八戸市医師会主催で開催した市民公開講座の報告です(市医師会および青森県医師会報に掲載予定)。
講演資料および追加質問への回答は→こちらに掲載されています。
青森県医師会生涯教育講座・市民公開講座
2017年7月15日(土) 八戸グランドホテル
「3.11以降の原子力政策
〜青森県民と核燃料サイクルを考える〜」
長崎大学核兵器廃絶研究センター長
鈴木達治郎教授
今回初めて市民公開講座として開催した。期待通りの充実した内容であったが、その意義を現実のものにするためには、今後の青森県民の主体的な選択が不可欠である。全てを要約できないので、ブログに掲載してある発表資料と追加質問への回答にも目を通していただきたい。印象的な部分のみ書き出してみたが、筆者の感想や意見が一部混在しているのでご注意下さい。
福島事故の責任と教訓、廃炉・復興への課題
鈴木氏は事故当時、原子力委員会委員長代理の職責にあり、講演の冒頭で原子力に関わってきた責任と謝罪を表明した。最大の教訓は「想定外を想定すること」であり、リスクに対する考え方を根本的に見直して、安全・安心の説明だけでなく、トランス・サイエンスの課題として社会との信頼関係が最も重要であるとした。
専門家への信頼も崩壊した(注:原子力だけでなく医学も同様)。国民との信頼回復が最大の課題であり、自律(自立)的な第三者機関における、政策決定プロセスの見直し、透明化が必要なことを幾度も強調された。(現政権においてむしろ逆行していることを示している)
専門家の信頼喪失と社会的責任
石橋克彦氏(1997年「原発震災」)と、中越沖地震(2007年)の柏崎原発事故後にシンポジウムを開催して原発と地震の危険性を再検討できないか模索したが、実現できなかった。
伊方裁判(1975年)において、被告側の専門家は「炉心溶融事故は起こらないという風に設計して作った」と証言した。
電力業界、東京電力は大津波が電源喪失につながる可能性を知っていた。(添田孝史『原発と大津波:警告を葬った人々』)
大洗のプルトニウム被ばく事故でも、ずさんな管理体制が明らかになっており、教訓は学ばれていない。(その後、INESレベル2と評価)
エネルギー政策の構造改革
1)原子力依存度低減:低炭素電源交付金制度への転換、2)脱炭素化:炭素価格(炭素税、排出権制度)の導入、3)国民の信頼醸成:第三者機関による総合評価と意思決定プロセスの改革(市民参加など)が必要である。
温暖化ガス削減と経済成長は両立可能で、省エネが決め手である。2050年までに60%削減可能で、脱原発と原発15%で削減効果に差はみられない。(CO2回収・貯留の実用化が前提)
核燃料サイクルの現実
もんじゅ廃炉で高速増殖炉サイクルは消滅し、MOXリサイクルも1回のみ(多くて2〜3回だが、第二再処理工場の見込みはなく、処分方法は決まっていない)である。再処理は3分の1のみで、余剰プルトニウムは48トンに達している。再処理せずに埋める直接処分は、法的には最終処分法に含まれていない。
原子力委員会における政策見直し(2012年)
福島事故後に原子力委員会小委員会で全面的見直しを行い、MOXサイクルおよびワンススルーのみが実用化しうる選択肢だとされた。
どの選択肢を選ぶにせよ、将来の政策変更に対応できるよう備えることを提言した。具体的には、乾式貯蔵を拡大して、直接処分を可能とし、全量再処理路線からの脱却が必要である。
再処理を実施する意味は?
