日本裁判官ネットワークブログ
日本裁判官ネットワークのブログです。
ホームページhttp://www.j-j-n.com/も御覧下さい。
 



このブログは、日本裁判官ネットワークという司法改革について発言する現職裁判官メンバーと、元裁判官サポーターによる共同執筆です。投稿は各個人の見解であり、日本裁判官ネットワークという団体の公式見解などではありません。メンバーもサポーターも、種々多忙なため、なかなかうまく更新できませんが、どうか長い目で見てください。今後ともよろしくお願いします。



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gooブログの仕様変更により、広告が表示されるようになりました。ブログ記事の内容との関連性から、弁護士事務所の広告等が表示されるようです。申すまでも無いと思いますが、これは日本裁判官ネットワークとして選定した広告が掲載されているわけではありません。広告に表示された法律事務所を当ネットワークが推奨しているなどと言うことはありません。どうぞご理解ください。



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最近、大学時代のゼミの恩師がご逝去されたことをニュースで知りました。
教授は、民事訴訟法や民事執行法の大家で、学会のみならず実務においても多大な貢献をされ、法制審議会委員や司法試験考査委員なども歴任された、およそ法曹であれば知らぬ人はいないであろう大先生です。
私が学生だった頃はもう四半世紀も前のことですが、当時から大学で最も有名な先生で、ゼミに集う学生は皆、優秀な人ばかりでした。もちろん、私などは本当に劣等生で、先生の話されることの3分の1ほども理解できませんでしたし、年に何度かのゼミ報告の時には、先生の横で、緊張のあまり震える声でレジュメを読み、先生からの質問に脂汗を流しながら、六法で該当条文(もちろん、旧民訴の文語体の条文です。)を探し、小さい声でボソボソと答えたことを思い出します。
そのゼミの初日、新しいゼミ生全員を前に、どうしてこのゼミを選んだのかを先生がお尋ねになり、皆、それぞれ抱負を語ったのですが、私は生意気にも、読んだばかりのイェーリングの「権利のための闘争」を引用し、権利を実現する法の作用に興味がある、ヴェニスの商人で悪徳な金貸しのシャイロックの訴えが退けられるくだりは胸がスッとしたが、詭弁ではなくきちんとした法解釈で請求を退けるべきだという点には感動した、正義の実現のため法曹になりたい、そのために民事訴訟法を学びたいというようなことを述べたのでした(今にして思えば、顔から火が出るほど恥ずかしいです)。
すると、先生は、突然、次のような話を始めました。
 
昔、ある国にシャイロックと同じような悪徳な金貸しがいて、若くて優秀な弁護士に頼んで、裁判を起こした。ところが、相手も弁護士を雇い、それこそ血みどろの法廷闘争が繰り広げられた。それぞれの代理人は、持てる力の全てを注ぎ込み、何年もの歳月をかけて主張を戦わせ、数々の証拠が取り調べられ、ようやく弁論が終結し、とうとう判決の言い渡しとなった。言い渡された判決は、原告、すなわち悪徳業者の請求を全て認めるというもので、原告の全面勝訴であった。
若い弁護士は感激し、裁判長から判決書を押し戴くと依頼者にすぐに電報を打った。「正義、遂に勝つ!」と。
すると、直ちに依頼者から折り返し電報が届いた。きっと、自分の法廷活動に対する感謝の気持ちが綴られているに違いない、あるいは報酬のことかも・・・と期待に胸膨らませて電報を開くと、そこにはなんと「すぐに控訴せよ!」と書かれてあった。
 
さて、皆さん、この話が一流のブラックジョークであることがわかりますか。
当時も今も、私は頭の回転が良い方ではないので、先生の話を聞いても何のことかわからず、「なんで、勝ったのに控訴しろって言うんだろう?」「もしかして、控訴の利益とかのこと?」「判決書が間違っていた?』と頭の中はただ「???」ばかりなのでした。
新入生が誰一人笑わず、皆、黙っているので、先生は、困ったような、はにかんだ笑顔を浮かべながら、これはドイツの笑い話で、悪徳業者は自分がひどいことをしていることを百も承知のうえで裁判を起こしていて、まさか自分が勝訴するとは微塵も思っていなかった、だから「正義が勝った」と聞いて、てっきり自分が敗訴したと勘違いして・・というように、話のオチを言いにくそうに説明してくれたのでした。
おそらく、先生は私の浅薄な正義の観念を危ぶみ、こうしたユーモアで、遠回しに正義の二面性をご指摘くださったのではないかと今にして思うのですが、当時は、先生のような高名な学者が突然、そういう話をしたことがただただ新鮮で、今でもはっきりと覚えているのです。
そんな先生に、退官記念の講演のあと、私は先生の執筆された体系書を持参し、揮毫を求めたところ、先生は万年筆で裏表紙に
「I moyle in lawーNoyの言葉ー」と記してくださいました。
これは、「汗水たらして法律を学ぶ」という意味で、17世紀ごろに精緻な判例集を作り上げたNoyという方が若い頃、学者から頭が悪いと散々罵倒されたときにつぶやいた言葉なのだそうです。「俺だって、必死に法律に向き合ってるんだ」と思わず口をついて出た言葉なのでしょう。
代理人弁護士や検察官、上級審の裁判官などから、いろいろとご批判を受けたとき、私もこの言葉を口の中で唱えつつ、汗水たらして学び続けるしかないのでしょう。
先生のご逝去の報に接し、今更ながら、思い出しました。
先生の言葉を胸に刻み、劣等生であった私も、それなりに、頑張っていきたいと思います。


