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異教の地「日本」 ~二つの愛する”J”のために!

言論宗教の自由が保障され、ひとりひとりの人権が尊ばれ、共に生きることを喜ぶ、愛すべき日本の地であることを願う。

【社説】 安倍内閣3年 憲法軽視の「一強」政治 (東京新聞)

2015-12-26 22:57:40 | 報道

東京新聞 TOKYO Webhttp://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2015122602000140.htmlより転載

【社説】

安倍内閣3年 憲法軽視の「一強」政治

 「集団的自衛権の行使」「立憲主義の否定」。憲法がこれほど政治の中心課題だった年は、近年なかったのではないか。安倍内閣、きょうで発足三年。

 京都市東山区の名刹(めいさつ)、清水寺にある「清水の舞台」。森清範貫主が縦一・五メートル、横一・三メートルの越前和紙に、特大の筆を一気に走らせる。鮮やかな墨痕。

 「安」

 二〇一五年の世相を一文字で表す、毎年恒例の「今年の漢字」である。募集した日本漢字能力検定協会によると、応募総数約十三万票のうち、最多の「安」は六千票近くを占めた、という。

◆安保法への関心高く

 同協会は、応募者のコメントなどを基に「安」となった背景を、安全保障関連法への国民の関心が高まった▽テロ事件や異常気象が人々を不安にさせた▽建築偽装やメーカー不正の発覚で暮らしの安全が揺らいで、人々が安心を求めた、などと分析する。

 同様に「安」を選んだ政治家がいる。安倍晋三首相である。

 「今年はテロや災害が続き、国民の安全や安心を願う気持ちが強かったのではないか。政治の責任としては、国民の安全をしっかりと守り抜いていく。『安』を倍増すると『安倍』になる」

 首相官邸でこう語り、記者団の笑いを誘った。

 一二年十二月の衆院選で自民党が民主党から政権を奪還し、安倍氏が再び首相に就いて二十六日で三年がたつ。

 その後、一三年七月の参院選に勝利して、参院で与党が半数に満たない「衆参ねじれ状態」を解消し、一四年十二月の衆院選で再び勝利した。今や安倍首相率いる官邸「一強」ともいわれる政治情勢である。

 その首相が今年、最も政治力を注いだのが、集団的自衛権の行使に道を開く安保関連法であろう。

◆一内閣で解釈を変更

 振り返れば、なぜあれほどまでに急ぎ、あれほどまでに強硬に、法律を成立させなければいけなかったのか、疑問が募る。

 安保法は九月十九日に参院で可決、成立したが、施行はいまだされず、政府は一六年度予算案にも反映していない、としている。

 国連平和維持活動(PKO)に派遣する自衛隊への「駆けつけ警護」任務の追加も、来年の参院選以降に先送りされる、という。

 安保法の早期成立を必要とする切迫した立法事実がどこにあったと言うのだろうか。

 首相が衆院解散に踏み切り、衆参同日選の可能性も指摘される。選挙で安保法が主要争点となることを避けるため、強行してでも早めに法律を成立させ、国民の反発が冷めるのを待つ狙いがあったとしか考えられない。

 外国同士の戦争に参加する集団的自衛権の行使が憲法に違反するという政府の解釈は、国会での長年の議論を経て定着し、自民党を含む歴代内閣が堅持してきた。

 海外では武力の行使をせず「専守防衛」に徹するという、日本国民の血肉と化した憲法九条の平和主義は日本人だけで三百十万人、内外で膨大な犠牲を出した先の大戦に対する痛切な反省に基づく誓いであり、切実な願いでもある。

 その解釈を一内閣の判断で強引に変えたのが安倍内閣である。

 憲法解釈を時の政権が自由に変えることができるなら、憲法は法的安定性を失うばかりか、主権者たる国民の手を離れ、統治の道具に堕してしまう。

 国民が憲法を通じて権力を律する「立憲主義」は根底から覆るとの批判が湧き上がるのも当然だ。

 憲法に誠実に向き合おうとしない安倍内閣の政治姿勢は、安保法にとどまらない。

 野党側は十月、衆参いずれかで四分の一以上の要求があれば、内閣は臨時国会の「召集を決定しなければならない」と定める憲法五三条に基づいて臨時国会召集を要求したが、政権側は拒否した。あからさまな憲法軽視である。

