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動物たちの王国【第二部】-11-

2014-03-08 | 創作ノート


 おおう、今回もまた言い訳事項がてんこ盛りだぜ!!な感じww

 一応、第二部をはじめる前に↑のような本も買ってはみたものの……↓の文章に関しては、ほぼすべて東京医科大学病院さんの手術支援ロボット「ダ・ヴィンチ」徹底解剖のページのコピペとなりますm(_ _)mm(_ _)mm(_ _)m

 なのでまあ、わたしも実際はよくわかってないというか(殴)、他の点でもとにかく翼がヤブ医者っぽく見えてないといいな~という、わたしが願うのはただそれだけだったり(^^;)

 う゛~ん。ダ・ヴィンチについてのことだけじゃなく、他の手術場面についてもこれで書き方合ってるのかどうかさっぱりわかってないので(殴×100)、もし翼の「腕のいい医者☆」っていう設定に傷がついてたら、なんか申し訳ないなという、そんな感じかもしれません

 ええっと、あとはですね……時間経過的に抜けてるところがあるように感じられるかも、なんですけど、まあその点については次回以降翼が回想してる感じかな~と思ったり(^^;)

 それと、どうでもいい細かいこととしては、笹森院長の下の名前を悠一郎にしておいたんですけど、手負い~のほうで笹森(副)院長の名前って下まで出てきてたかどうかが、水原さん同様思いだせず。。。

 いえ、自分で書いたもんなんだから、そのくらい読み返して探せって話なんですけど(汗)、そういう細かい点にもし矛盾があったとしたら、それもまたわたしの責任ということでm(_ _)m

 あとはまあ、いつもながらのどうでもことについて(笑)

 実はわたし、病院とか医療とか、手術室といったことについて、存外細かいことが気になるという変な人なのですが、手術室についてはその昔、「助手さんをひとり寄こして、ちょっと掃除させてくれる?」と言われて中材へ行ったことがあり。。。

 掃除なんて言っても、手術室は一室しかないのでアレなのですが(ドレ☆)、何かタオルのようなものを渡され、「目につくところをこれで拭いてくれる?」と看護師さんに言われたのには驚きました。

 いえ、今にして思うとどうもそのタオルっていうのも、なんかただの普通のタオルっぽかった気がするし、正直わたし内心では「この人、わたしに何をさせたいんだろう?」と思いました

 でもわたし、自分で言うのもなんですが、根が真面目なので「これをやってくれ」とか「あれをこうしろ」とか言われたら、とりあえずなんでも、相手の言ったとおりにはしようとするのです(^^;)

 でまあ、目につくところと言われたので、手術台の上とか色々拭いていったのですが、今思い返してみても「あれってなんか意味あったのかな」と思います。

 ん~と、人から聞く話としては一応、看護師さんの助手いじめ☆みたいなことは聞いたことはありました。あんまり意味のないような仕事をやらせてみたりとか、明らかに助手の手には余ることをわざとさせ、「そんなことも知らないの?」、「わからないの?」みたいに専門知識を披露されたりとか、「なんかあるらしいよ~☆」みたいには。

 でもそのオペ室専属の看護師さんの場合は、そういうのでもなかったと思います。

「あの~、目につくところって言われたので、拭くだけ拭いてみましたけど……」って言ったら、「もうちょっとあのへんとかこのへんとか拭いて」と言われ、首を傾げつつ言われたとおりにすると、特に怒った様子もなければ満足した様子もなく、「ああそう。じゃあもういいわ」と言われて終わり(^^;)

 なんていうかほんと、変な話ですよねえ(笑)

 でもわたし、その時手術室の中を拭きながら、思ったのです。なんか台とかにのぼって無影灯の上とかも拭いたほうがいいのかなって。んで、そもそも今自分がしてることには何か意味があるんだろうかって思うのと同時に、そもそも普段ここは一体誰がどういう手順で掃除をしているんだろう……って。

 もしそういうマニュアル的なものがあるんだったら、今わたしが病棟からわざわざ呼ばれてしてることはなんなんだろうっていうか(^^;)

 まあ、そんなことがあったのはそれ一回きりでしたし、「手術室ってこんなふうになってるんだ~。面白!!」みたいに思って、わたしの中では終わってたんですけど(笑)

 んで、そうしたことについては以降さっぱり忘れていたものの、今回この小説を書くにあたって読んだ本によると、手術室内は手術が一回終わるごとに掃除がされるって書いてありました。確か、無影灯なんかは一日の終わりくらいに一回拭けば良いともどっかに書いてあった気がするんですけど、どの本だったかは忘れてしまったり(^^;)

