の支払いで不況のどん底であえいでいたドイツを,アッという間に救ったというのである。その成功は,失業をなくしインフレを抑えたということである。
24 それから40年後に,当時世界の最先端を行った経済学者であったガルブレイスは,「ヒトラーの経済政策は,現代の経済政策を予見していた。」と評価したそうであるが,「それはヒトラーの経済学の知識によるものではない」とも付け加えたという。
25 ヒトラーには優れた才能があったということではあるのだろうが,一体彼はなぜ致命的に間違ったのか,ヒトラーを熱狂的に支持した国民にはどのような責任があったということになるのか,興味を覚えるところではある。(ムサシ)



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1 近く5月の連休がやってくると,孫たちもわが家にやって来る。そうするとわが家の庭の草花は殆どむしり取られて,無残な姿になる。チューリップも水仙も矢車草も紫露草もなくなることになりそうである。それらの花々は,満面の笑みを浮かべた女の子の両手のひらに捕まれて,わが家の大き目の花瓶に生けられることになる。
2 わが夫婦が私の郷里にマイホームを所有するようになったのは平成8年のことであるから,丁度20年が経過した。当時長女が高2,次女が中1であった。私は当時姫路市に単身赴任し,平成11年4月から自宅に住むようになった。姫路から土日に帰宅したり,自宅に居住するようになってからは頻繁に,草花の苗木を衝動買いするのが趣味となり,セッセと苗木を買って来たのである。家の庭の草花が増えるので,大いに結構なことなのではあるが,私の熱意と気力は主として苗木を購入するところで尽きてしまい,苗木を自宅の玄関の前まで運ぶと,それで目的を達成したかのごとき思いとなり,「まあ,明日植えればよいだろう。」ということになったのである。
3 苗木を購入するのは概ね土曜日であることが多いので,翌日である日曜日になると,突然私の心は,「忙しい。仕事をしなくては」ということになって,苗木を植える気力が低下し,植え換えていないままの苗木に,ジョロで水を掛けるなどして日を過ごし,結局枯れてしまうという事態がよく繰り返された。
4 妻は,苗木を買って来た人が責任を持って植え換えるべきと,甚だ正当な主張をして,私は何度も苦情を言われた。私を信頼していると何度も苗木を枯らしてしまうという事態となることが判明してからは,3日間程度の間に私が植え換えない場合には,諦めて,妻が自分で植えるようになったのである。仕様のない亭主だと愛想を尽かしたに違いない。
5 ある時妻に,「申し訳ないことをしているので,お詫びの印に家出でもさせていただきましょうか?」と言うと,妻は「是非お願いします。」と答えた。その後私は家出したままで,家出は解除されていない筈なので,私の心はまだ家出中であり,私の心は,わが家の屋根の上で寝ているのではないかと思われる。
6 しかし変な亭主のお陰で,わが家の庭や塀の外の花壇は,結構綺麗な花が咲いているということになる。わが家の塀の外は幅約50センチの細い花壇となっている。私は主としてその花壇に植えるためにセッセと苗木を買って来るのである。今も結構賑やかに草花が咲いている。三色すみれ,ペチュニア(朝鮮あさがお)などが咲いているし,間もなくカーネーションやナデシコ,キキョウなどが咲きそうである。通行人が暫し足を止めてその花を眺めていることもある。今年も例年のように,キキョウやナデシコが窃盗の被害に遭うことになるのだろうか。
7 孫が庭の花を手折ることについては,複雑な思いもないわけではない。しかし折って捨てるのであれば許せないに違いないが,手折って小さな両手を一杯にして,花瓶に生けてくれるという話なのである。そんなことを許してくれる所はそうあるまい。「おじいちゃんの家に行って,花を一杯折って,花瓶に生けてあげよう。」と小さな胸を弾ませて,連休を楽しみに待っているのであれば,それを咎めるのは何とまあ心貧しきことであろうか。「おじいちゃんも手伝ってあげようか?」と言って,私も孫と一緒に,大はしゃぎして庭の花を無茶苦茶沢山折ることにしようと思っているのである。(ムサシ)