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6人に1人の子どもが「見えない貧困」に直面していると報じるNHKスペシャル(2月12日午後9時)を見ました。
「相対的貧困」状態にある世帯の子どもの声は切なく、様々なものが奪われていることがよくわかりました。
私も、子どもの頃は「相対的貧困」の中で暮らしていたので、番組で取り上げていた子どもたちの気持ちがわかります。子どもは、実は比較的小さい頃から、自分の家の経済的状態に気がつきます。学校生活や友人関係のなかで、そうしたことを知ったとしても、それを親に言うことはできず、次第に心の中でいろいろな我慢を覚えていくことになるのです。
同じものを持っていても、他の友達と自分のものが微妙に異なる時の驚きと気まずさ、卒業旅行やクラブの合宿に参加するときの費用の工面と心配、新しい靴や服を買って欲しいとパートで働く母に言うときの申し訳なさ、友達に誘われた時に断る口実のあれこれ・・・・、そうしたことが積み重なっていくと子どもらしさが次第に失われていくように思います。
私も、同じクラスで仲良くなった友達の家に遊びに行ったとき、その家庭の裕福さに圧倒されたり(まるでテレビドラマの中の世界のようでした!)、電車通学をしている友人がさりげなく「全線定期」とかいう株主優待券を使っていたり(そんなものが現実にあるとは知りませんでした!銀河鉄道999みたい!)、次第に気が滅入っていった高校時代を思い出しました。親にあれこれと聞かれても、自分とは家庭環境の異なる友達のことは一切話さず、極力、お金のかかるようなことはせず、学校にいる間は部活が中心で、休みの日は、図書館で借りた本を読んだり、テレビを見たり、深夜ラジオを聞くのが楽しみな、実に地味な学校生活でした。家族旅行も外食もあまり記憶にありません。「どうせ無理だろうな、うちはお金ないから」「でも、そういうことをいうと親に悪い」「世の中はそういうものだから、仕方がない」というのが当時の私の偽らざる気持ちでした。
それでも、私は、奨学金を得て大学に進学し、今の職業につくことができました。そして、それなりに安定した収入を得ていますが、これはもう全く運が良かっただけで、生まれるのがもう10年20年遅ければ、正直、どうなっていたかわかりません。
貧困状態から努力して成功を収めた人は、よく「相対的貧困」の中で暮らす人々に対し、甘えるな、努力次第でどうにかなると「自己責任」論を語りたがるようですが、私はとてもそのような気持ちにはなれません(もちろん、成功したわけではありませんしね)。そうした成功体験は、ごく一部の者が語る「結果論」に過ぎないと思います。成功者は「自己責任」を語る資格があるのでしょうが、それ以外の人に「自己責任」を強いる資格はないように思います。
今の仕事では、毎回のように法廷で、支払いができない大勢の貧しい人たちに「**万円を支払え」と判決したり、分割で支払う内容の和解条項を読み上げたりしていますが、法廷に来る被告は、もしかすると、あの頃の自分の両親、あるいは自分自身かもしれないと思うことがあります。だからこそ、私は、そうした業者事件において、出頭した被告にあれこれと余計な言葉をかけてしまうのでしょう。
番組の後半、奨学金で賄いきれない学費を国の教育ローンで借りるしかない貧困世帯の女子高校生の姿が映し出され、「こんな、クソみたいな社会を変えてやる」と涙ながらに語る場面がありましたが、自分も高校生の頃はいつも不機嫌で、不平等な世の中とそれをそのままにしている大人たちに対して怒っていたように思います。高校生が遊ぶためのお金ではなく、生きるためのお金で思い悩むような社会は、決して幸せな社会とはいえないでしょう。
この女子高校生が、国の教育ローンの表紙を飾る、夢いっぱいの爽やかな笑顔の高校生の写真を見て「何、笑ってるねん!これを借りるということは笑ってる場合と違うんや!!」と毒づく場面がありましたが、私も彼女と全く同じ気持ちで奨学金を申し込んだことを思い出し、心の中で「頑張れ!その怒りをエネルギーに変えて!」とエールを送りました。
こうした子どもたちが、社会の荒波で溺れてしまわないように、私たちに何ができるのか、もう一度よく考える必要があるのではないでしょうか。
高校生の頃の自分の怒りは、未だに胸の中にくすぶり続けているのかもしれません。
大人になった私は、こうした怒りをあの時とは異なる「warm heart&cool head」で解決できないかと毎日、思い悩みながら仕事をしています。


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国谷裕子著「キャスターという仕事」(岩波新書)が売れているようですが、「クローズアップ現代+」(NHK総合、22時)も以前より柔らかい感じで楽しく観ています。
最近の「ファイクニュース特集」は大変、興味深く、録画をしたものを家族で見返しました。
アメリカ大統領選挙において、既存メディアの他に多くのニュースサイトがインターネット上に開設され、真実でない偏った情報を流し、そうしたものが人々の投票行動に相当な影響力を及ぼしたという内容でした。
[post-truth](真実の先)[alternative-fact](もう一つの事実)ということが言われ、大統領自身も自分に不利な報道はすべてフェイクニュースだとツイートするという事態は笑っていられないように思います。
人々がどうして、そうしたフェイクニュースを信じるようになるのかということが不思議なのですが、それには、どうもインターネットやSNS特有の構造的要因があるようです。
私は、よく書籍や音楽を大手ネット通販で購入するのですが、「あなたにおすすめ」というのがあって、以前に購入した履歴からこちらの興味関心のあるものを無数にある商品から選択して示してくれます。間違って、以前に購入した本を再び注文しようとするとちゃんと注意してくれます。ネット上の広告も一定の傾向を読み取って、自動的に表示する仕組みになっていることが多いようです。
これを便利とみるか、余計なお世話にとみるかはその人次第なのですが、娘などはユーチューブの映像検索で、いろいろなものを見たいと思っても、以前の検索履歴から似たようなものばかりが並んでしまい、うっとおしいと言っています。
ネット空間は検索エンジンやAIの存在によって、多様性を却って阻害することが多いのではないでしょうか。
「人は見たいと思うものだけを見てしまう」というのは、認知心理学のうえではよく言われていることですが、インターネットやSNSも実は、そうした人間の特性を強める効果があるようです。インターネットを使って、まさにworld-wide、世界中に広がる多種多様な情報にアクセスできるようになっても、時間的制約からその全てに人々が実際にアクセスするわけではなく、一定の傾向に従った情報だけが抽出され、その人が見たいと思っているものだけが知らずに選ばれているのです。実はインターネットやSNSは人々を蛸壺に押し込め、一定の傾向に合致する人々の絆を強めるものの、それ以外のコニュニケーションを絶ってしまうことになる、そうした情報環境に置かれれば、フェイクニュースが報じる事実も[post-truth](真実の先)[alternative-fact](もう一つの事実)として、その人の感情や判断に大きな影響力を及ぼすことになるのでしょう。インターネットやSNSにおける発言は、その内容次第で「炎上」などを通じて、流言飛語を呼ぶことになり、その伝播や影響力は単なる噂話や冗談では済まされないことになると思います。恐ろしいことです。
学生時代に、表現の自由のもとで確保されるという「思想の自由市場」なるものは本当に存在するのかということであれこれと議論したことがありました。私たちの議論を眺める教授は、ニコニコと笑いながら「その答えは、自分で見つけてください」と仰るだけでした。
今の仕事でも、こうした情報バイアスを感じることがあります。
刑事事件であれば、裁判所にもたらされる情報のほとんどは警察や検察からの被疑者・被告人が「罪を犯した」「悪い奴」であることを示す情報でしょうし、民事事件であっても、いわゆる業者事件と呼ばれる貸金業者・信販会社が原告となる事件の大半は、定型的で様式の整った、見やすい訴状と定型的な契約書類ばかりが記録に綴られています。こうした情報バイアスのかかった状態で、事実を認定する際にはよほど意識しないと、自分が見たいものだけを見てしまう危険性があると思います。
検索エンジンやAIに頼ることなく、[post-truth](真実の先)[alternative-fact](もう一つの事実)ではない真実を求める強い意識と姿勢が、私たちには求められているのではないでしょうか。むしろ、これからの時代は検索に頼るよりも、自分自身と対話し、思索を重ねることの方が大切になってくるような気がします。


