朝ドラ《エール》での、
ラジオドラマ 『君の名は』の生放送の一発録りのシーンは面白かった。
ラジオドラマ のヒットがきっかけで映画化されたというのも初耳だったが
“マチコ巻き”が流行ったというのは実母から聞いて知っていた。
『君の名は』と聞いて、
数年前に観た同名のアニメ映画を思い浮かべるのは、
時空のすれ違いで、なかなか逢えない…というストーリーが印象に残っているからかも知れない。
“簡単に逢えない”ことが逢いたい気持ちを強くし、
そこに他者が介入できない絆が生まれる。
それは2つの『君の名は』に共通するテーマだが、
ネットでのコミュニケーション手段が当たり前の時代ではどうなのだろう…と、
考えた。
“すれ違い”は大きな問題ではないかも知れないが、
“勘違い”や実像とのズレは、あるのではなかろうか?
45cm以内の恋人距離で実際に語り合うのとはわけが違うし、
電波を介した顔や音声は、ホンモノとは異なる…。
映りの良いベターフェイスだと、
実物以上に好印象を持ってしまうし、
いったん燃え上がると恋は盲目だから、
“アバタもエクボ”が、より助長される。
例えば、
恋愛至上主義の男女が
親や親戚中から大反対されても意思を貫き駆け落ち同然で結婚したとしよう。
ところが、
それほど愛し合った男女でも、
結婚して3日経ったときに、
はたと現実に気づく。
(私の王子様は、こんな人ではなかったはず…)
だと。
ネットとは無縁だけれど、私の両親が、まさにそうだった。
5人兄弟の末っ子でお嬢さま育ちの実母の口癖は、
「生まれ育った環境が違いすぎると苦労するよ」
だった。
夫が一度、
父に、母のどこに惚れたのか?と訊いたことがあったらしいが、
「会社の前で真っ赤なワンピースを着て歩いているのを見て、どこの女優かと思った」
のだそうだ。
まさに、出逢いの時期が
昭和の映画『君の名は』が公開された時期と重なる。
ところが、
結婚後に、後継ぎのいなかった母の実家に父が婿養子として入ることになってから、
ますます、状況が悪化した。
祖母との折り合いも悪く、
同居を解消した両親は私と妹を連れて実家を出た。
大恋愛の末に結ばれたとは言え、
日々の両親の諍いを見て育った私と妹は
生きていくために必要なのは何か…
を、
実は幼少期に学んだのであります。
(ー ー;)