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【ひばりのいる麦畑】フィンセント・ファン・ゴッホ
今回で第一部は最終回です♪(^^)
まあ、時間の流れとしてはこの次にカルテット(詩神の呼ぶ声)→手負いの獣→太陽と月に抱かれて→動物たちの王国【第二部】といった感じです。
第二部のほうが第一部以上に長いので、自分としても「本当にこれ、終わるのかな
」とすら思いますが、ちょっと書きたい短編が4~5編溜まってるので、順番に片付けていこうと思った場合、第二部はなんにしても先に終わらせなくちゃな~というか![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0200.gif)
この短編集に翼は全然関係ないですけど(笑)、そのうちの一篇は植物状態の方について、わたし個人の考え方として一番近いものが含まれてるので、必ず書こうとは思っています。
というか、実は動物~を書く前にそっちのお話を半分くらい書いてて、引越しとかなんとかしてるうちに一旦中断して、そうこうする間に動物~のほうを先に書きたくて仕方なくなっちゃったんですよね![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0163.gif)
なのでまあ、その短編を先に上げておいたほうが、微妙に誤解がなくて良かったのかなとは思うものの……お話の勢いでこっちのほうが勝ってしまったのはなんとも致し方ないというか(笑)
どうでもいいことなんですけど、引っ越して来た先のマンションではやたら救急車が♪パーポーパーポー走っていくのでなんとなくビビっています(^^;)
最初はあんまり気にしてなかったんですけど、たぶん一日平均して昼夜を問わず5~6台は♪パーポーパーポーいってたり、「救急車が通ります。道をあけてください」的アナウンスが聞こえたり……割と大きな通りみたいのが目の前にあるといえばあるんですけど、救急病院への通り道になってるのかどうか、よくわかんないんですよね![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0041.gif)
というのも、近くにそういう医大病院とか大きな病院があるってわけでもないので、あの救急車は一体どこへ行くのだらう
といつも不思議になるというか(^^;)
なんにしても、そのたびに「こんないいかげんな小説書いてていいんだろうか☆」と思ったものでした。救急車には当然、救急救命士の方や一刻を争う事態の患者さんが乗っておられると思うので、そうした現実的なことを考えると、小谷美紗子さんの『自分』という歌の歌詞を久しぶりに思いだしたり。。。
>>救急車が走ってる。どこかで誰かが苦しんでいるのに、ah、わたしは……。
その人の家族は心配だろう、今ごろ家を飛びだして大変だろう。
こんなことを気にしていてもきりがないよと片付けた。
これもまたたまたま偶然なんですけど、わたしが某病院で看護助手をしていた時、有給を使って休んで、小谷美紗子さんのシークレットライブに行ったことがありましたっけ(笑)
今となっては、なんだかとても懐かしい、わたしにとってはいい思い出です♪(^^)
それではまた~!!
↓『嘆きの雪』。この曲も冬になると何故か不思議と思いだしてしまう名曲です![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0146.gif)
動物たちの王国【第一部】-25-
そしてとうとう、翼がR医大病院の救急部を退職する日がやって来た。翼はこの前日、ちょうど夜勤に当たっており――いわゆる「さよなら」の儀式というのだろうか、そういうものはナースの休憩室で深夜と明け方の間に済ませておくということになった。
というのも、夜勤帯の看護師たちがケーキやオードブルやお菓子を用意して、ちょっとした「お別れ会」のようものを開催してくれたからである。
「だってさ、結城先生。そういう飲み会みたいなものは絶対やらないでくれって言うんだもん。いつもなら三次会くらいで終わるものも、五次会六次会と続いちゃあ、次の日の勤務に差し障りがでるだろうからって……」
「そりゃそうだろう、藤森。いつも忘年会とか新年会のあった翌日、最後まで残ってた連中は三時とか四時まで飲んでて、そのあとそのまま日勤の仕事してたんだぞ。誰かが誤診したり医療ミスなんぞ犯した日には、それは全部俺のせいだってことになっちまう」