 ↓に書いた医療器具の洗浄や滅菌についての書き方も間違ってるかもしれないんですけど(汗)、まずは不潔領域の台所で水洗いしたものを消毒薬につけ、それから清潔領域の台所でそれを再び洗い、乾いたものを滅菌してもらうために中材へ持っていく……病棟ではそんな感じだったやうなと思いまして。

 そうした洗い物の中でわたしが一番「めんどくせえ~☆」と思ったのが、人工呼吸器の管だったでしょうか。いえ、今回このお話を書くに当たって読んだ本の中では、人工呼吸器の管がなんかすごく単純な作りをしてたんですけど、わたしが見たことのある人工呼吸器の管っていうのは、すごく複雑な作りをしてたんですよね。

 んで、それを一旦バラバラにして消毒薬に漬けて洗い、乾かしたものをもう一度きちんと組み立て直してから中材さんに持っていくのですが……あんまり複雑なので、どこをどう繋いだらいいのかわかんない!!という感じで、なんかもう最後には「こんなもんでいいんじゃね?」という感じで持っていったこともあったような気が。。。

 結局滅菌したものを最初に開けるのってたぶん、MEさんだと思うので、その方が「なんだこりゃ。間違ってるぞ」みたいに思って直してくれればそれでいいんじゃないのかな~とか甘いことを思ってた気がします

 なのでまあ、こういうことも病院内では「あっちゃいけないこと」なのかもしれませんが、結構そういうグレーゾーンみたいなところがあって(助手が本来なら看護師さんがすべき仕事までやってるとか)、それは助手の責任なのか、それとも「そこまで助手にやらせようとするほうが問題」なのかは、よくわからなかったりします(^^;)

 なんにしてもまあ、「病院内のどうでもいい細かいことが気になる」ということについては、また書くスペースがあったらどこかに書くかもしれません。

 それではまた~!!



       動物たちの王国【第二部】-11-

 ――手術支援ロボット、ダ・ヴィンチ。

 万能の天才、レオナルド・ダ・ヴィンチの名を冠するこの手術機械は、医師が患者に触れることなく、患部の立体映像を見ながらアームを遠隔操作して手術を行うという、画期的な手術マシンである。

 ダ・ヴィンチはサージョンコンソール、ペイシェントカート、ビジョンカートの三つの機器によって構成されており、執刀医はサージョンコンソールに座り3Dで立体的に映し出される術野の拡大画面を覗きこみながら、手元のハンドルを操作することになる。ペイシェントカートとアームの鉗子が連動し、まるで自分の手のように自在に動いてくれるため――「まるで自分が小さくなって、患者さんの体内に入りこみ、手術しているようだ」と、そんな感覚を術者は覚えるという……。

 翼は医療業者の持ってきたパンフレットにそのようなことが書いてあっても、「自分が小人になって患者の体内で手術するだと?何やらうさんくせえ機械だな」と、最初はそう思っていた。ところが実際に自分が術者として操作してみると、まったくその通りであることがわかり――以来、ダ・ヴィンチに魅せられるあまり、朝も昼も夜もこの手術機械のことしか頭にないようになってしまったのである。

「笹森院長、もしあれを病院に導入してもらえるとしたら、俺、何をしたらいいですかね?」

 高畑前病院長から現院長の笹森悠一郎へと変わる時、「困ったことがあったらなんでも言いなさい。君のためならある程度の便宜は図ろう」と言われていた翼は、直球勝負でそのように院長に申し出た。

 時は折しも、すぐ隣に訪問看護ステーションや老人保健施設が建設されつつある頃で、病院としてもそのような予算をひねり出す余裕はとてもないだろうと思われたのだが――笹森は意外にも「三億か。まあそのかわりこれからは、今まで以上に馬車馬の如く働いてもらうよ」と、鷹揚に翼の懇請に応じていたのである。

 以来翼は、馬車馬の如くという形容が適切かどうかはわからないものの、三つ子の魂百までいうやつで、欲しいものを与えてもらった=当然それに見合うだけのことはするという、そのような決意でK病院に尽くしてきたと言えるだろう。

 ゆえに、その前までは断っていたテレビの取材等についても快く受け容れて病院のイメージアップをはかることにも貢献したし、K市内でダ・ヴィンチを導入しているのはここだけという事情もあり、近隣の病院から医師が見学にやって来るという時にも快くそのデモンストレーションに応じていたのである。