再処理は経済性で最も劣る。廃棄物の減容・無害化の根拠とされている政府資料には、普通の人が読まない「但し書き」が書き込まれてあり、実際には減容・無害化には繋がらない。
杤山修・経産省地層処分技術WG委員長の以下の提言が講演の中でそのまま引用された。
「再処理は使用済み核燃料の中に残ったウランやプルトニウムに取り出す価値があるから行うのであり、処分のためではない。使う価値がないなら再処理せずにそのまま埋める直接処分の方がいい。核燃料を溶かして一度危険な状態にする上、捨てにくく技術的課題が多い超ウラン元素(TRU)廃棄物が出るなど、再処理は不利なものだ」(毎日新聞 2014年5月23日)
再処理等拠出金法(2016)は附帯決議が重要
同法により再処理機構が発足し、全量再処理が固定化されることになった。ただし、国会審議により附帯決議が追加され、直接処分を含む幅広い選択肢を確保した政策の見直しや、「利用目的のないプルトニウムを持たない」原則の堅持などが盛り込まれた。この決議に法的拘束力はないが、現実の動きに繋がっていくか注視していく必要がある。
日米原子力協定 2018年問題
自由に再処理できる「事前包括同意」方式について、プルトニウム増加、韓国・中国への悪影響、北朝鮮・イラン等への再処理抑制が困難になるといった理由により、米高官や専門家からも懸念が表明されているが、トランプ政権の方針が定まらず自動継続される可能性が高い。
(8月に就任した河野太郎外相は、協定の改定を検討していく可能性について言及している)
プルトニウム問題の解決策
1)全量再処理からの脱却
・直接処分を可能とすること
・使用済み燃料貯蔵容量の確保
・立地地域との対話と新たな地域振興策の検討
2)プルトニウム削減へのコミットメント
・プルサーマル以外の選択肢も検討
・英国提案(処分費用を支払えば引き取る)の検討
・国際協力による代替処分方法の検討
最終処分場問題 政府方針での解決は悲観的
政府基本方針と学術会議提言(ともに2015年)では姿勢に大きな違いがある。学術会議から総量規制、暫定保管(使用済み核燃料とガラス固化体)、第三者機関(国民会議と専門委員会)による国民的合意などが提言されたが、政府方針にはほとんど取り入れられず、評価・提言は原子力委員会が行うことになっている。
7月末に科学的特性マップが公開され、国から自治体への申し入れも行われることになっているが、問題解決の可能性は低いのではないかと質問したところ、ほぼ同意していただいた。
トリチウム問題 福島と六ヶ所の違いは?
福島の事故処理費用は22兆円では収まらず、50〜70兆円になる恐れがあるとの報告が紹介された。その主な要因は、汚染水のトリチウム処理費用20兆円と、廃炉費用11兆円、除染廃棄物の最終処分30兆円である。
汚染水についてはトリチウムを処理せず希釈して放出する案が有力視されていたが、講演の直前に東電の新会長が放出の方針を表明して、漁業関係者や地元政治家の猛反発にあい、暗礁に乗り上げた形になっている。
このトリチウム排出問題は、六ヶ所再処理工場の主要な論点の一つであり、参加者からも質問が出た。鈴木氏からの追加回答によると、六ヶ所再処理工場から、福島のトリチウム総量の約半分を1年間で放出する計算になるという。
沖合3キロの海底から海水で希釈されるため人体に影響はないというのが公式見解だが、潮の流れにより局地的に濃くなる可能性を鈴木氏も言及しており、福島の汚染水問題と関連して、六ヶ所でもあらためて議論・評価する場を設ける必要性があると述べられた。
「青森問題」をどう考えるか
討議の最後に、参加者から「青森問題」すなわち脱原発・再処理中止なら六ヶ所の使用済み燃料を搬出するという覚書が原子力政策の転換を困難にしている構造について質問が出た。
鈴木氏は、新潟県内で原発依存からの脱却が予想以上に進んでいるという調査(『崩れた原発「経済神話」』)を紹介した一方で、六ヶ所では話が大きく容易ではないとも述べられた。