この日、翼にとって何より嬉しかったのはもしかしたら、偶然にも羽生唯が自分と同じ夜勤に当たっていたことかもしれない。もっとも彼女はこういう場所であまりしゃべるほうではないし、自分にしてももっぱら鈴村や藤森といった他の看護師を相手に話すことにはなるのだが。
けれど、狭いナースステーションの一番端に座る唯の隣に腰かけると、翼はそれとなく自然に彼女のことを眺めながら食事をしたり、看護師たちと笑い話をするというだけで楽しかった。
――この日の夜、翼が夜勤の看護師八名ほどと話したのは、そのほとんどが他愛もないことばかりだった。まず、クマちゃん先生こと茅野正がいた時代のことにはじまって、翼が彼に見出されて医者としての腕をメキメキ上げていったこと、これもまた定番となるが、翼の髪の毛が茶色いのは何故かということや、昔病棟であったちょっとした事件、特に印象に残っている患者のエピソードなどなど……話は尽きるということがなかった。
「ほら、羽生さん。せっかく結城先生の隣にいるんだから、ウーロン茶でも注いでおあげなさいよ」
気の利かないホステスをママが叱りつける時のように、鈴村が笑いながら注意を促す。
「すみません、全然気がつかなくて……」
唯が氷を入れたグラスにウーロン茶を注ぐのを眺めながら、翼はただ優しく彼女のそんな動作を見守っていた。これがウィスキーでないのが本当に残念でならない。もしそうであったなら、翼は酒の勢いに任せて、冗談にせよ、こう言うことが出来たに違いない。「おい、唯。おまえ今晩あたり俺とふたりきりになってみるか?」とでも。
「そうよねえ、ほんと、こんなどっかから借りてきた猫みたいな子、どこぞのオオカミはなんであんなにいじめたのかしら。羽生さんがどうにか自力で生き残ってくれたから良かったけど、今にしてみたらあれって、実は結構立派ないじめだったんじゃない?」
「それを言うなって、リンリンさん」と、ウーロン茶で酔ったような振りをして翼が言う。「前にも言ったけどさ、俺はその種の勘を外したことがほとんどないんだって。けど、こいつの場合は唯一外したのな。だって、意識レベル三百の患者に対して「先生、お食事どうしましょう」とか、そういう聞き方してくるんだぜ、こいつ」
突然自分に話を振られ、唯は真っ赤になって弁解した。意識レベルが三百というのは、ようするにこちらがつねろうがひっぱたこうが反応しない、昏睡状態にある患者の意識レベルである。
「そ、それは違うんですっ。その患者さんっていうのが、腎不全の患者さんで……そうなると腎不全用の経管栄養っていうことになると思ったもんですから。結城先生が言っているのとは意味が全然違うんですっ」
「だよなあ。けど、俺そういう時につい思わず言っちまうんだよな。『おまえ、挿管入ってる患者にどうやってメシ食わすつもりなんだ』って。べつに俺だって意地悪で言ってるんじゃないぜ。忙しい時に怯えながら突然そんな言い方されると、ちょっとイラッとするとか、そんな程度のことだからな。でもまあその後だんだんわかってきたわけ。こいつは確かに頭の回転はノロいし、動作もトロい。けどまあ、ほんのちょっと待ってやって話を聞いてやりさえすれば、それなりにまともな仕事は出来るらしいってな」
「そうよねえ」と、鈴村が笑って相槌を打つ。「あんたほんと、最初の頃はひどかったもんね。羽生さんが勇気をだして「ゆ、ゆ、結城先生」なんて話しかけたりすると、「な、な、なんですか。は、は、羽生さん」とか、明らかに馬鹿にしたような返事してたし」
「だからもう、そーゆー過去の話はすんなって」
翼は自分のためにというよりは、真っ赤になっている唯が可哀想になってそう言った。すると藤森が突然、翼の上腕二等筋が見たいなどと言い出す。
「こんなもん見て、おまえ一体どうすんだよ」
それでも翼が白衣を脱ぐと、看護師たちの間からはお約束のように歓喜の声が上がる。
「だってさー、結城先生がいなくなったらもうこれ二度と見れないんだよ。あたし、背丈の関係もあるんだけど、救急処置室で先生の横になると二の腕のあたりがちょうど目に入ってくるわけ。でね、いつもそのたんびに思うんだー、『どんな患者がやって来ようと、結城先生さえいれば大丈夫!』みたいに」
その頼りになる先生が、明日からはいない……そう同時にみな思い、看護師たちは一瞬しんとなった。
「おい、そういう湿っぽいのが嫌だから、俺はお別れパーティみたいのは絶対嫌だって言ったんだぞ。さて、そろそろ俺は仮眠室でちょっと休ませてもらうとするかな」