 そして今翼は、そのダ・ヴィンチで食道癌の手術を行っているところだった。患者は松宮琴乃という名の五十七歳の女性で、ステージⅢ期の食道癌であった。まず頸部と腹部の二つのグループに分かれ、それぞれ手術することになるが、頸部については部下の加瀬学が、そして腹部については翼が執刀医となっていた。

 頸部グループでは、頸部のリンパ節を切除し、食道を離断する措置が取られる。また腹部グループでは腹腔鏡を使い、胃を食道状に形成する。そしてここからがダ・ヴィンチの出番となるのだが、胸に八ミリほどの穴を四箇所開け、鉗子類を挿入すると、胸部の上部・中部・下部の食道を剥離し、リンパ節の郭清を行い、食道を切除する。それから胃を頸部まで吊り上げ、頸部食道と吻合するという作業を翼が行っていた時――近くに園田が来た。

 当然翼は術野に集中していたため、彼女の存在には気づかなかった。またモニターで彼とまったく同じものを見つめている五人の消化器外科医たちも園田のことは気に留めなかった。彼らは翼の手術の腕もさることながら、食道のような狭い場所でこそ、ダ・ヴィンチは真の力を発揮するのだとあらためて知り、感じ入っていたからである。

「流石ですね、結城先生」

 無事手術が終了し、翼が後ろを振り返ると、近くのF病院の医師などはすっかり感激したという口ぶりであった。翼は自分が今この場で装着しなくてはいけない<外科部長>としてのマスクを取り出すと、手術用マスクを外したかわりとしてそれを身に着ける。

「やはり、開腹手術に比べると、切開部分が狭くて済むだけでなく、出血量が圧倒的に少なくてすみますからね。患者さんの退院までの日数が短くてすみますし、何より体に負担がかからない。これからは食道癌手術においてはダ・ヴィンチが主流になってくるだろうと思いますよ」

 それからも翼があれやこれやと外部の医師に食道癌だけでなく大腸癌や膵臓癌に対しての適応範囲といったことを説明していたため――園田は時計をちらと見て、出直すことにしようと思った。彼女自身は今日、午後から器械出しが一件入っているだけだったが、そのかわり瑞島藍子についてオペ室内での仕事をレクチャーしなくてはならなかった。

 そして朝の六時からはじめて八時間かかった手術を翼が終え、少しばかり昼食をつまんでから今度は胃癌の手術に入った時、その顔の中に疲労の色を認め、園田はもともと彼に話そうと思っていたことを変更しようと思った。

 これはあくまでも園田が思うに、ということなのだが……ダ・ヴィンチという手術器械が手術室に導入されて以来、結城医師は明らかに働きすぎであった。適当な女性と遊ぶプライヴェートな時間を確保する時間などあるのだろうかと疑問になるほどに。ゆえに、元は遊び人の彼もそろそろ身を落ち着けたくなった、そしてその相手として選んだのがオペ室の新人、羽生唯だったということなのではないだろうかと、ふとそんな気がしてきたからである。

「どうした、園田。今日は随分大人しいな。おまえこの間、美味しい焼肉料理店が新しく駅前に出来たから、今月は俺にたかる予定だって言ってなかったっけ?」

 いつもながら鮮やかに手術を終え、その前に八時間もかかる食道癌手術をしていたことも滲ませず、翼は最後の縫合を部下に任せようかという時、涼しげな顔でそう言った。

「そうなんですよ。その予定……だったんで、す、が……」

「変な奴。昼に廊下に落ちてた腐ったパンでも食ったんじゃねえだろうな。そういや園田、瑞島の奴はオペ室の師長としてうまくやってけそうか?」

 もちろん手術室には、翼の部下の池上、中野の他に、外回りの看護師もいれば麻酔医もいる。その上で翼が何故そのような質問をしたのかも、園田にはよくわかっていた。一見、好奇心でそう聞いたように見えて、彼が新しい師長のことを気にかけていると、周囲に知らしめるためだ。

(あーあ。なんでそういう気配りの出来る男が、ああいう凡ミスを平気でやらかすかね)

 恋は盲目というのはこのことなどと思いつつ、持針器に針と縫合糸を付けて翼に渡しながら、園田はマスクの下で溜息を着いた。どうやら最後の縫合まで、自分でやってしまうつもりらしい。

「まだわかりませんよ。何しろ、ある意味前代未聞の人事なんじゃないですか?ろくに器械出しの経験のない主任補佐が突然オペ室の師長に収まるだなんて……まあ、花原師長みたいに仕事だけ出来ればいいってもんでもないですけどね。そういう意味ではまったく正反対の人が手術室にやって来たっていう感じですよ」

