白河夜舟

水盤に沈む光る音の銀砂

ritz & keith & flower

2008-05-21 | 日常、思うこと
5月20日12時57分発のぞみ311号8-11Aに
乗車し、13時49分新大阪に到着。
車中、発酵学の泰斗である東京農大の小泉教授らしきひとが
前斜方に座っていた。





13時55分発新快速に乗車、14時大阪駅着、そのまま
阪神百貨店に向かい、5プットニョスのトカイワインを購入。
ハービスプラザ地下で遅い昼食を取った後、14時40分
リッツ・カールトンに到着。
今回は特別階のクラブフロアに宿泊するため、チェックインも
34階のラウンジとなる。
到着すると、まずコンシェルジュカウンターの前、大阪市の
東から南にかけての風景が一望できる席に案内された。





ウェルカム・ドリンクのオレンジジュースを飲みながら、
今回の宿泊プランの確認をした。
通常、クレジット・カードのインプリントを求められるのだが
今回は、サインのみでの手続きとなった。
7月4日~6日にかけ、別の予約を入れているためだろうか。
クラブラウンジはちょうどアフタヌーンティーの時間だった。
せっかくだからと、スイーツと紅茶をいただいて、
コンシェルジュの誘導のもと、3317号室へと進んだ。





僕を案内してくれたコンシェルジュは、Sさんという女性、
和装のよく似合う色白の才媛で、懇切丁寧でかつ的確な所作、
ことばを使いながら、決して堅苦しさのない親しみある接客を
こちらを和ませてくれるような優しい笑顔で行ってくれる。
翌日11時のアロママッサージの予約を申し出ると、
彼女は僕の部屋からすぐに電話をしてくれた。
予約が取れたことを、我が事のように喜んでくれる。
共に喜び、共に考えてくれるというサービスを受けたのは
生まれて初めてのことだった。
これを、全てのゲストに対して行っているということには、
頭が下がる。





シャワーを浴び、バスピローをあてがって浴槽に身を横たえ、
しばしの間ぼんやりと過ごした後、
身支度を整え、ラウンジに軽食を取りに向かった。
シャツをウールのものに、ネクタイを木綿の染物のものに変え、
ワインレッドのチーフをパフドスタイルに挿して
ラウンジに入ると、先ほどのSさんから
お召変えされましたか?と声をかけられた。
スタッフは当日全てのゲストの顔と名前を覚えている。
つかず離れず、見ていないようでいてしっかりと見てくれる。
Sさんに、18時15分にフェスティバルホールまでのタクシーを
手配するように頼んでから、シャンパンとオードブルを
暮れいく大阪のビル群を眺めながら楽しんだ。





一度部屋に戻り、カモミールティを入れて一服したあと、
1階へ降り、正面玄関に向かった。
僕の姿を認めたドアマンから、フェスティバルホールですね、
どうぞ、と声を掛けられた。
完璧な連携である。
おそらくSさんから、僕の身なりや特徴に関する情報が
リアルタイムでフロントに伝わり、ドアマンに周知されて
いたのだろう。





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18時30分、フェスティバルホールに到着し、
パンフレットを購い、自席に向かおうとして、プロモーターの
鯉沼氏の姿が眼に入った。
謝意をこめて会釈をしたのだが、酸素吸入器を携えていたのが
非常に心配になった。





開演前のアナウンスで、携帯電話の電源を切ること、
撮影は禁じること、そして、ライブレコーディングを行うことが
告知された。
19時を過ぎ、舞台が暗転し、キース・ジャレットがおもむろに
ステージに姿を現した。





キースのコンディションは良くなかったようだ。
音を待ちながら、試み続けていたが、今回のコンサートでは
音はとうとう彼に訪れなかった。





問題だったのは客席である。
携帯電話受信妨害装置が作動していながら、アラーム音を
鳴らした客がいた。
キースが身をよじらせて演奏するのを高らかに笑う中高年の
女の汚い声が聞こえた。
演奏中にもかかわらずひとり拍手をする客がいた。
ビニール袋を触る客、ハンカチや手を使わずに咳をする客は
いったい何十人いたのだろう。
客席の沈黙と集中は30秒も持たない。
バラードの冒頭で大きな咳払いの音が響いたとき、キースは
とうとうピアノを弾くのをやめた。
このとき、僕はこのコンサートをあきらめた。





音を聴こうとすれば、全身を耳にしようとすれば、
周囲の状況もすべて聞こえてくる。
聴衆のマナーのあまりの悪さへの苛立ちと腹立たしさから
帰ろうとさえ思った。
キースはどうだったのだろう。契約だから、ステージを放棄し
帰ることはしなかったのだろうか。
I have to go backstage という言葉が、僕には聞こえたのだが、
空耳だったのだろうか。





