前のページの議論では「基準慣性系に対して止まっているBHはホーキング放射を出して消え去る事はできない」という状況を確認しました。
それに対して今度は「最後の瞬間に基準慣性系に対して動いているBHの事」を考えます。
さてそれで規準慣性系の設定は生成された仮想粒子のペアの真ん中に座標原点をとれば良い事になります。(注1)
そうして通常は質量が軽くなったBHはホーキング放射を出すたびごとにその反動を受けて(=反作用を受けて)この基準慣性系に対して動き回っています。
従ってこのBHが消え去る一歩前の段階では通常はこのBHは基準慣性系に対して静止してはおらず、BHはベクトル量としての運動量P1をもつ事になります。
そうであればBHが消える前はBH+仮想粒子ペアの合計運動量はP1です。
さてそれで仮想粒子の片方がBHに飛び込んでこのBHを消し去り、他方でもう片方の仮想粒子は実粒子化し(=ホーキング放射化し)、設定された原点から飛び去りました。
それでこの場合、実粒子化したホーキング放射がもつ運動量はP2と言う事になり、BHは消えていますからこれが全てです。
さてそうなりますと、BH消滅前はBHが持つ運動量P1が全て、BH消滅後はホーキング放射が持つ運動量P2が全て、という事になります。
それで運動量保存則によればもちろんP1=P2になっていなくてはなりません。
さてそれは確率的に発生する仮想粒子ペアのなかで最後の瞬間にBHに飛び込む方の仮想粒子は正確にBHがもつ運動量P1を、そのBHが運動している進行方向とは真逆の方向に、運動量の絶対値はP1で、しかも正確にBHの中心めがけて飛び込む事が必要になります。
そのようにBHに飛び込む仮想粒子の運動量と飛び込む方向を厳密に調整することができれば、仮想粒子とBHの衝突は「完全非弾性衝突」ですから、BHの運動量をゼロにできます。
そうしてもちろん他方の実粒子化した仮想粒子の運動量P2はP1と方向も含めて正確に同じになります。
加えて実はこの時に当該BHを消し去るためには放出されるホーキング放射の持つ相対論的エネルギーは正確に消滅前のBHの持つ相対論的エネルギーと同じになっている必要があります。
さてこのように精密な調整がBHに飛びこむ仮想粒子に必要とされます。
これが運動量とエネルギーの保存則を満足させながら当該BHを消し去るための条件となります。(注2)
さあそれで、ホーキング放射の際に本当にランダムに発生する仮想粒子ペアがこの厳密な条件を満たす事が出来るのでしょうか?
当方の計算ではその可能性はゼロです。
つまりは「ランダムに発生するホーキング放射でBHが消滅する事はない」がここでの結論となるのです。
注1:生成された仮想粒子のペアはそこに必要なエネルギーが供給されれば実粒子化します。
これが「粒子の対生成」と呼ばれている現象です。
それでこの時にも運動量の保存則が満たされている事が必要になりますので、2つの生成された粒子は正確に反対方向に同じ速度をもって飛び去ります。
従ってこの2つの生成された粒子の合計運動量はゼロになっています。
さあこの時にどの座標系で見た時に運動量がゼロに見えるのでしょうか?
