天使の図書館ブログ

 オリジナル小説サイト「天使の図書館」の付属ブログです。

動物たちの王国【第二部】-24-

2014-03-28 | 創作ノート


 今回も本文のほうがそんなに長くもないので、ゴシップガールの女子部(笑)について、少し書いてみようかな~と思ったり

 いえ、フィフスまで見て一番びっくりしたのは、セリーナが登場時と変わってないように思えるどころか、むしろ悪くなってすらいる……という終わり方だったことでしょうか

 なんていうか、下町出身だけど、イケてるあの子(笑)的扱いだったVも、最後は汚女子と化して落ちきったところでフェイドアウト……みたいな感じでしたし、これはJも大体似たような感じですよね(^^;)

 わたし的にはまあ、Vはその扱いでもいっか☆という感じではあったんですけど、ジェニーはもうちょっとどうにかして欲しかったような気がします

 男性キャスト陣に関しては、汚男子化(笑)してフェイドアウト……みたいな感じの人って、メインキャストではまあいないですよね。

 でもおにゃのこ☆の場合のみに関しては、嫉妬やら何やら色々なことが絡んで、登場時は善良そうに見えた人までがみな、汚女子化して消えていくことが多いという。。。

 いえ、そう考えた場合、ほんとドロータくらいじゃないですかね、ゴシップガールにおける良心と呼べそうな存在って(笑)

 んで、わたし何がびっくりしたって、セリーナってキャストとして名前が最初にでてくる主人公だし、セリーナとブレアに関してのみは、この汚女子化の魔の手からは最後まで逃れられるんだろうな~なんて思っていたのです。

 と、ところが、セリーナまでが堕ちるところまで落ちるだなんて……と、フィフスはほんと、後味の悪い終わり方だったような気がします

 まあ、わたしは基本的にブレア賛美者なので(笑)、彼女がチャックとうまくいってさえくれたら、他の細かいことはどうでもいい、みたいな感じであるとはいえ。。。

 でも物語の主軸として、セリーナとブレアの友情はやっぱり見どころのひとつなので、今回ばかりは流石に修復不能……と思えるところから、シックスではどうにかまたふたりの友情が復活して欲しいと思ったり。

 なんていうか、ブレアってそう考えると最初から終始一貫してキャラ的にブレてないんですよね(笑)そしてチャックのことを含めた彼女にまつわるエピソードっていうのは面白いものが多く、反面セリーナは性格がいい子すぎて脚本的にブレアほど面白いエピソードに恵まれなかったところがあるというか……そう考えるとわたし、ネイトもだけど、セリーナもキャラ的にちょっともったいなかったような気がしてます(^^;)

 まあ、ダンとつきあってる時から、「えっ!?セリーナ、なんでハンフリーなんかとつきあってるの!?」とか思ってましたけど(ブレア目線・笑)、次の彼氏のアーロンはともかくとして、アーロン以降はもう、視聴者側でも顔見たらすぐわかる感じですよね。「どうせこの男とも長いことねえな☆」みたいに(笑)

「この世界に女王はふたりいらない」――ということで、最初はこの覇権争いはセリーナが常に勝利していたわけですけど、やがて闇の女王ブレアがサンシャインバービーよりも力を持つようになり(というか、視聴者すら味方につけ・笑)、セリーナってだんだん脚本的にどう扱っていいかわからないキャラになっていったのかなあ……なんて。

 う゛~ん。なんにしてもこのあたりのことって、原作ではどういう感じで描かれてるんだろうって気になるので、そのうち時間があったらGGの原作の続きを読んでみようかな~と思ったりしてます♪(^^)

 それではまた~!!



       動物たちの王国【第二部】-24-

 一月も十日ともなると、すっかり正月気分もなくなり、もはや通常業務がえんえんと続くいつもの毎日……といった空気にK病院も包まれていたが、そんな中で新年早々不吉な事件が起きた。

 脳外科病棟に入院中の、五十六歳・男性の人工呼吸器のコンセントが抜かれていた件については、K病院としては人為的な殺人、事件というよりも医療事故として扱っていた。だが先年、まったく同様の事故が慈鷲会病院で二件も起きていただけに――マスコミは何かといえばそちらとの比較で語りたがる論調が強かった。

