白河夜舟

水盤に沈む光る音の銀砂

蒼い空、飛び降りるか

2008-01-10 | こころについて、思うこと
出張先の書店にて、ふとレヴィナスの質感に包まれ、
埴谷雄高のそれとの相似と相違を思い浮かべて、
書籍を購入して、再読に付しているところ。
主語の欠落と、述語発話の不全という、
異相のもとからまるで惹かれあったかのようにして
彼らが話しはじめる、未出現、あるいは無への陥入を
記号の海の中で窒息しそうになりながら読み進める。





夜の水の底から、水面に照り映えて揺れる月光を求め、
足元に絡みつく海草の類や、渦を生み始めている海流を
振りほどき、掻き分け、もがき、身をうねって逃れ、
呼吸のできないという苦しみを逃れようとようやく
ざばり、空中に頭を突き出して、ああ、よかった、と
息を吸おうとしてみたところが、
はたしてそこも水中、なんと今度は自分から、金魚鉢に
さかさまに首を突っ込み外れなくなってしまった、
とでも、形容すべきありさまで、
夢野久作よろしく、未来永劫の脳髄妄念地獄を脱せない。





主語も述語もないならば、
そこには意味が端から宿りようのない名前・呼称という記号、
符牒を形容詞化して、
なんとかのようなちょめちょめのようなもごもごのような、
以下無限反復、というような、
述べても述べてもことがらを述べつくせないという無間地獄に
陥ることになるのだろう。





さりながら、それは「いま」「この」「時代」に「ここ」で
話している「誰か」の、いつもと同じ日常であり、
したがってそれはわれわれの生活そのものである、ともいえる。
ここに至って、われわれにはもともと主語も述語もなく、
したがって主体や客体の別もなく、
「われわれ」こそが世界の現象であり、世界のすべてであり、
世界は「その人にとって」「その人にしかない」唯一のものと
してのみ、「その人に対して」開かれている、ということになる。





いきおい、世界は「唯一者」「絶対者」の群れで溢れることになる。
「唯一者」は「唯一者」であるかぎり、他の「唯一者を名乗るもの」
を認めないであろうし、
それは殺害や征服という積極的かつ「承服的な」しかた、
あるいは無関心という「非承服的な」しかたで実現される。





しかし、そもそも誰かが、自分を「唯一者」であると言い切れず、
目の前に恐ろしいほどの深淵を見てしまい、自分のあらわれかたが
気に入らず、拒絶でもするのなら?





**************************





昨日、出張先から帰ろうとしたときのことである。
列車を待つひとびとの列の先頭にいたぼくは
駅に滑り込んできた列車が停車をする寸前に、その窓越しに
わずかな空席を見つけ、
停止した列車のドアの向こうに降車するひとのいないのを
確認して、ドアが開くと同時に空席のほうへ足を進めた。
いすに腰を下ろして、やおら辺りを見渡したとき、
齢80ほどの、杖をついた老女が足取りも覚束ないようすで
列車に歩み入ってきたのを見た。





自分の祖母が、齢87にして最近杖をつき始めたこともあり、
なんだか他人をやり過ごすような気持ちにもなれず、
ぼくは席を譲ろうとして立ち上がり、老女のもとに歩み寄って、

「よかったら座ってください」

と、声を掛けようとしたとき、
年頃45,6の髪の薄いスーツ姿の男が列車へと駆け込んできて、
僕がさきほど立ち上がった席に座った。





呆気にとられているうちに、近くにいた女子大生と思しきひとが

「よかったら座ってください」

と、老女に声を掛けた。
老女はまるで如来か観音でも拝むかのようにして、女子大生に

「ああ、ありがとうね、助かったわ、ほんとに、ありがとう」

と、安らかな笑顔と老人特有のゆっくりとして仰々しい抑揚で
感謝の言葉を述べた。
女子大生のほうも、

「いえいえ、そんな」

と、なんだか気恥ずかしそうな、戸惑い気味の笑顔を返していた。





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吉野弘の詩には、弱気そうな若者の前に仁王のような形相で
席を譲れ、と無言の圧力を掛ける老人の姿がうたわれている。
その周りにいる人間の、彼らへの無関心もうたわれている。





僕自身、そういう人種に出くわしたこともある。
阪急宝塚線の淀川鉄橋の上で、初老の男がいきなり座っていた僕に
酒臭い息を吐きかけ、つり革に釣った自分の身体を海老反りにして
腹を僕の顔面に押し付けてきた。
十三駅に着き、僕は男を恫喝して列車から追い出した。





