![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6e/ab/3a83a80acb366093af8be9e51e8aa1f1.jpg)
写真はこちらからご覧ください。
6/19~6/22 am
http://blog.goo.ne.jp/photo/21501
6/22pm~6/24am
http://blog.goo.ne.jp/photo/21543
6/24pm~6/25am
http://blog.goo.ne.jp/photo/21599
6/25pm~6/27
http://blog.goo.ne.jp/photo/21622
また、本文中のリンクを別ウィンドウで開いて、
BGMを適宜、再生しながらご覧ください。
6月25日(金)
前夜の酒が抜けきっていないまま、重く倦むように
眼を覚まして、テレビを点けてBBCを見た。
渋谷のスクランブル交差点で騒ぎ狂う日本人の姿が
映っていた。
帰国してから知った情報では、彼らは信号を守り、
「ルールに沿って」騒いでいたようなのだが、
実態を知らぬ異国滞在者の眼には、彼らの姿など、
暴徒以外の何物にも映らなかった。
BBCのキャスターの語り口には、普段は寡黙で、
礼儀正しい日本人が、狂熱的に大騒ぎしている姿への
若干の動揺と驚きが含まれているように感じられた。
一体なんだこのばか騒ぎは、と、半ば自己嫌悪の情と、
あきれたような溜息をしつつ、
ふ、と、時計に眼をやると、針は8時35分のあたりを
指していた。
駅での待ち合わせは9時である。
大慌てで身支度を整え、階下へ降り、やや急ぎ足で
市街地へでて、中央駅の大時計を目指して一心に歩いた。
大時計の傍らに、山歩き姿の旧友を視界に認めたとき、
ああ、今日は山登りをするのだったな、と思い出した。
ベルヴェストのリネンのジャケットにドレスシャツ、
インコテックスのウールのパンツに襟元用スカーフ、
クロケット&ジョーンズのウィングチップという、
およそ山登りに似つかわしくない我が身の格好に
少しならず後悔の念を感じたのとほぼ同時に、
「それ山登りの格好ちゃうやん(笑)」
と、旧友の突っ込みが入ってきた。
流石、大学時代、僕の勝手気儘でフリーダムな演奏に
数年も付き合わされていただけのことはある。
こちらに対するコール&レスポンスが、頗る早い。
************************
9時9分発、IC15、チューリッヒ発ミラノ行きは
2等車がほぼ満席または予約済みの状況で、
空席を探すのに一苦労した。
数分後、何とか座席を確保することが出来、腰を下ろす。
定刻通りに駅を滑り出た列車は、チューリッヒ湖の西岸を
南下していった。
チューリッヒ湖の東岸側は、ゴールドコーストと呼ばれ、
陽光燦々と降り注ぐ富豪の住処となっている。
これに対し、チューリッヒ湖の対岸、西岸側の地域に広がる
新興住宅地は、シルバーコーストと呼ばれている。
東岸の富豪たちは、この「シルバー」の語に「ネズミ色」の
暗喩を込めて、馬鹿にしているそうだ。
チューリッヒを出て20分、ツーク駅を過ぎたころ、
まるで硝子絵のような、幻想的でやや超現実的な映像が
眼に飛び込んできた。
湖水も空も、大地から遊離して結晶しているかのようだ。
鏡のような青い水面に反映する山が見えた。
旧友は、今からあの山に登るんだよ、と言った。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5b/48/6019990fa87da5277d1b8a5b774e99de.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/46/c2/12af0227d75b7b836d4282c47dfc2f5b.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/66/0b/f41c57ab7322daa61157af9e33a7c317.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/33/1e/7fc3986858e4efb7441e7b4d4378e231.jpg)
9時50分、アルト=ゴルダウ駅で降り、
1871年に開業したという、世界最古の登山鉄道で
リギ山に登る。
アルプスが観光資源となったのは、古いことではない。
ハンニバルやナポレオンの逸話にもあるように、
アルプスは壁だった。
この山からのアルプス眺望の美しさに注目した経営者が
この登山列車を完成し、
金融や精密機械、軍事力の輸出が主であったスイスの経済に、
観光という資源を加える契機を作ったのだそうだ。
メンデルスゾーンやワーグナーも何度かこの山に登っては、
その光景に嘆息したという。
とりわけ、メンデルスゾーンの嘆息は、アルプスの峰々の
向こう側の国、イタリアへの憧れと相まって、
彼の国の名を冠した交響曲へと結実している。
列車は、アプト式と呼ばれる、3本のレールを軌道とし、
そのうち中央のレールが歯車式となっている方式である。
急こう配に対応した方式で、日本でも見ることが出来る。
駅舎はスイス国鉄のレールを跨ぐように建てられている。
橋脚は錆ついて、老朽化が激しく、やや、怖さも感じる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/52/ce/d35de16ed707378dd6a9b6d479a8b7a5.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/60/72/a332d1e595cedd4f63fd3db038dc6cb7.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/48/53/eb7934f3032c3727281cbd0ca2428a63.jpg)