 九条などの改正を目指す安倍首相にとって、占領下でつくられた現行憲法は脱却すべき「戦後レジーム(体制)」なのだろう。


◆公務員には尊重義務

 かといって、憲法を軽視していいという理由にはならない。天皇および国務大臣、国会議員、裁判官、公務員は憲法を尊重し、擁護する義務を負っているからだ。

 来年は日本国憲法が公布されて七十年の節目の年に当たる。安倍政権はいずれ衆参両院で三分の二以上の多数を得て憲法改正を発議したいと考えているに違いない。おおさか維新の会との蜜月関係もその布石なのだろう。

 憲法改正か否かを最終的に決めるのは、国民投票をする国民自身ではあるが、政治指導者の役割は無視し得ない。何年か先に振り返り、今年が「憲法崩壊元年」と呼ばれぬことを祈るばかりである。

 
 

 

 


教会・国家・平和・人権―とくに若い人々のために㉙~聖書における教会と国家(4)

2015-12-26 19:49:43 | キリスト教 歴史・国家・社会

 ※木下裕也先生の「教会・国家・平和・人権―とくに若い人々のために」記事を連載しています。

木下裕也木下裕也(プロテスタント 日本キリスト改革派教会牧師、神戸改革派神学校教師)

教会・国家・平和・人権―とくに若い人々のために㉙
 
聖書における教会と国家(4)
 
 教会と国家との関係についてイエス・キリストご自身が語られたこととしては、皇帝に税金を納めることに関するファリサイ人たちとの問答【注1】があります。
 当時ユダヤはローマ帝国に支配されていましたから、ユダヤ人たちはローマに税金を納めなければなりませんでした。このことはユダヤ人たちにとって深刻な問題で、納税拒否運動すら持ち上がっていました。 それはただ税の負担が重いといったことだけでなく、支配を受けている国に税を納めることの心の痛み、さらには神にまつり上げられていた皇帝に納税することが十戒の第一戒に背くのではないかとの問いがありました。
 
 ここでの問答そのものは、純粋に国家と信仰の問題をめぐってなされたものではありません【注2】が、皇帝に税金を納めることが律法にかなっているかどうかを問うたファリサイ人たちに対して「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」とお答えになったイエス・キリストの御言葉は、やはり国家と信仰の事柄を考えるさいのひとつの示唆(しさ)となります。
 
 この御言葉はいくつかの意味に解釈されています。
 まず、イエス・キリストが国家や政治の領域と信仰の領域とがあることをお認めになって、いずれにおいても果たすべきつとめがあることを示されたとされます。これが一般的な解釈です。 しかし、やはり後半の「神のものは神に」に比重がかかっていると見るべきでしょう。
 つまり、国家もまた神によってたてられている(王や国民がキリスト者であるかどうかにかかわらず―キリストこそがまことの王です)以上、王が神の御心に従って国を統治しているかぎりにおいては彼に従うべきであるけれども、王自身が神格化されるようなことが決してあってはならない、栄光はただ神にのみ帰されなければならないということを教え示す御言葉であると理解されるべきでしょう。
 
【注1】マタイによる福音書22章15節以下。【注2】ファリサイ人たちは「イエスの言葉じりをとらえて、罠にかけ」(15節)ようとしたのです。
 
 
 
 

教会・国家・平和・人権―とくに若い人々のために㉘~聖書における教会と国家(3)

2015-12-26 19:40:29 | キリスト教 歴史・国家・社会

 ※木下裕也先生の「教会・国家・平和・人権―とくに若い人々のために」記事を連載しています。

木下裕也木下裕也(プロテスタント 日本キリスト改革派教会牧師、神戸改革派神学校教師)

教会・国家・平和・人権―とくに若い人々のために㉘
 
聖書における教会と国家(3)
 
 続いて、新約聖書における教会と国家の関係についてです。
 イエス・キリストがお生まれになった時、ちょうど時のローマ皇帝アウグストゥスから、全世界の人に戸籍の登録をするように勅令が出されていました【注1】。
 