「今だって十分休んでるんじゃないよー!!」
藤森がそう言って翼の白衣の裾を掴んで引き止める。
「へへへ。旦那、悪いようにはしやせんから、もうちっとだけこのナースの休憩室にいておくんなさいって」
「ったく、しょうがねえな。もうちょっとだけだぞ、藤森」
「それでこそ結城先生!!」
もう一度再び休憩室は明るい雰囲気となり、今度は何故か結城医師の好きなところをひとりひとりが述べていくということになった。
「えーっと、やっぱり顔?」などと、翼の内面のほうが好きな三枝が、照れ隠しにそんなふうに言う。
「いやいや、美穂ちゃん。結城先生は顔じゃないでしょ!!」
大島みどりが、大声でげらげら笑った。
「第一その言い方だと、結城先生、なんかまるで顔以外取り柄ないみたいだし」
「あたしは上腕二等筋」
これは言うまでもなく、藤森奈々枝。
「そうだなあ……あたしは髪の毛かな」
「なんだよ、リンリンさん。それじゃ俺がもし将来ハゲたら、もう人間として値打ちないみたいな言い方じゃねえか」
「いやいや、そういう意味ではないって、結城くん。あんた、黒と茶色が程よくブレンドされつつ茶色っていうよーな、いい髪の色してんだもん。だからこれはそういう意味」
「あっそ」
その後も翼の広い背中だの、胸筋と腹筋だの、翼としては「いつまで続くんだ、この話」といったどうでもいい会話が続いた。けれど、最後に唯の番がまわってきた時――流石に翼も少しばかりドキリとしたかもしれない。
「えっと、なんかもう大体出尽くしちゃった気がするんですけど……でもわたし、強いて言うなら結城先生は頭の形がいいと思います」
「強いて言うならだと?唯おまえ、言ってくれるな」
まわりにいた看護師たちが、どこか面白がるような顔をして、ふたりのやりとりを眺めやる。
「違うんです、結城先生。そういう変な意味じゃなくて……後ろとか横から見ると、結城先生、卵型っていうか、縦に楕円形みたいな、本当にいい頭の形してるんですよ。それでわたし、いつも結城先生の頭の形を見ながら思ってたんです。だから先生、あんなに頭の回転が速くて、テキパキしてるのかなあって」
「ふうん。ようするにおまえ、アレだろ。俺の頭の形を見ながら、まずはアウストラロピテクスのことを思い浮かべ、次にペキン原人やジャワ原人、それからネアンデルタール人の姿を連想したりしてたんじゃねえのか?で、最後に現代人=結城先生みたいな、進化の最終形態が俺ってことだろ」
「あ、もしかしたらそうかも……」
あくまでも唯が真面目な話として続けるのがおかしくなり、まわりにいた看護師たちはみな吹きだしてしまった。
「やったわよ、羽生さん!あなた、とうとう最後にこいつから一本取ってやったじゃないの!!」
「ったく、その話の流れでいくと、結局俺は原始人の仲間みたいじゃねーか」
「いよっ、ホモサピエンスの代表!!」などと、藤森が訳のわからない掛け声をかけるが、唯としては何かまずいことを言った気がして、気恥かしくなっていた。
――なんにしても、その日運ばれてきた重症患者を尻目に、こんなふうに明るく翼の最後の夜勤の夜は白々と明けていった。
翌朝、日勤の看護師たちはもちろんのこと、夜勤が終わった看護師たちも全員居残って、またその日非番であったはずの及川部長も顔を見せ、翼はR医大病院救急部のみんなから温かい声をかけられつつ、退職の時を迎えていた。
翼に最後、花束を渡したのは羽生唯だったが、それは鈴村が「あなたが一番お世話になったでしょ」と言い、彼女に与えた役目だった。
この時、唯の目にも藤森奈々枝の瞳にも、三枝美穂子のそれにも、また他の看護師たちにも涙があった。また、翼の後輩医師たちもある種の感慨に胸を詰まらせ、「本当にありがとうございました」、「お世話になりました」と、頭を下げたり握手したりした。
(だから俺、こういうの苦手なんだって)
翼は及川部長と最後に目があうと、彼からは握手だけでなく、がっしりとした男同士の抱擁までも受けていた。
「おまえなら、どこへ行ってもやっていけるだろうが……それでも何かあったら遠慮なく電話の一本でも寄こすんだぞ。俺に出来ることなら、なんでもしてやるから」
――もうそれ以上のことは言葉にならなかった。翼は最高の恩師のひとりから離れると、何故かこれから医師としてひとり立ちするような気持ちで、熱い胸を抱えたまま、病院の廊下を歩いていった。
それから病院の地下にあるロッカーで着替え、蓮見院長に挨拶し、玄関口で羽生唯への思いを断ち切るように、手に持っていた花束を掃除婦の女性に渡したのである。