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ある医院での会話である。

患者 「先生,妻を亡くして5か月になり,寂しくて食欲が無くて餓死しないかと心配です。」
医師 「食べたいと思う物は何もないんですか?」
患者 「ええ。でも強いて挙げれば,鰻の蒲焼きとホタテ貝の刺身とイクラなら何とか食べることはできるんですが。」
医師 「ところで,例の無色透明の液体はどうですか?」
患者 「それだけは,相変わらず美味しいです。」
医師 「少し茶色い方はどうですか?」
患者 「それも美味しく飲んでいます。」
医師 「少しは痩せたんですか?」
患者 「はい。もう2キロも痩せてしまいました。」
医師 「ムサシさん。あなたのような状態を,食欲が無いとは言わないんですよ。丁度よい機会だから,本気で餓死する

  つもりで,今年中に10キロ痩せることにしてはどうですか?」
看護師 「先生,それがいいですね。」
患者 「(ウー,家出してやる!)」
                 (ムサシ)

 



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「この、いわゆる“判事”の意見はバカげている」(トランプ米大統領のツイッターより)
入国制限の大統領令について効力を差し止めた連邦地裁の判断に関して、大統領が発したつぶやきです。
さらにトランプ大統領は、国を守る仕事を司法が「とても難しくしている」と批判し、「何かあれば判事や裁判所制度のせいだ。大勢がなだれ込んでる。良くない!」とツイートし、裁判官のみならず、司法制度について批判しています。
いわゆる判事(so-called judge)という表現は、かなり侮蔑的なもので、まあ「本物かどうかわからないけど、世間が言うところの判事とかいう輩が・・・」というようなニュアンスなのだそうです。
裁判官という職にある人はもともと批判に慣れていると論評している報道もありましたが、裁判官個人に対するこうした批判は、法の支配を重んじる米国においては異例であり、驚きをもって受け止められているようです。次の合衆国最高裁判事候補に指名されている方も「司法界の士気を挫くものである」と述べられた旨の報道がありました。
私は、正真正銘の[so-called judge]なので、そうした発言を聞くことが多く、できるだけ気にしないようにしているのですが、やはり士気は下がります。
ずいぶん前になりますが、令状事務を担当した際、検事からこのトランプ大統領のツイートと同じようなことを電話で言われたことがあります。
「責任というのはどういう意味で仰っているのかよくわかりませんが、私たちの仕事はそういうものじゃないでしょう。つまらないことを言ってないで、やるべきことをやりましょうよ。本件は却下します。私の判断に不服であれば、どうぞ、準抗告をなさってください。」そう言って電話を切ったのですが、受話器を置いた後、手が震え、しばらく動悸が止まりませんでした。おそらく、その検事はこれまで、そうやって、多くの[so-called judge]の士気を挫いてきたのだろうなと思います。
それにしても、大統領令をめぐるアメリカの司法判断が注目されます。
私は学生時代、憲法のゼミにいて、アメリカ合衆国の最高裁判例を題材にあれこれと議論をしたことがあって、アメリカの司法制度、特に少数者の人権保護に関する憲法判例の先見性やその社会的影響力の大きさに憧れていました。公民権運動に関するブラウン判決やその後のリトルロック高校事件などに触れ、感銘を受けたことを思い出します。あのアメリカ合衆国最高裁が、今後、大統領の一連の政策に関してどのような判断を示し、アメリカ社会を統合していくのか、それとも分断を助長してしまうのか、目が離せません。
学生の頃は、我が国の憲法判例を学びつつ、アメリカの司法と比較して、どこか寂しいというか、歯がゆい気持ちがしていたのですが、最近は元最高裁判事まで「一歩前に出る司法」(泉徳治・日本評論社)というような本を出されるようになり、随分と変わったなぁと思います。家族のあり方や市民が裁く罪と罰についての一連の最高裁の判断をみると、そうした変化が如実に感じられます(川名壮志著「密着 最高裁のしごとー野暮で真摯な事件簿」(岩波新書)同書は、やさしい言葉で大変わかりやすく書かれており、お勧めです。もちろん「希望の裁判所」もよろしくお願いします。)。急速に変化していく社会にキャッチアップしようとする司法の動きを見ると、これまでのような謙抑的な姿勢ではいけないということなのかなぁと勝手に思っています。
といっても、私の場合、一歩どころか、三歩ぐらい前に出ていて、知らぬ間にオフサイドラインを踏み越えてしまっていることがあるかもしれないので、気をつけなければなりません。多くの[so-called judge]は、様々な関係者からの突き上げに弱く、すぐに後ろに下がるので、オフサイドラインがどんどん下がってしまっていて、プレーが難しいなと感じることがあります。まあ、オフサイドラインぎりぎりの攻防こそがゲームの醍醐味なのですが・・・。


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昨年末,当ネット十大ニュースの4位にランクインされた岡口判事。その息子さんが

ヤフーニュースに出ておられます。親子ともども大物であると思いますね。お父さんに

ついて,「ツイッターではあんな感じでふざけてますけど、素顔は仕事の鬼ですね。それ

ぐらいずっと仕事をしている。」と述べておられます。息子さんに与えた影響についても

触れられています。いい息子さんですね。是非原文をご覧ください。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170209-00000001-withnews-l45

