天使の図書館ブログ

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手負いの獣-12-

2013-03-09 | 創作ノート
【鏡】ジョン・ウィリアム・ゴッドワード


 実際には四人も当直医がいることってなさそうですけど、一応容疑を分散(?)させるのに、四人っていうことにしてみました(^^;)

 あと、前回の記事の前文は、念のための自殺防止として書いてみたというか。。。

 いえ、あのくらいじゃ別に影響は……と思う方のほうが大半だとは思います(^^;)

 でも死のうと思ってる人がネット検索してる時に引っかかったりすると、実際結構微妙というか。

 わたしも自殺したいと思って色々考えてた時(家にパソコンがなかったので、特にそちらで詳しく調べようとは思わなかった☆)、手首を切って死ねるとはまず思わなかったので、その時に考えたのが頚動脈でした。

 でもまあ、馬鹿だったので、首のどのあたりに頚動脈があるのか、いまいち確信が持てなかったという(笑)

 あとは交通事故とか飛び下りは人に迷惑がかかるし、首吊りは前回書いたとおり、鼻血出して脱糞するのやだし……とか思い、最終的には薬物が一番いいんじゃないかってことに落ち着ちついたというか。

 で、たまたまその時病院からもらってた薬の中に、たくさん飲むと死ねるらしいと本に書かれていたものがあったんですよ。

 それは本当に偶然だったと思いますけど、その本の一行を見た時、<自分はそれで死ぬのが運命なのだ>と思いました。

 ようするに、死ぬこと考えてる人の脳の中ってほんと、そのくらい視野が狭くなってるといっていいと思います。

 今はその時と変わって幸せだとは思いますけど、その時の「死ぬことしか考えられない感じ」というのははっきり覚えているので、鬱病の方とか自殺を考えている方の気持ちというのは、とてもよくわかる気がするんですよね。

 そういうものを乗り越えられたのは、わたしの場合<自分の力>だったと思いますけど、そういう中でクリスチャンになったことと介護の仕事を経験したというのはとても大きかったと思います。

 たぶん、悩みの中でキリスト教を知ることで救われたという方はとても多いと思うんですけど――わたしの場合は死ぬことを考えてる間に宗教を知っても駄目だったろうなあと思うんですよね。「神がいるなら、なんでこういうことが起きるんだ」とか、そういう気持ちや不満のほうがとても強かったと思うので。

 それと、実際に死のうと思ってた時には、死後の世界とかそういうことにはまったく興味がありませんでしたし、死んだあとには<無>とか<闇>とかそういう世界があれば、それで自分は十分だと思っていました。

 天国とか救いといったことにも関心はなく、そういうものは死というものを本能的に恐れる人間が作りだした脳内の幻想だと思っていたと思います(^^;)

 前にもどこかに書いた気がするんですけど、わたし個人の問題としては天国とかって特になくても困らないんですよね。

 ただ、「この人のような人はきっと天国にいるだろう」とか「この人には天国にいて欲しいな」と思う気持ちがあるので、自分以外の他の人のために必要だし、宗教として本当にキリスト教を信じる人は、本人が嫌でもいずれそこにいるし、いるようにさせてくださるのがイエスさまだっていうことなんだとも思います(^^;)

 まあ、小説内には特にキリスト教の思想的なものは出てこないんですけど、生まれ変わりを信じて死ぬことが心の救いになる人もいるし、死後は無があるだけだという無神論の人もいれば、仏教的な思想、あるいはキリスト教的思想を支えに亡くなる方もおられるだろうなって思います。

 この間、とある素晴らしいお医者さんの書かれた本の中で、自分は死後は無であると信じていると書いてあったんですけど、それでたくさんの患者さんを看取っていけるって、ある意味逆に凄いことなんじゃないかと思いました。

 わたしの場合は、相手の方が仮にキリスト教を信じてなくても、すぐに「天国」ということを考えるし、わたしの頭の中ではそういう理想の<魂の国>建設みたいのが進んでるんですけど(笑)、やっぱり、昔自分が死後は無であるって思ってた思想っていうのは、考え方としては貧しかったなあと思います(^^;)

 その本を書かれたお医者さんは本当に素晴らしい方なので、その方の言ってることが貧しいってことじゃなくて、その気持ちもわかるけれど、天国っていうのはやっぱりあったほうが絶対いいものだと思うというか。

 ではでは、今回は「女医さんのお部屋でピーチクパーチク雀の子☆」といったような感じです(どんな感じだか・笑)

 それではまた~!!



