白河夜舟

水盤に沈む光る音の銀砂

リスクマネジメント

2007-06-30 | 日常、思うこと
朝の7時半から廃棄物回収業者のけたたましい街宣音で
無理やりに目を覚まさせられたと思ったら、
11時半には、祖母の店にチンピラと思しき輩が
自販機で一昨日買い物をしたがつり銭が出てこなかったから
金を出せ、と怒鳴り込んできた。




異常を察知して、僕と両親が店のほうに向かうと、
ボクシングの亀田のような風体、年頃40過ぎの角刈りの男が
ヴィトンのキーホルダーをジャラジャラと手で玩びながら
こちらの顔を嘗め回すように眺めた。
濁った黒目である。
パチンコの原資にするつもりなのか、今日のシノギに
事欠いたのかはわからないが、
「こっちは金はろとんじゃ、返すんが筋やろが」
などと怒鳴り散らして、真向かった僕の顔にタバコの煙を
ぷ、っと吹きかけた。




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僕はこういう輩の相手には手馴れている。
大阪で身長190cmの白人に絡まれて撃退したこともある。
ただし、薬物中毒者に絡まれた場合はとにかく逃げること、
チンピラに対しては務めて刺激を与えず、最低限の痛みで
事を解決するようにすることが肝要なことを知ってもいる。
無理に事を引き伸ばせば危害を加えられる可能性があるからだ。




大体が、タバコ屋で小銭を恐喝する程度のことしか出来ない
男など、たいしたタマではない。
だから、そのような社会の屑に危害を加えられるというのは
こちら側の人間としての尊厳に関わるゆえ、
避けるのが賢明な判断である。
下手に恫喝でもして刃物を出され、腹を深く刺されたのでは
まるっきり犬死である。




それに、自動販売機はそう容易くは故障しない。
商品の売上個数と代金が一致していない場合には
ちゃんとエラー表示をしてくれるように出来ているから
このチンピラが主張しているのは嘘であることなど
最初から明白である。




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自動販売機のメンテナンス会社に連絡する、と言うが、
それでは対応が遅いやろが、誠意っちゅうもんがあるやろが、
とにかく払えや、となる。
そもそも何で一昨日のことを今日言うんや、そのときに
いえばええやないか、といえば、
仕事があったからや、それに夜あんたらを起こすのも
あれやろが、と、強気なのか弱気なのか理解に苦しむ答えを
返してくる。
おれは金が大事なんじゃ、やからはよ払えや、と言われ、
金が大事なんはこっちも同じじゃ、一円でも足りんかったら
買い物も出来んくらいしっとるやろが、とこちらも言う。





こうした押し問答が15分ほど続き、これ以上の引き伸ばしは
無益であり、リスクが高い、と判断した父親が
ええわ、もうはろたれ、と吐き捨てるように言い、
これでええんやな、と700円をチンピラに渡した。
するとチンピラは急に低姿勢となり、「すんませんでした」と
言いはじめた。
一旦金をもらった人間は弱い。
それまでなら危害のリスクとなりえた一言にも反論しなくなる。
人間というのは面白く、滑稽で、惨めなものだ。




なにが金返してもろてすんませんじゃ、もともとお前の金やろが、
なんで謝るんじゃ、引け目が無いんなら謝ることもないやろが、
と、この程度の言葉を吹っかけても、反応しなくなるのだから
おかしなものである。
言葉を絶えずかけ続けてチンピラを留め置いた隙に、
僕はチンピラの乗ってきた車のナンバーをすばやく控え、
身なり風体を覚え込み、連絡先を上手く聞き出しておいた。




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チンピラは金をもらって以降終始ですます調の言葉を話し、
最後には蹴り開けた店の入り口の扉を丁寧に閉めて帰った。
母は台所から塩を持ってきて店に撒き、
僕は警察に電話して、事の経緯とチンピラの風体、容姿の特徴、
聞き出した連絡先、車種、車のナンバーまでの一切を話した。
応対した警察官は、こうした事例と全く同じことを聴いた、
数件同様の届出がある、といった。




しばらくして、仕事柄面識のある刑事から携帯に電話があった。
連絡先などをどうやって聞き出したのかを問われ、
交渉の際に、金は渡すから連絡先をくれ、といって提示された
ものである旨を伝えておいた。
刑事には、何か心当たりがあるようだった。
とりあえず、聴き取った連絡先には連絡を一切しないこと、
自販機管理会社に事を連絡し、故障の有無等の調査をし、
それと同時に、件のチンピラについての情報を提供すること、
もしも再び何か向こうから行動が起こされた場合には
即警察を呼ぶこと、といった対応策をもらった。




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非常に後味が悪い。
今日一日、泥砂を胸にいっぱいに飲み込んだような心持で
不機嫌極まりなく過ごした。
憤りのやり場も無く、胸糞悪いこととはまさにこのことだ。
しかし、一般市民は自分で自分の身を守るより他に無い。
かわいそうなのはもうすぐ米寿を迎える祖母である。
チンピラもおそらくは経営者が老人であることを知って
ここにやって来たに違いない。
乞食に捨て金を恵んでやったのだと思ったほうがいいよ、
というと、祖母は悲しそうに笑った。




このようなことは1年に1度は必ずある。
20年前には、自動販売機が壊れているようだといって、
自販機販売会社の名刺を示して小太りの男が店を訪ねてきた。
今でも僕ははっきりと覚えている。
僕はその場に居合わせていた。
信用した今は亡き祖父が自販機を開けると、
男は何やら自動販売機に細工をし始めた。
その素振りを見て、これはおかしい、と気付いた父が、
わざとそのままに犯行を進めさせるように祖父に告げた。
修理の振りをして500円玉を機械から巧妙に抜き取っている間に
父は美研上がりの卓越したデッサン力で男の似顔絵を書きとめ、
警察庁に務めていた友人を通して直に手配を依頼した。
男が逮捕されたのはのはその1ヶ月後のことだった。




世の中には、惨めであり、かわいそうであるが、
一厘の情をかける気もしない人間の屑というものがいる。
自分の身を守るには、出来るだけ遠ざけるより他は無い。
しかし、しがらみとはよく言ったもので、
川に打ち込んだ杭には、何もせずとも色々なものが
流れ着いて絡んでくるものだ。




あのチンピラには明日にでも自損の交通事故で
即死してもらいたい。
人間の屑を処分するには、それが手っ取り早い。
どうせ地獄に行くのだから、苦痛をそれほど感じずに
いられるのなら、輩も幸せなことだろう。




今日はとりあえず、家族で酒を飲むことにした。
祖母の米寿の祝いには、何がいいだろう。

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