「そっか。でもまああいつは人間的に賢い女だから、それなりにうまいことやるだろうよ」

 手早いのに、やけに几帳面で丁寧な真皮縫合が綺麗に完成すると、翼は最後に「おしまい」などと、メルヘンな童話を締め括るように言い、糸を切っていた。そしてそのまま、何事もなかったように第三手術室を出ていく。

「あの、結城先生。わたし、実はちょっち先生にお話があるんですよねっ」

 廊下へ出るなり無造作にマスクと帽子を外した翼に向かい、園田は急いでそう話しかけた。

「やっぱりそうだろ?だから俺は変だって言ったんだ。何か言いたいことがあるのに黙ってるってオーラをおまえが出してっから、なんでいつもみたいにベラベラしゃべんねーのかなと思って」

「だって、こういう場所じゃ話せることと話せないことがありますもんっ。なんだったら今日はケチで吝嗇家で締まり屋のこのわたしが、焼肉奢ったっていいです。そういう条件でどうですか?」

「つーことはアレだな。どうせろくな話じゃねーんだろ。だったら焼肉なんか奢んなくていいから、園田、仕事が終わったらおまえが俺の部屋に来いや。じゃあな」

「は、はいっ!!」

 今の翼と園田の会話だけを聞いたとしたら――まるで自分が憧れの医師に話しかけてでもいるようだと、園田はそんなふうに感じる。けれど、本来ならば彼は自分がタメ口を聞いていい相手ではないということも、園田はよく承知していた。他の看護師たちに対してもそうだが、それでいて色々と面白い冗談を言っては周囲を和ませるから、彼は人気があるのだ。少なくとも園田にとっては、翼の顔や容姿がどうこうというのは、その二番目以降にくる必要用件だった。

「何よ、園りん。結城先生と何かふたりきりで話すことでもあるの?」

 外回り担当だった辰巳笙子が片付けを手伝いがてら、そう話しかけてくる。三十八歳で、オペ室には七年いるベテランといっていい看護師だった。また、先ほど瑞島のことを少し突き放す言い方を園田がしたのにも理由がある。もし主任である園田が以前より瑞島藍子と親しかったと知れば、彼女が何をどう言うかわからないと思ったからだ。

 もしおしゃべり好きの、オペ室で真っ先に除菌されるべき存在のような彼女が、例の「可愛こちゃん」の真相を知ったらと思っただけで、園田は気分が悪くなる。
 
「まあね。花原師長がいなくなったあとの、オペ室の今後のこととか……」

「ふうん。だったらさっき話せば良かったじゃない。あんた、結城先生が執刀医の時にはくだらないことをいつもベラベラしゃべってるでしょ」

「そうなんだけどねえ。ま、色々あるのよ」

 園田は溜息を着きながらそう曖昧に誤魔化し、この時、実際のところ胃が痛いように感じはじめていた。花原師長がオペ室の師長になって今年で六年目――おそらく彼女は自分に仕事をする能力があるから、部下たちがみんなついてきてくれていると、そう錯覚していることだろう。だが実際にはその六年の間、オペ室内の三十名以上ものナースの人心を掌握し、うまく現場が回るようにしてきたのは自分と江口悦子だとの自負が、園田にはある。

(まあ、これからは瑞島の藍ちゃんの時代になるから……そういう意味ではわたしも悦子さんも、少しは楽になるかしらねえ)

 けれど、辰巳笙子のような重箱の隅をつつくのが好きな看護師にとっては、このまま新しい師長がろくに器械出しも出来ないままだとしたら――この間、師長は整形の山手先生の手術の時にミスしただの、彼女が外回りの仕事にばかりつきたがるのは、器械出しに問題があるからだろうだの……色々と言われかねないことだった。

 もちろん、看護師長なのだから、現場には出てこずオペ室の片隅にある師長室に閉じこもり、上からあれこれ注意するだけで、あとは書類仕事の山に埋もれている……それでもいいはずではある。だがやはりそれは、少なくともオペ室という現場で何年かは汗を流した人間だけが就けるポジションでもあるのだろう。

(まあ、そういう阿修羅の道にわたしと悦子さんは共犯で藍ちゃんのことを巻きこんじゃったわけだから、そこのところはね、きちっと守ってあげたいなと思うわけよ)