「あら、先生。わたし花束なんて、主人からだってもらったことないですよ」
翼にはもちろんよくわかっていた。このせっかくの別れの花束を一掃除婦の女性が大切そうに持っているの見たとしても――救急部の人間は誰も、自分に対して悪く思うことはなく、むしろ「結城先生らしい」といって笑うだろうということが。
そして最後に及川部長だけでなく、鈴村、藤森、三枝、大島、羽生唯……それに栢山や大河内や堺、他の研修医の顔などを思い浮かべると、以前鈴村の言っていた言葉が脳裏に甦ってくる。
『あんたがいてくれるだけで、どんなに助かったか、心強かったか、それはあんたが自分で思っている以上にそうなのよ』
だが今、翼はこう思う。むしろ自分のほうこそが――誰より周囲の人間に甘え、支えてもらい、大切にしてもらったということを。それはもしかしたら、患者を含めた<病院>という環境に自分のほうこそが恵まれ、愛してもらったということなのかもしれなかった。
このあと翼はすぐ、どこか高揚した気分のまま、親友で画家の時司要に携帯から電話をすることにした。翼の恋愛的な意味での心の砂漠化はひどいものがあり、彼は別の意味ではまったく満たされぬまま、飢えた状態のままでR医大病院を去ってもいたからである。
>>『動物たちの王国【第二部】』へ続く。
今回で第一部は最終回です♪(^^)
まあ、時間の流れとしてはこの次にカルテット(詩神の呼ぶ声)→手負いの獣→太陽と月に抱かれて→動物たちの王国【第二部】といった感じです。
第二部のほうが第一部以上に長いので、自分としても「本当にこれ、終わるのかな
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0163.gif)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0200.gif)
この短編集に翼は全然関係ないですけど(笑)、そのうちの一篇は植物状態の方について、わたし個人の考え方として一番近いものが含まれてるので、必ず書こうとは思っています。
というか、実は動物~を書く前にそっちのお話を半分くらい書いてて、引越しとかなんとかしてるうちに一旦中断して、そうこうする間に動物~のほうを先に書きたくて仕方なくなっちゃったんですよね
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0163.gif)
なのでまあ、その短編を先に上げておいたほうが、微妙に誤解がなくて良かったのかなとは思うものの……お話の勢いでこっちのほうが勝ってしまったのはなんとも致し方ないというか(笑)
どうでもいいことなんですけど、引っ越して来た先のマンションではやたら救急車が♪パーポーパーポー走っていくのでなんとなくビビっています(^^;)
最初はあんまり気にしてなかったんですけど、たぶん一日平均して昼夜を問わず5~6台は♪パーポーパーポーいってたり、「救急車が通ります。道をあけてください」的アナウンスが聞こえたり……割と大きな通りみたいのが目の前にあるといえばあるんですけど、救急病院への通り道になってるのかどうか、よくわかんないんですよね
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0041.gif)
というのも、近くにそういう医大病院とか大きな病院があるってわけでもないので、あの救急車は一体どこへ行くのだらう
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0163.gif)
なんにしても、そのたびに「こんないいかげんな小説書いてていいんだろうか☆」と思ったものでした。救急車には当然、救急救命士の方や一刻を争う事態の患者さんが乗っておられると思うので、そうした現実的なことを考えると、小谷美紗子さんの『自分』という歌の歌詞を久しぶりに思いだしたり。。。
>>救急車が走ってる。どこかで誰かが苦しんでいるのに、ah、わたしは……。
その人の家族は心配だろう、今ごろ家を飛びだして大変だろう。
こんなことを気にしていてもきりがないよと片付けた。
これもまたたまたま偶然なんですけど、わたしが某病院で看護助手をしていた時、有給を使って休んで、小谷美紗子さんのシークレットライブに行ったことがありましたっけ(笑)
今となっては、なんだかとても懐かしい、わたしにとってはいい思い出です♪(^^)
それではまた~!!