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11 集団的自衛権行使を認める安全保障関連諸法が,平成27年9月19日に国会の多数で可決成立し,同28年3月29日に施行された。違憲だとする国民の声が甚だ強く,歴代内閣も違憲だとしており,憲法の専門家である憲法学者の圧倒的多数が違憲だとしている法律である。それを国会議員の多数で,「合憲である。」として無理矢理押し切ってしまったということである。甚だ強引な政治の暴走であり,異常事態である。この国は狂ってしまったのであろうか。
12 与党のある国会議員は,「学者の言うとおりにして平和が守れるのか。」という趣旨の発言をしたということである。この言葉を言い換えると,「憲法を守れば,平和が守れるのか」とも,更に言い換えると,「平和を守るために必要であれば,憲法を守らなくてもよい。」と言ったと同じことになるだろう。現憲法では平和を守ることができないので,国会の多数で憲法違反の法律を成立させ,憲法違反であることを承知のうえで,「合憲だ」と言い張っているということであろう。
13 まともな立憲法治国家であれば,いかなる場合であっても憲法は守らなければならない。これは不動の鉄則である。憲法を守ったために平和が守れなかったというのであれば,それは仕方がないことである。しかし「どうすれば平和が守れるのか」という問いに対する正解は容易に見つかるわけではない。
14 集団的自衛権行使を容認すると,日本国本土に対する直接的な攻撃を防止できる可能性は高まるように思えるが,海外で活発に活動するようになるであろう自衛隊が,海外で攻撃されて,わが国が戦争に巻き込まれる危険性は飛躍的に増えるのではないのだろうか。テロ攻撃を受ける不安も,飛躍的に増大するという気がする。
15 かつてドイツにおいて,ヒトラーは憲法に優先する法律を制定し,世界を唖然とさせたことがあるが,現在の日本においても,法的に同じことが起きていることになる。現代国家において,どうしてそんな非常識なことが平然とできるのであろうか。
16 違憲の法律かどうかで意見が分かれる場面において,多少強引な国会での法律の採決が許されるのは,憲法学者の意見が大きく分かれているというような場合ではあるまいか。一体わが国はまともな立憲主義の法治国家といえるのであろうか。私はこの日本において,健全な常識からは信じられないような,甚だ無責任な政治の暴走が進行していると思うのである。主権者である国民は,このような事態を放置してよいのかということになる。
17 憲法違反であるとされる法律をどうしても成立させたいというのであれば,遵守すべき手順がある。その手順を踏むことの賛否はともかくとして,まず憲法自体を改正すべきことになる。わが憲法を改正するためには,衆参各議院の総議員の各3分の2以上の賛成で国会が憲法改正を発議し,国民投票の過半数の賛成が必要であることになっている(憲法96条1項)。わが憲法の改正はそう簡単にできることではない。勿論私が憲法改正に反対であることも言うまでもない。(ムサシ)

 



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1 今年の4月2日は全国的に好天で,多くの所で桜が満開となった。土曜日でもあり,その日以降は雨や曇りの日が続くという予報であったため,絶好の花見の日になったようである。私もわが家から300メートルの所にあり,桜の名所となっている岡山後楽園の桜並木で花見をするつもりでいた。屋台でタコテン(タコのテンプラ)を買って昼間からカンビールを飲みながらブラブラと花見をするつもりでいたところ,高校時代の悪友から呼び出しが掛かり,花見は止めて,夜3人で飲みに出かけ,久しぶりのカラオケを楽しんできた。私の「月1カラオケ健康法」は,今のところ「年3カラオケ健康法」となっており,まだ努力が足りない状態である。
2 この冬は天候不順で,各種の花の開花時期がおかしい。そして今,いろんな花が満開である。わがやの狭い庭もとても賑やかになっている。水仙やチューリップや真っ赤な花桃や木蓮などが咲いている。薄い青色の背の低い花が庭一面に咲き乱れているが,名前はまだ知らない。今度この花の写真を撮影して拡大し,事務所の額に飾ることにしよう。また私の好きな濃い青色の矢車草が,今年はなぜか庭を席巻している。事務所の花瓶にも矢車草が飾られている。近く美味しいお弁当を買って,事務所の皆で毎年恒例になっている花見に出かけることになっているが,かなり桜が散っているかも知れない。今が春爛漫ということであろうか。
3 5月の連休には,孫たちがわが家にやって来ることになっている。わが夫婦の子は女の子2人で,それぞれ結婚し,孫が2人ずつで全部で4人である。上の子はどちらも男の子で,今年小1入学と来年入学,下はどちらも女の子で,どちらも3歳である。昨年も孫が勢揃いしたが,4人で競争してわが家の庭の花を手折り,大きな花瓶に生けたので,庭の花は殆どなくなってしまった。今年もそのようなことになりそうである。
4 孫たちの年齢が遊び仲間として丁度よいようで,私は4人の孫たちの攻撃対象になる。「オジジをやっつけろ!」と叫びながら全員が棒などのような凶器を持って襲ってくるのである。「何,負けるものか。待て!」などと言って反撃し,追いかけたりするが,結局いつも「まっ!参った。助けてくれ!」と降参して戦いは終わることになる。「ワーイ,勝った,勝った!」と孫たちは大喜びしているが,わが家の客間の障子は破かれて,穴だらけになっている。
5 あれは長女の下の女の子がまだ1歳になる前のことだったと思う。わが夫婦と,2人の子供それぞれの家族が東京の池袋にある次女夫婦の家に集合したことがあった。その帰途,山手線で池袋駅から東京駅に向かう途中,空席がなくて吊り皮を握って,私と長女が並んで立っておしゃべりしていた。長女はダッコ紐のようなもので,女の子を抱いていた。そして私が「アレッ」と思ってふと見ると,長女に抱かれている孫が,よそを向いたままで,私の背広の襟を掴んでいたのである。そっと孫の顔をのぞき込んで,小さな声で名前を呼ぶと,その子は恥ずかしそうにして,手を離した。しかし間もなく,また同じように,よそを向いたままそっと私の背広の襟を掴んだのである。私は,「心がとろける」とはこんな感情のことを言うのかなと,しみじみと思ったのである。
6 孫たちもどんどん大きくなるに違いない。私は密かに,「時よ,止まれ!」と思っているのであるが,私の願いは到底叶う筈もない。(ムサシ)