 園田は手術場の片付けが済み、師長室にいる花原に報告を入れると、その日はそのまま帰るということにした。師長室には花原だけでなく瑞島もおり、彼女はまだこれから居残って、書類関係の引継ぎなどを師長から指導されなくてはいけないのだった。

「今日はつきあえないけど、藍ちゃん、がんばってね~」

「園田さんも、おつかれさま」

 どこかげんなりした顔をして、溜息を着く瑞島藍子を視界の隅に収め、園田は師長室を出た。それから更衣室で着替え、結城医師がいるであろう部長室に足を向ける。

 中央材料室に勤める恋人の仲村哲史は、まだ手術室から上がってきていない器材があるため、居残っていた。おそらく自分が結城医師と話し終えても、その仕事が終わっているかどうかといったところだろう。

「ゆ・う・き・せ・ん・せ」

 ノックで拍子を取るようにして、園田はドアの前でそう声をかけた。すると「おう、入れ」という、何故か微妙にくぐもった返事が返ってくる。

「あ、ごはん中でしたか。これまた失礼しやした」

「ほんとにな。人がカップ麺なんか惨めにすすってる時に、具合悪くやって来るんじゃねえよ」

 そう言いながらも翼は、当然園田がそろそろやって来るとわかっていたはずでもあり――ソファの前のテーブルにはパウンドケーキとお茶受けがセットされていた。

「茶は自分で入れろよ。この部屋に来た人間は、基本的にセルフサービスで茶を入れることになってっからな。それで、おまえのちょっちある話ってのはなんだ?」

「わたし、実は先生のことが……うるうるとかいう話だったら良かったんですけど」

 園田はポットのお湯を急須に入れると、玉露入りの緑茶を飲むことにする。

「まったく、おまえときたら……瑞島と同じようなこと言いやがって。そういやおまえらふたりって、キャラ的に似てなくもないよな。花原師長の代わりに、比較的まともな神経の持ち主がやって来たって、オペ室のナースたちも喜んでるだろ?」

「それがそーでもないんすよ、旦那。花原師長はあれはあれでカリスマ性がありましたからね。みんな「頭おかしい」とか「気が狂ってる」と言いながらも、好きか嫌いかで言ったらやっぱりあの人のことが好きなんですよ。だからまあ、寂しいですよね。これからは休憩室で師長のいない時に花原さんがあーしただのこー言っただの、ストレス解消の捌け口に出来ないっていうのが」

「確かに、それがあの人のすごいとこではあるわな。自分に対して人が何か言ってるってうっすら気づいていながらも、そういう人間のことは「馬鹿な人たち」、「可哀想で愚かな下民」として処理し、自分は仕事だけ完璧にきっちりこなすっていうかさ。雁夜先生も言ってたぜ。彼女の脳味噌のどこにそういう切り換えスイッチがついてるのか、いまだによくわかんないって。あの人、仕事モードの時と休憩モードの時と、百八十度ガラッと人が変わるもんな。ま、彼はそんな花原師長のすべてを愛してるってことなんだろうけど」

(あ、この宇治抹茶のパウンドケーキ、馬鹿うま)――そう思いながら園田は、これ以上どうでもいい話を続けるのもどうかと思い、早速本題に入ることにした。

「ところで先生、院内恋愛についてどう思います?」

 この時翼は、食べ終わったカレーヌードルの上にちょうど割り箸を置いたところだった。そしてげっぷをしそうになるのと同時、園田の今の言葉だけで、彼女の用件がなんであるかに気づく。

「あ~、その話か。なんだ?もしかしておまえ、唯と仲良くなって、もしかしてあいつからなんか聞いたのか?「わたし、結城先生のことなんて嫌いなんです」とかなんとか」

「なんですか、先生。もしかして羽生さんに嫌われてるんですか?」

 これは何やら深い訳がありそうだと思い、園田はケーキにぱくつきながらにやりと笑う。

「おまえといい、中材の水原さんといい、チェシャ猫みたいな顔して笑うよな。まるで「してやったり」って感じでさ」

「しゃあないですよ、先生。今回のことは結城先生が悪いっす。ていうか、先生そんだけ格好いいんですから、もっと物事を秘密裏にスマートに進められなかったんですかって話。今のところ「可愛こちゃん」のことが噂になってるのは、ドクターたちの間でだけですよ。でもナースの間でもそれが噂になるのは時間の問題です。で、その話を聞いてわたし、貧血起こしそうになったって、今日はそのことを結城先生に言いにきたんですよ」