**************************
10時15分、鉄道はゆっくりと走りだした。
ゆるやかな斜面は、程なく急こう配となって、
崖の際を、時速20kmほどでゆっくりと登っていく。
街並みはやがて森に隠れて、ツーク湖と湖畔の街、
その向こうへと広がる、遠い平原が望まれる。
山の斜面には、放牧された牛の群れも見える。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/07/5b/f24b73b5c4bfee6831fdec8f42a243ed.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5d/af/93ca9f042e17f43c66c740b774e96a90.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/13/35/a6d66183568d4a1114d6cab9f9d4f763.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/43/12/dd2a4698e011a26672aaee706f2e931f.jpg)
こうした風景は、日本人にとってはごく自然な流れで、
アルプスの少女ハイジの話題を導き出す。
ハイジの舞台は、スイスとオーストリアの国境らしい。
原作のハイジは長髪の赤毛、巻き髪の少女であり、
日本のアニメーション版を見せると、スイス人は挙って
「これはハイジではない」と否定をするそうだ。
標高1500mほどで、列車は90度方向を変え、
遥か、アルプスの峰々の姿が眼に映じた。
名高い、アイガーの北壁も見える。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/52/72/2cf984b1fd71e510ab758ca4c402c0a9.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/48/d3/6ccf18e07ae84ddae4cf506f65f532f7.jpg)
山頂駅は、平日だというのに多くの人々で賑わっていた。
此処にきてようやく、日本人の団体観光客の姿を見た。
フランクフルトの空港以来のことになる。
山頂駅の標高は約1700mと、それほど高くはない。
しかし、独立峰であるために、視界を遮るものが無い。
北方向には、スイス北部の平原、遠くドイツの黒い森が
拡がっているのが見える。
南方向には、アイガー、ユングフラウなど、4000mの
峰々が、翼を広げた大鷲のように座している。
駅には、鉄道のレールで作られたモニュメントがあって、
「Take the A train」という名を付けられていた。
その名に反応して笑い合っているのは、ジャズに馴染んだ
日本人2人だけだった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/15/c2/dca713e1e6f0003c10bd3c273f366b63.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/19/f1/797632efa2cb06ae7e5e895e56ea3c67.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2c/f3/05211ae18a4ba2db76a720a4fe8096af.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1b/c7/e7353daf48bbd8cd3b2ea1d67ebaf4b3.jpg)
山頂へは、ここからさらに歩かなければならない。
出で立ちが甚だ登山に不向きなのに加えて、
これまでの旅の疲れが蓄積していたのだろうか、
歩いているうちに、だんだんと息苦しさと身体の重さを
感じてきた。
携えてきた薬を一服した後、旧友に症状を伝えると、
急に高度が変わったからな、と、水筒を渡された。
シグボトルで、吸いつくのは疲れるだろうと思ったのか、
旧友はボトルキャップを外してくれた。
中身はしそ茶だった。
死に際に、死に水ならぬ死に酒を、と、酒を飲まされた
横山大観が、そのまま復活してしまったという逸話を
思い出したほどに、効いた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/24/8a/a7ad96d8143c90efbbd8f69024855e9e.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/23/81/0a4e0c49ec4781260a543770864ebf25.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/40/58/6ba0669c3c86085e1a94435a5a38458b.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0f/1c/79de35cd9daf94d4937fa574da62f7e7.jpg)
山頂の標高は約1800m、360度の眺望が碧空の下に
拡がっているさまは、絶景というほかにない。
言葉を失うというのは、おそらくこのことだろう。
壮大な山容、湖水、地平、緑、空、光の織りなす景観に
息を飲んだまま、阿呆のように呆然と立ち尽くすことも