終演後はスタンディング・オベーションとなった。
僕は天を仰いでいた。
演奏の記憶はない。
1stの3曲目、2ndの1曲目、アンコールの2曲目あたりには
創造性の結晶化を聞くことができたが、
いわゆるキース的即興バラードとでもいうような、既に手癖に
なってしまっている3度の転調を繰り返しながら進められる
多声的なスローナンバーや、
煮え切らないままのFキーのワンコードアラビアンモード、
スクリャービン的和声とバルトーク的旋法の対位的処置など、
通常ならあり得ない「語法の先立ち」が多く聴こえてきた。
複雑なようでいて散漫な時間。
僕が今まで聴いてきた中では、凡演に属するものだった。





僕が彼との間に音楽の関係を結べなかっただけなのだろうか。
ほかの聴衆は、いったいどのような関係を結んでいたのだろう。
僕は鉛のような気持ちになった。





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ロビースペースで後輩と出くわしたことから、西梅田「一芯」で
軽く飲みながらしばし歓談した。
23時、リッツに戻り、バーに行くことにした。





メインバーに赴くと、カウンターに通された。
ヘミングウェイ・カクテルと、ダヴィドフのグランクリュという
最も好むシガーを注文し、チーフ・バーテンダーにそのあと3杯を
1杯はマティーニ、ほかの2杯はお任せで、シガーに合うものを、
と、リクエストした。
提供されたのは、非の付けようのないカクテルだった。
香りと味のバランス、舌ざわり、温度、見栄え、一切の無駄のない
至高のものだった。
カウンター越しに、僕は彼の仕事を眺めていた。
有能なバーテンダーには有能な技術があるのは当然なのだが、
僕が驚いたのは、最後の1杯を飲み干す頃に、ちょうどシガーが
終わったことだった。
時間までも創ってみせるバーテンダーというのは、そうはいない。





部屋に戻り、コンシェルジュにランチの予約を入れた。
空き状況をすぐに確認し、連絡がきた。
リッツの従業員は、ありがとう、や、申し訳ない、といった
言葉を向けられると、いえ、とんでもないことです、と答える。
謝意を伝えると、案の定、とんでもないことです、との答えが
返ってきた。
靴磨きを依頼して、眠った。
大阪の夜景が銀河のように見えた。





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5月21日8時起床、玄関に赴いて新聞と靴を取り込んだ。
磨き抜かれて美しくなった靴にも驚いたが、
今回の宿泊ではリクエストしていなかったにもかかわらず、
日経が届けられていたことに感心した。
今回の宿泊予約のあと、7月4日~6日の予約をした際に、
シャワーブースがあり、東側のサンケイビルの見えない部屋の
手配と、新聞を日経にして欲しいという要望をしてはあった。
つまりホテル側は僕の予約状況と履歴を確認の上、次回予約の
要望を前倒しして、今回の宿泊で実現した、ということになる。
サービスというのはそうあるべきなのだろうが、その実現は
そう容易く出来ることではない。





シャワーを浴び、身支度を整えてラウンジに向かい、朝食を
取った後、部屋に戻り、荷造りをして再びラウンジへ向かい
チェックアウトを行った。
この際、ラ・ベのランチコースのメニューを事前に注文した。
荷物をデスクに預け、Sさんへの謝意の伝言を依頼して、
フィットネスセンターに赴いた。





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2時間、アロマとオイルマッサージをじっくりと受けた。
オイルマッサージを受ける際に着用する簡易ブリーフまでも
リッツブルーである。
じっくりと全身を温められ、さすられ、オイルで揉み込まれ
骨抜きにされたあと、シャワーを浴び、身支度を整えて
13時、リッツ内のフラワーショップで花束を購った。
13時30分、待ち合わせた後輩がやってきた。
祝福の花束を手渡し、レストランへエスコートした。





ラ・ベに着き、魚介をメインとしたコースを食した。
相手が海老アレルギーであることを知らなかったため、
海老を含む料理を2種類頼んでしまっていたのだが、
スタッフが気を利かせて、影響のない食材に変えてくれた。
ワインを2種、シャンパン1種を飲みながら、2時間の
ランチを歓談と議論のうちに楽しんだ。





フロントで荷物を受け取り、リッツを後にした。
結婚を予定しているということなのだから、おそらくは
このような形で会うことも2度とないだろう。
既婚女性を誘うのは、マナーに反する。





彼女が欲しがっていたパンプスを購い、MBS正面の
カフェに入ったところで、体調の異変を感じた。
リッツでの食事中から予兆はあったのだが、ここにきて
めまいがしてきたことから、彼女に謝った上で店を出、
体調を慮って、早急に帰ることにした。
タクシーに乗り込む前に、握手して別れた。
17時27分発のぞみ142号8-Dに乗り込み、席に
身を沈めて目を閉じた。
そして目を開けたときには、左手に清州城があった。
帰着。





幸せを、僕はまた見送る。






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