「なんでだ?なんで俺が唯に惚れてると、おまえが貧血起こす?」

「だーかーらー、先生ってもしかして自分が殿方としてどのくらい周囲の女子に破壊力あるか、わかっててそれ言ってます?これから羽生さん、たぶん大変ですよお。「あの結城先生の意中の相手ですって。ヒソヒソ」&無視ってとこですか。女は怖いですよ。しかも男の視界には入らないところでそういうことやりますからね」

「そっか……確かにそいつはまずいな」

 翼が不意に真面目な顔つきをするのを見て、園田は彼が本当に羽生唯に対して真剣なのだと思った。「可愛こちゃん」などと呼んでいるあたりからして、もし軽い気持ちで手を出そうというのなら、むしろ諫めてやろうとすら、園田は思っていたのだが。

「ま、おまえがどこまで知ってんのか知らんけど、俺、今唯の奴に絶賛嫌われ中なのな。そこでテンパるあまり、とりあえず周囲の野郎どもに「手を出すなよ。出したら殺す」って釘打って歩いたわけ。うーん。でもまあ、一度言っちまったもんはもう仕方ないわな。園田、おまえと江口さんとでどうにかなんねーもんかな」

「どーにかなんねーもんかなって、あっさり言ってくれますけど、たぶんもう無理ですよ。人の口に戸は立てられませんからね。それより先生、なんで彼女に嫌われてるんですか?っていうより、前から彼女と知り合いだったってことですよね。唯なんて名前で呼んでるあたりからして」

「ああ。前の病院で一緒だったんだよな。で、なんつーのかね、あいつは俺のことを男としては見てないわけ。俺もあいつのことは女として見てなかった。最初の頃はな。しかも唯の奴には彼氏ってのがいて、その彼氏ってのがある時事故起こして救急部の待合室でぎゃんぎゃん泣いたわけだ。で、俺を含めまわりにいたあいつを狙ってる医師どもは思った……あんなダサい男でいいんなら、俺たちで十分勝てるってな。ま、そーゆーわけであいつ、意外にモテちゃったりなんかするわけだ。特に草食系で真面目でムッツリスケベみたいな奴に好かれやすい。ちょうどうちの斎木みたいな奴。そんなわけで、部下と女の取り合いするわけにもいかねえから、先にちょっと言っておいたわけ。「俺の可愛こちゃんに手を出したら、おまえを出世の道から遠ざけて左遷するぞ」ってな」

「なんですか、その職権乱用。あ、先生。院内禁煙ですよ」

 イライラと落ち着かないあまり、翼は机の引き出しから煙草を取り出すと、火を点けた。(なんで俺がこんなことを園田相手に説明しなきゃなんねーんだ)と思いつつ。

「いいんだよ。つーか、ここを掃除しにくる掃除のおばさんたちも言ってたぜ。部長室の先生たちの三分の一くらいは部屋で煙草吸ってるって。火の始末さえちゃんとしてくれたら、灰皿の灰は片していってくれるって話だから、べつにいいんだよ」

「いや、そーじゃなくてわたしの肺を気遣えって話。大体先生、無理じゃないですか?羽生さんってたぶん、先生みたいな肉食タイプじゃなくて、草食系が好きそうですもん。そんで煙草も吸わなくって下戸で、ヤクザ者が絡んできても彼女を守れなくてボコボコにされて、でもそんな彼の元に近づいてきてこう言うんですよ。『守ろうとしてくれてありがとう』って」

「……園田、おまえかなりいい勘してるな」

 翼は園田の肺を気遣うでもなく、煙草の煙をふうと吐き出した。

「そうなんだよな。それが一番問題なんだよな。俺があいつのタイプではまるっきりありえないっていうのが……あーあ。こちとら毎日一生懸命汗水垂らして働いてんだぜ?なのに神さまって奴はどうしてこう残酷なのかね。俺みたいに女に飢えた哀れな男に、日頃の行いをそこそこ褒めて好きな女のひとりくらい適当にあてがえって話だよな」

「ですよね。なんにしても、了解しました。まあ、そういうことなら仕方ないっす。羽生唯ちゃんが何かトラブルに巻き込まれそうだったら、わたしと江口さんで守ることにしますから……でも先生、この貸しはでかいっすよ。それだけは覚えといてくださいね」

「なんだ?ハラミとホルモン百人前とか、そういう話か?」

(ですよねって、肯定すんなよな)と思いつつ、翼はまた煙を肺の奥まで吸いこんだ。この煙がいつかは胃癌や食道癌となって我が身に降りかかってくるであろう……などとは、彼は露ほども思わない。

