娘が「人権についての作文を書くように先生から頼まれた」と言って、課題を持ち帰ってきました。
数学や理科などは主人が、作文は私がアドバイスしたりすることがあります。
今回は下調べをしたりする時間もなく、「書くのが嫌になっちゃった」というのが見え見えな文章と字だったので、入賞などはほぼ無理な感じです(^_^.)
「介護について書く」というので、私もいろいろ考えたりしてみたのですが、その中でたまたま目に入ったニュースがありました。
このブログでの2015年3月に取り上げたことのあるニュースですが、「京都認知症母殺害心中未遂事件」。
2006年2月1日未明、京都市伏見区の桂川の遊歩道で、区内の無職片桐康晴(当時54歳)被告が、認知症の母親(86歳)の首を絞めて殺害、自身も死のうとしたが未遂に終わったというものです。
この事件は、「実の母親を殺害するなんて、酷い」と言われてしまいそうな事件ですが、その生活苦や母子のやり取りから地方裁判所の裁判官も目に涙し、「温情判決」となったものです。
今回、見つけたのは「この男性のその後」なのですが、事件後、8年が経った2014年8月、孤独を抱えたまま命を絶ってしまったということでした。
その後のことは知らなかったのですが、一人になってからも生活が苦しく、所持金が数百円になって「もうおしまいだ」と絶望してしまったのでしょうか。
一度は助かった命でしたが、やっぱり絶望の中で「死」を考えてしまったことを残念に思い、どれだけの悲しみの中にあったことかと思い、胸が痛みました。

今日は、家庭集会で聖書のお話をさせていただいた際、上記の話を取り上げました。
私の両親くらいの年齢~それ以上の、お孫さんがいらっしゃる年代の女性が集まっています。
それぞれ、老々介護や家族の「死」を経験したり、と重荷を負っていらっしゃる女性の集まりです。
そこで話題になったことは「知っているか、知らないか」ということでした。
知っているか、知らないか
1つ目は、日本の制度や生き延びる方法を知っているか、知らないかという話題。
日本では「健康で文化的な最低限度の生活(ナショナルミニマム)」での暮らしを保障する制度として「生活保護制度」があるのですが、それらの制度を①知っており、②申請して③活用することで、本来であれば「日本で生活できない」ということはないことになっています。
ただし、不正受給が騒がれたり、生活保護を受ける人に対する厳しい目があるなど、簡単に申請が通らない場合もあり、受給までに数週間かかったりという問題はあるので、1か月の生活費を切ったら、早めに申請しなければなりません。
(貯蓄や財産があると申請できません)
京都市の当時54歳の男性の場合、介護のために仕事を辞めていたのに「あなたはまだ働けるから」と言われ、区役所に3度相談するも生活保護が受けられなかったそうです。
本当に必要な人が受給できず、困窮して心中しなければならないとは、あんまりです。
「保障されているから」として、さらに窓口で訴えていたら違っていたかも・・・?と思ったり、対応した職員さんも、生活保護が難しいならほかの手立てを提案してくれるなどアドバイスがあったら違っていたかも・・・?とも思いますが、この男性は生活保護のことは知っていて相談にも行っていただけに、行き場のないやるせない思いがします。
他に、生き延びるために、例えば炊き出しをしているところ、生活困窮者のための施設などがあるはずなので、この男性は調べたりする力もなく、いろんなことを知らないまま「もうおしまいだ」と思ってしまったのではないかと思います。
2つ目は、福音を聞ける場所(人)を知っているか、知らないかということです。
今日の家庭集会に参加された女性が、やはり同じように絶望した状況の中で教会へ行き、救われて、家族も救われた方の話をしてくださいました。
私も過去に、このブログでNさんのことを書きました。
Nさんは自宅でお母さんを介護し、そのお母さんが亡くなった時にふっと生きる気力を失い、自宅を整理して死のうと思ったそうです。