 



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朝、登庁してメールをチェックすると、「昨年4月に採用された当係事務官の**さんが今日で二十歳になります。一声掛けてあげてください。」というメールが主任から届いていました。
**さんには、私の法廷に立ち会ってもらっていて、当事者の出頭確認や司法委員との連絡などをしてもらっています。自分の娘とあまり年も変わらないのに、しっかり頑張ってくれていて、いつもすごいなぁと感心しています。
ちょうど、その前日が妻の誕生日で、帰りにデパートで、ケーキとお花を買って帰ったところだったので、事前に言ってくれれば、一緒にお花ぐらい買ってきたのに、と主任に言うと、部屋の皆でお昼休みにケーキを買ってくるとのことでした。
そんな話をしていると、他の書記官から「奥さまの誕生日に、ちゃんとケーキとお花を買って帰るなんて、裁判官も随分とお洒落ですね」などと冷やかされてしまいました。
実は、これには次のような経緯があって、私は、もう15年近く、妻の誕生日にケーキとお花を欠かしたことはありません。
あれは、娘の3歳の誕生日のこと。随分と言葉も覚え、可愛らしい盛りの娘の誕生日に、私は奮発して丸い大きなケーキを買って帰ったのですが、祖父母も可愛い孫のため、同じようなケーキを買ってきていました。当然、親子3人、祖父母を入れても5人でも、そんなたくさんのケーキを食べきれるものではなく、それから2日の間、夕食後には残りのケーキということで、少し無理をして、私たちは誕生日ケーキを食べきったのでした。
ちょうどその頃、私は、職場で難しい案件を抱えており、頭の中はそのことでいっぱいで、残業続きで帰りも遅く、妻から話しかけられても生返事、うわの空で聞いているような状態でした。
娘の誕生日から10日ほど経ったある日のこと、私は、いつものように残業で遅く、お腹をすかせて家に帰って、まるで部活帰りの中高生のように、帰るや否や冷蔵庫のドアを開けたのでした。すると、数日前に食べきったと思った丸いケーキが、また入っているのではありませんか。
(あれ、確か、ケーキはもう食べきったはずだけどなぁ・・なんで、またケーキがあるんだろう?)
私は台所に立つ妻に「あれ、なんで、またケーキがあるん?」と何の気なしに尋ねたのです。妻は、なぜか私に顔を向けることなく、ボソッと「それは、私の・・・」と言うだけです。ここで気がつけばよかったのですが、仕事で疲れているうえ、普段からあまり回転の良くない私の頭はすっかり錆びついて、さらに「うん?どういうこと?」「また、ケーキって・・・まあ、いいけど。」「ちょっと飽きたけど、まあ、いいか・・・」と言葉を継いだのです。妻は、なおもこちらを向かず、低い声でつぶやきました。
「それは・・・・だから」
肝心の部分がはっきり聞き取れなくて、私は「えっ、なんて?」と聞き返します。
「それは、私の・・誕生日ケーキや!」
その声は、普段の妻の明るい声ではなく、まるで地の底を這うような重低音で、私の耳朶を打ったのでした。
その瞬間、私の頭の中には雷鳴が轟き、全てを悟りました。
(しまった!!娘の誕生日に気を取られ、妻の誕生日を忘れていたぁ!!!)
(あー、どうしよう!!何にも買ってきてない!!あー)
そうなのです。我が家では、娘の誕生日の10日後が妻の誕生日なのです。そんなことは百も承知で、数日前まではちゃんと覚えていたのです。ただ、仕事が忙しくて・・・いやそれはただの言い訳ですよね。これまで、ちゃんと誕生日のプレゼントを買って帰っていたのに。なんで、今回は忘れてしまったのか!そういえば、その日の朝もなんか妙な雰囲気だったのは、このためか!今更気がついても後の祭りだな。
「あ、いや、美味しそうなケーキやん。いやいや、そうそう、あー、だから、その・・まあ、そんなでもないか・・・」
「へぇー、それで、わざわざ、誰が買ってきてくれたん?」
私の声は完全に裏返り、冷静を装い、なんとかこの場を切り抜けようと必死でした。
いやはや、その時の妻の振り返った顔の恐ろしかったこと恐ろしかったこと。あんな表情、結婚してからついぞ見たことがありませんでした。妻は冷たく
「ケーキばっかりで、もう飽きたやろ。私が食べるから、無理に食べんでもいいよ!!」
「ママ友が買ってくれた!」
と言い放ち、台所で洗い物をしています。
それから、後のやり取りはご想像にお任せします。筆舌を尽しがたいとはまさにこのような場面を言うのでしょう。
妻が機嫌を直してくれるまでは大変でした。
確かに、その当時、家事と育児で疲れていた妻には悪いことをしたと反省しています。それ以来、私は、妻の誕生日にはどんなことがあっても、とりあえず、ケーキとお花を買って帰ると心に誓い、毎年のスケジュール帳や机の上のカレンダーを買うとすぐに、妻の誕生日に赤い丸をつけて、その誓いを守っているわけです。
皆様も、仕事と家庭の両立、ライフワークバランスにご注意を。