しばしばだった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6e/ab/3a83a80acb366093af8be9e51e8aa1f1.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/76/fa/6aaf807f59fd4e05f14fcf6a36c381d6.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5c/f1/312d6b149ce6aadbaca4d9732eea161c.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/d4/3402b9302c29f5f2e4a464e9a78a2f4d.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/57/ce/bb3276e902ebc37b47b8f7e6ece14e9e.jpg)
小林秀雄が道頓堀で犬のようにふらついていて、突然に
モーツアルトの交響曲第40番の旋律に襲われたのとは
対照的に、
自然と口ずさみつつ頭の中に想ったのは、ブルックナーの
交響曲第7番だったことを告白しておく。
山頂で、天使のような子供を見かけた。
スイス人は、歩き始めたばかりの子供でも、
平気で山に連れてきてしまうらしい。
あたりには、珍しい高山植物も数多く咲いている。
6月の初旬まではタンポポの季節だったらしく、
無数の綿帽子が揺れては、何処かへと飛んでいった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/78/25/a60936d94e695fece7f76d72f7011d04.jpg)
山頂駅近くへ降りて、ホテルのデッキで昼食を取った。
巨大なブルストとビールを、一気に平らげてしまった。
雲ひとつないスイスの空と涼風に吹かれつつ、
穏やかで眩しい山頂から、遥かアイガー北壁を眺めつつ、
昼酒をするというのは、代えがたい、至上の贅沢である。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/75/5d/3bd125fe3004c5647d0a5b0adf94b538.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/07/69/706974d48fec911cce4436942003db1e.jpg)
**************************
食後、しばらく、ハイキングを楽しむことにした。
山頂から、来た方向とは反対の、ルツェルン湖側へと
下山する道筋の中途、
登山電車のカルトバード駅までの約5kmほどである。
このころになると、身体の状況は快調になったのだが、
クロケット&ジョーンズの革靴で砂利道を歩くのは、
足にはかなりの負担になり、腰も痛む。
それでも、断崖絶壁の際を縫うような道から眺める
ルツェルンの遠望、ピラトゥスの山影に、
思わず、何度も嘆息して、そのたびに口を閉じ忘れる。
牛の群れ、洞窟があちこちに見える。
高齢者がスキー用のストックを手にゆっくりと山を登り、
あるいは下りる姿に、数多く出くわした。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5b/b8/de8d6945887dbf9ffeba82652282c6d3.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6d/96/7b38a56aecb313bcf5f33d65373f7ac5.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0f/10/95667adbf1b22e25f6dd3f8af7e87504.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/26/37/ff5459b8d00fc4fef5888bf9e81de321.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/31/91/481f5d6d87f5149d9519f52a01d10ddf.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/63/b4/928f7163bf68441243018820967eeb8e.jpg)
中途、碧空の天蓋に、2つの虹が架かった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4c/c5/63a254d1e5fcc7507535cf698c779dff.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7c/bb/3a58d2e5bb80f23b397d0870f8c11ce8.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/66/0c/3d4439e21b4a3a2dd1ae888872c0d832.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/08/07/83e255e4c1473aee499820e9af05d1b7.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/67/be/342b57d61f6e798f23a203048cddca07.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/63/2a/c860ef3bd2696a56b670c87ee7a6d30a.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/43/1b/b741d0fcddfca0bf77bc8cc43debb2ea.jpg)