でもその時に、近所のクリスチャンのお医者さんが毎週木曜日に開催している「聖書のお話」があることを思い出し、「聖書の話を聞いてから死んでも遅くはないだろう」ということで聞きに行ったそうです。
そこでは牧師先生から聖書の話がなされ、まるで自分だけのために語られたかのように感じたNさんは涙を流し、その一回の集会を通してイエス・キリストを信じたそうです。
関連記事「喜びが天にある~泣いたT君~」
こんな話をしながら、「絶望して死を選び取った人と、絶望の中にあっても生きる力が与えられた人との違いは何だろう?」という話になり、「教会や集会があることを知っていたか、知らなかったかの違いではないか?」という話になりました。
人を信じさせることはできないことですが、何かの時に思い出してほしいと願い、私もこのブログを続けています。
生きるために、お金や食べ物は確かに必要なものですが、逆に言えば、お金や食べ物が豊富にあったとしても、絶望してしまうと人は生きられなくなります。
信仰だけでは生活できず、クリスチャンであってもお金や食べ物は必要であることに間違いはないのですが、信仰を持って生きてさえいれば、必要な助けがあり、神が養ってくださるという深いところでの安心感があります。
『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる』(マタイの福音書4章4節)
「私たちの日ごとの糧をきょうもお与えください。」(マタイの福音書6章34節)
「あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。労苦はその日その日に、十分あります。(マタイの福音書6章34節)
聖書は、今日一日を生きること(1日単位で考えること)、明日や将来のことを先々まで思い煩う必要はないことを教えています。
それが悩みから解放する「悲観することのない生き方」であり、考え方であり、「今日一日を守ってくださってありがとうございます」と、神に感謝する生き方へ変えられます。
神様の方法は、先の先まで見せて安心させることはせず、一歩一歩を示して従うようにと導かれます。
神様の導きというのは、遠くまで照らす「サーチライト」のようではなく、足元だけを照らす「ともしび」だと聖書に書かれており、私も実生活の中で「本当にその通りだ」と痛感することは多くあります。
参照記事
・京都認知症母殺害心中未遂事件についてはこちら。
・京都認知症母殺害心中未遂事件について書いた過去記事
「川崎中1殺害事件を考える(2)」
男子60キロ級決勝 銀メダルの広瀬誠は表彰式で子どもたちの写真を披露する(撮影・山崎安昭)
<リオ・パラリンピック:柔道>◇8日◇男子60キロ級(視覚障害)
広瀬誠(39=愛知県立名古屋盲学校教)が、銀メダルを獲得して今大会の日本選手団メダル第1号となった。
決勝は世界ランク1位のウズベキスタン選手に一本負けしたが、04年アテネ大会の銀メダルに続く、2つめのメダルを12年ぶりに獲得した。
決勝は開始早々に技ありを奪われ、その後は積極的に攻めたが、内股を返されて、合わせ技一本負けを喫した。アテネ大会の銀メダルを上回ることはできなかったが、スタンドから「お父さんガンバレ」の声援を送った3人の娘に、3大会ぶりのメダルを見せることができた。
西尾東高1年から柔道を始めたが、2年の終わり頃に視覚神経が萎縮するレーベル病を発症。本が読めなくなり、生活も不自由になったが、特別支援学校教員になるために進学した筑波大理療科で柔道を続け、04年アテネ・パラリンピックで銀メダルを獲得した。
08年北京大会は減量苦の影響で7位に終わり、66キロ級で出場した12年ロンドン大会は3位決定戦で敗れた。その後、引退を考えたが、3人の娘(5歳、3歳、1歳)に「父親が障害がありながらも頑張っている姿を見せたい」という理由で13年から再び練習を再開した。表彰式後はスタンドに歩み寄り、娘たちの首に銀メダルを駆けた。金メダルは逃したが、「子どもの記憶に残る戦いを見せたい」という目標は見事に達成した。