次のページでは「BHの寿命は通常の寿命式の計算よりもその寿命式では考慮されていない4つの要因によって延びる」という話をします。
それでその事はそのままホーキングが行った寿命式の算出方法への批判になっています。
まあそれはそうなんですが、その前にホーキングがどのように考えて通説の寿命式を提示してきたのか、そうして現時点で何故それが批判されなくてはならないのかをもう一度振り返っておきたいと思います。
まずはホーキングがホーキング放射を定式化した動機の部分ですね。
これはホーキングに先行していたベッケンシュタインの「BHはエントロピーを持つ」という主張に対して「それを否定する為に始めた仕事である」というのが真相の様です。(注1)
そうであればそれはBHはエントロピーを持つのか?、という事を否定するのが当初の目的であった研究でした。
しかしながらその研究の結果としてホーキング放射を定式化し、それまでは「BHはものを飲み込むだけで何もそこからは脱出できない」という一般相対論の結論が常識であった時代に「いやBHはホーキング放射を出して、最後は消えてしまう」と主張したのでした。
そうしてホーキングがホーキング放射を定式化した対象のBHといえば「恒星が燃えるのを止めた時にその質量が太陽質量の3倍程度以上残っていたなら、それはBHになる」といわれていたような、いわゆる「恒星質量のBH」でした。
さてそのような「プランク質量に比較すれば桁違いに重いBHを対象にしていた」研究であれば、そのBHがホーキング放射をだしてプランク質量まで小さくなった時に、それはもう「『BHは消えてしまった』と近似的に見なしても良い」とも言えそうです。
あるいは「プランク質量以下のBHなどは消えたも同然である」とは恒星質量のBHからみれば、確かにそのように見なせるでしょう。
そうして「そのような立場から導出されたものが通説のBHの寿命式である」と言えそうです。
しかしながら「宇宙にはダークマターという重力相互作用しかしない謎の粒子が存在する」という観測的な事実が明らかになるにつれて「プランクスケールのBHがダークマターではないのか?」と当然、そのように考える者たちが現れます。
そうしてその者たちにまずは立ちはだかるものが、ホーキングが提示したBH寿命式であり、それによれば「プランクスケールに到達したBHは、かつてそれが存在していた、としても現時点ではすでに消えてしまっている。」とされてしまいます。
さてそこで「ああそうだね、プランクレベルのBHなど今は存在しない」と納得するのか、それとも「本当にその通説の寿命式は正しいのか?」という疑問をもってBHの寿命式の見直しを始めるのか、まあそこが分かれ目になります。
さてそれで「納得しない者たちによる寿命式の再検討」が始まります。
そうするとホーキングの寿命式は「BHのホライズン表面を黒体表面と見なして、そこからの黒体熱放射がホーキング放射である」という前提に立ったものである、という事が分かるのです。
その部分はホーキングがホーキング放射を定式化した、その本体部分の数式展開と論理展開に比べれば「量子力学と一般相対論の理解が必要」という程のものではなく「通常の黒体放射理論にそった形のいわゆる古典論での記述になっている」という事に気が付くのです。
そうであればその部分を理解する為には「量子力学と難解な一般相対論の理解が必要」という事にはなりません。
そうではなくて「ホーキング放射の妥当な物理モデル」が想定できれば、あとは黒体放射の古典論に準じながら計算を進めることが出来るのです。
さてホーキングはそのようにしてホーキング放射の発光場所はホライズン表面であり、その場所の温度はホーキング温度として定式化できる、後はStefan-Boltzmann の法則を使って全放出エネルギーEが求まる、という様に計算を進めました。
しかしながらホーキングの寿命式に対して「仮想粒子の対生成で生じた2つの仮想粒子の内の一つがBHに飛び込み、もう一つがBHから飛び去る。飛び去った方が実体化しそれがホーキング放射として観測される」というホーキング放射の物理モデルから出てくる結論は「ホーキング放射の発光場所はホライズン表面だけではない」と言うものでした。
そうしてそこからは「ホーキング放射の発光場所はホライズン上空に広がっている空間からも出てくる」そういう結論が出てきます。
そうなりますと、通説の寿命式にその部分の修正が必要になります。(注2)
それからもう一つの事はホーキングはホーキング放射として出てくるエネルギー粒子の大きさをゼロ、つまり「事実上は点粒子であると想定している」という事が指摘できます。
「点粒子」でありますから、その仮想粒子の対生成する場所はホライズンに無限に近い場所で起きる事ができ、その点粒子の対生成する時の温度はホライズンのホーキング温度で良い、と出来るのです。