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年末、実家の父親から高校ラグビーの観戦チケットをもらいました。
父は、毎年の年末年始、花園ラグビー場で高校ラグビーを観戦するのが恒例で、私も小学生のころ、父親に連れられて見にいった記憶があります。
父親は既に足が不自由で外出もままならないので、主催する新聞社からもらったチケット2枚を私に譲ってくれたのでした。
あまり乗り気でない妻を誘い、二人で観戦に行こうと思っていると、意外なことに、娘が興味を示し自分も行きたいと言います。昨年のW杯のジャパンの善戦や五郎丸人気の影響かもしれません。そういえば、テレビで私が熱くなっている横にいつの間にか来ていて、ルールを解説してやったような気がします。
結局、家族揃ってのラグビー観戦になりました。
やはり、テレビで見るのとナマで観るのとは迫力が違います。
激しいタックルに観衆がどっと湧き、モールで前進が始まるとこちらも力が入ります。タッチライン際をすり抜けて走るウィングに思わず立ち上がり、トライが決まると拍手喝采です。
私も学生の頃を思い出し、知らずに声が出ます。キックオフの前の胃がきゅーとなるような緊張感。ボールがラインに回って選手が突進してくる時の緊迫感。密集での仲間との一体感。
周りを見ると、家族で観戦している場合、たいていは父親が経験者であることが多いようで、まだ小さい子供や退屈そうにしている嫁にルールを解説したり、自分の選手の頃の思い出話をしたりしています。
ラグビーというスポーツは、実際に経験した者だけが感じ取れる独特の雰囲気があるようですし、学生が中心となるスポーツという気がします。観客に見せるためにプレーをしているわけではなく、自分たちが楽しむ、あるいは自分たちの誇りをかけて闘うという意識が強いのかもしれません。そういう意味では、サッカーや野球といったプロスポーツとは少し趣が異なる気がします。ただ、そうしたアマチュアリズムのもとであっても、ひたむきなプレーが見る人に深い感動を与えることになるのは間違いないところでしょう。
これは、法廷という公開の場での当事者と裁判官、傍聴人の関係にも似ているような気がします。つまり、当事者や裁判官は、別に傍聴人に見てもらうために法廷で色々なことをしているわけではなく、それぞれが自己の権利を主張しつつも、裁判を円滑に行うためにその役割を粛々と果たしているだけなのです。ただ、そうした法廷での真摯な言動が、思わぬところで傍聴人に深い感動や驚き、笑いを与えることもあるのかもしれません。ラグビーファンにもルールやプレーに精通し、この競技を陰で支える良き観客がいるように、最近は傍聴人のなかにも手続や訴訟指揮に詳しいプロのような方がおられるようです。
さて、正月休みもそろそろ終わり、私の法廷でも、いよいよキックオフのホイッスルが鳴ります。
さあ、ノーサイドの笛が鳴るまで、Go Forward!!


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8 正月は上京し,茨木県取手市にある長女の夫の実家に2泊し,2人の孫たちと遊んできた。初詣に近くの神社に行き,広々とした利根川の土手を1キロほど歩いたが,男の子の孫が買っていた「ドローン」を操縦して遊んだ。操縦は格別難しいというほどではないが,そう簡単でもなく,とても面白く気持ちがよかったので,密かに自分で買う決心をした。もっともドローンを飛ばす広い場所があるかなあ。岡山後楽園の芝生は広々としているが,きっとドローンは禁止されているに違いない。旭川の河原も結構広いが,操縦ミスをすると水の中に落ちそうであるので,まず操縦場所を調査することにした。
9 神社からの帰途,どんぐりの実が沢山落ちていた。それを長女の4歳の女の子(孫)が夢中になって拾ったのである。私は「これも妻の遺伝だな。」と思いながら,その様子をジッと見ていた。以前私にどんぐりを呉れた次女の女の子は,この日取手市には来なかった。取手の家に帰って,「おじいちゃんにどんぐりをお呉れ。」というと,「いいよ。」と言って3個呉れた。
10 その家には,インターネットでテレビに接続している最新式のカラオ装置があり,2日間,飲酒酩酊しながら沢山歌った。「あなたのすべてを」,「星に祈りを」(佐々木勉)や,小椋佳の歌も沢山歌った。長女の夫の父や,そちらの孫なども沢山歌っていた。
11 2泊して3日目にわがやに帰ったが,その昼間に次女夫婦と2人の孫が合流し,孫は4人になった。そして近くの公園で拾ったという次女の女の子から,車輪梅(しゃりんばい)なる木の実を1個貰ったのである。
12 わがやへの帰途は,次女がグリーン車に乗るように手配してくれたので,飲酒したり眠ったり,読書したりしながら,楽しく帰宅した。そして大切に持ち帰ったどんぐり3個と,車輪梅の実1個を追加して,妻の位牌の前に供えた。「これらはみんな君の遺伝だよ。」と言いながら。
13 郷里にある大きな神社の裏山に,大きな実がなるどんぐりの木がある。この秋はまだそのどんぐりの実を拾うことができないままであるが,近く車で出かけて,沢山拾ってくることにした。それを仏壇に供えることは勿論であるが,何とかしてどんぐり好きの2人の孫にプレゼントするつもりである。「どんぐり好きのおばあちゃんに頼まれたんだよ。」と言うことにしよう。(ムサシ)

 

 



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このブログに関心を持っていただける方々へ

新年あけましておめでとうございます。当裁判官ネットワークでは,

司法に関する情報発信に努めたいと思っています。ホームページともども

このブログを今年もよろしくお願い致します。

なお,当ネットワークがLABOから11月に発刊していただいた共著「希望の裁判所」の書評がちらほら

みかけます。評価も批判もあるようです。参考までに掲載します(実名の方から掲げています。)。これら

を参考に,是非上記共著を手に取ってみてください。

《 飯室勝彦氏(元東京・中日新聞論説委員)の書評》
 http://www.news-pj.net/book/47188
 
《 ノンフィクション作家岩瀬達哉氏~NEWSポストセブン 》
 http://www.news-postseven.com/archives/20161229_477746.html
 
《 上記NEWSポストセブンの転載~エキサイトニュース 》
 http://www.excite.co.jp/News/column_g/20161229/Postseven_477746.html
 
《 同じく上記NEWSポストセブンの転載~ヤフーニュース 》
 http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20161229-00000014-pseven-life
 
《 ヤフーニュースの引用~田村真理子さんという個人の方 》
 https://twitter.com/67108864/status/814425583140470784
 
《 北大教授町村泰貴先生の書評》
 http://matimura.cocolog-nifty.com/matimulog/2017/01/book-2644.html

《  福岡県弁護士会霧山昴弁護士の書評 》
http://www.fben.jp/bookcolumn/2016/12/post_4886.html

《 Amazonレビュー 星4つ》
 https://www.amazon.co.jp/gp/customer-reviews/R187VQOBI63AKF/ref=cm_cr_arp_d_
rvw_ttl?ie=UTF8&ASIN=4904497295
 
《 Amazonレビュー 星1つ》
 https://www.amazon.co.jp/gp/customer-reviews/R3NXMQYS6PQKQ6/ref=cm_cr_arp_d_
rvw_ttl?ie=UTF8&ASIN=4904497295
 
