白河夜舟

水盤に沈む光る音の銀砂

frog eater debut

2010-02-28 | 日常、思うこと
曇天の土曜、梅花に露の鈍くとどまる上野公園を歩く。
ヨーロッパならば、大噴水越しに王宮があるべき位置に
帝冠様式の国立博物館が見える。
いつの間にやら、心構えて高揚し、熱っぽい気分になる。
今年は、長谷川等伯が没して400年になるというので、
国立博物館では大規模な回顧展が開かれている。
そこへ向かった。





博物館前の横断歩道の手前側に、
夥しい数のひとびとが群れ集っているのが見える。
近づくにつれ、整然と列を折り返して並んでいるのが
わかったので、入場制限でも掛けているのかと思って
一瞬、堪らないな、どうしようか、と考えた。
数十メートルほど手前にきたところでやっと、それが
路上生活のひとびとのための、午後1時の炊き出しに
並ぶ列だったことがわかった。





上野に出掛けるたびに、この横断歩道が隔てるものに
どうしても戸惑ってしまう。
そしてその戸惑いは、横断歩道を渡ってしまえば一瞬に
忘れられてしまったりする。
こちらが「横断歩道を渡れる」から、感じるものかもしれない。
帰り道には、彼らの姿は消えていた。





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1500円と等伯を引き換えて、会場へと歩く。
それにしても、平成館のファサードは凡庸で品がない。





3時間を掛けて、作品をじっくりと観て廻った。
金碧画は、さすがに剥落や痛みが激しい。
400年という時間の流れに融け落ちた極彩色を
想像力で補いながら、眺めるよりほかはない。
むしろ、比較的保存状態のよい、人物肖像画の方に
絵師の技量を感じることが出来た。
当時のあらゆる画法に習熟していたからこそ、
「無を有として在らしめる」かのような表現に
成功したのだろう。
初めて「松林図」の前に立った時は、息を呑んだ。





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上野公園を一気に下りきって、広小路沿いの喫茶店で
ハーブティとケーキを頼んだのは、等伯をじっくりと
眺めすぎたことと、ひとびとの混雑に疲れたからか。
あたまのてっぺんのところで、びりびりと微弱電流を
環状に放射されているような感覚がしていたので、
時間をかけて脳の緊張を緩めながら、
向かいに置かれたグラスのなかの炭酸苺を眺めていた。
昼は夜になった。





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あたまの過敏と疲れを十分になだめてから、
銀座線、東西線を乗り継いで、丸の内OAZO内の
丸善4階「松丸本舗」へと分け入った。
多義性の海のなかであそべる、あるいは、
たいへんよく、秩序だって散らかっている、
または、奥まで差し伸べても手指の先が見えない
書店のなかをぐるぐると廻っていると、
小林秀雄×灰沈気分×大阪道頓堀×昭和15年=
モーツアルトの交響曲第40番、という図式が
見事に立体視できる、という比喩で、
その店舗構造が伝わるだろうか。





それゆえに、この書店が面白くて仕方がない。
いつのまにか等伯は奥の奥の方へ、そして湖面に
青白く揺らいでいる、ケルト人頭信仰の話。





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東京駅地下を一気に南下して、有楽町まで歩き、
新橋の「華」で焼き鳥、の案をやめ、
コカレストランで海鮮タイスキを食べることにして、
同時に、フロッグ・イーター・デビューを果たした。
蛙の肉がこれほど美味いものだとは知らなかった。
名古屋名物の手羽先のそれに近い。
手羽先が大きくなった、と思えば、抵抗も軽いものだ。





元々、僕はあまりエスニック料理を好まない。
アジアン・キッチンで酷くまずい料理を食べてから、
まったく食べたいと思わなくなったのだが、
昨晩は、夜の湿った寒さのために鍋を欲したところへ、
たまたまタイ料理店の前を通りかかったという次第、
寒さは一気に吹き飛んでしまって、大汗をかくほどに
美味しさで熱くなった。





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時刻10時40分、帰路につくとき、
都心に住まうことの便利さを感じた。
しかし、それは、都心に住まうことの孤独、
心細さ、心もとなさと、背中を合わせている。
それでも昨日は、普段は眠るのに苦労するのに、
なんだかとても落ち着いて、暖かく眠ってしまい、
あやうくプルシェンコの演技を見損ねるところだった。





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眠れないときには、遠藤周作が吉行淳之介に助言した通り、
出来るだけ顔の力を抜き、これ以上はないというくらいの
阿呆面になるようにしている。
そして、まったくの絵空事を妄想して、事実のようにして
黙して、あたまで読みくだすようにしている。
こうすると、少しは、眠りに落ちやすくなる。





おそらくはひとに見せることは出来ない姿であろう。
これは煮ても焼いても食えない、仰向けの蛙だ。






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