'10.2.13
昨年88歳で亡くなった庄野潤三さんが、「この夏の思い出」に書いていた。
むかし、三人の子供が小さかったころ、私たちは夏休みが来ると、子供を連れて外房の太海(ふとみ)海岸へ行き、子供らを泳がせた。おかげさまで三人とも小学生のうちにいくらでも泳げるようになった。長女は中でもいちばん泳ぐのが好きで、…
平成7年8月、77歳のときの文章になる。
このくだりを読みながら思い出す事があった。
私は反対の内房の保田(ほた)へ、毎年両親と姉弟の五人が一泊で出かけていた。やはり小学生のころだ。父の勤める会社が、社員やその家族のために“海の家”を提供していてくれた。
庄野さんは父より3歳年上だが10年以上も長生きされた。
「三人の子供」の年代は両家ほぼ同じだった。
庄野ワールドに描かれた平穏な日常のいとおしさや豊な味わい、今にしてそれがより深く感じられるようだ。思いがけなくもこうした夏の記憶がよみがえったけれど、自分が生きてきた「時代」をついそこに懐かしく重ねてしまう。
民宿から海は近かった。
細い路地を歩けば目の前に海が見えてくる。足を砂だらけにして行き来したのだったと思う。
こちらの長女は、水泳はからっきしダメ。中学校時代の体育でプールの授業、まだ梅雨も明けない肌寒い日にも既に始まるが、この授業をどうサボルかだった。あれこれ理由をつけてほとんど見学していたはずだ。補習もなかったし、まあ~よかった。
書店でガイドブックを開いてみたが、保田のページは見当たらなかった。
ネットであれこれ…、千葉県安房郡鋸南町保田、だった。
昨年88歳で亡くなった庄野潤三さんが、「この夏の思い出」に書いていた。
むかし、三人の子供が小さかったころ、私たちは夏休みが来ると、子供を連れて外房の太海(ふとみ)海岸へ行き、子供らを泳がせた。おかげさまで三人とも小学生のうちにいくらでも泳げるようになった。長女は中でもいちばん泳ぐのが好きで、…
平成7年8月、77歳のときの文章になる。
このくだりを読みながら思い出す事があった。
私は反対の内房の保田(ほた)へ、毎年両親と姉弟の五人が一泊で出かけていた。やはり小学生のころだ。父の勤める会社が、社員やその家族のために“海の家”を提供していてくれた。
庄野さんは父より3歳年上だが10年以上も長生きされた。
「三人の子供」の年代は両家ほぼ同じだった。
庄野ワールドに描かれた平穏な日常のいとおしさや豊な味わい、今にしてそれがより深く感じられるようだ。思いがけなくもこうした夏の記憶がよみがえったけれど、自分が生きてきた「時代」をついそこに懐かしく重ねてしまう。
民宿から海は近かった。
細い路地を歩けば目の前に海が見えてくる。足を砂だらけにして行き来したのだったと思う。
こちらの長女は、水泳はからっきしダメ。中学校時代の体育でプールの授業、まだ梅雨も明けない肌寒い日にも既に始まるが、この授業をどうサボルかだった。あれこれ理由をつけてほとんど見学していたはずだ。補習もなかったし、まあ~よかった。
書店でガイドブックを開いてみたが、保田のページは見当たらなかった。
ネットであれこれ…、千葉県安房郡鋸南町保田、だった。
こちらは盛夏には猪苗代湖です。
湖水浴、湖畔にテントを張って・・・。
30年も前の情景が昨日のようによみがえります。
何度か行くうち、みんなきれいに泳げるようになりました。
そうそう、涼しくなる前に行かなくては。孫たちと。
今孫はスイミングスクール3年目。
最近、思い出に日々が充実することを実感しています。
内房の保田、今一度訪ねてみたくなる浜辺なのでしょうね。
最も近いkeiさんの夏の思い出となると、日本の真冬の2月半ばというのが、いかにも対照的でなんとも愉快ですね。
Loveletter In the Sand というのがむかしありましたね~。
それとなく砂浜に日付を残す見事な演出。
過ぎ去りしブリスベンの夏。2月。
Jessieちゃんの裸の後ろ姿とともに懐かしく思い出されますね。
この夏も、もうしばらくの暑さ、お元気で乗り切って下さいね。
先ずピンク色が目に入りました。
Jessieちゃんとすぐわかりましたよ。
一番嬉しいプレゼントだったでしょう。
本堂の工事も最終段階ですね。
暑い中ご苦労様です。
Keiさんも気遣いなどで大変でしょう。
私の「夏の思い出」は子供と出かけた海よりも
独身時代が思い出されます。それは???です。
夏は日本海の敦賀方面への海水浴、あるいは琵琶湖へ、私が連れて行っておりました。
遊ばせるのがいいところでしたし、さほど上達もしていないわが子たちです。
そちらも海へは遠そうですね。猪苗代湖といえば不思議と野口英世です。琵琶湖はだいぶ汚れていました。
スイミングスクール通いが楽しそうですね、マッチャンさんが。行くのをお忘れになりませんよう~。
とんでもないところから思い出すきっかけをもらって…。父も母も若かったです。当たり前ですが、姿が浮かんできます。
久しぶりの海は、ヌーサ国立公園へ行ったときです。波が砕け引いていく力が怖く感じたくらいでした。でっかい海です!
この日の帰り道、Jayの運転に酔いました。調子が崩れ、あとをひきました。
運転は上手ですが、後部座席というのがつらいところです。
文字が消えないうちに読んでもらわないといけませんね。
甲子園の高校野球のラジオ中継をガンガンにかけながら、庭師が境内の松の手入れをしてくれていました。懐かしい夏の風景です。松は枯れ、庭師も亡くなりました。
ひと夏の…、素敵なあっつい思い出が、きっとたくさんのありでしょうね。
活動的なReiさんでしたでしょう!?