《 市民の方による紹介 》
 http://torikyou2013.blog.fc2.com/blog-entry-1797.html



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テレビドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」(TBS系・火曜日夜10時)が大人気のうちに最終回を迎えた。エンディングの「恋ダンス」のYouTube動画投稿が相次ぎ、テーマ曲の「恋」も大ヒットした。私は、世間の流行にはとことん弱く、第一回の放送からテレビの前に陣取り、最終回まで全て観た。
最終回が終わり、原作コミックも買って読んだが、このドラマ、星野源さん演じる平匡さんと新垣結衣さん(ガッキー)演じるみくりさんの二人の恋模様もさることながら、実は、より深い役務(サービス)の提供とそれに対する対価の支払いがセットになった役務契約の本質が背景にあるように私には思われた。
 
そもそも、平匡さんとみくりさんの出会うきっかけは、家事代行サービスであり、この家事サービスの提供をテコとして、二人は偽装結婚(契約結婚?)へと踏み出すことになるのだが、家事や育児、介護といった日常的なサービスを提供する契約については、売買や賃貸借、請負といった契約に比べると新しく、色々とわからないことが多い。
例えば、家事(炊事、洗濯、掃除)については、外部の業者にこれを委託すればもちろん、それに対する対価を支払う必要が生じる。ところが、専業主婦がこれを行なっても配偶者はこれに対する対価を支払うという感覚はない。家事労働の市場価値がいくらになるのかはよくわからないが、結婚という制度を利用すれば、対価の支払いを免れるというのはいかなる根拠に基づくのか。愛情によって無償となるのか、それとも同一家計を営むということから免除されるのか。家事代行サービスを提供する女性と結婚すると、同じ家事を行なっても相手方である男性が対価を支払わなくて済む理屈がよくわからない。また、そのサービスの質も様々であり、評価が難しい。
育児も同様で、育児を外部の業者(保育園など)に委託すれば、当然、それに対する対価の支払義務が発生する。ところが、母親がこれを行なっても、それは当然の行為として金銭的にも評価されない。しかし、母親は育児をする間、労働機会を喪失し、収入が減少する。女性の中にも、保育料を上回る収入を得られる人もいれば、そうでない人もいるだろう。イクメンと呼ばれる配偶者が育児に参加しても、当然、これに対する対価の支払いがなされることはない。昔は、乳母という養育責任者がいたようであるが、この乳母に対してどのような対価が支払われていたのか、よくわからない。
介護についても、これを外部の業者に委託すれば、それに対する対価の支払いが求められる。介護保険を利用すれば、1割の負担で様々な介護サービスを利用することができる。私の母親は10年ほど前には介護ヘルパーとして働いていたが、現在は、介護の仕事を引退し、自宅で配偶者(私の父親)を介護している。時々、ツレアイの介護でイライラが募るらしく、「赤の他人の介護をすると日銭が稼げるのに、自分の亭主を介護しても、一銭にもならないのはどういうことなんだい?」「この人は、子育ても家事も何にもしなくて、おまけに稼ぎも少なくて、そのうえ介護までさせられるとは、思わなかったよ」と私に愚痴をこぼす。
 
家事、育児、介護という家族にまつわる三大サービスは、家庭内労働として長らく市場経済とは無縁であった。家事については婚姻(内縁)関係、育児、介護については親子関係を媒介として、人々はそれを当然の義務として受け入れ、社会もそれを前提にしてきた。ところが、市場経済の隆盛は、ついにそうしたサービスの対価性を一般化して承認し、システムの中に組み入れるようになった。
こうしたサービスは、相手に対する「愛情」という不確定要素が入るため、その評価が一層難しい。「愛しているから、相手のためにこうしたことをするのは当然」「親子なんだから、当然」「妻だから、当然」という論理で、無償の労働を強いる「愛情による搾取」(ドラマの中でみくりさんが言ってました!)「家族による搾取」が行われることになる。
もともと、サービスという言葉自体が「無償」を意味する場合が多い。子供の頃におつかいに行くと、近所の商店のおばちゃんが「これ、サービスね」といって飴玉をくれたり、一つ余計に包んでくれたりしたが、その時の「サービス」というのは無料(ただ)ということだ。サービス残業というのも、要するに残業代が支払われない「無償」労働のことだ。産業構造が高度化に伴い、第三次産業の割合が大きくなると、様々なサービス業が生まれ、今や日本のサービス業や「おもてなし」として世界に知られるようになった。そのサービスが行きすぎて、サービス業においてサービス残業が行われているというと、何やら不思議な呪文のようになってしまう。日本には八百万(やおよろず)の神々がいるが、最も過酷なのは「お客様」という神様かもしれない。
 
話が逸れたが、家事、育児、介護の三大サービスである。
育児については、少子化対策ということで、保育園の拡充や育児休業制度が整えられつつある。
介護については、介護保険、医療保険といった社会保障制度がある。
共に、サービスの市場化が顕著であり、競争原理のもとでの拡充が期待されているが、さてさて、こうした従前は家事労働で取り扱われ、「愛情」といった評価要素が加わるサービスに果たして競争原理が適切に作用するものかどうか。そもそも、育児も介護も親子関係によって発生する不可避の義務のようであり、これを全面的に第三者に委ねるのは、世代間の連鎖という私たち社会の基本構造を根本から変えてしまう。お金でこうしたサービスが買えるとしたら、買えない人については国が補助することになり、社会保障費は天井知らずとなってゆき、やがては財政破綻を迎えるだろう。
最後に残るのは家事である。これについては、実は全くの空白である。前二者が共助や公助が検討されている中、それこそ自助に委ねられている。というのは、自分自身に関わる家事以外の部分は、少なくとも、結婚(内縁)に伴う同居の解消によってその義務を一方的に免れるし、そもそも、義務とも言えない部分もあるからであろう。だいたい、家事全般の能力は人が社会で生きて行くための必須科目であり、それこそ、国語、算数、英語、社会、理科といった主要科目と肩を並べるぐらい大切なもののように思われる(日常生活においては、二次方程式を解けることより、月3万円で毎日、バランスのとれた夕食を作れたり、洗濯物を上手に畳めることの方ががはるかに役に立つ。)。こうした家事能力をお金で買える人はよほどのお金持ちか、芸術家や芸能人など余人を持って代え難い才能をもつ人々ぐらいだろう。ところが、義務教育でも「家庭科」は軽んじられているようだし、肝心の家庭でも受験勉強についてはやれ塾だ、家庭教師だとお金も時間もかけるが、家事についてはほとんど顧みられることがない。
私は、あまりモテたこともなく、こっぴどく女性にフラれたりしたことから、これはひょっとすると将来、結婚できないかもしれないと思い、「プロの独身」となるべく家事全般を少しずつ身につけるようにしたが、後々、大変、役に立った。共働きの母親も、私の申し出をこれ幸いと受け入れ、アホな息子に、洗濯やら掃除、料理を教えてくれた。幸い、結婚し家庭を持ったが、家事処理能力があることは、出世の見込みのない私に対する妻の不満を多少なりとも低減できるようである。女性が喜んで世話を焼きたくなり、終生その魅力を減じないと自信のある男性(イケメン)以外は、頭(こうべ)を垂れて母親の指導のもと、家事能力を高めておく必要があると思う。また、夫の家事能力の低さに苛立ちを感じる女性は、将来、自分の亭主と同じような男性にしないために、息子に対し、学校の成績と同じくらいの関心を持って、家事手伝いを命じて、家事能力の育成に尽力すべきではないか。
 