       手負いの獣-12-

 朝礼に参加するため、翼が茅野医師とともに七階の講堂へ赴くと、そこには翼が新来医師として自己紹介した時以上に、人が多く集まっているように見受けられた。

 茅野医師の話によると、月曜の朝礼は参加が義務づけられているわけではないらしい。というより、各科より最低一名以上は参加するようにと言われている種類のもので、参加した人間がその日の朝礼の内容を他の同僚に伝えれば良い――といったように、誰が決めたのかもよくわからないルールが出来上がっているとのことだった。

 だが、この日ばかりは昨日の諏訪晶子殺害の報を受け、院長の有難いお言葉を是非拝聴したいと思う者が多かったのだろう。まず九重事務長から、マスコミに対する対応として、<病院の評判を貶めるような発言は慎むように>といった箝口令にも近い指示があったのち、院長が演壇の上で勤務医の諏訪晶子を悼む言葉を述べた。

「諏訪先生は、え~、あのように大変お若く美しい身でありながら、今回このような訃報に接せざるを得なかったのは、誠に遺憾であり……私も病院長として胸が痛むばかりです。諏訪先生の直接の上司である小石川先生のお話によると、諏訪先生は手術のほうの腕もよく、患者さんたちの評判も大変良かったとのことでした。そのような優秀な医師を失ったことは、我が病院にとっても手痛い損失であり、一日も早く犯人が捕まってくれることを、私は院長として願ってやみません……」

 翼は高畑院長の、いかにもお義理的な弔辞の言葉の合間に「犯人たって、医局で殺された以上、内部の人間に決まってるだろ」だの、「そしたらもっとスキャンダルになるわよ」といった、近くにいた職員たちの、ヒソヒソ声を聞き取っていた。

 そして、ゴホンという大きな女性の咳払いが、その放射線科職員の不謹慎な会話をやめさせたのである。翼が何気なくそちらに視線を転じてみると、そこにはいかめしい顔つきの、宮原総師長の姿があった。

「それにしても、大変なことになったな」

 翼は上司のクマが、急いで階段を駆け下りながら、ボソリとそう呟く声を聞いた。院内で殺人事件が起きようとも、当然病院ではいつもどおりの通常業務が続く。だがこの日、本当に久しぶりに、翼は茅野医師が腹の底から患者を怒鳴る声を聞いたかもしれない――なんでも、診療のついでに、諏訪晶子の話を持ちだされるといったことが数度続き、とうとう腹に据えかねたのだという。

 その点、翼の場合、相手につけいる隙を与えないガードが普段から備わっているので、本来ならば欠点ともいえるその部分が、もしかしたら幸いしたのかもしれない。患者側から何かその種の問いかけを受けることは一度としてなかった。これはおそらく、第二診療室の<氷の女王>こと、高畑京子も同じだったに違いない。

「先生、もしかして諏訪さんと仲良かったりしました?」

 医局へ戻ってランチにしようと翼が思っていた時、後ろから瑞島がついてきて、すかさずそう質問した。

「べつに、全然親しくなんかねえよ。こちとら外科医で、向こうは眼科医。接点なんて、ほとんどあるはずねえんだし」

「ですよねえ。良かった」

 エレベーターに向かって歩いていく途中で、瑞島がいかにも嬉しそうににっこりと笑う。

「あんまり大きな声じゃ言えないんですけど……彼女、医局の多方の先生を食べちゃってるって噂があって。このあたりのことは、旭ちゃんか皮膚科の小泉先生、耳鼻咽頭科の松井先生が詳しいんですよ。でね、結城先生格好いいから、諏訪先生に早速目をつけられて、彼女の餌食になってたらどうしようと思って……」