しかし、こころのおさまりのつかない感覚というのは、
その十三の件よりも、こちらのほうがはるかにひどい。
僕には、どこにも感情の持って行く場がないのだ。





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登場人物は、僕、老女、女子大生、スーツの男、の4人。





まず、スーツの男は席を「横取り」してはいない。
僕が席を立つのを、彼は見ていないのだから、
僕が「横取り」と主張して非難すれば、要らぬ軋轢が起こる。
彼はたまたま、通常なら駆け込み乗車で座れぬはずの列車に
たまたま空いていた席を見つけ、運よく座れただけである。





ならば、僕は老女に席を譲るという行為を女子大生に「横取り」
されたのだろうか。
そんな主張を平気で出来るならば、僕はすでに狂人の妄念に
取りつかれているといって差し支えないだろう。
その状況で、女子大生には、僕が席を立ったことの背景にある
思念を感知することなど、不可能なことだからだ。
彼女は彼女のやさしさでもって、老女に接した。
ただそれだけのことである。
何よりもこの状況下において、いちばん重要なことは、
「足の悪い老女が列車の椅子に座れること」の生起である。





老女は無事、女子大生の好意によって、椅子に座ることが出来た。
女子大生は、老女の謝意で報いられた。
そしてスーツの男は列車に駆け込んだにもかかわらず、
運よく、ちょうど空いた席に座ることが出来た。
そして、いちばん最初に席を譲ろうとした僕に待っていたのは、
座れたはずの列車に座れず、小一時間、とうとう立ち通しを
余儀なくされ、腰痛を悪化させたばかりでなく、
好意が誰にも伝わらずに、誰によっても報いられないばかりか、
その感情のやり場もどこにもないままに、
コールタールでもって胃壁を塗り固められたかのような重さを
内側に抱え込む羽目になった、という現在である。





この場に居合わせた登場人物を、4人それぞれに語らせれば、
おそらくはこうなるだろう。

僕にとって    ・・・僕、老女、女子大生、スーツの男
老女にとって   ・・・老女、女子大生
女子大生にとって ・・・女子大生、老女
スーツの男にとって・・・スーツの男

老女と女子大生の間には、双方向の関係に成功している。
スーツの男は、自分自身で行為を完結させている。
僕は、僕以外の3人に関わられながら、その方向は相互せず、
彼らのどこにも存在していない。
つまり、僕以外の3人には、行為や関係が帰結しているが、
僕だけが、そのどこからも影響されながら放置されている。
彼らは僕を、はじめからなかった、というだろう。
しかし僕には、彼ら全員の姿が見えていた。





彼らは、僕という「無」からの視線に気づいていない。
それは幸せなことであり、同時に恐ろしいことでもある。
そして何より恐ろしいのは、人間の関係性においては、
こうした「有」と「無」の立ち位置が容易に入れ替わるという
事実である。
それは、この世界における居場所のなさを、誰もが容易に
感じうるということでもある。
「無」が「有」をうらやむ、あるいはねたむのは真理である。
だからこそ、「無」には行き場所が必要なのだ。





「無」は「無」と呼ばれることで承認され、居場所を確保
されているのではない。
「無」が「有」によって、「無」の牢獄に幽閉されていると
考え始めようものなら、
そこから脱獄した「無」が一気に「有」に襲い掛かるのは
容易に予測がつく。





このこころのもって行き場所は、いったいどこにあるのか。
ダンテが見た、首のない人間が自分の首を提灯代わりに
ぶら下げて歩いている、あの恐ろしい情景のなかにあるのか、
それとも?





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こころを砕いて、ぼくなりに思い、悩み、言葉を送り、
会いにいき、話もして、涙も拭き、
突然のことにも苦しみながら、
ここまで不器用なりにきたけれども、
結果として、遠ざけられ、
便りもつながらなくなったことも、
すべて僕のせいにしておけば万事が納まるのでしょう。
めでたし。

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2 コメント

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電車のこと (にしお)
2008-01-11 22:28:32
 僕も十三のあたりの阪急電車で同じような体験をしたことがあります。
 十三で乗ってこられた年配の方に席を譲ろうと立つと駆け込んだ30歳くらいの人に席に座られてしまい、その後年配の方は違う席に座ることができたのですが。その後に立っていると、僕の前に座っていた全く関係の無い人が僕に、(席取られてしまったな、あの座った人はひどいな)みたいなことを言われました。
座った人は悪くないと思うんですが、その人の言葉でその時の感情は落ち着きましたよ。
 僕は自分を見ていてもらえたことか、同じような考えの人がいることが分かると、いい事か分かりませんが、すごく落ち着きます。電車の中なのでlanonymatさんの行動もきっと誰かに気づかれていると思いますよ。
長くなってすいません
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Unknown (lanonymat)
2008-01-12 23:47:07
ちなみにその老女はね、列車を降りるときに
席を譲ってくれた女子大生に、席を譲り返したんです。
美しい光景ですよね。

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