「ハラミとホルモン百人前?かーっ、安すぎっ。そんなもんじゃないっすよ、結城先生。たとえて言うなら、あたしと哲史くんの整体院開設の資金&結婚費用全部負担してもらっても、お釣りくるってくらい高くつきますよって話。なんにしても、大体の筋が掴めたところでわたしは帰りますけど……ま、うまくいくといいですね、先生も唯ちゃんと。陰ながら応援しますわ。おほほ」

「うっせえ。人の恋路を笑う奴はとっとと帰りやがれ……って、そーいや園田、俺の恋の応援してくれるんなら、唯のことここに連れてきてくんねえか?あいつな、最近俺のこと、ゴミでも見るような目で見るんだぜ。いや、ゴミ以下だな。俺の存在自体があいつの中じゃ抹消されてるんだろう。しかもあの気違い師長にくっついて歩いてるもんだから、なんかだんだん似てきやがってな。「こんな馬鹿な人のことは相手にしない」、「愚かな下民」とでも俺のことを思ってんじゃねえかな」

「先生、だから一体あの子に何したんですか……」

 自宅へのお持ち帰り用として、園田はせっせとパウンドケーキを鞄の中に入れながら言った。当然ながら翼はその様子をつぶさに観察している。

「おまえ、賄賂として俺から菓子を受けとったんだから、ちゃんと自分のミッションは果たせよ。「羽生さん。結城先生が呼んでるわよ」なんて言うんじゃいかにも白々しいから、なんか用事くっつけてさ、うまいことここに来させてくれたら――マジな話、一生恩に着る」

「うーん。意外ですねえ、先生。わたし、先生が小指動かしても動かない女がいるなんて、あんまり想像してませんでしたわ。でもまあ、相手がそういう女性だから先生も好きなんですかね。そう考えるとらしいっちゃらしいけど……だって先生、性格ひねくれてるから」

「性格ひねくれてるは余計だ。なんにしても、園田。そういうことでよろしく頼まれてくれよ」

「はいはい」とどこかいいかげんな返事をし、園田美園は翼の部屋から退室した。あとには、カップラーメンのカレーの匂いに包まれて煙草を吸う、中年に一歩手前の男だけが残される。

(確かに神さまっていうのは、残酷かもねえ)と、園田はテーブルの上のお菓子を盗み、ぱんぱんになったポシェットを叩きながら思う。(だって結城先生、あーんなに格好いいし、他の女子でいいんならよりどりみどりなのに。まあ、なんにしても羽生さんって今日まだ残ってたっけ?)

 園田は手術室に取って返すと、急いで休憩室に彼女がいないかどうかと探しにいった。するとそこには園田にとっての愛しの哲史くんがいて、彼にこう聞く。

「羽生さん、どっかこのへんで見なかった?」

「ああ、彼女ならついさっき帰ったと思うけど……」

(うわー、結城先生可愛そう!運にまで見放されちゃって)

 哲史がすっかり着替え終わり、隣の自販機で買った栄養ドリンクを飲む隣で、園田は携帯の電話帖を検索すると、「つばさくん」と入力してある番号を押した。もちろん、病院内で使える携帯電話のほうにである。 

「先生、すみません。ミッションに失敗しました。なんでも、例の可愛い子ちゃんはすでに退勤したあとのようで……まあ、様子見てそのうちなんとか出来たら、また連絡します。それじゃあ」

 園田がふうっと溜息を着いて電話を切ると、哲史はゴミ箱にリポビタンDを捨てながら言った。

「みーちゃん、あんまり余計なことに首突っ込まないほうがいいんじゃないか?というより、例の可愛こちゃんについては、結城先生が自分でどうにかすればいいんであって――まわりの人間がとやこう言わないほうがうまくいくんじゃないかって気がするけど」

 休憩室にはすでに人が誰もいなかったため、哲史はそんなふうに恋人に忠告した。手術室の職員がみな言っているとおり、彼は園田ととても不似合いな容貌をしていたかもしれない。線が細く色白で、見るからに繊細な哲学者といったような顔立ちをしている。それに引き換え美園のほうはといえば、おかっぱ髪の童顔なのだが、お世辞にも美人とはいえない容姿であり、さらに性格のほうは大雑把でガサツだった。

「そうなのよ、哲史くん。わたしもオペ室内で繰り広げられる恋愛沙汰については、つくづくそう思ってるのよ。自分が関係ないことには首突っ込まず、黙って見守るのが一番ってね。けど、他の人はみんな違うわけ。あれやこれや噂して、やれものにしたらしいだのなんだの、そんな話をしたがるっていうか。で、哲史くんの耳にも可愛い子ちゃんの話が入ってるってことは……」