 そしてその<医療事故>の起きた翌週の月曜日、七階の大会議室のほうで、院長招集による緊急対策委員会が設置されたのである。当然翼も外科の部長ということで、手術の合間に顔をだすことになったのだが、今後の人工呼吸器の取り扱いについて云々というよりも、話のほうはマスコミ対策に終始していたかもれない。

 翼は笹森病院長、それに九重事務局長、宮原総師長らの話が終わると、その場に集まっていた百名近い職員の人の流れに紛れるようにして、会議室をあとにした。そしてその中に青ざめた顔をしている関口五郎の姿を見出し、何気なく彼のあとをつけるということにしたのである。

 といっても、翼は何か深い意味があって一度も話すらしたことのない、脳外科医の後をつけていたわけではない。ただ、今回の人工呼吸器云々という事件を抜きにして、翼には彼に聞いてみたいことがあった。慈鷲会病院の理事長の息子、綾瀬真治のことを直接知っていたかどうかということを……。

 関口医師は、雁夜医師が使用していた部長室を引き継いでいたため、T字状になっている廊下のところで曲がるのではないかと思われたが、彼は意外にもそのまま真っ直ぐ歩いていき、トイレを無視した上、オペ室へ通じるドアの前も通り過ぎていった。

(もしかして、館林先生の部屋にでも行くのかな)と、翼はそう思ったのだが、関口医師は喫煙室を目指していたのであった。

(こりゃちょうどいいな)

 翼は何気なさを装ったまま、関口医師に続いて喫煙室に入り、効き目などまるでないのではないかと思われる分煙機の前で、セブンスターを一本取り出した。関口医師はといえば、フィリップモリスの煙草をくわえており、翼はなんとなくおかしい気持ちになる。

 関口医師は白衣の中にトム・フォードのスーツとネクタイを着込んでいたのだが、その姿を見ているといかにも一流のエリート脳外科医といったように見えた。翼も唯もマスコミの動静といったことにはあまり興味がなかったが、それでも彼が<勤務医S>であることは、すでに病院中に知らぬ者のない噂の狼煙を上げていたため、翼も知るに及んだといったところである。

「いいカフリンクスですね」と、翼は煙草に火を点けて暫くした時にそう聞いた。関口のほうはといえば、目の前に翼の姿がまるでないかのように、外の景色を眺めていたのだが――その一言で、まるで現実世界に引き戻されたといったようにハッとしている。

「これですか。前にいた病院の理事長にいただいたものなんですよ。ジャガーなのかピューマなのか、僕にはよくわかりませんが」

 そう言って関口は、白衣の袖のあたりを上げ、純銀製のカフリンクスに一瞬だけ目を留める。

「俺の友達に、そういうカフリンクスをいっぱい持ってる奴がいるんですよ。イニシャルとか、動物の形をしたのとか、ポロの選手とか……画家で金持ってる奴なんで、車とか色々、「おくれ!」って言ったら大抵なんでもくれるんですけど、カフリンクスのコレクションだけは絶対譲ってくれないっていう変な奴でね。もしかしたら先生も知ってるかな。うちの病院のロビーなんかに飾ってある絵を描いた奴なんだけど……」

「ああ、時司要さんですか。僕も廊下を通りすがりによく見てますよ。十三階の特別病棟のロビーに、<クロートー、ラケシス、アトロポス>っていう絵が飾ってあるじゃないですか。本当はあの三人は老婆として描かれるべきなんでしょうが……三人とも美少女として描かれているのが不思議ですよね。まあ、運命の紡ぎ手ということは、時を紡いでもいるわけで、そういう意味ではおかしくもないのでしょうけど」

 翼は葛城医師より昔借りたことのある、<ファイブスターストーリーズ>という漫画のことを思いだしていたが、関口医師のインテリジェンスの高さに合わせて、そのことは黙っておいたほうがいいのだろうかと思う。なんにしても翼は、唯が関口医師を評して「手術の腕のいい、礼儀正しい感じのお医者さん」と言っていたことを考え合わせ、彼が全体的な雰囲気として見ても「良い人間」なのではないかといった印象を、この時受けていた。

「そのカフリンクスをくれたのって、もしかして綾瀬威彦理事長先生っていうことですか?」

(結局、そのことが聞きたかったのか)とばかり、関口がさっと顔色を変えて出ていくかと思いきや、意外にも彼は平静なままだった。

「ええ。僕の恩師にあたる先生なんですよ。綾瀬先生がいればこそ、今の僕があるといっても過言でないほどの……今回の一連の事件で先生、すっかりお体のほうを悪くされてしまいましてね。何より息子さんの死亡事件が一番堪えたのでしょう、僕もどういったらいいか、病院の面会室で言葉もありませんでした」