その答えは「基準慣性系で見た時にゼロになっている」が正解です。
したがって「生成された仮想粒子のペアの真ん中に座標原点をとる」と言う事はつまり「基準慣性系を静止系として採用した」と言う事と同義となります。
注2:加えて申し添えれば、上記の話は実はBHが持つ角運動量を無視しています。
そうして角運動量を考慮に入れますれば、BHに最後に飛び込む仮想粒子はBHが持っていた角運動量をゼロにするように、BH中心から少しずらした位置を狙って飛び込む必要があるのです。
その様にできれば当該BHの運動量、エネルギー、角運動量をそれぞれの保存則を満たす形で同時にゼロにできますからBHは消えます。(注3)
ただしこの3つの物理量のうち、いずれかがゼロにできない場合はBHは消える事ができずに残る事になります。
そうしてその残ったBHは運動量、エネルギー、角運動量はゼロではない値をもつ事になると思われます。
ちなみに従来の一般的に知られているBHの寿命式は運動量、角運動量保存則は無視しており、エネルギー保存則も非相対論的なエネルギー保存則のみを考慮している、という「不十分なもの」であります。(注4)
そうして「何故その様な扱いのBHの寿命式しか存在しなかったのか?」といいますれば「常にBHの中心に座標原点を置いていたから」が答えになります。
つまりは「どれほどホーキング放射でBHの質量が軽くなっても、ホーキング放射を出す事でその軽くなったBHは動き出す事は無い」が暗黙の前提となっていたのです。
そうであればBHの運動量は何時もゼロとして扱えた、という訳です。
したがって残るのはBHのエネルギーだけ、そうであればエネルギーがゼロになればそのBHは消えた事になる、と解釈していました。
しかしながらもちろん「BHはホーキング放射を出す事で動く」のでありますから「BHはホーキング放射では動かない」という扱いは誤りです。
注3:BHが角運動量を持つこと:シュワルツシルト・ブラックホール: https://archive.md/GIstF :
『ブラックホールを特徴づける物理量としては質量、角運動量、電荷の 3 つしかない。これを「ブラックホールに毛が三本」という。』
現実に宇宙に存在している、たとえばBH合体で重力波が確認されたBHは質量とスピンしている(=メカニカルに自転している=角運動量を持っている)事が確認されています。
そうして電荷について言えば、現実的にはゼロであろう、という読みが妥当でありましょう。
つまり「現実の宇宙空間にあるBHは質量と角運動量を持つ=毛は2本である」という事になります。
さて、しかしながらこの「BHの毛が3本定理」によって言及されていない運動量についてはこの定理が存在する事によって「あたかもBHは運動量を持たない」と誤解されている観があります。
いやいや、とんでもない事ですね。
宇宙空間を移動する天体は物質でできたものであれBHであれ、「運動量を持つ」のであります。
補足資料:「ブラックホールは毛が3本?」: https://archive.md/5pQcR :ご参考までに。
注4:通説の寿命式導出の手順では「エネルギーと質量は同じものである」という相対論の結論は使っていますが、BHが運動する事によってもつ事になる相対論的な運動エネルギーを考慮に入れていません。
その意味では「通説の寿命式は一部、相対論的にはなっていますが、その寿命式は不完全である」と言えます。
追記:以上の見方からしますと、前のページで行った議論は「消滅の一歩手前のBHが基準慣性系で見た時に静止状態にあった」という前提での話である事が分かります。
そうしてこの静止していたBHが消滅して一つのホーキング放射に姿を変えた、という「ありえない話であった」という訳です。
まあしかしながら、その話を含めて物理屋さん達は「BHはホーキング放射で消滅する」としているのですから、当方にはその様な方々は明らかに「ホーキング トラップにはまっている」としか見えないのであります。
追記の2:前のページの議論では「BHは静止している」としました。
そうして消滅前のBHと仮想粒子の合計運動量はゼロ、BH消滅後の運動量はホーキング放射分だけ増えるので、その様なプロセスは運動量保存則に違反するために起こりえない、としたのでした。
それに対してこのページの議論では「消滅の一歩手前のBHは基準慣性系で見た時に運動量P1を持っていた」としています。
そうして上記の議論は「この運動量P1をBHが持っているゆえに今度は逆にこのBHをホーキング放射が消し去る事が可能となる」というお話です。
ただしその時にこのBHを消し去る事が出来るホーキング放射の条件は厳密に1つだけである、という事になります。
そうしてランダムに発生している仮想粒子ペアがその条件を満たす確率Pは
P=1/∞=0 ゼロである、がここでの結論となります。
さて以上より「消え去る一歩手前のBHが基準慣性系に対して静止していても、運動していてもそのBHはホーキング放射を出す事で消え去る事は出来ない」という事になります。
そうであればこれを「BHの消滅不可能定理」と命名します。