「餌食ねえ。でも俺、狩る側ではあっても、狩られる側に回ったことはないから、あの女とはたぶんつきあっても性格的に合わなかっただろうよ」

「あー、良かった。わたし今年のイケメンドクターコンテスト、結城先生に投票したんです。去年もおととしも緩和ケア病棟の山田先生に投票したのに、初めて浮気しちゃいました。そしてこれもあくまで院内の噂話なんですけど……諏訪先生と関係のあった先生方は容疑者として全員疑われるんじゃないかって。彼女、相手が妻帯者でも全然構わずつきあっちゃうタイプの人らしいんですよ。それで……」

「ちょっと待て。おまえは五階の外科病棟の主任補佐だろ?&週に二日、外来も手伝ってるってだけなのに、なんでそんなに色々詳しい?」

「だからあ、前にもわたし先生に言いませんでしたっけ?各病棟の主任補佐っていうのは、補佐同士で「うちらの仕事って、ここが大変よね。はーっ」みたいな話をしてたり、色々ネットワークがあるんですよ。外科の先生たちの中ではあたし、歳が近いせいもあって旭先生と仲いいんです。で、旭先生と皮膚科の小泉先生は同期なんですよ。だから……」

 瑞島は前にも言ったと言ったが、翼に聞いた覚えはなかった。おそらく彼女はあまりにおしゃべりなせいで、他の人間に言ったことを翼に言ったと勘違いしているのだろう。あるいは単に自分が忘れているだけなのか、翼には判断がつきかねた。

「さっぱりわかんねえな。朝比奈が皮膚科の小泉先生と同期だからって、なんでおまえが色々知ってることの理由になるんだ?普通の看護師ってのはそもそも医局のことなんか大して知りもしないもんだと思うがな。それともおまえの場合、あっちこっちに首を突っ込んで、情報を集めるのが我が使命とでも心得てるってことなのか?」

「先生、今日は随分意地悪なんですね。結城先生がそんな態度なら、わたし、もう先生には何ひとつ教えて差しあげませんから」

 瑞島は不意に不機嫌になったように、哀しげな顔をしてエレベーター前から立ち去ろうとした。その腕を翼が強く掴んで引き戻す。

「悪かったって。俺、今日はちょっと腹の居所が悪いんだよ。なんでかっていうと、諏訪晶子が殺された夜――運悪く俺、当直に当たってただろ?だからこれから刑事が医局にやってきたら、事情聴取なんてのを受けなきゃなんないわけだ。そのことを思うと、やましいことなんかこれっぱかしもねえのに、なんだか気が重くてな」

「そうだったんですか」

 瑞島は再びぱあっと、陽が差したように笑顔になると、ちょうどやってきたエレベーターに翼とふたりで乗りこんだ。部長室の一番奥まった場所で下り、瑞島は「こっちですよ、先生」と小声で翼の手を引いていく。

「こっちですよって、そりゃ俺は医局でメシ食うわけだから、方角は合ってるだろうよ。それより、このあたりは用もねえのに看護師がうろつくような場所じゃ……」

 偶然、雁夜医師が部長室から出て来たので、翼はピタリと黙りこんだ。結局のところ、患者の清川正蔵は脳腫瘍の摘出手術はせず、緩和病棟へ行くことを選んだのだが――それでも、とても偉いと評判の先生が色々と詳しく説明してくれたことに対し、とても有難いことだと何度も感謝していた。翼はその様子を見ていて雁夜医師に対する偏見を改めたのであったが、それでも特段、仕事以外で親しみを感じるというほどではなかった。

「結城君」

 雁夜医師はいつもどおり、自分は他の考えごとで頭がいっぱいなんだといった顔のまま、翼と瑞島の横を通りすぎていこうとした。ところがその彼がピタリと廊下で足を止め、ふたりのことを振り返る。

