日航機事故から29年。
フジテレビの特番を見ながら、
5年前の平成21年8月15日に初めて御巣鷹に登った時の事を思い出しました。
…以下は当日のblog記事です。
《上野村の「慰霊の園」まで車で2時間弱、そこからまた登山口まで30分以上、対向車とすれ違うのが恐ろしいほど狭い道を登り、
そこから約1時間かけて「昇魂の碑」まで歩いて登る。
急な斜面に造られた木の階段を、ご遺族の方々は、どのような気持ちで登って行かれたのだろう・・。
高齢の方々にはさぞかし負担も多かろう・・と、
様々な思いを廻らせながら登っていくと、前から来た年配のご夫婦から
「あと、もうすこしですよ」
と声をかけられた。
「昇魂の碑」では当日訪れた人々のメッセージが鈴とともに残されている。
遺族の方、日航の元クルーの方、この日も多くの人が訪れていた。
事故現場となった周辺の傾斜地には夥しい数の“墓標”が並んでいる。
520名の終焉の地、できるだけ多くの墓標に手を合わせながら夫と回ることにした。
新しい花や供えものが置かれたところもあるが、長い時間、誰も訪れた形跡のない墓標もある。
小さな子どもの墓標では、つい今生きていれば幾つになったのだろう・・と考えた。
月日が経つのは早い・・。
でも忘れてはいけないのだ。これだけの尊い命が失われた事実を・・未来ある子供たちがここで亡くなったことを…。
帰り際、高校生らしいグループと出会った。
「こんにちは」「お疲れ様」と声を掛け合う。
彼らもきっと感じるだろう。
命は永遠ではないことを、そして自分たちは生かされている、ということを・・・。》
平成21年8月15日のblogより
清水由美
フジテレビの特番を見ながら、
5年前の平成21年8月15日に初めて御巣鷹に登った時の事を思い出しました。
…以下は当日のblog記事です。
《上野村の「慰霊の園」まで車で2時間弱、そこからまた登山口まで30分以上、対向車とすれ違うのが恐ろしいほど狭い道を登り、
そこから約1時間かけて「昇魂の碑」まで歩いて登る。
急な斜面に造られた木の階段を、ご遺族の方々は、どのような気持ちで登って行かれたのだろう・・。
高齢の方々にはさぞかし負担も多かろう・・と、
様々な思いを廻らせながら登っていくと、前から来た年配のご夫婦から
「あと、もうすこしですよ」
と声をかけられた。
「昇魂の碑」では当日訪れた人々のメッセージが鈴とともに残されている。
遺族の方、日航の元クルーの方、この日も多くの人が訪れていた。
事故現場となった周辺の傾斜地には夥しい数の“墓標”が並んでいる。
520名の終焉の地、できるだけ多くの墓標に手を合わせながら夫と回ることにした。
新しい花や供えものが置かれたところもあるが、長い時間、誰も訪れた形跡のない墓標もある。
小さな子どもの墓標では、つい今生きていれば幾つになったのだろう・・と考えた。
月日が経つのは早い・・。
でも忘れてはいけないのだ。これだけの尊い命が失われた事実を・・未来ある子供たちがここで亡くなったことを…。
帰り際、高校生らしいグループと出会った。
「こんにちは」「お疲れ様」と声を掛け合う。
彼らもきっと感じるだろう。
命は永遠ではないことを、そして自分たちは生かされている、ということを・・・。》
平成21年8月15日のblogより
清水由美