***************************
カルトバードの手前に、村がある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/51/4d/03218e174166a89a201cd1eb3251bdff.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/50/38/fe8db4721796b80aa3edacf4b1353c0d.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/12/6b/02c7547f353541dc3fdc9c66cdeffd63.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5c/e4/809c0a2b31eae2015971d4f10cc20340.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/61/da/c51a92c7f2962dc8c8eccb8e1e016cd1.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/22/d2/da5871b00c6552c02f7d64083c98c3df.jpg)
その木立と、家並、空、花々、影、十字架、風、匂い、
ふ、と、マーラーの交響曲第5番第4楽章の、
ハープのアルペジオと弦楽の旋律を聴いた。
************************
カルトバード駅から、鉄道に乗って、
一気に、ルツェルン湖畔の港町であるヴィッツナウまで
下りていく。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/64/c0/d1bf521c05bb3485db4405ce691fa9ef.jpg)
ヴィッツナウの港はひとで溢れていた。
湖を渡ってくる風が涼しく、爽快なこと、この上ない。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/57/bd/39414e58c3df8b36fcb3f465793bb49a.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/12/4a/cbcb7204ae9bd7c79a79830b5f76c3c3.jpg)
旧友に、3人の初老のスイス人が話しかけてきた。
どうやら、サッカー・ワールドカップでの日本の戦いを
褒めているらしい。
この日の夜には、スイス対ホンジュラスの試合が行われる
予定になっていた。
ここから、ルツェルンまでは、レイククルーズとなる。
船は、鏡盤を滑るように、繊細かつ慎重に岸を離れた。
6/19~6/22 am
http://blog.goo.ne.jp/photo/21501
6/22pm~6/24am
http://blog.goo.ne.jp/photo/21543
6/24pm~6/25am
http://blog.goo.ne.jp/photo/21599
6/25pm~6/27
http://blog.goo.ne.jp/photo/21622
また、本文中のリンクを別ウィンドウで開いて、
BGMを適宜、再生しながらご覧ください。
6月25日(金)
前夜の酒が抜けきっていないまま、重く倦むように
眼を覚まして、テレビを点けてBBCを見た。
渋谷のスクランブル交差点で騒ぎ狂う日本人の姿が
映っていた。
帰国してから知った情報では、彼らは信号を守り、
「ルールに沿って」騒いでいたようなのだが、
実態を知らぬ異国滞在者の眼には、彼らの姿など、
暴徒以外の何物にも映らなかった。
BBCのキャスターの語り口には、普段は寡黙で、
礼儀正しい日本人が、狂熱的に大騒ぎしている姿への
若干の動揺と驚きが含まれているように感じられた。
一体なんだこのばか騒ぎは、と、半ば自己嫌悪の情と、
あきれたような溜息をしつつ、
ふ、と、時計に眼をやると、針は8時35分のあたりを
指していた。
駅での待ち合わせは9時である。
大慌てで身支度を整え、階下へ降り、やや急ぎ足で
市街地へでて、中央駅の大時計を目指して一心に歩いた。
大時計の傍らに、山歩き姿の旧友を視界に認めたとき、
ああ、今日は山登りをするのだったな、と思い出した。
ベルヴェストのリネンのジャケットにドレスシャツ、
インコテックスのウールのパンツに襟元用スカーフ、
クロケット&ジョーンズのウィングチップという、
およそ山登りに似つかわしくない我が身の格好に
少しならず後悔の念を感じたのとほぼ同時に、
「それ山登りの格好ちゃうやん(笑)」
と、旧友の突っ込みが入ってきた。
流石、大学時代、僕の勝手気儘でフリーダムな演奏に
数年も付き合わされていただけのことはある。
こちらに対するコール&レスポンスが、頗る早い。
************************
9時9分発、IC15、チューリッヒ発ミラノ行きは
2等車がほぼ満席または予約済みの状況で、
空席を探すのに一苦労した。
数分後、何とか座席を確保することが出来、腰を下ろす。
定刻通りに駅を滑り出た列車は、チューリッヒ湖の西岸を
南下していった。
チューリッヒ湖の東岸側は、ゴールドコーストと呼ばれ、
陽光燦々と降り注ぐ富豪の住処となっている。
これに対し、チューリッヒ湖の対岸、西岸側の地域に広がる
新興住宅地は、シルバーコーストと呼ばれている。
東岸の富豪たちは、この「シルバー」の語に「ネズミ色」の
暗喩を込めて、馬鹿にしているそうだ。
チューリッヒを出て20分、ツーク駅を過ぎたころ、