「そうですか。実をいうと俺、昔医大の救急部に在籍していた時に、その息子さんのことを少しばかり教えたことがあるんですよ。まあ、教えたなんて言っても、短い期間、先輩医師として多少指導に当たったという程度なんですが……テレビのニュースで殺されたと聞いた時、正直なところさもありなんと思いましたね。彼のあの医師としての性格では、患者に刺し殺されても無理はないというか……それで、少し知りたいなと思って。あのあと綾瀬の奴は、医師として腕が少しはマシになったのか、人間として成長できたのかどうかってことを」

「彼にも、そんなふうに気にかけてくれる人がひとりはいたんですね。そのことを僕は嬉しく思います」

 関口が突然しんみりしたので、翼も彼に合わせて暫く黙ったままでいた。関口はフィリップモリスの煙草を何度か吸い、それから煙草を吸いながらしていいような話じゃないと思ったのか、揉み消して、言を継いだ。

「その……真治くんはもう亡くなってしまったわけですし、何をどうしようと彼の命が戻ってくるわけでもない。結城先生もおそらく、マスコミがあれやこれと書き立てている記事をお読みになって、ご存知のことでしょうが――」

「いや、あいつらの言うことなんて眉唾ものですよ。それに、関口先生も同じ医師としておわかりでしょうが、俺たちは毎日忙しいですからね。その合間にちょっとテレビのニュースなんかで見て、大体の事件の経緯を知ってるって程度であって、俺には綾瀬の奴が本当はどんな人間だったかなんて、今となっては皆目見当もつかないような気がしてます」

 翼の言う、マスコミが書き立てた事件のあらましというのは、大体こういったところである。綾瀬真治が死亡した患者家族に刺されたのは、昨年十月の二十一日のことであった。彼はキャバクラ帰りで酔っていたせいもあり、自分が後ろからつけられているとも知らぬまま、文字通り滅多刺しにされていた。路地裏のゴミ箱が並んだあたりでの出来事で、その近くをねぐらとしていたホームレスが発見し警察に通報。救急病院に搬送された時にはすでに、心肺停止状態であったという。最初、マスコミの論調というのは綾瀬真治に対し、非常に同情的なものだったのだが、容疑者が逮捕され、事情が徐々に明らかになるにつれ、慈鷲会病院に対する不審とバッシングの嵐は、一向に収拾がつかないまま、次々現れる証言者によって日々強まっていくという結果になったのである。
 
「彼は、僕の目にはずっと気の毒な青年に見えていましたよ。というのも、彼の姉の綾瀬真希というのが、僕の女房なものでね。僕が彼女の家で真治くんに会ったのは、彼が中学二年生くらいの頃だったかな……友達が何人か家に来ていたと思うんですが、支配する側とされる側というか、何かそんな感じで、本当の友達といった雰囲気ではまるでなかった。でも彼にとってはそれが<友達というもの>であるといったように、何か勘違いしているのが、なんとも気の毒だったというか」

「綾瀬の奴、姉貴がいたんですか。俺はてっきり、あいつはひとりっ子で親に甘やかされ放題のお坊ちゃんだったのかとばかり思ってたんですが」

「いや、当たらずも遠からずかな。彼女はいつも僕に言ってましたからね。自分は綾瀬の家では透明人間だって。父親も母親も跡継ぎとしての彼に期待していて、真希のことはほとんど目に入っていないような状態でしたから。でもあの家の中で一番まともなのは、彼女だけだったんじゃないかな。真希と真治くんのお母さんは、娘にも英才教育を施したんですが、真治くんみたいにはうまくいかなくてね、彼女には髪を茶髪にしてピアスをするといった反抗期もあったものの、真治くんにはそれがなかった。家の中ではいつもいい子で、外では悪になるというジキルとハイドみたいな子だって、真希はよく言ってましたっけ」