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1 昨年の1月からこの3月までの間に,中学,高校時代からの親しい友人が3人も死亡した。寂しい限りである。
2 私は高校を卒業後郷里を離れてからは,かなりの期間を東京で過ごし,多少の変転を経て裁判官になり,転勤で全国を転々とした。そして平成11年4月に38年振りに郷里に帰り,郷里の裁判所に勤務するようになった。そのころから,東京で会社員として勤務していた高校時代の友人が,盆と正月に帰省する際に2人で飲酒歓談していたが,翌年から高校の親しいクラスメイトに範囲を広げて,帰省する友人を囲む会にして,約10人足らずで飲酒歓談してきた。とても楽しい会であった。
3 その後その会は継続し,10数年が経過した。そして2〜3年前から,東京に住む友人が帰省しなくなった。正確なことは書かないが,病気療養中とのことで,東京まで見舞いに行きたいとの手紙も出したが,果たせないでいるうちに,友人が死亡したとの連絡があり,驚いてしまった。仕事の都合で東京での葬儀に出席できず,友人ら3名連名で長文の弔辞を速達便で送ったが,葬儀で読み上げられたとのことであった。
4 この1月に,高校の友人グループの1人が死んだ。その会は今後も年2回継続することになっている。そしてこの3月には,田舎の中学校の友人が死亡た。いずれも葬儀に参列した。死因は,2人はガン,1人は脳梗塞である。
5 考えてみると,もう70歳を超えているのだから,いつ何が起きても不思議ではないということであろうか。そうであれば何が起きても悠然と受け止めるという覚悟が必要なのであろう。
6 しかし,3人の友人の死という予定外の事態を受けて種々わが身を反省することになった。私は「健康オタク」を自称しているが,何か改善すべき点はないか。いろいろと考えてみた。そして2点を改善することになった,1点はもう少し痩せようということである。「ちょい太」がよいなどと誤魔化してはいるが,もう10キロ痩せることにした。今80キロは切っているが,70キロを切ることになる。もう1点は飲酒量の減量である。名実ともに飲酒量を「百薬の長」とすることにした。飲酒量は日本酒1合に限定することになった。アルコールの量にすると30グラムまでである。
7 最新の週刊誌(「週刊現代」平成28年4月9日号)に,ガンの治療薬に関する面白い記事が掲載されているので,一読されるようにお勧めしたい。夢のガン治療薬「オプジーボ」がとても効果的であり,順次保険適用の範囲が広がっているというものである。日本では既に皮膚ガン,肺ガンへの保険適用が行われており,肝臓ガンへの適用も間近だろうとされている。これは免疫療法であり,人体に備わっている免疫システムがガン細胞を退治するというものである。人体が保有する「キラーT細胞」がガン細胞を攻撃すると,ガン細胞はその攻撃を弱めるシステムを有しているため,効果が十分でないが,「オプジーボ」を点滴することで,ガン細胞が有する防御システムを破壊するということのようである。
8 この新薬の開発に着手してから15年が経過しており,あらゆるガンに効くとされているようである。かつて人類が結核を克服したように,ガンを克服する日も近いだろうというのであるが,いろいろと期待して待つことにしたい。(ムサシ)



