ブラックホールがホーキング放射を出して最終的には蒸発して消えてしまう、と言うのが通説です。
この「最終的には消えてしまう」と言う部分に注目すると「いや、プランクレベルまで小さくなったブラックホールはそこでホーキング放射が止まって、安定した状態に移る」と主張する立場があり、そうして「そうなったブラックホールこそがダークマターの正体である」と主張する者達がいます。
そうして又当方もその様に主張するグループの内の一人であります。
プランクレベルまで小さくなったブラックホールがそこでホーキング放射を何故止めるのか、という事については当方の主張を含めていくつかのアイデアがある様です。(注1)
その中で当方が主張するものは「ブラックホールの直径がプランク長を下回ったら、そのブラックホールには何ものも入れない」という「幾何学的な制約条件によるもの」です。
そもそもが「ホーキング放射と言うものが対生成した仮想粒子の片方がブラックホールに吸収される、という事が発端で他方の仮想粒子が実粒子化してブラックホールから離れていく現象」でありますから、「ブラックホールに仮想粒子が吸収されなくなった時点でホーキング放射が止まる」という想定は妥当なものであります。(注2)
しかしながらその事は当面は横に置いておいて、さてここではブラックホールの寿命計算について話していく事になります。
と言うのも「通説で提示されている寿命計算式で考慮されていない様に見える4つの項目があるから」です。
・・・と言う話をし始めますとどうしても「それでは通説ではどうやって寿命を計算しているのか」という事になります。
そうであれば以下、通説でのやり方を振り返ってみる事になります。
その議論については「Hawking 輻射とブラックホールの蒸発」山内さんを参照しながらのものになります。
しかしながら、最初におことわりしておかなくてはならない事は、これは上記論文への批判ではない、と言う事であります。
ただ単にこの論文が「ホーキング放射とブラックホールの寿命」についてよく分かる説明をしているから参照しているのであって、他に他意はございません。
その意味では論文著者の山内さんには感謝する次第であります。
さてまずは重力場での粒子生成についての部分です。
「所定の重力がある場所では仮想粒子対の生成と消滅が、重力場のない空間よりも頻繁に起こっている」そう解釈できそうです。
但し通常は不確定性原理で許される存在時間しか、仮想とはいえ、存在できない様です。
しかしここにブラックホールに起因するホライズンがあると、対生成した仮想粒子の一方が「必ず」ホライズンの中に飛び込むので、その相方の粒子は実粒子化しホライズンから離れてゆく、つまりこれがホーキング放射である、そう言っておられます。(注3)
そのようにして多くの粒子がホライズン近傍の空間から飛び出してくる、それをエネルギー別に数え上げてみるとなんと黒体放射スペクトルと一致するではないか、これがホーキングさんが見つけた事の様であります。
そうして、その際にプランクの法則と照らし合わせる事でプランク則の温度Tに相当する部分が
T=ℏ*C^3/(8*pi*Kb*M*G)
こんな風に書ける、と言う事でした。(但しここではプランク定数 はℏ 、光速は C,重力定数は G、kB はボルツマン定数)
そうして、「それじゃあブラックホールは黒体と見なせ、その温度が計算できたのだから、エネルギー放射も計算できるよね」と言う様にロジックがつながっていくのでした。
しかしながら、T=ℏ*C^3/(8*pi*Kb*M*G)が本当に黒体放射で従来使われていた温度と同じものなのか、そこがどうも怪しい、と言うのが最初の疑問です。
確かにその値(=ホーキング温度)を温度としてプランク則を使えばホライズン近傍から出てくる粒子のエネルギー分布は求められるのでしょうが、そのエネルギー分布を得るのにどれくらいの時間が必要だったのか不明の様です。
1秒でそれだけの粒子が飛び出してきたのか、それとも1時間観測しないとエネルギー分布のグラフが「連続したグラフ」にならないのか、いいかえますと単位面積、単位時間当たりにホライズン近傍の空間から外に向かって(あるいは観測者に向かって)飛び出す粒子数が不明である様に見えます。
そこの所が不明のまま、「いやこれは温度と見なせるから云々」というのでは、どうにも納得がいかないのです。
そうして、2番目は「ホライズン近傍」という「ホーキング放射が発生する場所についてのあいまいな位置の指定」です。
想定している仮想粒子が対生成している場所について、その場所は厚みを持つはずです。
さてそれでは一体その層の厚さはどれくらいなのでしょうか?