「君はすでに、警察の事情聴取は受けたかね?」

「いえ、まだですが……」

 雁夜医師は白衣の両ポケットに手を突っ込んだまま、いかにも皮肉げな笑みを顔に貼りつかせている。

「彼らの話によると、結論として諏訪晶子先生が殺された夜、僕にはアリバイがないということになるらしい。内科の朝倉先生と小児科の君塚先生も、ある意味同様らしいよ。ふたりは医局の仮眠室でそれぞれ別々に休んでいた。だから、もし片方が足を忍ばせて外へ出ていっても、気づかなかったろうというんだ。で、君も僕と同じく個室で休んでいたわけだろう?僕は看護師に呼ばれて、一度だけ病棟に上がっていったが、それ以外では部長室で論文を執筆するか寝ているかのどちらかだった。だから、結城先生はどうだったんだろうと今ふと思ってね」

「まあ、そういうことなら、アリバイなんて俺にもないんじゃないっスか。俺は看護師に二度呼ばれて、病棟に下りました。どっちも、電話による指示だけじゃ、埓のあかない案件だったので……あとはその帰りに妙に目が覚めて、食堂に行ったんですよ。自販でジュースでも買おうと思って。そしたら朝倉先生が卓球やってたんで、一勝負したっていうくらいしか、アリバイなんてものは証明しようがないです」

「そうか。ならば全員、平等に同じ殺人事件の重要参考人ということらしいね」

 そう言い残して、雁夜医師は白衣を翻し、廊下をカツカツという音をさせながら去っていく。

「結城先生、ほら急いで。早くしないと間に合わなくなっちゃいます」

「一体何が間に合わねーんだよ。言っとくけど俺、自分のメシをおまえに半分譲る気なんかは……」

「何勘違いしてるんですか、先生。わたしが言ってるのはこっちのことですよ、こっちのこと!!」

 瑞島はT字路を左に曲がろうとする翼を引き留め、強引に右のほうへ引っ張っていった。そこには、女医たちだけが出入りを許される、専用の休憩室がある。

「馬鹿っ!いくら俺でも無断でそんなところに入っていったら、性犯罪者と間違われるだろーが!!」

「いいから、来てくださいよ。じゃないとここでわたし、先生にレイプされそうになったって叫んじゃいますから」

 実際、すうと大きく息を吸いこむと、瑞島が何か大声を発する素振りを見せたため――翼は彼女の言うなりになるしかなかった。つまり、ノックもせず無断で女医たちが更衣室兼休憩室としている部屋へ、無理やり連れこまれたのである。

「やっほう。泉ちゃん&松井先生。今日は面白い人、連れてきちゃいましたよ!」

 翼はぶすっとした顔のまま、瑞島の斜め後ろに突っ立ったままでいる。実際、誰かが着替えの最中であったとすれば、今ごろ悲鳴を上げられていたに違いない。

「おおう、これが噂のイケメン、結城先生ですか。まあ、散らかっとりますが、それでよければお上がんなせえ」

 ふっくらと太った皮膚科の小泉なつみは、ロッカーの並んだ奥、畳敷きの床の上でくつろぎきっているところだったらしい。突然の瑞島と翼の訪問により、座布団を枕にして横になっていた体を、がばりと起こしている。

 休憩室には、中央に木目の浮きでた座卓があり、またその座卓の上には盆にのった茶筒や急須、その他湯呑みや給湯器などが並んでいる。部屋の片隅にはテレビがあり、その隣には座布団が八枚ほど重ねて置いてあった。

「へええ。旭ちゃんが言ってたとおり、ほんと格好いい。結城先生が耳鼻科の先生だったら、わたし、先生のことお婿さん候補にしちゃうんだけどな」

 松井直子は売店で買ったらしい、サンドイッチやおにぎりを食べながらそう言った。彼女は三十歳で、K病院の耳鼻咽頭科では中堅の医局員と見なされている。眼鏡をかけていていかにも真面目そうな印象ではあるが、実際はそんなにお堅くもなさそうだと、翼は第一印象として感じていた。