 関口は喫煙室にある、縦に細長い嵌め殺しの窓から、訪問看護ステーションや老人福祉施設といった建物を見て、独り言を続けるように言う。

「中学、高校、大学と、少しずつ成長していく彼のことを外から見ていて僕が思ったのは、彼が親から外堀をすべて埋められて、真綿でゆっくり首を絞められていくという姿でした。そういう意味ではね、残酷な言い方をするようですが、彼のことを殺したのは御両親かもしれません。自分の息子の都合のいい姿だけをフィルターを通してみるのではなく、真実のどうしようもなく悪い彼の姿を直視すべきだった。もっとも、僕自身もあれこれ人のことは言えませんがね。何故といって綾瀬の家の長女を嫁にもらっておきながら、「変な家族だ」と遠巻きに見るだけで、あの家族が行き止まりにぶち当たるまで、実際のところ何もしなかったんですから。あの人たちはふたりとも優秀な医者で、娘のことも息子のことも医者にするのが夢だったんですよ。で、娘のほうはどうも学業成績がよろしくないということで、息子にだけ期待をかけた。言うなれば最初の設定値が間違っていたんでしょうが……真治くんは明らかに医者向きの人間ではなかったんですよ。というより、あの時あの瞬間までバレなかったことのほうが、今となってはほとんど奇蹟に近かったとすらいえるでしょうね。僕も、手術室の看護師から忠告されてはいたんですよ。「先生、こんなことをしていたらいずれ世間にわかります。綾瀬先生の義理のお兄さんでもあるんですから、どうにかしてください」って。けど、僕は逃げました。だって、脳外科医として通常の業務をこなすだけでも、僕には一杯一杯でしたから……それ以上の面倒を背負いこめと言われても土台無理な話だったんです。僕は自分の義理の父である理事長に頼んで、義理の弟とは別の系列病院へ異動することにしました。本当に、心からほっとしましたよ。もうこれで悪者の片棒担ぎみたいなことからは解放されるんだと、そう思って……」

 関口の声は震えていた。だがその、悪者の片棒担ぎという言葉の意味がわからず、翼は眉をひそめる。翼の知る限り、今までの報道では綾瀬が手術ミスをして死に至らしめた患者はひとりふたりではないということだった。もっとも、マスコミの報道は被害者側の話がメインであり、医療的な精査を踏まえてのものではない。だが、関口の今の様子から見て、何やらよからぬ隠蔽工作が行われていたことだけは確かなようである。

「いえ、裁判の公判のほうはまだなんですが、いずれ僕も出廷することになるでしょうし、そしたらすべては白日の下に晒されることになるんですから……今結城先生にお話しても同じことでしょうね。また、先生があのハイエナのようなマスコミ連中にこの話をお売りになりたければ、そうなさってくださって構いませんし……」

「いや、俺はあんな屍肉を食らうのが趣味っていうような連中は大嫌いなんで、その点は心配入りませんよ」

 翼のこの言葉に安心したというよりは、むしろ不審の念を募らせたといった眼差しを関口はしていたかもしれない。だが、もはやどちらでも構わないのだといったように首を振ってから続ける。

「真治くんは綾瀬脳外科病院では、一例の手術をも行いませんでした。すべて、僕と――もうひとりの脳外科医が交代で彼の担当患者の手術を行っていたんです。つまり、本当は殺されるべきだったのは、僕かもうひとりの脳外科医のほうだったんですよ。真治くんのことを刺したのは、僕が手術した患者の家族ではなかったんですがね……連帯責任ということでは、僕も同罪です」

 翼は二本目の煙草に火を点けるところだったのだが、驚きのあまり、煙草を指から取りこぼしていた。

「てことは、綾瀬は本当は、マスコミが騒いでいるような殺人鬼じゃないってことですよね?そのこと、彼のお父さんは……」

「もちろんご存知ありません。何故といって真治くんは、お父さんのためを思ってこそ、なりたくもない脳外科医になり、病院の手術成績を上げようとしていたんですからね。三つ子の魂百までというのか、彼は父親に自分のしていることがバレないためなら、おそらくどんなことでもしたでしょう。いずれわかることとはいえ、名前を言うことの出来ない脳外科医の腕がいまひとつだった点は確かに否めません。けれど、そんな人間でも真治くんには影武者として必要だったんですよ」

(おかしな話だ)と、翼は床に落ちた煙草を屑入れに捨てながら思う。(てっきり俺は、自分にとって都合の悪いことをカルテを改竄するなりなんりして、隠蔽していたのかとばかり思っていたが……指が震えてろくに手術すら出来ないのをパパに知られたくないための犯罪だったとはな)