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↓『嘆きの雪』。この曲も冬になると何故か不思議と思いだしてしまう名曲です
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動物たちの王国【第一部】-25-
そしてとうとう、翼がR医大病院の救急部を退職する日がやって来た。翼はこの前日、ちょうど夜勤に当たっており――いわゆる「さよなら」の儀式というのだろうか、そういうものはナースの休憩室で深夜と明け方の間に済ませておくということになった。
というのも、夜勤帯の看護師たちがケーキやオードブルやお菓子を用意して、ちょっとした「お別れ会」のようものを開催してくれたからである。
「だってさ、結城先生。そういう飲み会みたいなものは絶対やらないでくれって言うんだもん。いつもなら三次会くらいで終わるものも、五次会六次会と続いちゃあ、次の日の勤務に差し障りがでるだろうからって……」
「そりゃそうだろう、藤森。いつも忘年会とか新年会のあった翌日、最後まで残ってた連中は三時とか四時まで飲んでて、そのあとそのまま日勤の仕事してたんだぞ。誰かが誤診したり医療ミスなんぞ犯した日には、それは全部俺のせいだってことになっちまう」
この日、翼にとって何より嬉しかったのはもしかしたら、偶然にも羽生唯が自分と同じ夜勤に当たっていたことかもしれない。もっとも彼女はこういう場所であまりしゃべるほうではないし、自分にしてももっぱら鈴村や藤森といった他の看護師を相手に話すことにはなるのだが。
けれど、狭いナースステーションの一番端に座る唯の隣に腰かけると、翼はそれとなく自然に彼女のことを眺めながら食事をしたり、看護師たちと笑い話をするというだけで楽しかった。
――この日の夜、翼が夜勤の看護師八名ほどと話したのは、そのほとんどが他愛もないことばかりだった。まず、クマちゃん先生こと茅野正がいた時代のことにはじまって、翼が彼に見出されて医者としての腕をメキメキ上げていったこと、これもまた定番となるが、翼の髪の毛が茶色いのは何故かということや、昔病棟であったちょっとした事件、特に印象に残っている患者のエピソードなどなど……話は尽きるということがなかった。
「ほら、羽生さん。せっかく結城先生の隣にいるんだから、ウーロン茶でも注いでおあげなさいよ」
気の利かないホステスをママが叱りつける時のように、鈴村が笑いながら注意を促す。
「すみません、全然気がつかなくて……」
唯が氷を入れたグラスにウーロン茶を注ぐのを眺めながら、翼はただ優しく彼女のそんな動作を見守っていた。これがウィスキーでないのが本当に残念でならない。もしそうであったなら、翼は酒の勢いに任せて、冗談にせよ、こう言うことが出来たに違いない。「おい、唯。おまえ今晩あたり俺とふたりきりになってみるか?」とでも。
「そうよねえ、ほんと、こんなどっかから借りてきた猫みたいな子、どこぞのオオカミはなんであんなにいじめたのかしら。羽生さんがどうにか自力で生き残ってくれたから良かったけど、今にしてみたらあれって、実は結構立派ないじめだったんじゃない?」
「それを言うなって、リンリンさん」と、ウーロン茶で酔ったような振りをして翼が言う。「前にも言ったけどさ、俺はその種の勘を外したことがほとんどないんだって。けど、こいつの場合は唯一外したのな。だって、意識レベル三百の患者に対して「先生、お食事どうしましょう」とか、そういう聞き方してくるんだぜ、こいつ」
突然自分に話を振られ、唯は真っ赤になって弁解した。意識レベルが三百というのは、ようするにこちらがつねろうがひっぱたこうが反応しない、昏睡状態にある患者の意識レベルである。
「そ、それは違うんですっ。その患者さんっていうのが、腎不全の患者さんで……そうなると腎不全用の経管栄養っていうことになると思ったもんですから。結城先生が言っているのとは意味が全然違うんですっ」