「この中で、イケメンドクターコンテストの時、結城先生に投票した人ー!!」

 ふたりの向かいに座布団を置いて座ると、突然瑞島がそんなことを言い出す。

「……え?もしかしてゼロ人なの?あ、でもまあ旭ちゃんがいるからいっか。朝比奈先生は確か今日、午前は病棟の回診だったと思うから、そろそろ来るんじゃないかしら」

「どうかなあ。旭、ごはん食べるの遅いし、誰かに声かけられて色々しゃべってたら、化粧直しにちょっと寄るだけかもしんないよ。何しろ、あの人が死んじゃったから……医局は今もう、その話で持ちきりだもんね」

 小泉医師の<あの人>という言葉の中に、翼は微かな侮蔑の色を感じとっていた。翼は女医たちの力関係がどうなのかとか、仲がいいのか悪いのかといったことはまるで知らなかったが――それでも確かに、諏訪晶子のような女性は同性から嫌われるタイプだろうとは、説明などされなくても容易に想像がつく。

「藍ちゃんも結城先生も、お昼ごはんまだなんじゃない?まあ、良かったらこんなものでも食べておいきなさいよ」

 松井医師は爽健美茶を飲みながら、近くの冷蔵庫までずっていき、そこから五個入りのイチゴシュークリームを取り出している。

「いやん。直ちゃん先生、わたしの好みがわかりすぎ」

「ふふ。長いつきあいだもんねー。っていうか、でもこれ、藍ちゃんが昼休みに来ると思って持ってきたわけじゃないんだけどさ。大体昼ってここ、五人くらいになるでしょ?だからみんなで食べようと思ったんだけど……旭が来たら、それでちょうどって感じだね」

 噂をすれば影、というべきか、その時休憩室のドアが開いて、朝比奈旭がやって来るところだった。彼女は翼の姿をそこに認めるなり、一瞬ドキッとしたように、後ずさっている。

「な、なんで結城先生がここにいるんですか!?第一ここは、女医専用の秘密の休憩室なのに……」

「ま、いーからいーから、旭ちゃん。そうお堅いことを言わずに、同僚のよしみで結城先生の隣にでもお座んなさいって」

「いえ、いいです。わたしは小泉の隣で」

 そう言って朝比奈は、座布団を瑞島と小泉の間にぽてっと置いていた。冷蔵庫の中から<旭専用>とマジックで書いた野菜ジュースのボトルを手にとり、おもむろにごくごく飲み干している。

「やれやれ。秘密の女医の休憩室だなんていうから、もっと色気のある場所なのかと思いきや……男が五人ここで雑魚寝しててもおかしくないような、こざっぱりした部屋だったんだな」

「ま、女なんて所詮そんなものっスよ、結城先生」と、松井が瑞島と翼の分の茶を入れながら言う。「『うあー、疲れたー』とか言ってそこのドアから入ってきて、畳みの上でごろり。んで、なんやかやくっちゃべりながらごはん食べて、化粧直ししたら『さーて、昼からもがんばるべー』で休憩時間終了。仕事に関しては男も女もないですもん。女医って言葉はあるのに、何故男医って言葉はないんだって奴ですよ」

「だよねー。亡くなった人のことを悪く言うのはよくないけど、実際あの人みたいにあからさまに女の武器使ってたら、真面目に働いてるこっちが迷惑するってゆーか」

 小泉が疲れたようにテーブルに肘をついて、溜息を着く。

「特に旭とかはさ、手術の予定とか色々あって、昼休みにピタッといつもここに来るわけじゃないじゃん。その点、わたしと松井先生はさー、しょっちゅうあの人と一緒になるから、実際ウザかったよね、諏訪先生の恋愛武勇伝聞かされるの」

 ここで翼は、初めて瑞島藍子が言いたかったことを理解した。皮膚科の小泉医師と朝比奈医師は同期、そして朝比奈はいつも昼時にここへ休憩しに来なかったとしても――女医同士の情報については、彼女を通して聞いており、また瑞島はそうした女医たちのネットワークとも強い繋がりを持っているということなのだろう。