まるで硝子絵のような、幻想的でやや超現実的な映像が
眼に飛び込んできた。
湖水も空も、大地から遊離して結晶しているかのようだ。
鏡のような青い水面に反映する山が見えた。
旧友は、今からあの山に登るんだよ、と言った。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5b/48/6019990fa87da5277d1b8a5b774e99de.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/46/c2/12af0227d75b7b836d4282c47dfc2f5b.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/66/0b/f41c57ab7322daa61157af9e33a7c317.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/33/1e/7fc3986858e4efb7441e7b4d4378e231.jpg)
9時50分、アルト=ゴルダウ駅で降り、
1871年に開業したという、世界最古の登山鉄道で
リギ山に登る。
アルプスが観光資源となったのは、古いことではない。
ハンニバルやナポレオンの逸話にもあるように、
アルプスは壁だった。
この山からのアルプス眺望の美しさに注目した経営者が
この登山列車を完成し、
金融や精密機械、軍事力の輸出が主であったスイスの経済に、
観光という資源を加える契機を作ったのだそうだ。
メンデルスゾーンやワーグナーも何度かこの山に登っては、
その光景に嘆息したという。
とりわけ、メンデルスゾーンの嘆息は、アルプスの峰々の
向こう側の国、イタリアへの憧れと相まって、
彼の国の名を冠した交響曲へと結実している。
列車は、アプト式と呼ばれる、3本のレールを軌道とし、
そのうち中央のレールが歯車式となっている方式である。
急こう配に対応した方式で、日本でも見ることが出来る。
駅舎はスイス国鉄のレールを跨ぐように建てられている。
橋脚は錆ついて、老朽化が激しく、やや、怖さも感じる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/52/ce/d35de16ed707378dd6a9b6d479a8b7a5.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/60/72/a332d1e595cedd4f63fd3db038dc6cb7.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/48/53/eb7934f3032c3727281cbd0ca2428a63.jpg)
**************************
10時15分、鉄道はゆっくりと走りだした。
ゆるやかな斜面は、程なく急こう配となって、
崖の際を、時速20kmほどでゆっくりと登っていく。
街並みはやがて森に隠れて、ツーク湖と湖畔の街、
その向こうへと広がる、遠い平原が望まれる。
山の斜面には、放牧された牛の群れも見える。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/07/5b/f24b73b5c4bfee6831fdec8f42a243ed.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5d/af/93ca9f042e17f43c66c740b774e96a90.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/13/35/a6d66183568d4a1114d6cab9f9d4f763.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/43/12/dd2a4698e011a26672aaee706f2e931f.jpg)
こうした風景は、日本人にとってはごく自然な流れで、
アルプスの少女ハイジの話題を導き出す。
ハイジの舞台は、スイスとオーストリアの国境らしい。
原作のハイジは長髪の赤毛、巻き髪の少女であり、
日本のアニメーション版を見せると、スイス人は挙って
「これはハイジではない」と否定をするそうだ。
標高1500mほどで、列車は90度方向を変え、
遥か、アルプスの峰々の姿が眼に映じた。
名高い、アイガーの北壁も見える。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/52/72/2cf984b1fd71e510ab758ca4c402c0a9.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/48/d3/6ccf18e07ae84ddae4cf506f65f532f7.jpg)
山頂駅は、平日だというのに多くの人々で賑わっていた。
此処にきてようやく、日本人の団体観光客の姿を見た。
フランクフルトの空港以来のことになる。
山頂駅の標高は約1700mと、それほど高くはない。
しかし、独立峰であるために、視界を遮るものが無い。
北方向には、スイス北部の平原、遠くドイツの黒い森が
拡がっているのが見える。
南方向には、アイガー、ユングフラウなど、4000mの
峰々が、翼を広げた大鷲のように座している。
駅には、鉄道のレールで作られたモニュメントがあって、
「Take the A train」という名を付けられていた。
その名に反応して笑い合っているのは、ジャズに馴染んだ