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6 私は昭和17年生まれで,先の戦争で私の居住地がアメリカ空軍のB29戦略爆撃機約140機に空襲され,昭和20年6月29日未明,私は雨霰と落とされた焼夷弾で火の海となっている市街地を,母に背負われて逃げ惑って,幸運にも生き延びたという,命の危険を体験した者である。その空襲で当地では約1700人が死亡し,市の大半が焼け野原になり,2万戸を超える民家が焼失したということである。被害は甚だ甚大だったということになる。私は当時2歳半であり,具体的な記憶はなく,後日母から様子を聞いたものである。
7 市内は一晩で焼け野原になり,わが家と親戚の家3軒が全焼し,財産はほぼなくなった。父は民間人として満州に出兵しており,その留守家族7人が一旦は死を覚悟した状況下で,幸いにも全員生き延びた。
8 敗戦後捕虜になっていた父が2年後に生還した。家業は廃止され,父母は近郊で未体験の農業を始め,大変苦労したようである。子供らは農業の手伝いをし,また勉強を頑張って親孝行することが子供らの共通の目標になっていた。私は無謀な戦争が遂行され,国民が人的にも物的にも多大の損害を受けたことに対し,政府や軍の幹部に対し,激しい怒りと憎しみの感情を抱いて成長した。
9 先の戦争では,国民の多くが直接間接の被害を受けていると思われる。そのような体験を有し,戦争に反対する強い思いを抱いている者として,今何をなすべきなのであろうか。戦争をすると,その勝敗にかかわらず,余りにも被害は大きい。勝つ戦争ならしてもよいということには決してならない。戦争は絶対にしてはならないと思うのである。
10 そして,戦争に対してそのような具体的な激しい感情を抱く者であれば,このたびの訴訟では,弁護士として原告代理人になることは当然のこととして,自ら原告になるべきではないのかという思いが強い。おそらくそうすることになるだろう。東京で予定されている訴訟では,原告代理人になることの意思は表明してある。(ムサシ)

 



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消費者金融業者に対する過払い金返還請求訴訟は、簡易裁判所でもよくある訴訟のひとつである。一時期は、多くの事件が係属し、その処理も大変であったが、最近では、主要な論点について多くの最高裁判例も出ており、件数も落ち着いている。
過払い金返還請求訴訟がなぜ、これほどまで増加することになったかを考えてみたい。
その要因は、概ね次の3つがあると言われている(中本和洋「民事司法を利用しやすくする懇談会(前編)」NIBEN Frontier2014年1/2月合併号)。
1 権利義務の知識の普及
それまで、消費者金融業者に対して払いすぎた利息を返してもらうという発想自体、利用者にはなかった。担保もなく借り入れをしたのであるから、高金利はやむを得ない、負債から免れるには、債務整理しかないというような後ろ向きの考え方が主流であったように思う。ところが、一連の最高裁判例により、流れが大きく変わった。弁護士広告の解禁と相まって、「過払い金」という言葉が様々なメディアを通じて普及し、利用者がそうした権利(不当利得返還請求権)の存在を知るようになった。
2 司法アクセスの容易さ
しかし、「過払い金返還請求」という権利の存在を利用者が知ったとしても、当事者間の交渉によってその権利を行使するのは殆ど不可能である。借主と貸主という立場の相違に加え、一般利用者には特段の法律知識もない。そもそも、取引履歴すら利用者は把握していない。そこで、権利実現のためには、司法の力を借りざるを得ないが、一般市民にとって、法律家の敷居は高く、その助力を得ることはなかなか困難であった。ところが、これに弁護士・司法書士が応えた。弁護士事務所や司法書士がこぞって、広告を出した。電車の車内広告、看板などで利用者を誘引し、顧客獲得をめざし、この事件については司法アクセスが格段に容易になった。
3 権利実現の実効性
いくら、利用者が権利の存在を認識し、司法アクセスが容易になったとしても、肝心の権利が実現されなければ、多くの利用者はただ失望するだけであったであろう。しかし、消費者金融業者に対して、取引履歴開示義務が認められ、過払い金返還を命じる判決が出るようになると、消費者金融業者はこの判決のとおり、過払い金を返還するようになった。消費者金融業者には、それだけの財務余力があったことが幸いした。実際に判決をとったところで、その執行が困難であれば、事件の増加は見込めなかったに違いない。
 