「まあねー、確かにねー、うちらふたりほど彼女の自慢話の犠牲者になってる医師は他にいなかったと思うよね。あたしと小泉と諏訪先生って、大体同じくらいに休憩入ること多かったから……嫌でもここで顔合わせることになるし、彼女のきのうの日曜どこそこへデートしにいったのだの、アウトレットモールでヴィトンのバッグを買ってもらっただのいう話は、実際もううんざりよ」

「わたしたち、よく言ってたよね。諏訪先生、結婚でもしてとっとと辞めるか、どっか地方の病院にでも転勤にならないかなってね。まあ、宮原総師長がそこらへんのことをあざとく聞きつけて、院長にチクったらしいけど。で、院長は眼科の小石川部長に注意を促すよう勧告したわけだけど、あの優男には諏訪先生みたいな悪女は手に負えるわけないし……」

「じゃあもしかして、あんたたちふたりは、諏訪先生から医局の誰それとつきあってるとか、大体のところ聞いて知ってたってことか?」

「うんにゃ」と、イチゴののったシュークリームにパクつきながら小泉が言う。「あの人、肝心なところはぼかすから。でも君塚先生とのことはみんな知ってるよね。影ではみんな、『医局のバカップル』みたいに言ってたっていうもん。奥さんいて、しかもふたり目の子供がお腹の中にいるんだよ?ほんとサイっテーよね、君塚先生って。でも諏訪先生は本気っていうんじゃなくて、単に君塚のことを利用してるだけみたいに言ってたかな。惜しみなく色々物を買ってくれるし、金離れがいいっていう意味ではいい男、みたいに」

「馬っ鹿じゃないの」と、呆れたように松井が茶をすすって言う。「彼女、よく口癖みたいに『あたしは男を利用してるだけよ』って言ってたけど、おまえこそその男に利用されてるんだっつーの。ほんと、諏訪先生みたいな人が同僚なのはすごく迷惑なのよ。これでまた『これだから女医は駄目だ』とか、世間じゃ面白おかしく取り上げられるんでしょうし……今日の朝礼の言葉、みんなも聞いたでしょ?腕も優秀で患者にも好かれるですって?とんでもない。ネットで<K病院・眼科・評判>って打ちこんで、一度ググってみろってのよ」

「ようするに、ネットにおけるうちの病院の眼科の評判は最悪ってわけか」

「<フトモモ受診>」と言って、瑞島が吹きだしそうに笑う。

「ようするに、腕がどうとか関係ないんですよ。>>K病院にはすごいマブい女医がいる。>>今時マブいとか言う?(笑)>>あそこの女医はいつもミニスカートはいてて最高だ……とかなんとかいう書き込みがたくさんあるんですよ。あとは>>俺もきのう、フトモモ受診してきたぜ!目なんてどこも悪くないけど、フトモモの上に寝かせてもらって、目薬さしてもらった――まったく、男っていうのはどいつもこいつも、救いようのない馬鹿しか存在しないのかしらって感じ」

「ははあ。なるほどねえ」

 翼は高級菓子店のシュークリームに舌鼓を打ちながら笑う。

「つまり、ここの女医さんたちの意見を総合するに、諏訪先生は誰に殺されてもおかしくないっていうことか?君塚先生は今ごろ、医局員全員から白眼視されてそうな気もするが……俺は特に彼が犯人だとも、他の当直医が犯人だとも思ってない。けど、医局員の中に犯人がいる可能性は高いと思うわけだ。で、そいつが一体誰なのか……」

 と、ここまで翼が言いかけた時、白衣のポケットの中で携帯が震えた。見てみると、九重事務局長である。

「あ~あ。とうとう俺にも呼びだしが来ちまったみたいだな。ちょっくら警察の事情聴取でも受けてくるとするか」

 翼は立ち上がると、最後に「シュークリームごっそーさん」と松井に声をかけ、女医たちの休憩室から出ていった。

 途端、「キャーッ!!」と、小泉が奇声に近い声を上げ、まるでだるまのようにごろりと畳上に寝転がる。

「やだ、もう!旭から話は聞いてたけど、マジで超格好いい!!あの顔で外科医だなんて、絶対詐欺よ、詐欺!!<K病院通信>の写真見た時はさあ、雁夜先生のほうが格好いいと思ったけど……わざと写真写り悪いの選んでたのね。むしろこうなってくると、そのチョイスまでもが心憎いわ」