「逃げ恥」はこうした難しい家事と恋愛・結婚の問題に切り込んだ意欲作であるように思われる。
私としては続編として、是非、平匡さんとみくりさんとの間に子供が生まれ、その育児をめぐるドタバタを描いていただきたいし、さらには、平匡さんとみくりさんのご両親の介護をめぐる問題を続々編として描いていただきと思う。
家事、育児、介護、この三つのサービスの市場化と契約としての成熟が今後、ますます問題となるような気がするが、どうだろう。


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投票のご協力ありがとうございました。裁判官ネット内での投票等も併せて決定

しました。今年は特に激戦でした。

この投票も含めて,一年間裁判官ネットのブログに関心を持っていただき,あり

がとうございます。来年も「希望の裁判所」と共に,本ブログをどもよろしく

お願いします。

1位 大津地裁,関西電力高浜原発3,4号機運転差止めの仮処分決定(3月)
2位 司法修習生へ給付制度(71期以降 13万5000円 住居給付再考
   3万5000円)の新設を法務省が発表(裁判所法の改正などが必要)
   (12月)
3位 裁判官ネットの「希望の裁判所」出版。出版記念パーティも盛況(11月)
4位 東京高裁判事 ツイッター投稿により東京高裁長官から口頭で厳重注意
   (6月)
5位 最高裁 遺産相続における預貯金の扱いの変更判決(当然分割なし 遺
   産分割の対象に)(12月)
6位 最高裁 ハンセン病特別法廷について謝罪 最高裁裁判官会議が談話を
   発表(5月2日憲法記念日前の寺田最高裁長官の記者会見でも謝罪)
   (4月)
7位 最高裁 認知症患者のJR徘徊事故で家族に責任なしの判決 認知症患
   者の家族の監督義務について「総合判断」(3月)
8位 日弁連人権大会での死刑廃止宣言と会内外でのそれへのリアクション
   (10月)
9位 司法試験合格者1583人 大幅減 予備試験組235人で過去最多
   (合格率平均22.95%,予備試験組は61.52%)(9月)
10位(2つ)
  ・米軍基地の辺野古への移設問題における代執行訴訟で国と県が和解。移
   設工事はいったん中止し県と国が3件の訴訟を一本化。その後展開があ
   り,9月に,沖縄県知事の埋立承認取消しを違法との判断(福岡高裁那
   覇支部)。12月に最高裁で原判決の結論を維持。 (3月~12月)
  ・改正刑事訴訟法など可視化法成立 録音録画の一部義務付け 司法取引
   の導入・通信傍受の拡大(5月)
次点(2つ)
  ・法科大学院志望者8274人(前年比2000人減) 新たに9校募集
   停止(45校に ピーク時は74校) 受験者数は7528人(前年比
   1828人減) 合格者数4042人(同970人減) 競争倍率1.
   86倍(4月)
  ・保釈率 10年で倍増 最高裁のまとめで判明
   2005年:12.6%  2015年:25.7%

次点より下は,・福岡地裁小倉支部 組幹部の裁判で声かけ事件発生(閉廷後,
被告人の知人が裁判員に対し「よろしく」と声を掛けた) 裁判員4人補充裁
判員1人が辞退 裁判所は裁判員裁判から除外する決定 声かけ被疑者2人は,
裁判員法違反で逮捕(6月),・ヘイトスピーチ対策法成立(6月横浜地裁川
崎支部で,ヘイトデモ差止めの仮処分申立て認容。12月大阪地裁でも同様の仮
処分申立て認容)(5月),・最高裁 司法書士の債務整理に関する受任可能範
囲について限定(1件140万円以下の案件のみ。弁済額の変更により依頼者が
受ける利益が140万円以下なら受任可能との司法書士会の主張を退けた。)
(6月)でした。

 

 

 

 



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今年の司法十大ニュース候補を並べました。今年もいろいろありましたね。

3点・・3つ 2点・・3つ 1点・・3つ 合計9つのニュースを選んでください。

印象深いものについてコメント付きでも結構です。ネット内での投票と併せて集計し,

後日発表します。よろしくお願いします。番号だけでも結構です(3点は1,15,

27,2点は・・というように)。

(1月)
1 強姦罪で逆転無罪(福岡高裁宮崎支部)DNA鑑定が根拠(上告断念。確定へ)
2 最高裁 結果的に暴力団への融資となった事案で,信用保証協会の信用保証有効
 の判断(調査義務を果たしているかが問題となった。)
3 平田被告(オウム事件)の上告棄却 懲役9年確定へ
4 ゴルフ場での18歳女性に対する準強姦事件(強制起訴事件)で無罪確定へ。
 強制起訴事件8件。うち3件目の無罪確定。
5 京都地裁 アスベスト訴訟で,国と石綿建材メーカーに一部認容判決。後者は初。

(2月)
6 鞆の浦,埋立て撤回。県が申請を取下げ。景観保護をめぐる訴訟終結(広島高裁)
7 京都地裁 福島第1原発事故関係,自主避難で,3000万円の認容判決(ADR
 での和解提示額は1100万円)
8 東日本大震災での津波遺族の敗訴,上告審で2件確定(銀行従業員と保育園児の各
 遺族の訴訟)
9 福島第1原発事故関係で,東電元会長,元副社長2人の合計3人を強制起訴