更に、経済的要因から再処理の是非が検討された2004年に、六ヶ所村への補償として1千億円の基金を積む案も出たという話が紹介された。1千億円と引き換えに、廃炉費用も含めて何兆円もの損失を防ぐことが可能だったのだ。
この「青森問題」は、今この時代に生きる青森県民(私たち自身)が、福島原発事故後の原子力政策の選択肢を決めるという重要な役割を担わされていることを意味している。この講演会の目的もそこにあった。その意味で、主催者側である医師会員の参加が少なかっただけでなく、委員会の協力も乏しかったことは大変残念であり、意識のギャップを感じざるを得なかった。
講演資料および追加質問への回答は→こちらに掲載されています。
青森県医師会生涯教育講座・市民公開講座
2017年7月15日(土) 八戸グランドホテル
「3.11以降の原子力政策
〜青森県民と核燃料サイクルを考える〜」
長崎大学核兵器廃絶研究センター長
鈴木達治郎教授
今回初めて市民公開講座として開催した。期待通りの充実した内容であったが、その意義を現実のものにするためには、今後の青森県民の主体的な選択が不可欠である。全てを要約できないので、ブログに掲載してある発表資料と追加質問への回答にも目を通していただきたい。印象的な部分のみ書き出してみたが、筆者の感想や意見が一部混在しているのでご注意下さい。
福島事故の責任と教訓、廃炉・復興への課題
鈴木氏は事故当時、原子力委員会委員長代理の職責にあり、講演の冒頭で原子力に関わってきた責任と謝罪を表明した。最大の教訓は「想定外を想定すること」であり、リスクに対する考え方を根本的に見直して、安全・安心の説明だけでなく、トランス・サイエンスの課題として社会との信頼関係が最も重要であるとした。
専門家への信頼も崩壊した(注:原子力だけでなく医学も同様)。国民との信頼回復が最大の課題であり、自律(自立)的な第三者機関における、政策決定プロセスの見直し、透明化が必要なことを幾度も強調された。(現政権においてむしろ逆行していることを示している)
専門家の信頼喪失と社会的責任
石橋克彦氏(1997年「原発震災」)と、中越沖地震(2007年)の柏崎原発事故後にシンポジウムを開催して原発と地震の危険性を再検討できないか模索したが、実現できなかった。
伊方裁判(1975年)において、被告側の専門家は「炉心溶融事故は起こらないという風に設計して作った」と証言した。
電力業界、東京電力は大津波が電源喪失につながる可能性を知っていた。(添田孝史『原発と大津波:警告を葬った人々』)
大洗のプルトニウム被ばく事故でも、ずさんな管理体制が明らかになっており、教訓は学ばれていない。(その後、INESレベル2と評価)
エネルギー政策の構造改革
1)原子力依存度低減:低炭素電源交付金制度への転換、2)脱炭素化:炭素価格(炭素税、排出権制度)の導入、3)国民の信頼醸成:第三者機関による総合評価と意思決定プロセスの改革(市民参加など)が必要である。
温暖化ガス削減と経済成長は両立可能で、省エネが決め手である。2050年までに60%削減可能で、脱原発と原発15%で削減効果に差はみられない。(CO2回収・貯留の実用化が前提)
核燃料サイクルの現実
もんじゅ廃炉で高速増殖炉サイクルは消滅し、MOXリサイクルも1回のみ(多くて2〜3回だが、第二再処理工場の見込みはなく、処分方法は決まっていない)である。再処理は3分の1のみで、余剰プルトニウムは48トンに達している。再処理せずに埋める直接処分は、法的には最終処分法に含まれていない。
原子力委員会における政策見直し(2012年)
福島事故後に原子力委員会小委員会で全面的見直しを行い、MOXサイクルおよびワンススルーのみが実用化しうる選択肢だとされた。
どの選択肢を選ぶにせよ、将来の政策変更に対応できるよう備えることを提言した。具体的には、乾式貯蔵を拡大して、直接処分を可能とし、全量再処理路線からの脱却が必要である。
再処理を実施する意味は?