「ってことは小泉、あんた今年のイケメンドクターコンテストは、雁夜先生に入れたってこと?」

「違うわよーう!!一応同僚に義理立てして、南部長に入れときました。緩和ケア病棟の山田先生も格好いいけど、皮膚科と緩和ケアじゃほとんど接点ないしなー。褥瘡のケアったって、皮膚科医が専門に必要ってほどじゃないし……やっぱり、山田先生ほど格好よくなくても、身近にいる三枚目のほうについ同情票入れちゃうのよね」

「ま、確かに。あたしも同僚の峰の奴に入れといた。『どうせ、一票も入らないんだろうなあ』なんてボソッと言ってるのを聞くと、なんだか可哀想になっちゃって」

「その点、わたしと旭ちゃんは同じ外科仲間として結城先生に入れといたわけですよ!でもまあ、旭ちゃんは去年、クマちゃん先生に投票したんだっけ?」

「うん……」

 旭がそうぼんやり答えると、ふたりの女医と看護師の瑞島とは、さらに色々な世間話をくっちゃべりはじめていた。「テレビのリポーターの人に職員玄関の近くでマイク向けられたらどうする?」、「やっだー。退勤前に化粧直ししとかなきゃ」、「で、見るからにアンニュイな美女を装うように言うわけね。『本当に残念です、こんなことになって……』みたいに」――三人がそんな話をして笑いあう間、旭はひとり、無言のままだった。

 旭は特段、結城翼という医師に対して、恋愛感情を持っているわけではない。けれど、先ほどまでのみんなの会話を聞いていて、(どうしてみんな、そんなに彼の前で普通に話せるの?)と、驚いてしまった。

 もちろん、瑞島主任補佐は別である。彼女にはどんな人とでもうまくやっていけるバイタリティがあると、旭は常々感心しているからだ。でも自分は結城医師が近くにいると、途端にうまく話せなくなって、仕事でもミスばかりしてしまう。彼に良く見られたいと思っているわけでもなければ、恋をしているというわけでもないのに、妙に意識してしまうのだ。

(わたしにとっては、亡くなった諏訪先生より、生きて今目の前にいる結城先生のほうがよっぽど大問題よ。外科病棟の看護師たちは「目の保養になっていい」なんて言ってるけど、とんでもない。あんな人、すぐ近くにいたらいつものパフォーマンスで仕事ができなくて、こっちはいい迷惑だもの。でも、そんなふうに感じるのはわたしだけってことなのかしら……)

 それと同時に、旭は結城医師のことが気の毒だとも思った。先ほど食堂で他の医局員たちが話していたことを考えあわせて思うに――刑事たちはおそらく、会った瞬間に見た目だけで結城医師のことを「キナくさい」と思うに違いないなどと言うのだ。その上、当直医だった四人の中で誰が一番あやしいと思うか、などと言って冗談で賭け事をしだす輩までいる始末。

(そうだわ。もしわたしの元へ刑事さんがやって来たら、こう答えておこう。「結城先生は後輩思いの、信頼できるいい先生です。手術の腕も一級品ですし」みたいに)

 正確には、後輩というよりも年齢的に年がふたつ下というだけなのだが、何人かの患者に対する外科的アプローチのことで、旭は適切な助言を翼からいくつもしてもらっていた。高畑医師の教え方というのは、もう少し高圧的な、上から押しつけてくる感じのものなのだが、翼は物言いがタメ口調のためか、不思議とわかりやすくて受け容れ易いのである。

 そしてそういった理由によって――旭は単に容貌が格好いいという理由だけによってではなしに、イケメンドクターコントテストで翼に<清き一票>を投じたというわけなのである。



 >>続く……。





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