日本人2人だけだった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/15/c2/dca713e1e6f0003c10bd3c273f366b63.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/19/f1/797632efa2cb06ae7e5e895e56ea3c67.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2c/f3/05211ae18a4ba2db76a720a4fe8096af.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1b/c7/e7353daf48bbd8cd3b2ea1d67ebaf4b3.jpg)
山頂へは、ここからさらに歩かなければならない。
出で立ちが甚だ登山に不向きなのに加えて、
これまでの旅の疲れが蓄積していたのだろうか、
歩いているうちに、だんだんと息苦しさと身体の重さを
感じてきた。
携えてきた薬を一服した後、旧友に症状を伝えると、
急に高度が変わったからな、と、水筒を渡された。
シグボトルで、吸いつくのは疲れるだろうと思ったのか、
旧友はボトルキャップを外してくれた。
中身はしそ茶だった。
死に際に、死に水ならぬ死に酒を、と、酒を飲まされた
横山大観が、そのまま復活してしまったという逸話を
思い出したほどに、効いた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/24/8a/a7ad96d8143c90efbbd8f69024855e9e.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/23/81/0a4e0c49ec4781260a543770864ebf25.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/40/58/6ba0669c3c86085e1a94435a5a38458b.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0f/1c/79de35cd9daf94d4937fa574da62f7e7.jpg)
山頂の標高は約1800m、360度の眺望が碧空の下に
拡がっているさまは、絶景というほかにない。
言葉を失うというのは、おそらくこのことだろう。
壮大な山容、湖水、地平、緑、空、光の織りなす景観に
息を飲んだまま、阿呆のように呆然と立ち尽くすことも
しばしばだった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6e/ab/3a83a80acb366093af8be9e51e8aa1f1.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/76/fa/6aaf807f59fd4e05f14fcf6a36c381d6.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5c/f1/312d6b149ce6aadbaca4d9732eea161c.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/d4/3402b9302c29f5f2e4a464e9a78a2f4d.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/57/ce/bb3276e902ebc37b47b8f7e6ece14e9e.jpg)
小林秀雄が道頓堀で犬のようにふらついていて、突然に
モーツアルトの交響曲第40番の旋律に襲われたのとは
対照的に、
自然と口ずさみつつ頭の中に想ったのは、ブルックナーの
交響曲第7番だったことを告白しておく。
山頂で、天使のような子供を見かけた。
スイス人は、歩き始めたばかりの子供でも、
平気で山に連れてきてしまうらしい。
あたりには、珍しい高山植物も数多く咲いている。
6月の初旬まではタンポポの季節だったらしく、
無数の綿帽子が揺れては、何処かへと飛んでいった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/78/25/a60936d94e695fece7f76d72f7011d04.jpg)
山頂駅近くへ降りて、ホテルのデッキで昼食を取った。
巨大なブルストとビールを、一気に平らげてしまった。
雲ひとつないスイスの空と涼風に吹かれつつ、
穏やかで眩しい山頂から、遥かアイガー北壁を眺めつつ、
昼酒をするというのは、代えがたい、至上の贅沢である。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/75/5d/3bd125fe3004c5647d0a5b0adf94b538.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/07/69/706974d48fec911cce4436942003db1e.jpg)
**************************
食後、しばらく、ハイキングを楽しむことにした。
山頂から、来た方向とは反対の、ルツェルン湖側へと
下山する道筋の中途、
登山電車のカルトバード駅までの約5kmほどである。
このころになると、身体の状況は快調になったのだが、
クロケット&ジョーンズの革靴で砂利道を歩くのは、
足にはかなりの負担になり、腰も痛む。
それでも、断崖絶壁の際を縫うような道から眺める
ルツェルンの遠望、ピラトゥスの山影に、
思わず、何度も嘆息して、そのたびに口を閉じ忘れる。
牛の群れ、洞窟があちこちに見える。
高齢者がスキー用のストックを手にゆっくりと山を登り、
