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KYOKUKENZO'S WORKSHOP 2025

「道」は自ら切り開くもの。
他人の後追いは「道」にあらず。

導師の説法。

2016年04月15日 | 歳時記
友が逝って 49日が経ち

納骨法要の案内を
いただいたので参列しました。

小母さんや奥さんを労い
友だちと話したりして
なんだかんだの後に
導師の読経が始まりました。

そしてお定まりの説法。
おや。この坊さん、
なかなか良いことを言う。

いつもならそこで
アクビがでる流れだが
今回は最後まで聞けました。

いわく、

仏語には「薫習」という
言葉があるという。


「薫習」
=「くんじゅう」とは

いつも香を薫じていると
いつのまにかその部屋や
敷物にまで、香りが
染みついてしまうように、

人の精神や行いが
他の心の奥底まで
影響を与えていくこと。

すなわち、

優れた人に親しんでいると、
気がつかないうちに、
自分も同じようになれる。
・・・ということ。


なるほどね。

見賢思斉。
以友輔仁。にも
通ずるものがあります。

日々の家庭生活で
しつけや思いやりの心は
親から子へ熏習されて育つもの。

私たちの心のありかたが
いかに大切なものか。

私は親として子供たちに
キチンと薫習できただろうか。

改めて考えさせられました。

それから友の納骨に立会い
私たちはその寺を後にしました。kyokukenzo
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