 無論、この指が震えて云々というのは、翼の勝手な想像ではある。だが綾瀬真治が脳外科医となる過程でひとりふたりの患者は間違いなく実験台よろしく亡くなっているのではないかという気がして――翼は空恐ろしくなった。

「僕が真治くんのことを気の毒だと思うのは、何よりもその点かもしれません。確かに真治くんのお父さんは厳しくて恐い人ではある。けれど、話をしてわからないというような石頭ではなかった。彼はただ一言、勇気をだして父親に言えば良かったんですよ。『僕は外科医には向いてません。お父さん、ごめんなさい』って」

「じゃあ綾瀬の奴は、自分がしてもいない手術のことで患者に刺されて死んだっていうんですか?」

「そうです。もちろんこれから、色々なことが裁判を通して明らかになるでしょう。おそらく、そうなればなったで、今まで真治くんが手がけていたと思われる手術がそうでなかったわけですから――にも関わらず、彼は患者たちから「ありがとうございます、先生」と感謝の言葉を受け続けていたのかと、その点に非難が集中するかもしれない。けれど、僕の見る限り……そのことで彼は相当苦しんだし、悩んだと思いますよ。それに、手術がうまくいかなかった時でも、担当医は彼なんですから、あれやこれやと苦しい言い訳をしなくてはいけない。僕が思うにはそういう時に患者サイドではかなりの怪しい気持ちや不信感を抱いたのだと思います。もちろん、僕も真治くんに頼まれて彼の名前で執刀した時点で、共犯者として同じ穴のムジナといったところではありますがね」

 ここで関口は、懺悔をして少しばかり心が軽くなったというように、深く嘆息した。そして「さてと」と言って、喫煙室の緑色の椅子から立ち上がる。

「結城先生はフィリップモリスなんて、お好きですか?」

「べつに、嫌いではありませんが……」

 関口は「じゃあこれ、あげます」と翼に十本以上まだ詰まっている煙草を箱ごと渡した。そして関口は翼の前から去っていったのであるが、そのフィリップモリスの煙草のパッケージを見ているうちに、なんとなく嫌な予感がして、自分の部屋へ戻るなり、翼は内線で精神科に電話した。

「あ、田所先生ですか。外科医が精神科医に一体なんの用ですかって言われても……外科医だってたまには落ち込むってことがありますよ。冗談はさておき、ちょっと頼まれてくれませんか?脳外科の関口先生のことなんですが、俺の見たとこ、様子がちょっと危険だと思いましてね。ええ、そのマスコミがあれこれ言ってる<勤務医S>ってことも含めて……田所先生もお忙しいでしょうが、自殺のサインというか、そういうのを若干感じたもので……」

 精神科の田所部長が「チェッ、しょうがないなあ」と渋りながらも、少し様子を見がてら話を聞いてみましょうと言ってくれたことで、翼はほっとした。これは単に翼の心象的なことではあるのだが、関口の言った「さてと」という言葉と、十本以上残ったフィリップモリス、それに彼が最後に懺悔して心が軽くなったというような顔をしたことが――なんだか気にかかったのである。

 これは翼がR医大の救急部にいた頃、精神科ERの保科に聞いたことなのだが、いかにも見た目が暗そうで鬱々として見える患者よりも、実にはつらつとして健康そうな上、スポーツもばりばりやりそうに見える人間のほうが――鬱病にかかった場合、救いようがないほど重い沼に嵌まることがあるという。

「鬱病?そんなのは弱い人間のかかる病気であって、自分は強い人間だから関係がない……みたいに生きてきた人が一度鬱病になると、見た目いかにもな患者より、案外ひどいことになるんだよね」

 関口の見た目が「いかにも」なスポーツマンであり、精悍な体つきをしているのを見て、むしろ彼のような人間こそが、内面に悩みを抱えた場合、意外にも折れやすいのではなかろうかといった印象を、翼は受けていたのである。

(まあ、俺の気のせいであってくれればいいんだけどな)

 そう思いながら翼は、手術室へ戻りかけて――ふと、部屋に置かれたものの配置が、微妙に狂っている印象を受けた。どこがどう、というのは説明出来ないのだが、何かがちょっとずつミリ単位で狂っているとでもいったらいいだろうか。

 翼は反射的に、コート掛けのコート、小さな流しの上の髭剃り、マグカップやポットに急須といった茶器類、医学書の詰まった本棚、サイドボード上のテレビ、マホガニー製の机、照明、ブラインド……といったように視線を走らせたが、特段朝と変わったところは何もないように見える。