つまり、過払い金返還訴訟は、本来、多くのひとが認識していなかった「権利」が、社会全体に認識共有され、その権利実現に対する司法アクセスが容易となり、また、権利実現の実効性が確保されているという三つの条件が揃い、爆発的に普及したものと思われる。弁護士・司法書士にとっても、アメリカ法のディスカバリー(証拠開示)と同様に、消費者金融業者に対する取引履歴の開示が訴訟提起前に認められたことから、利用者の相談に応じてある程度、目星をつけることができ、さらには、こうした事件については、権利実現が容易であることから、成功報酬も期待できる、そうすると、潜在需要の発掘のために広告宣伝にさらに費用を投じることができる、こうして循環の歯車が見事にかみ合って訴訟件数の増大を招いたように思われる。
 
それでは、なぜ、過払い金返還請求以外の分野では、法曹人口の増加にもかかわらず、訴訟件数が伸びないのか。
それは、ちょうど、この三つの要因が阻害要因となっているのではないか。過払い金返還請求訴訟の増加の要因を分析すれば、民事司法の活性化の方策がみえてくるような気がするが、どうだろうか。
 
市民間の法的紛争で、はたしてこのような三つの要因が実現できているだろうか。とりわけ、少額の日常的な紛争についてはどうだろう。権利の存在を認識できても、司法アクセスが十分ではなく、権利実現の実効性も低いとあっては、結局、権利意識はしだいに希薄になってしまうのではないか。そうしたことが、私たちの社会における「権利」というものの生成や発展を阻害してはいないだろうか。過払い金返還訴訟の件数が落ち着き始めたいま、21世紀における司法の役割が問われているのではないか。「過払い金返還訴訟」の次にくるものはなにか、目が離せない。
 


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1 平成27年9月19日未明,参議院の議場の混乱のなか,集団的自衛権行使を認める安全保障関連諸法が可決成立したとされ,同28年3月29日に施行されることとなっている。違憲だという声が圧倒的に強かった法律であり,歴代内閣も違憲だとしてきた。そして何よりも,憲法の専門家である憲法学者の圧倒的多数が違憲だとしている法律である。このような法律が,国際情勢が変化し、集団的自衛権行使の必要性が強まったという程度の理由で,従来違憲とされてきた内容の法律が,簡単に合憲になってしまうことはあり得ないことである。単に国会議員の多数で,「合憲である。」として無理矢理押し切ってしまったということに過ぎない。
2 山口繁元最高裁長官は、「集団的自衛権行使は違憲である。」とされ、安倍内閣は「法治主義とは何か、立憲主義とは何かを弁(わきま)えていない。」と厳しく批判された。内閣としては,国民に対し,なぜ合憲であるといえるのかについて,もっと丁寧に説明しなければならなかったと思う。そしてその前に,憲法学者の半数以上が合憲であると納得するように,憲法学者を説得するか,憲法学者が合憲だと認める内容に改めるべきではなかったかと思う。安倍総理は,違憲かどうかは「最高裁判所が決めることだ」と主張するが,最終的な判断者はそうであるとしても,明白に違憲であるような内容の法律等については,予め議論し批判し,時に阻止することが必要だということであろう。
3 安保法制の必要性について,賛否いろいろと意見の対立がある。必要説が全く理解できにわけではない。しかし政権担当者は誠実に憲法を遵守し,国民の声に耳を傾けて,謙虚な姿勢で国政を担当し,国民の期待に応えてもらいたいと思う。違憲の疑いが強い法律を,国会の多数で強引に押し切って成立させるようなことがあったはならない。
4 全国各地の弁護士会は,安保法制違憲訴訟を提起する方向で動いており,各種団体との連携もなされている。私が所属する弁護士会所属の弁護士も,数回の準備会を経て,この3月8日に訴訟提起を目指して団体を発足させ,記者会見が行われた。
5 私は,違憲の可能性が強い安保法制が強引に議決された経過をみて,わが国の政治に強い危機感を抱いており,強く失望したということになる。主権者である国民は,しっかりと政治を監視しなければならない。私は一国民として,また一弁護士として,この事態の中で,自らどのように考えてどのように行動するのかを真剣に考えることにした。そして後日,自らを恥じたり,後悔したり反省することのないように,自覚して対処したいと思っているのである。(ムサシ)

 



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