My Favorite Things

お気に入りのものあれこれ

オンサイト翻訳のメリット、デメリット 1

2004-08-27 23:57:29 | 翻訳
英日/日英の翻訳業をはじめて10年以上になる。その間、在宅と企業に出社するオンサイトをいったりきたりしてきた。両方のメリットとデメリットを見てきている。

今日、『読んで得する翻訳情報マガジン』の「翻訳業界雑記」に、「オンサイトのメリット」という記事が掲載されていた。オンサイトには在宅にはないメリットがある、と、いくつかの理由があげてあった。筆者があげたメリットは次のとおり。

1.他の翻訳者や関係者がいるので疑問点や解釈上の不明点などもすぐその場で訊くことができる。
2.翻訳支援ツール等、作業環境が充実している
3.オンサイトの案件は翻訳未経験者歓迎のものが多く、経験の少ない駆け出しの翻訳者には最適。
4.経験豊富な翻訳者向けの案件があり、その分報酬も高くなる


これを読んでいると、"在宅に比べて自由度が下がり、就業規則や出勤時間に縛られる”以外、翻訳者にとって、メリットだらけのようだ。だが、上であげられたメリットをすべて享受できる会社は、翻訳会社、ローカライゼーションの部署があるコンピュータ関連会社、翻訳部門のある特許会社ぐらいで、たいていは無理ではないかという気がする。

これまでの経験でいくと、実際の事態は次のようなものだ。

1 他の翻訳者、関係者の助けで疑問点や不明点が解明するとは限らない。スキルアップに即結びつくと安直に思わないほうがよい。

オンサイトの仕事場に、他の翻訳者が必ずしもいるわけではない。翻訳者は新任の自分一人で、教えてもらえるどころか、逆に本語でさえしらない専門用語や、同じ業界の人でもわからない社内用語の表現について質問攻めにあうことはよくある。翻訳担当者として雇ったのだから、その言語ならなんでもござれにちがいないと勘違いされてしまうのだ。未経験者にはかなりきついのではないか。

他の翻訳者がいる場合はたしかにあてにできるし、そうなると、精神的に楽だ。だが、思わぬ落とし穴がある。

オンサイト翻訳者はけっこういいかげんに採用される。採用担当者が翻訳スキルの試験方法を知らないので、面談だけで決まることが多い。これまで6社、オンサイト翻訳者として働いてたことがあるのだが、スキルのテストをされたのは一社だけだ。それも、もともと通訳者として雇われたため、受けたのは通訳技能の試験だった。

そのため、十分なスキルが身につけていない翻訳者が先輩である可能性があるのだ。自分と同じ未経験翻訳者で、教えるなどとてもできないというレベルかもしれない。

もっと悪いのは、まちがいだらけの翻訳を生産しているのだが、妙にプライドが高い人が同僚になることだ。willは必ず「~でしょう」、mayは「かもしれない」と訳さないとだめ、と、とんでもないことを言われてしまうかもしれない。galvanized pipeと訳さなければならない白管を、文字通りwhite pipeと意味不明な訳語をあてはめても、平気でいるかもしれない。

上にあげたのは極端と思われるかもしれないが、実際に経験したことだ。似たようなことはどこでも発生しているのではないだろうか。

では、関係者の助けを得られるという点はどうか。

関係者はたしかに周りにたくさんいる。だが、いつでも質問をすぐに受け付けてもらえるわけではない。担当者が出張が多く、締め切りまでまったくつかまらなかったことがある。訳している文書が社内でも新しいトピックなので、翻訳原稿の内容について知っている人いない、という時もある。ある程度、検討をつけて質問しないと、答えを考え出してもらえないというのは、よくあることだ。

期待するものとまったく方向性が違う答えが返ってくることもある。ゼネコンで働いていたときのことだが、「xxxを使用」という文章で、xxxの訳語がわからなくて、担当者の建築家に質問にいった。すると、せっせとその絵を描いてくれた後で、訳語は知らないと言われたのだった。音や記号にあたる言葉が命の翻訳者と、すべてを絵にしないと気がすまない建築家のちがいをよく示してたので大笑いしたのだが、質問にきた肝心の言葉はわからずじまいだったので、ごまかした覚えがある。

関係者は基本的には頼れるのだが、思惑どおりいかなかったときに、対処方法を確立することが大切だ。また、完全な他人頼みでは力はつかない。自分であれこれ工夫したり、本を読んだり調べたりしないかぎり、身につく経験を積むことはできない。