「俺の気のせいか。ま、俺も関口先生のことをあれこれ言えんわな。実際結構疲れも溜まってるし……」

 そんなふうにぼやきながら、翼はオペ室の第十手術室へと向かったのだが――<ダ・ヴィンチ>に関する論文を収めたUSBがなくなっていることに彼が気づくのは、この日の夕刻のことであった。

          

 手術支援ロボット、ダ・ヴィンチに関する論文がなくなったと気づいた時、翼が真っ先にしたのは笹森病院長のいる院長室へ電話するということであった。

「ええ。あとで自宅の書斎からひょっこり出てきた……みたいな話であればいいんですけどね。でも俺、間違いなくいつもと同じ机の引き出しに保管してたので。鍵?そんなものかけてませんでしたよ。部屋の鍵はかけてましたけど、机には鍵までかけてませんでした」

『じゃあまあ、ちょっとした泥棒探しをすることになるね。もっとも、そう大っぴらにやるわけにもいかないが……そういえばさっき、精神科の田所くんから電話があって、関口君には暫く休暇を取ってもらうことにしたよ。「マスコミがあれこれ騒いでいるからですか?」って言われたから、結城先生が関口君が死ぬんじゃないかと心配したそのせいだと伝えたら……彼、相当びっくりしたらしい。というのも、近頃どうやって死のうかと、そういう考えが時折頭を掠めることがあるということでね。君にお礼を言っておいてくれということだった』

「そうですか。まあ、論文に関してはバックアップを取ってあるので、特に問題ないんですが、データなんかは全部この病院で取ったものですし、内容的に学会を震撼とさせる斬新なことをテーマにしてるってわけでもないんですよ。ただ、『<ダ・ヴィンチ>で今までこれだけ手術して症例ケースを重ねたよ。それであーだったよ、こーだったよ』っていうような、そんな程度のものなんですが。だから、むしろあんなの盗んでどうすんのかな、みたいな……」

『そりゃわからんさ。結城先生にとっては「その程度」でも、君をライバル視しているような連中にとっては、結城君がどんな論文を次の学会で発表するのか、そんなことが気になったのかもしれない。君も知ってのとおり、女の嫉妬などよりインテリ男のそれのほうがよほどねばっこくて、尾を引くものだからね』

 ここで翼は、コーヒーのマグを片手に持ったまま、明るく笑った。

「いえ、今俺が論文データの紛失に絡んで院長に電話したのは、なんつーか、自分の保身のためとかそういうことじゃないんですよ。単に、そういうものが盗まれたってことは、他の先生も同じような目にこれから合う可能性がゼロパーセントじゃないですよね。とりあえず、医局のドアのナンバーは変えたほうがいいのかなって、そう思ったもんですから」

『確かにそうだね。結城君、ご忠告ありがとう』

 ――笹森病院長は、電話を切ったあと、あらためてまた不思議な気持ちになる。笹森は心臓外科医として、三十年以上勤め上げたキャリアを持っているのだが、出世欲のない男になどおよそ出会った試しがない。だが結城翼の場合、外科医としてあれほどの腕がありながら、そうした野心が本当にほとんどないらしい。

(わたしがもし、自分の書いた論文データがなくなりでもしたら――目を血走らせて、今ごろ周囲に当たり散らしていたかもしれないがな)

 そして、あいつが盗んだに違いないだのと周囲に疑いをかけ、ライバルの名前を指折り数えていただろうと、笹森はそう思っておかしくなった。

(関口君のこともそうだが、本当に不思議な男だ。見た目、ちょっとばかりホストっぽく見えるのが玉に瑕とはいえ、あれでなかなかどうして、わたしも含め周囲の人間には好かれるらしい)

 笹森は再び電話の受話器を取ると、事務局長の九重と話をし、結城先生の論文データが盗まれた件について話した。それから、医局のロックを開錠する際のナンバーも変更するよう指示し、マスコミへの対応について今一度確認を取りあう。「慈鷲会病院のように、事実を隠蔽しようとすると逆に墓穴を掘ることになる。そうではなくむしろ精細な調査が済み次第、すべての事実を明るみに出してこそ、病院は患者からの信頼を保てるだろう」といったことを……。



 >>続く。





最新の画像もっと見る

コメントを投稿