「だよなあ。けど、俺そういう時につい思わず言っちまうんだよな。『おまえ、挿管入ってる患者にどうやってメシ食わすつもりなんだ』って。べつに俺だって意地悪で言ってるんじゃないぜ。忙しい時に怯えながら突然そんな言い方されると、ちょっとイラッとするとか、そんな程度のことだからな。でもまあその後だんだんわかってきたわけ。こいつは確かに頭の回転はノロいし、動作もトロい。けどまあ、ほんのちょっと待ってやって話を聞いてやりさえすれば、それなりにまともな仕事は出来るらしいってな」
「そうよねえ」と、鈴村が笑って相槌を打つ。「あんたほんと、最初の頃はひどかったもんね。羽生さんが勇気をだして「ゆ、ゆ、結城先生」なんて話しかけたりすると、「な、な、なんですか。は、は、羽生さん」とか、明らかに馬鹿にしたような返事してたし」
「だからもう、そーゆー過去の話はすんなって」
翼は自分のためにというよりは、真っ赤になっている唯が可哀想になってそう言った。すると藤森が突然、翼の上腕二等筋が見たいなどと言い出す。
「こんなもん見て、おまえ一体どうすんだよ」
それでも翼が白衣を脱ぐと、看護師たちの間からはお約束のように歓喜の声が上がる。
「だってさー、結城先生がいなくなったらもうこれ二度と見れないんだよ。あたし、背丈の関係もあるんだけど、救急処置室で先生の横になると二の腕のあたりがちょうど目に入ってくるわけ。でね、いつもそのたんびに思うんだー、『どんな患者がやって来ようと、結城先生さえいれば大丈夫!』みたいに」
その頼りになる先生が、明日からはいない……そう同時にみな思い、看護師たちは一瞬しんとなった。
「おい、そういう湿っぽいのが嫌だから、俺はお別れパーティみたいのは絶対嫌だって言ったんだぞ。さて、そろそろ俺は仮眠室でちょっと休ませてもらうとするかな」
「今だって十分休んでるんじゃないよー!!」
藤森がそう言って翼の白衣の裾を掴んで引き止める。
「へへへ。旦那、悪いようにはしやせんから、もうちっとだけこのナースの休憩室にいておくんなさいって」
「ったく、しょうがねえな。もうちょっとだけだぞ、藤森」
「それでこそ結城先生!!」
もう一度再び休憩室は明るい雰囲気となり、今度は何故か結城医師の好きなところをひとりひとりが述べていくということになった。
「えーっと、やっぱり顔?」などと、翼の内面のほうが好きな三枝が、照れ隠しにそんなふうに言う。
「いやいや、美穂ちゃん。結城先生は顔じゃないでしょ!!」
大島みどりが、大声でげらげら笑った。
「第一その言い方だと、結城先生、なんかまるで顔以外取り柄ないみたいだし」
「あたしは上腕二等筋」
これは言うまでもなく、藤森奈々枝。
「そうだなあ……あたしは髪の毛かな」
「なんだよ、リンリンさん。それじゃ俺がもし将来ハゲたら、もう人間として値打ちないみたいな言い方じゃねえか」
「いやいや、そういう意味ではないって、結城くん。あんた、黒と茶色が程よくブレンドされつつ茶色っていうよーな、いい髪の色してんだもん。だからこれはそういう意味」
「あっそ」
その後も翼の広い背中だの、胸筋と腹筋だの、翼としては「いつまで続くんだ、この話」といったどうでもいい会話が続いた。けれど、最後に唯の番がまわってきた時――流石に翼も少しばかりドキリとしたかもしれない。
「えっと、なんかもう大体出尽くしちゃった気がするんですけど……でもわたし、強いて言うなら結城先生は頭の形がいいと思います」
「強いて言うならだと?唯おまえ、言ってくれるな」
まわりにいた看護師たちが、どこか面白がるような顔をして、ふたりのやりとりを眺めやる。
「違うんです、結城先生。そういう変な意味じゃなくて……後ろとか横から見ると、結城先生、卵型っていうか、縦に楕円形みたいな、本当にいい頭の形してるんですよ。それでわたし、いつも結城先生の頭の形を見ながら思ってたんです。だから先生、あんなに頭の回転が速くて、テキパキしてるのかなあって」