そうして、その層はBHが大きい場合と小さい場合で厚さが変わるのか?それはBHのホーキング温度Tとホーキング放射がでてくる層の厚みについての質問でもありますが、そこが不明です。
そうして粒子が放出される真空層の厚みは、不確定性原理によって制限を受ける事になる仮想粒子の到達距離との関係で重要になる所です。(注4)
さて通説での寿命式の導出についての諸式運用詳細については「Hawking 輻射とブラックホールの蒸発」山内さんの最終ページを参照してください。
ちなみに実際にBHの寿命計算が具体的に行える「ホーキング放射計算機」は以下のページにあります。
Hawking radiation calculator : https://archive.md/8MB7i :
そうしてここでも寿命式の導出が行われていますので、上記で不明な点があった場合は、こちらでも確認していただければと思います。
注1:何故そこでホーキング放射がとまるのか、その具体的なアイデアの提示がないままで「そこでホーキング放射が止まる」という前提に立つと「プランクスケールの原始ブラックホールがダークマターである」あるいは「プランク質量の遺物がダークマターであると考えられる」とする立場があります。(「プランク質量の遺物」についての説明は追記にあります。)
この立場は「宇宙論屋さんや天文学者さん達の立ち位置に多い様」です。
それらの方々は「ホーキング放射が止まるプロセス詳細は別の方に任せる」というものであって、その事よりも宇宙論的に、あるいは観測結果からは注目すべきは「プランクスケールの原始ブラックホール、あるいはそれが変化したプランク質量の遺物がダークマターである」という事に関心を持つのです。
そうしてまたその様な主張のやり方も「確かにありだな」と思うのです。
ちなみにこの立場の最初の提言者はホーキングであるとしてもよさそうです。
スティーブン・ホーキングが原始ブラックホールに関するダークマターの候補として言及したのは、1971年のことです。彼は、原始宇宙におけるブラックホールの形成とそれらがダークマターの主要な構成要素である可能性について、論文「Gravitationally collapsed objects of very low mass」で提唱しました。
ただしこの時のホーキングが指摘した対象の原始ブラックホールはプランクスケールから恒星質量範囲にまで多岐にわたっていました。
それから4年後の1975年にホーキングは「ブラックホールによる粒子生成」でホーキング放射を定式化しました。
そうしてこの論文によって1971年の主張はホーキング自身によって一部、否定されたかの様に見えます。(宇宙初期に誕生したプランクスケールの原始ブラックホールはすでに蒸発している、と解釈される事になりました。)
しかしながらちょうどアインシュタイン自身による宇宙定数の否定の様に「理論の提示者の読みが何時もあたる」という事は無く、「何が正しいのか」は最後は現物勝負にゆだねられる事になるのです。そうしてそれが物理学の在り方というものであります。
注2:超弦理論では「素粒子には有限の一定の大きさがある」と仮定しています。
そうしてその大きさはプランク長 lp 程度であろう、と言われています。
従ってブラックホールのサイズがプランク長を下回った時点で「全ての素粒子は、仮想粒子も含めてそのブラックホールには入れなくなる=吸収されなくなる」という訳です。
注3:何故「必ず対生成した仮想粒子の一方がホライズンに飛び込めるのか?」といいますれば、ホーキングの定式化では「仮想粒子の対生成はホライズンのすぐ上でしか起きないから」としているからであります。
その場所はホライズンから無限小距離はなれた場所ですから、仮想粒子が対生成した場合は、その片方は必ずBHに飛び込むことになるのです。
とはいえ、実はホライズンの接平面方向に対生成した仮想粒子ペアは2つともBHに飛び込まない可能性は残ります。
注4:当方が主張している「ホーキング放射の物理モデル」ではホーキング放射は黒体放射のように「対象物の表面からのみ、外部に対して放射されるのではない」となります。
それに対して空間にうかぶ球体の温度Tをもつ黒体はその表面から外部に熱放射をだす、として放射エネルギーが定式化されています。
そうしてその場合は、「放射が出てくる場所は黒体球の表面である」=「放射が発生している発光層の厚みを考える必要はない」のです。
それで従来の寿命式の算出方法はこの「空間にうかぶ球体の温度Tをもつ黒体はその表面から外部に熱放射をだす」モデルを基本にしています。
しかしながらホーキング放射はそのような「表面温度Tをもつ黒体球の熱放射と同じではない、その様には扱えない」というのが当方の主張となります。
追記:「プランク質量の遺物」について
宇宙の最初期の段階、インフレーションの最終段階からビックバンに移る所で物質粒子(=フェルミオン)とボゾンが生成された、それと合わせてダークマターも誕生したものと推定されます。
そうしてその時点で生まれた「プランク質量の遺物」が多数、安定して存在し続ければ、なおかつその遺物が重力相互作用しか持たないのであれば、それはダークマターとしてふるまうであろう、という想定は自然なものです。
それでその様な「プランク質量の遺物」として考えられるものは以下の様なものです。
・ホーキング放射を出さなくなったプランクスケールの原始BH
・プランクスケールに至った原始BHがBH以外の存在に質的に変化したもの
・宇宙ひもとして知られている存在
・それ以外のプランクスケールの質量をもつ、重力相互作用しかしない存在
そうしてこれらの存在は超対称性理論によって予測されているいまだ見つかっていない以下の素粒子たちとは異なります。
(WINP、アクシオン、ステルスニュートリノ、ダーク光子、etcではありません。)
そうして当方が主張するダークマターの候補は「ホーキング放射を出さなくなったプランクスケールの原始BHそのもの」となります。