K RAUM  お料理を主に日々のことを書いています。

奈良へ⑦

2009年11月22日(日)曇一時小雨

父の命日の月なので家族が集合しました。
父が生きている頃、家族の集合の時はダイニングのテーブルに手製の折りたたみテーブルをつなげてお食事をしましたが、今はそのようなことをする人が居ません。そこで、リヴィングのテーブルを座卓としました。いつもは椅子の生活ですが、座卓を囲み、座るのもなかなかいいな、と。料理は母がばっちり、作りました。86歳ですが、献立を考え数日前から作っていましたので、娘のコッコーからみてもスゴイと思いました。コッコーは鯛のカルパッチョと豚シャブシャブ風サラダを作りました。



奈良へ(2009年11月14日)

東大寺前の道を東へ上っていくと正面に手向山神社があります。


菅原道真の「このたびは幣もとりあえず手向山紅葉の錦神のまにまに」の手向山はこの手向山神社です。のぼり坂をあがりきると、紅葉の色にハッと、明るい感じがするところでした。
幣は神にささげる供物

手向山を左へ曲がると三月堂(法華堂)です。


この建物は好きです。
なんと上手に建て増しをしたのかと
左が奈良時代、右が鎌倉時代に和様で建て増したものです。
奈良時代の天平年間の建造物で現存しているのは法華堂と東大寺転害門、そして唐招提寺金堂だけなので貴重な法華堂です。
内部は奈良時代の部分に天平の諸仏が並び、鎌倉時代の部分は礼堂です。
拝観者は礼堂から諸仏を拝観します。
奈良時代の仏教は個人の救済するものではなく「鎮護国家」でした。平安時代末期の法然の浄土宗に始まる個人の救済へと日本仏教の変遷を建造物が表していることにおもしろさがあります。
堂内は本尊の不空羂索観音・日光月光菩薩などなど天平仏の宝庫です。左右の奥の厨子の弁才天・吉祥天は崩れそうに破損していますが、なぜか好きです。
執金剛神像を一度鑑賞したいな・・・・・(12月16日のみ開扉、秘仏です)・・・


法華堂を出たところで午後三時でした。
集まりまであと3時間もあるので、一休みしましょ。ですが、一人で飲食店に入って事がないので・・・これも経験と、三月堂(法華堂)と向かい合っている茶店に入りました。



わらびもち、美味しかったですよ。

この日は暖かかったので、抹茶ソフトを食べている人が多かったです。


このお寺の名前の由来は
創建の天平年間には不空羂索観音ガ本尊だったので羂索堂といっていたようです。
このお寺は毎年3月に法華経を講ずるの法華会がありました。そこから三月堂、法華堂と呼ぶようになったようですね。
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