あるいは下りる姿に、数多く出くわした。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5b/b8/de8d6945887dbf9ffeba82652282c6d3.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6d/96/7b38a56aecb313bcf5f33d65373f7ac5.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0f/10/95667adbf1b22e25f6dd3f8af7e87504.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/26/37/ff5459b8d00fc4fef5888bf9e81de321.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/31/91/481f5d6d87f5149d9519f52a01d10ddf.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/63/b4/928f7163bf68441243018820967eeb8e.jpg)
中途、碧空の天蓋に、2つの虹が架かった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4c/c5/63a254d1e5fcc7507535cf698c779dff.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7c/bb/3a58d2e5bb80f23b397d0870f8c11ce8.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/66/0c/3d4439e21b4a3a2dd1ae888872c0d832.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/08/07/83e255e4c1473aee499820e9af05d1b7.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/67/be/342b57d61f6e798f23a203048cddca07.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/63/2a/c860ef3bd2696a56b670c87ee7a6d30a.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/43/1b/b741d0fcddfca0bf77bc8cc43debb2ea.jpg)
***************************
カルトバードの手前に、村がある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/51/4d/03218e174166a89a201cd1eb3251bdff.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/50/38/fe8db4721796b80aa3edacf4b1353c0d.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/12/6b/02c7547f353541dc3fdc9c66cdeffd63.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5c/e4/809c0a2b31eae2015971d4f10cc20340.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/61/da/c51a92c7f2962dc8c8eccb8e1e016cd1.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/22/d2/da5871b00c6552c02f7d64083c98c3df.jpg)
その木立と、家並、空、花々、影、十字架、風、匂い、
ふ、と、マーラーの交響曲第5番第4楽章の、
ハープのアルペジオと弦楽の旋律を聴いた。
************************
カルトバード駅から、鉄道に乗って、
一気に、ルツェルン湖畔の港町であるヴィッツナウまで
下りていく。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/64/c0/d1bf521c05bb3485db4405ce691fa9ef.jpg)
ヴィッツナウの港はひとで溢れていた。
湖を渡ってくる風が涼しく、爽快なこと、この上ない。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/57/bd/39414e58c3df8b36fcb3f465793bb49a.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/12/4a/cbcb7204ae9bd7c79a79830b5f76c3c3.jpg)
旧友に、3人の初老のスイス人が話しかけてきた。
どうやら、サッカー・ワールドカップでの日本の戦いを
褒めているらしい。
この日の夜には、スイス対ホンジュラスの試合が行われる
予定になっていた。
ここから、ルツェルンまでは、レイククルーズとなる。
船は、鏡盤を滑るように、繊細かつ慎重に岸を離れた。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます