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特集ワイド:この国はどこへ行こうとしているのか 「平和」の名の下に 哲学者・西谷修さん(毎日新聞)

2015-11-17 15:22:56 | 平和 戦争 自衛隊

特集ワイド:この国はどこへ行こうとしているのか 「平和」の名の下に 哲学者・西谷修さん

毎日新聞 2015年06月04日 東京夕刊

 

 ◇隷従を拒み「非戦」貫け

 「私のところに来るなんて、何か間違えたのかな?」。「座敷ろう」と自ら呼ぶ細長い研究室で顔を合わせた途端、いたずらっぽい笑みを浮かべた。謙遜か、それとも「私の言葉を活字にするだけの気概を持っているか」と問いかけるジャブか。

 のっけから厳しい政権評は、どうも後者らしいと思わせるに十分だった。「犬について議論をする時、『それは犬だ』という共通認識がない限り、コミュニケーションは成立しません。だが彼らは『明日からは猫だ』と言う。これは解釈ではなく、意味の取り換えです。そうやって憲法を無視しても、それを止める方法はないと見切ったうえで、ぬけぬけと一線を越えている。これまでのどの自民党政権もやらなかったことです」

 集団的自衛権(日本と関係の深い国が攻撃された時に反撃する権利)の行使を禁じていた憲法9条の「解釈変更」しかり。国是の「専守防衛」についても「相手から武力攻撃を受けた時に初めて防衛力を行使する」とした従来の定義に対し、安倍晋三首相は「我が国の存立が脅かされ、国民の権利が根底から覆される明白な危険。これを防衛するのは、まさに専守防衛だ」と主張し始めた。

 それもこれも「切れ目のない安全保障体制」を構築するためだという。西谷さんには「亡国の道」にしか見えない。

 「テクノロジーの発展とグローバル化の中、利害が複雑に絡み合った大国同士の戦争は起きにくい。米国が求めているのはテロとの戦いを手伝ってくれる国です」。国家間の戦争ならば、お互いの行為に責任を持つ一応のルールがある。それは無秩序な暴力を抑制する知恵だ。

 しかし、対テロ戦争はその仕組みを壊して始まった。自国兵士の犠牲を減らすために無人機が使われ、1人のテロリストを殺すために周囲の人たちを巻き込む「コラテラル・ダメージ(戦闘による民間人被害)」が頻発している。攻撃する側は無人機の映像を見るだけだが、煙の下では地獄絵図が展開する。生き残った人々は米国を憎み、新たなテロリストが生まれる。「対テロ戦争には停戦も和平もない。やればやるほど泥沼化し、日本もそこに巻き込まれる」

 それは国家も汚染する。米本土は爆弾テロにおびえ、国民への監視を強める。「テロリストは撲滅すべき存在であり、何をしても許される。気に入らない、邪魔なやつをテロリストと呼ぶようになる。国会前で特定秘密保護法反対を訴える人たちを『テロと変わらない』とブログに書いた石破茂氏のように」

 「田舎者」と自称する。愛知県の中山間部で育ち、東京大法学部に入ったものの、明治以来の近代日本の学問を引っ張った中江兆民や、坂口安吾、大江健三郎につながる仏文学の潮流にひかれ、卒業後に東京教育大仏文科に入り直した。しかし、仏文のいわゆるハイカラな空気になじめず、仏政府の留学試験を受けてパリ第8大学へ。帰国後は週刊誌のアルバイトなどを経て、大学で仏文学や思想哲学を教えるようになった。

 「世界戦争の時代の人間の条件」や「死」をテーマとする20世紀の仏思想を土台にテロや戦争、沖縄、原発問題などを論じてきた。国会前の集会や、学者の集まりである「立憲デモクラシーの会」「普天間・辺野古問題を考える会」にも参加する。その中で16世紀仏の人文学者、エティエンヌ・ド・ラ・ボエシ(1530〜63年)の「自発的隷従論」の重要性に気づき、2013年11月発行の、ちくま学芸文庫(山上浩嗣訳)で監修を担当した。圧政は支配する側の力で維持されるのではなく、むしろ支配される側の自発的な隷従によって支えられるとする小論だ。「この論の肝は、権力構造の秘密は近代以前も以降も基本的に同じだと言い当てたことです。戦後日本への理解を深めるために、ぜひ出したかった」

 一人の最高権力者に対して、取り巻きがこびへつらい、歓心をかうことで、権威と権力を借りて他の者たちを圧迫しようとする。その取り巻きをさらに取り巻きが囲む。圧政に寄生し、利益を得る無数の隷従者に支えられたシステムである。戦後、日本の統治者たちも、米国にいち早く「隷従」することで身の安泰を確保してきた。その代表例として、A級戦犯容疑者でありながら巣鴨プリズンから解放されて首相になり、新日米安保条約を成立させた安倍首相の祖父・岸信介氏を挙げる。

 近年、中国の台頭を受け、ますます米国に頼らざるをえない状況が生まれている。今また岸氏の孫の安倍首相が、米国の言うままに医療や農業の市場開放を図り、自衛隊の海外派兵を進めるとみる。「4月の米国議会の安倍首相の演説が評価されたのは、安保関連法案成立の約束と環太平洋パートナーシップ協定(TPP)参加の土産を持参したから。これこそ自発的隷従です。祖父から2代、3代を経て隷従は無意識化し、自らは米国に厚遇される一方、国民には『奉仕』を強いる構図が定着してしまっている」

 そんな「自発的隷従」に反旗を翻したのが、沖縄・米軍普天間飛行場の辺野古移設に反対する沖縄だという。「沖縄は、自発的どころか強制的に土地を奪われた。この闘いは民主主義、自治を獲得するためだと頑張っているわけです。そんな沖縄の取り組みを我々がどう支えていけるか。それ次第で、この国のあり方が変わると思うのです」

 巨大与党による強行採決が頭をかすめる。「本当は、まだ言いたくないんだけど……。安保関連法が成立した後の日本に向き合うことも考えなければいけない」と表情を曇らせた。向き合うとは? 「違憲裁判。合法的な支えは司法しかない」

 では、ほかにできることはないのか。「今、考えつくのは、ざわざわと騒ぐこと。一人でも気付いて声を上げる。効果はあるはずです。もしないとしたら……」。言葉を切り、疑念を振り払うかのように「うん、必ず効果はあると思います」とうなずいた。

 「平和主義」という言葉は、使いたくないという。平和とは、ある状態であって、受け身の感じがするから。「政治意思に基づくものなら、はっきりと日本は『非戦』をとると言わなければいけない」。そして、テーブルをたたくまねをする。思いがあふれる。「世界中が戦争をやって当然という国々ばかりの中で『非戦』を掲げる国がある。その国が繁栄している。素晴らしいことじゃないですか。非戦とは『戦争はしない』と言って闘うことなんですよ」

 カメラマンが撮影しようとすると、「いつまでたっても偉そうに見えないんだよ」と照れた。そばの本棚には、黒いサングラスを掛け、大型バイクにまたがる西谷さんの写真が。行動する哲学者らしい1枚だと思った。【石塚孝志】

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 ■人物略歴

 ◇にしたに・おさむ

 1950年生まれ。立教大特任教授。専門は仏文学・思想、比較文明学。「立憲デモクラシーの会」呼びかけ人。「<テロル>との戦争」「理性の探求」「破局のプリズム」など著書多数。

 

 

 

 


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