しかしながら、「素粒子は有限の大きさを持つ」という事は超弦理論の発展によって業界内ではほぼ認められた内容です。
そうなりますと「仮想粒子とはいえその大きさも実粒子相当のものである」とするのが妥当でありましょう。
したがって「仮想粒子が対生成できる、ホライズンに一番近い場所」としては「ホライズン上空に1プランク長だけ上ったところである」という様に想定するのが妥当、という事になります。(注3)
そうしてその場所のホーキング温度が対生成してくる仮想粒子のエネルギーを決める事になります。
この指摘内容は恒星質量のBHのホーキング放射の全エネルギーを計算する時には無視できますが、プランクスケール近傍にまで小さくなったBHのホーキング放射の全エネルギーを計算する時には無視できない効果を持ちます。
さてそれに加えて通説の寿命式では「仮想粒子は点粒子」としている為に「対象のBHがホーキング放射を出して、その大きさがプランクスケールを超えて小さくなっても、対生成した仮想粒子の片方は何時までも、どれだけBHが小さくなってもそこに飛び込める」となっているのです。
あるいは「仮想粒子が大きさを持つ」にも関わらず通説の寿命式では「BHがどれだけ小さくなってもそのBHの大きさよりも大きな仮想粒子が飛び込めると想定している」とも言えます。(注4)
その時に「いや、BHが仮想粒子の大きさよりも小さくなったら、そこには何物も飛び込めない」従って「そこでホーキング放射は止まる」という考え方が当方が従来から主張しているものです。
そうしてこの考え方に立った議論は今までしてきました。
それに対して以降のページで検討する寿命式は「通説の寿命式の前提=どれほどBHが小さくなってもそこに仮想粒子は飛び込める」という内容を認めたものになっています。
その様に想定した場合には一体ホーキング放射の寿命式はどうなるのか、BHの寿命はどうなるのか、興味深い結論が示される事になります。
注1:ホーキングとベッケンシュタイン: https://archive.md/XtF8T :
http://maruyama097.blogspot.com/2018/03/blog-post_85.html
『・・・ただ、ベッケンシュタインは、考えた。
もし熱いガスの入ったボンベを、ブラックホールに投げ込んだとしよう。ブラックホールに三本しか毛がないのなら(ブラックホールを特徴づける物理量が三つしかないなら)、熱いガスの持っているエントロピーは、この宇宙からなくなってしまうことになる。それは、エントロピーの不可逆な増大を主張する熱力学の第二法則に矛盾する。それはおかしい。この矛盾を解決するには、ブラックホール自身が、熱力学の対象として、エントロピーを持つと考えるしかないと。
(こうした思考実験は、その後の量子重力理論や量子情報理論の発展を考えると、極めてユニークで重要ななものだ。それについては、別稿で。)
ホーキングは、最初は、この発見を馬鹿にして、無視していた。ただ、彼は途中で考えを変える。(それは、悪いことではない)
ホーキングが、際立った天才なのは、ベッケンシュタインが計算出来なかった、表面積とエントロピーの比例定数が1/4であることを示し、合わせて、ブラックホールの「温度」の正確な定式化を与えたことである。ブラックホールは蒸発するという「ホーキング放射」の発見である。・・・』
注2:この件については、前のページでも言及しました。そうして又このページに続く記事「その3」でも説明する事になります。
注3:素粒子の大きさとしては「1プランク長程度であろう」とされています。
注4:通説での寿命式は「BHはホーキング放射を出す事で小さくなり、最終的には消えてしまう」と主張しています。
それでその場合BHはまずはホーキング放射によってプランクスケールまで小さくならなくてはなりません。
そうしてそこでホーキング放射が止まることは無く、継続してホーキング放射を出し続けます。
その結果、当該BHの直径は1プランク長を下回る事になります。
しかしながらそこまで小さくなってもそのBHは今までと同じようにホーキング放射を出す事が可能である、と通説の寿命式は主張している事になります。
何故ならば「当該BHが消える為にはそのBHは大きさがゼロになるまで順次ホーキング放射を出し続ける事が必要であるから」ですね。
そうであれば「ホーキング放射でBHは消え去る」と主張する事は「そのBHは直径が1000分の1プランク長になろうともBHとして存在していて、そこでもホーキング放射を出す」という主張になっています。
そうでなくてはBHは消え去る事はできないからですね。
そうしてその様な主張は「それが事実である」とするならば「実に驚くべき事である」と言えそうです。