2. 翻訳支援ツール等、作業環境が充実している

これまで、TRADOSなど、翻訳支援ツールがそろっているところで働いたことはない。辞書もない。用語集は作成されていないか、更新が滞っていた。

つまり、作業環境を整えるのが大事な仕事のひとつになっている。

作業効率をあげるためにTRADOS購入申請を二社であげたが、どちらも却下された。個人版の数倍する企業版を導入するメリットがあるのか、と必ず聞かれる。また、トレーニングが必要なTRADOSを購入しても、今の翻訳者がいなくなったら誰も使えなくなるのではないかという懸念の声もでる。

そこで、安いツールをさがした。時間はかかったが、Wordfastというソフトをみつけた。2万台までという価格のわりには満足のいくこのツールについてはいずれ書くつもりだ。

これまで、ほとんどの辞書は自前のものを使ってきた。会社には必要なものがおいてないからだ。

会社のパソコンに個人の辞書データやソフトをいれるのは著作権違反になるだとからだめと言われたときは、ノート型を持参し、会社で使った。

翻訳部門があり、そこが一定の予算を確保している会社であれば、人件費削減につながるツールを導入しているだろう。そのような会社であれば必ず採用試験があるはずだ。面談のみで決まるのなら、環境については期待しないほうがよい。逆に、これから翻訳環境を整えにいくのだと覚悟したほうがよい。


3. 未経験者でも可能

この指摘は本当だ。

4.経験豊富な翻訳者向けの案件は少ない。その分報酬も高くなるということはない。

東京などではちがうのかもしれない。だが、私が住む関西地方では、経験があれば歓迎はされるが、それが必ずしも報酬にむすびついてない。未経験者で可能、経験者であればなお可、という程度だ。関西では、数年前、経験者、未経験者を問わず、通訳者や翻訳者を多数雇い入れるプロジェクトがあり、それを境に通訳、オンサイトの翻訳の報酬はガタっとさがった。翻訳ツールを採用する企業が少ないため、ツールの利用ができるというのは売りにはなりにくい。初めの交渉で報酬を低く抑えられてしまうと、その後、報酬が高くなる可能性は低い。また、時給が高めだと、コスト削減のため、未経験者でよいので、安い翻訳者といれかえようという動きがでることもある。「未経験者歓迎」というのは、そういう意味あいもある。


5. 効率をあげても収入には結びつかない

翻訳者のアウトプット量には大きな差がある。英日翻訳(英語から日本語への翻訳)で、プロの翻訳者として最低ラインといわれる2,000 ワードにとうてい満たない人もいれば、4,000ワードほどこなしてしまう人もいる。だが、オンサイト翻訳で多い時給制では、4000ワードを一日にこなす翻訳者が、翻訳文のレベルでは同等だが2000ワードしかこなせない翻訳者の倍の報酬をもらえるわけではない。オンサイト翻訳の時給制は、大きな問題があるように思う。時給換算のオンサイト翻訳は、いくら効率をあげても収入にむすびつかないため、モチベーションの維持が難しい。


では、実際のメリットはなにか。

1. とりあえず安定した仕事を確保できる

分野にもよるが、翻訳の仕事は大なり小なり波がある。寝る間もないほど忙しくても、翌月は仕事0、というのもありなのだ。降ればどしゃぶり、という業界なのだから。

2. 徹夜をしないですむ

ほとんどの在宅フリーランスは、徹夜しなければ締め切りに間に合わないという経験を何度もしているはずだ。オンサイトでは、終電までには帰れるので、徹夜に追い込まれることはまずない。

3. キャッシュフローがよい

不況のために、翻訳会社の支払いはどんどん遅くなってきている。もともと当月あるいは翌月支払いの会社は少ないのだが、翌々月支払いのところが増えてきた。踏み倒しの話も聞く。私も半年払ってもらえなかったことがある。

オンサイトではその心配がまずない。当月、遅くても翌月に払ってもらえる。

4.定期的に休日がとれる

フリーランスの生活は毎日が営業日か毎日が休日のどちらか。オンサイトであれば、原則的に、土日が休みとなる。


翻訳者にとってオンサイトの仕事は、フリーランスにくらべて割安ではあっても安定した収入源を確保でき、営業などに時間をさく必要がなく、ある程度の予定がたてられるというのが一番の利点なのだ。 

では、雇う側の企業にとってオンサイトのメリットとデメリットはなにか。それについては次回に書きたい。

読んで得する翻訳情報マガジン

最新の画像もっと見る

コメントを投稿