(3月)
10 最高裁 認知症患者のJR徘徊事故で家族に責任なしの判決 認知症患者の家族の
 監督義務について「総合判断」
11 知財高裁大合議部判決 後発薬(ジェネリック),製法特許を侵害として販売差止
 めを認めた一審判決を支持 厚労省が特許切れを確認して承認したジェネリック商品で
 ,「物質特許」の期限は 切れていたが,「製法特許」は有効であった事案。
12 米軍基地の辺野古への移設問題における代執行訴訟で国と県が和解。移設工事はい
 ったん中止し県と国が3件の訴訟を一本化。その後展開があり,9月に,沖縄県知事
 の埋立承認の取消しを違法との判断(福岡高裁那覇支部)。12月に最高裁で原判決の結論を維持。
13 大阪地裁 5億円横領の弁護士に実刑判決(懲役11年)
14 大津地裁,関西電力高浜原発3,4号機運転差止めの仮処分決定
15 関西電力社長,高浜原発事件で,一般的に逆転勝訴すれば損害賠償請求も考えられ
 ると発言し,議論をよぶ(ただし,現時点では会社としては決めていないとも発言)
16 安全保障関連法が施行され,各地で訴訟が相次ぐ(12月現在12地裁)

(4月)
17 最高裁 ハンセン病特別法廷について謝罪 最高裁裁判官会議が談話を発表(5月
 2日憲法記念日前の寺田最高裁長官の記者会見でも謝罪)
18 綿引万里子判事 札幌高裁長官に
19 法科大学院志望者8274人(前年比2000人減) 新たに9校募集停止(45
 校に ピーク時は74校)受験者数は7528人(前年比1828人減) 合格者数4042人(同970人
 減) 競争倍率1.86倍(前年から横ばい) 入学定員(2724人)に対する定員充足率は68%
20 熊本地震 法律家の支援活動盛ん(弁護士による無料法律相談,情報提供活動,法
 テラスも同様の活動)

(5月)
21 ヘイトスピーチ対策法成立(6月横浜地裁川崎支部で,ヘイトデモ差止めの仮処分
 申立て認容。12月大阪地裁でも同様の仮処分申立て認容)
22 改正刑事訴訟法など可視化法成立 録音録画の一部義務付け 司法取引の導入・通
 信傍受の拡大

(6月)
23 福岡地裁小倉支部 組幹部の裁判で声かけ事件発生(閉廷後,被告人の知人が裁判
 員に対し「よろしく」と声を掛けた) 裁判員4人補充裁判員1人が辞退 裁判所は裁判員裁判から除外
 する決定  声かけ被疑者2人は,裁判員法違反で逮捕
24 石巻3人殺傷事件 元少年(事件時18歳)の死刑確定(死者2人 1審も死刑
 最高裁が上告棄却)裁判員裁判で初
25 最高裁 司法書士の債務整理に関する受任可能範囲について限定(1件140万円
 以下の案件のみ。弁済額の変更により依頼者が受ける利益が140万円以下なら受任可能との司法書
 士会の主張を退けた。)
26 日弁連調査 自治体常勤弁護士倍増 全国124人(2013年56人 2014
 年76人 2015年102人) 多いのは東京都10人 大阪市・明石市いずれも7人
27 東京高裁判事 ツイッター投稿により東京高裁長官から口頭で厳重注意
28 熊本地裁 熊本松橋事件再審開始決定
29 名古屋高裁 GPS捜査「違法」高裁初の判決「立法的解決を」
☆GPS捜査事件については,10月に最高裁大法廷回付となった。

(7月)
30 最高裁 歓迎会後に交通事故死の事例で労災を認める判決
31 明石歩道橋事件(強制起訴事件),免訴判決確定
 ☆これで,強制起訴事件9件中,5件が,無罪(3件)又は免訴・公訴棄却確定
2件は有罪確定。1・2審無罪で上告中が1件,1審係属中が1件。
32 神奈川県相模原市の障がい者施設で,19人殺害26人負傷の事件が発生し,被疑
 者(元従業員)が逮捕される。9月から来年1月まで鑑定留置し,責任能力を判断し
 た上で処分が決まる予定。

(8月)
33 最高裁 ハンセン病に関する特別法廷問題の再発防止のため,裁判官研修を発表
34 大阪地裁 東住吉事件で再審無罪判決(検察が控訴権放棄で即日確定)

(9月)
35 保釈率 10年で倍増 最高裁のまとめで判明
  2005年:12.6% 2015年:25.7%
36 日経調査 6月時点での企業内弁護士1707人のうち,女性が689人(40.
 4%)を占める。10年前に比べて642人増える。弁護士会内の女性比率は18%
 。
37 司法試験合格者1583人 大幅減 予備試験組235人で過去最多(合格率平均
 22.95%, 予備試験組は61.52%)
38 大阪地裁がヘイトスピーチについて,個人の賠償請求を認容

(10月)
39 全国の警察 裁判員裁判の対象事件は,被疑者の取調全過程を原則録画録音の試行
 開始(義務付けは平成31年までに)
40 日弁連人権大会での死刑廃止宣言と会内外でのそれへのリアクション
41 仙台地裁 大川小学校の津波被害児童の遺族全員に合計14億円の認容判決。被告
 は市と県。
42 最高裁 弁護士法23条の照会を回答拒否しても,弁護士会への不法行為は不成立
 との判決

(11月)
43 裁判官ネットの「希望の裁判所」出版。出版記念パーティも盛況

(12月)
44 最高裁 遺産相続における預貯金の扱いの変更判決(当然分割なし 遺産分割の対
 象に)
45 司法修習生へ給付制度(71期以降 13万5000円 住居給付再考3万500
 0円)の新設を法務省が発表(裁判所法の改正などが必要)
46 ニカラグアで服役した日本人男性が,死後に再審無罪判決
47 大阪弁護士会 元裁判官の弁護士に業務執行停止3か月(少年A関係)
48 最高裁 厚木基地騒音訴訟,1・2審判決を破棄し,自衛隊機差止めを認めず。将
 来分の損害賠償請求も却下。
49 最高裁 殺人事件で訴訟能力回復可能性がないことを理由に公訴棄却



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