白河夜舟

水盤に沈む光る音の銀砂

Q&A

2007-03-12 | 日常、思うこと
三島由紀夫が大蔵官僚であった頃、その文才を見込んで
国会答弁を書くように命じられたという。
三島が書き上げた答弁は、その簡潔明瞭な事態の分析が
「言い逃れが出来ない」ように完成されすぎていたために
没になったという。





経済産業省から取り寄せたデータの解析を終え、
これを提出して居並ぶ諮問委員会の面々を驚嘆させて
卑近な自負と満足に基づいて、一連の仕事にようやく
大きな分節をすることが出来たと思ったのも束の間、
今度は議会答弁の作成に追われる日々となった。




顧みると、この一ヵ月半ほど、平日に家族と食事を
共にしたことはないし、
十時より早く職場を出たことも無い。
日を跨ぐまで資料の作成と情報の収集を行って、
ようやく答弁書の作成に取り掛かる。




例規の作成、物産展の準備、金融支援策の実務、
各種契約の更新、予算の管理、等々、
日々の煩雑な業務に加え、突発的な仕事も多い上に
朝令暮改などもはや業務上の前提条件ですらある。
そうした環境の中での答弁の作成は中々骨が折れる。



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抽象的な質問に対する答弁ほど困難なものはない。
具体的な質問、例えば数値指標を示しての成果報告等は
簡潔明瞭な答弁が出来る。
ところが、例えば関西国際空港の開港によって
奈良県生駒市や兵庫県三田市にどれだけのプラスの経済効果が
生じたか、というような質問ほど、答弁に困難なことは無い。




巨大な港湾施設などのインフラ整備によってもたらされる
地域への経済効果というものは、官民問わず、周辺の複数の
都道府県を広域的にみて試算される場合がほとんどである。
例えば中部国際空港の場合は、愛知県やUFJ総研等によって
愛知県を単位としての経済効果の試算が行われているが、
その対岸である三重県においては、そうした試算は行われて
いないのである。
だから、たとえば関西国際空港がもたらす経済効果は
関西圏、大阪府までは試算されていても、
兵庫県を単位としての試算はおそらく行われていない。
よってこのことが、神戸の地域的独自性、独自の経済効果、
という詭弁を可能にし、県独自の経済効果の試算のみを根拠に、
神戸空港を建設することを可能にしてしまったと思われる。





そうした前提で、神戸空港や関西空港の開港が、伊丹市や
宝塚市に対し、それぞれどういった経済効果をもたらしたか、
と問われれば、どう答えるのか。
こうした問いに対する答弁には、非常に苦慮をする。
都道府県単位での経済効果試算が存在しないのに、
市町村単位での経済効果試算がどうして存在しえようか。
マクロとミクロがどうしてもリンクし得ないジレンマに悶々とする。




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また、これは経済産業省のデータ解析をしていて感じたのだが、
統計指標というものの信憑性というものも、かなり現実には
疑わしいである。
統計調査というものは基本的に、調査対象者の自己申告を
そのままに反映するからだ。
統計の信憑性は国民の良心に賭けられていると言ってもいい。
回答の内容に誇張や偽りがあっても、それを真実として扱うのが
基本なのである。
どれほど疑わしい回答であっても、それは「真実」であり、
修正を促すことも修正を加えることも許されぬものである。




統計を年度ごとに追っていくと、大きな事業者が調査に回答をしたか
回答を拒否したかによって、その地域のデータが大きく左右される。
例えば、ある地域において商業の売上が3年間で15億円の下落をし
その2年後に17億円増加していることがデータから読めたとする。
この5年間の数値の乱高下を確認してみると、大きな下落をした年度に
大きな事業者が調査の回答をしていないことが理由であったとわかる。
こうした事例はごく一般的に存在する。
もし、こうした事例が発生した理由を詳細に分析せずに回答するなら、
おそらくこうした説明を行うことになるだろう。

「本地域におきまして15億円もの売上の減少を記録した翌年に
 市街地活性化計画が実行に移されたものであり、結果、
 その翌年には17億円の売上が記録されました。
 これは我々の計画の実効性が証明されたものであります」・・・



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加えて、質問時間と答弁時間には厳密な時間的制約がある。
答弁は当然音読によって行われるのであるから、
作成する原稿は答弁者の音読速度の緩急を想定して
行わねばならない。
時間が文字表現を制約するという、物書きにとっては
非常に悩ましい事象がここに発生する。
文字表現は普通、字数に制約されるものであるから、
他人の音読速度に合わせて文章を書くなどという経験も
想定もこちらはしていない。
加えて、それを読む答弁者の、文体に関する好みもある。




よって、文字数、立ち位置など、がんじがらめの制約のなかで、
関西国際空港の開港によって奈良県生駒市や兵庫県三田市に
どれだけのプラスの経済効果が生じたか、というような
抽象的な質問に答えようとすると、こうなる。




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本件につき、県、国等各方面に照会をかけたが、
空港開港による経済効果の試算は通常複数の都道府県を
跨いで行われるものである。
これは官民問わず、一貫した方針である。
よって、個別の自治体を単位とした各種経済指標は算出を
されておらず、具体的数値を示しての回答は困難である。
よって、一般論としての回答となる。




日本経済、特に製造業の分野が対中国、東南アジアへの比重を
高めている中で、
関西空港は現在ハブ空港としての物流機能の強化を図っている
ところである。
人員・物流の両面における国際的交流が増進するとともに、
空港自体の物流面での国際的な競争力が拡大すれば、空港から
高速道路等のインフラ網によって緊密に結ばれた当地域は
企業のあらたな進出や、工場立地の需要も高水準に推移すると
見込まれる。
他の地域に比して、当地域の経済面での潜在的競争力は高い。




加えて、地場産業の経済特区制度の導入や各種インフラ網の
更なる整備によって、地域経済の活性化が今後も見込まれ、
空港機能の強化との相乗効果が大いに期待される。
今後、出張需要の増加によって、他地域からの流入者による
本地域の魅力の発見が、レジャー面における対社会的訴求力の
昂進にもつながると期待される。




よって、明確な数値指標を示しての経済効果を明示することは
困難だが、将来的に見て、本地域へのプラスの経済効果を
もたらしうる遠因の幾つかは示すことが出来る。
今後も本地域のもつ潜在力や優位性を各方面に多角的に情報発信
していくことにより、一層の発展を期すべく取り組みを行いたい。



云々。



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何たる詭弁。
空ろな言説をこうして大量に生産して、この数週間が過ぎた。
ピアノも弾かず、文学にも馴染まず。
これが、仕事。
お勤めである。



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