http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2015122602000140.htmlより転載
【社説】
安倍内閣3年 憲法軽視の「一強」政治
「集団的自衛権の行使」「立憲主義の否定」。憲法がこれほど政治の中心課題だった年は、近年なかったのではないか。安倍内閣、きょうで発足三年。
京都市東山区の名刹(めいさつ)、清水寺にある「清水の舞台」。森清範貫主が縦一・五メートル、横一・三メートルの越前和紙に、特大の筆を一気に走らせる。鮮やかな墨痕。
「安」
二〇一五年の世相を一文字で表す、毎年恒例の「今年の漢字」である。募集した日本漢字能力検定協会によると、応募総数約十三万票のうち、最多の「安」は六千票近くを占めた、という。
◆安保法への関心高く
同協会は、応募者のコメントなどを基に「安」となった背景を、安全保障関連法への国民の関心が高まった▽テロ事件や異常気象が人々を不安にさせた▽建築偽装やメーカー不正の発覚で暮らしの安全が揺らいで、人々が安心を求めた、などと分析する。
同様に「安」を選んだ政治家がいる。安倍晋三首相である。
「今年はテロや災害が続き、国民の安全や安心を願う気持ちが強かったのではないか。政治の責任としては、国民の安全をしっかりと守り抜いていく。『安』を倍増すると『安倍』になる」
首相官邸でこう語り、記者団の笑いを誘った。
一二年十二月の衆院選で自民党が民主党から政権を奪還し、安倍氏が再び首相に就いて二十六日で三年がたつ。
その後、一三年七月の参院選に勝利して、参院で与党が半数に満たない「衆参ねじれ状態」を解消し、一四年十二月の衆院選で再び勝利した。今や安倍首相率いる官邸「一強」ともいわれる政治情勢である。
その首相が今年、最も政治力を注いだのが、集団的自衛権の行使に道を開く安保関連法であろう。
◆一内閣で解釈を変更
振り返れば、なぜあれほどまでに急ぎ、あれほどまでに強硬に、法律を成立させなければいけなかったのか、疑問が募る。
安保法は九月十九日に参院で可決、成立したが、施行はいまだされず、政府は一六年度予算案にも反映していない、としている。
国連平和維持活動(PKO)に派遣する自衛隊への「駆けつけ警護」任務の追加も、来年の参院選以降に先送りされる、という。
安保法の早期成立を必要とする切迫した立法事実がどこにあったと言うのだろうか。
首相が衆院解散に踏み切り、衆参同日選の可能性も指摘される。選挙で安保法が主要争点となることを避けるため、強行してでも早めに法律を成立させ、国民の反発が冷めるのを待つ狙いがあったとしか考えられない。
外国同士の戦争に参加する集団的自衛権の行使が憲法に違反するという政府の解釈は、国会での長年の議論を経て定着し、自民党を含む歴代内閣が堅持してきた。
海外では武力の行使をせず「専守防衛」に徹するという、日本国民の血肉と化した憲法九条の平和主義は日本人だけで三百十万人、内外で膨大な犠牲を出した先の大戦に対する痛切な反省に基づく誓いであり、切実な願いでもある。
その解釈を一内閣の判断で強引に変えたのが安倍内閣である。
憲法解釈を時の政権が自由に変えることができるなら、憲法は法的安定性を失うばかりか、主権者たる国民の手を離れ、統治の道具に堕してしまう。
国民が憲法を通じて権力を律する「立憲主義」は根底から覆るとの批判が湧き上がるのも当然だ。
憲法に誠実に向き合おうとしない安倍内閣の政治姿勢は、安保法にとどまらない。
野党側は十月、衆参いずれかで四分の一以上の要求があれば、内閣は臨時国会の「召集を決定しなければならない」と定める憲法五三条に基づいて臨時国会召集を要求したが、政権側は拒否した。あからさまな憲法軽視である。
九条などの改正を目指す安倍首相にとって、占領下でつくられた現行憲法は脱却すべき「戦後レジーム(体制)」なのだろう。
◆公務員には尊重義務
かといって、憲法を軽視していいという理由にはならない。天皇および国務大臣、国会議員、裁判官、公務員は憲法を尊重し、擁護する義務を負っているからだ。
来年は日本国憲法が公布されて七十年の節目の年に当たる。安倍政権はいずれ衆参両院で三分の二以上の多数を得て憲法改正を発議したいと考えているに違いない。おおさか維新の会との蜜月関係もその布石なのだろう。
憲法改正か否かを最終的に決めるのは、国民投票をする国民自身ではあるが、政治指導者の役割は無視し得ない。何年か先に振り返り、今年が「憲法崩壊元年」と呼ばれぬことを祈るばかりである。