「ああ、その点は心配ないよ。僕がなんで知ってるかといえば、戸田さんに聞いてだから。けど、他のナースたちの間で噂になるのは、もう時間の問題なんじゃないかな。羽生さんが可哀想だよ。彼女、時々中材に手伝いに来るけど――物凄くいい人だし、他のナースたちとは全然違う感じだもの」

「えーっ、哲史くんももしかして、羽生さんの色香に惑わされてるの!?」

 ふたりはオペ室を出ると、薄暗い廊下をエレベーターに向かって歩いていった。オペ室の隣は医局であり、その先に事務室、総師長室や院長室が並ぶ廊下へと続いている。ふたりはそちらのほうまでは行かず、医局と手術室の突き当たりにあるエレベーターで一階まで下りていった。

「馬鹿だな。僕にはみーちゃんしかいないけど、結城先生が先に釘刺して歩いたっていう話はわかんなくもないって思った。あんな人、初めてだよ。水原さんがにこやかに話しながら滅菌作業する姿なんて初めて見たって、みんな言ってる」

「そうよねえ。オペ室のナースたちはみんな、出来れば中材に近づきたくないのよ。本当は時間のある時なんかに、看護師が監督がてら同じ仕事をしなくちゃいけないんだけど、器材類の滅菌に関してはうちは完璧に水原さんの支配下にあるから……まあ、あれだけ無菌状態、清潔な状態、整理整頓された環境が好きっていう人も、珍しいわよね。まさに天職というか」

「そうだね。花原師長に対してもそうだけど、少なくとも中材のみんなは水原さんのことを嫌ってはいないから。もちろん、「あの清潔好きの異常者」とか、たまに冗談で言ったりはするよ。でも、仕事だけきちんとしてたら、あとは文句を言われることもないし、ただ黙々と毎日同じ作業を繰り返せばいいんだからね」

 哲史は例外的に看護師の資格を持っているが、他に中材に十名ばかりもいる看護助手たちは、みな特にこれといった資格を持っているわけではない。それこそ医療器材の種類や名前をただひたすら機械的に覚え、手術器材のセット内容をそのとおり揃えたりするという、それが彼らの主な仕事だった。

 たとえば、手術室の器材であれば、オペ終了と同時に血まみれの状態で金属製のカートによって運ばれてくるのであるが、それらを水洗いしたのち消毒薬に漬け、再び洗浄し、乾いたものを今度は滅菌専用の機械に入れて滅菌するのである。こうして清潔になった医療器材は、再び使用可能な状態となって手術室へ運ばれていくというわけだった。

「まあ、オペ室にはみーちゃんを含め、変人が多いっていうのは事実だよね」

 一階の職員用の玄関口から外に出る時、哲史はドアを開けて美園のことを先に通しながら笑って言った。

「ええーっ!?哲史くんまでそんな、結城先生みたいなこと……わたしなんて花原師長や水原さんに比べたら、まだまだ異常度が初心者よお」

「そういう意味じゃなくさ。僕みたいに看護師の資格を持っていながら現場に出ない臆病者とつきあってくれてるんだもの。大好きだよ、みーちゃん」

「哲史くん……」

 もちろん美園は知っている。哲史が決して臆病者だというのでもなければ、看護師として適性を欠いているわけでもないということを。彼はあまりに優しすぎて繊細で真面目なため――むしろ看護や介護という仕事に向きすぎていて、逆に挫折してしまったのだ。

 そして哲史が周囲の人間関係などで悩み、軽く鬱病となった時、周囲の人間で彼を慰めてくれる者はひとりもいなかった。親でさえ、「なんのために看護学校を出たの」、「おまえには根性がない」と言って彼を責めた。けれどそんな中で唯一美園だけが彼のことをを肯定し、「べつに哲史くんのことくらい、わたしが食べさせてあげるから家でゴロゴロしてなよ」と言ってくれたのである。

 それ以来哲史は、美園のためだったらなんでもしてやろうと思い、アパートに戻れば食事の支度もしたし、彼女に得意のマッサージを施してもやるのだった。

 この日もふたりは手を繋ぎながら職員玄関から駐車場までの道を歩くと、美園の車を哲史が運転して彼女のアパートまで戻った。以前まではそれでも時々、哲史は実家のほうへも戻っていたのだが――今ではもう、美園の部屋こそが彼にとっての家のようなものだった。



 >>続く。





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