「ふうん。ようするにおまえ、アレだろ。俺の頭の形を見ながら、まずはアウストラロピテクスのことを思い浮かべ、次にペキン原人やジャワ原人、それからネアンデルタール人の姿を連想したりしてたんじゃねえのか?で、最後に現代人=結城先生みたいな、進化の最終形態が俺ってことだろ」
「あ、もしかしたらそうかも……」
あくまでも唯が真面目な話として続けるのがおかしくなり、まわりにいた看護師たちはみな吹きだしてしまった。
「やったわよ、羽生さん!あなた、とうとう最後にこいつから一本取ってやったじゃないの!!」
「ったく、その話の流れでいくと、結局俺は原始人の仲間みたいじゃねーか」
「いよっ、ホモサピエンスの代表!!」などと、藤森が訳のわからない掛け声をかけるが、唯としては何かまずいことを言った気がして、気恥かしくなっていた。
――なんにしても、その日運ばれてきた重症患者を尻目に、こんなふうに明るく翼の最後の夜勤の夜は白々と明けていった。
翌朝、日勤の看護師たちはもちろんのこと、夜勤が終わった看護師たちも全員居残って、またその日非番であったはずの及川部長も顔を見せ、翼はR医大病院救急部のみんなから温かい声をかけられつつ、退職の時を迎えていた。
翼に最後、花束を渡したのは羽生唯だったが、それは鈴村が「あなたが一番お世話になったでしょ」と言い、彼女に与えた役目だった。
この時、唯の目にも藤森奈々枝の瞳にも、三枝美穂子のそれにも、また他の看護師たちにも涙があった。また、翼の後輩医師たちもある種の感慨に胸を詰まらせ、「本当にありがとうございました」、「お世話になりました」と、頭を下げたり握手したりした。
(だから俺、こういうの苦手なんだって)
翼は及川部長と最後に目があうと、彼からは握手だけでなく、がっしりとした男同士の抱擁までも受けていた。
「おまえなら、どこへ行ってもやっていけるだろうが……それでも何かあったら遠慮なく電話の一本でも寄こすんだぞ。俺に出来ることなら、なんでもしてやるから」
――もうそれ以上のことは言葉にならなかった。翼は最高の恩師のひとりから離れると、何故かこれから医師としてひとり立ちするような気持ちで、熱い胸を抱えたまま、病院の廊下を歩いていった。
それから病院の地下にあるロッカーで着替え、蓮見院長に挨拶し、玄関口で羽生唯への思いを断ち切るように、手に持っていた花束を掃除婦の女性に渡したのである。
「あら、先生。わたし花束なんて、主人からだってもらったことないですよ」
翼にはもちろんよくわかっていた。このせっかくの別れの花束を一掃除婦の女性が大切そうに持っているの見たとしても――救急部の人間は誰も、自分に対して悪く思うことはなく、むしろ「結城先生らしい」といって笑うだろうということが。
そして最後に及川部長だけでなく、鈴村、藤森、三枝、大島、羽生唯……それに栢山や大河内や堺、他の研修医の顔などを思い浮かべると、以前鈴村の言っていた言葉が脳裏に甦ってくる。
『あんたがいてくれるだけで、どんなに助かったか、心強かったか、それはあんたが自分で思っている以上にそうなのよ』
だが今、翼はこう思う。むしろ自分のほうこそが――誰より周囲の人間に甘え、支えてもらい、大切にしてもらったということを。それはもしかしたら、患者を含めた<病院>という環境に自分のほうこそが恵まれ、愛してもらったということなのかもしれなかった。
このあと翼はすぐ、どこか高揚した気分のまま、親友で画家の時司要に携帯から電話をすることにした。翼の恋愛的な意味での心の砂漠化はひどいものがあり、彼は別の意味ではまったく満たされぬまま、飢えた状態のままでR医大病院を去ってもいたからである。
>>『動物たちの王国【第二部】』へ続く。
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