再処理は経済性で最も劣る。廃棄物の減容・無害化の根拠とされている政府資料には、普通の人が読まない「但し書き」が書き込まれてあり、実際には減容・無害化には繋がらない。
杤山修・経産省地層処分技術WG委員長の以下の提言が講演の中でそのまま引用された。
「再処理は使用済み核燃料の中に残ったウランやプルトニウムに取り出す価値があるから行うのであり、処分のためではない。使う価値がないなら再処理せずにそのまま埋める直接処分の方がいい。核燃料を溶かして一度危険な状態にする上、捨てにくく技術的課題が多い超ウラン元素(TRU)廃棄物が出るなど、再処理は不利なものだ」(毎日新聞 2014年5月23日)
再処理等拠出金法(2016)は附帯決議が重要
同法により再処理機構が発足し、全量再処理が固定化されることになった。ただし、国会審議により附帯決議が追加され、直接処分を含む幅広い選択肢を確保した政策の見直しや、「利用目的のないプルトニウムを持たない」原則の堅持などが盛り込まれた。この決議に法的拘束力はないが、現実の動きに繋がっていくか注視していく必要がある。
日米原子力協定 2018年問題
自由に再処理できる「事前包括同意」方式について、プルトニウム増加、韓国・中国への悪影響、北朝鮮・イラン等への再処理抑制が困難になるといった理由により、米高官や専門家からも懸念が表明されているが、トランプ政権の方針が定まらず自動継続される可能性が高い。
(8月に就任した河野太郎外相は、協定の改定を検討していく可能性について言及している)
プルトニウム問題の解決策
1)全量再処理からの脱却
・直接処分を可能とすること
・使用済み燃料貯蔵容量の確保
・立地地域との対話と新たな地域振興策の検討
2)プルトニウム削減へのコミットメント
・プルサーマル以外の選択肢も検討
・英国提案(処分費用を支払えば引き取る)の検討
・国際協力による代替処分方法の検討
最終処分場問題 政府方針での解決は悲観的
政府基本方針と学術会議提言(ともに2015年)では姿勢に大きな違いがある。学術会議から総量規制、暫定保管(使用済み核燃料とガラス固化体)、第三者機関(国民会議と専門委員会)による国民的合意などが提言されたが、政府方針にはほとんど取り入れられず、評価・提言は原子力委員会が行うことになっている。
7月末に科学的特性マップが公開され、国から自治体への申し入れも行われることになっているが、問題解決の可能性は低いのではないかと質問したところ、ほぼ同意していただいた。
トリチウム問題 福島と六ヶ所の違いは?
福島の事故処理費用は22兆円では収まらず、50〜70兆円になる恐れがあるとの報告が紹介された。その主な要因は、汚染水のトリチウム処理費用20兆円と、廃炉費用11兆円、除染廃棄物の最終処分30兆円である。
汚染水についてはトリチウムを処理せず希釈して放出する案が有力視されていたが、講演の直前に東電の新会長が放出の方針を表明して、漁業関係者や地元政治家の猛反発にあい、暗礁に乗り上げた形になっている。
このトリチウム排出問題は、六ヶ所再処理工場の主要な論点の一つであり、参加者からも質問が出た。鈴木氏からの追加回答によると、六ヶ所再処理工場から、福島のトリチウム総量の約半分を1年間で放出する計算になるという。
沖合3キロの海底から海水で希釈されるため人体に影響はないというのが公式見解だが、潮の流れにより局地的に濃くなる可能性を鈴木氏も言及しており、福島の汚染水問題と関連して、六ヶ所でもあらためて議論・評価する場を設ける必要性があると述べられた。
「青森問題」をどう考えるか
討議の最後に、参加者から「青森問題」すなわち脱原発・再処理中止なら六ヶ所の使用済み燃料を搬出するという覚書が原子力政策の転換を困難にしている構造について質問が出た。
鈴木氏は、新潟県内で原発依存からの脱却が予想以上に進んでいるという調査(『崩れた原発「経済神話」』)を紹介した一方で、六ヶ所では話が大きく容易ではないとも述べられた。
更に、経済的要因から再処理の是非が検討された2004年に、六ヶ所村への補償として1千億円の基金を積む案も出たという話が紹介された。1千億円と引き換えに、廃炉費用も含めて何兆円もの損失を防ぐことが可能だったのだ。
この「青森問題」は、今この時代に生きる青森県民(私たち自身)が、福島原発事故後の原子力政策の選択肢を決めるという重要な役割を担わされていることを意味している。この講演会の目的もそこにあった。その意味で、主催者側である医師会員の参加が少なかっただけでなく、委員会の協力も乏しかったことは大変残念であり、意識のギャップを感じざるを得なかった。