 アウグストゥスは腐敗と混乱のきわみにあったローマを平定し、帝国の領土をひろげ、ついに地中海世界の統一をなしとげ、文字どおり世界の支配者として君臨していました。死後には神格化【注2】され、のちの皇帝礼拝のもととなったと伝えられています。 
 支配者が戸籍の登録を命じる時、その目的は昔も今も変わりなく、税金の取り立てと徴兵です。経済力と軍事力は、今なお国の力をはかるものさしです。この世の統治はおしなべて力―富と兵の力の統治であると言えます。
 
 しかし、ここにもうひとりの王が示されます。
ベツレヘムの家畜小屋にお生まれになった王、イエス・キリストです。この王は貧しさと低さと無力のきわみにおいてお生まれになりました。力の支配ということがこの世の王の特徴であるとすれば、この王はそうしたものとは最も遠いところに生まれ、歩まれたのです。 
 加えて、アウグストゥスが人間を高め、神の位につけた存在であるのに対し、イエス・キリストは神が低くなられ、人となられたお方です。アウグストゥスとイエス・キリストとは、まことに鮮やかな対比をなしているのです。
 
 福音書はイエス・キリストのエルサレム入城のさまを描いています【注3】。 
これはこのお方こそ全世界の王であられることを証しする出来事です。父なる神は御子キリストをとおして、御心にかなって被造物を統治されるのです。 この王はろばの子に乗って凱旋(がいせん)されました。この世の王は剣をたずさえ、力によって相手を倒すことで支配をします。しかしろばの子に乗って来られた王はどんなに小さな、弱い命も殺さず、守り、生かすのです。 
 
 この王は人間の力の支配、憎しみと敵意と奪い合いの連鎖を断ち切り、この世に愛と赦しと命をもたらすために十字架に死なれ、復活されました。この王に仕え、この王に従って生きるところに、まことの平和が実現するのです。
 
【注1】ルカによる福音書2章1節以下。
【注2】支配者や王を神の地位にまつり上げること。
【注3】マタイによる福音書21章1節以下、マルコによる福音書11章1節以下、ルカによる福音書19章28節以下、ヨハネによる福音書12章12節以下。
 
 
 
 
 

安田純平さん拘束事件 安倍政権は半年間ヤル気なしだった /発表撤回 国境なき記者団

2015-12-26 18:56:09 | IS  中東

日刊ゲンダイ http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/172370より転載

安田純平さん拘束事件 安倍政権は半年間ヤル気なしだった

2015年12月25日

 

 安倍政権にとっては「国民の生命」よりも政権維持の方が大事なのだろう。フリージャーナリストの安田純平さんがシリアで拘束されているとみられる事件。国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団」はシリアの武装勢力が身代金を要求し、安田さんの殺害もほのめかしている――と公表、混乱が広がっている。

 菅官房長官は24日、「全力で対応に努めている」なんて言っていたが、拘束情報は今夏にとっくに流れていた。この半年間、政府は一体、何をやっていたのか。

 安田さんは6月下旬、シリア内戦を取材するためトルコからシリアに向かったところを拘束されたという。一帯は国際テロ組織アルカイダ系の過激派「ヌスラ戦線」が支配する地域で、入国直後を襲撃されたという情報もある。ジャーナリストの常岡浩介氏はこう言う。

「安田さんは無事という情報は入っていて、各地を転々としていると聞いています。身代金の話は必ずしも信用していませんが、慎重に対応することが求められるのは言うまでもありません。しかし、日本の外務省はイスラム地域へのチャンネルが少なく、交渉もうまくいっていないようです。安田さんの親族からも不満の声が漏れています」

 今年1月には過激派組織「イスラム国」にジャーナリストの後藤健二さんと湯川遥菜さんが斬首される事件があったが、政府はナ~ンの教訓も学んでいなかった。ジャーナリストの田中稔氏もこう憤る。

「外務省や警察は、この事件を隠すことに躍起でした。政府の高官は今夏に安田さんの拘束情報が流れた際、『人命にかかわるから報じるな』とマスコミ幹部に圧力をかけていたと聞きます。それからは、対応しているフリをしていただけ。

 内閣情報調査室のトップは28日から冬休みを取ると話しているといい、国家安全保障会議(NSC)の谷内正太郎局長も来年の交代が有力で、やる気がみられません」

 後藤さんの時と同じ轍を踏まないか心配だ。

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安田純平さん拘束 身代金要求の発表撤回 国境なき記者団
2015年12月29日 17時53分  NHKニュース
http://www3.nhk.or.jp/ne…/html/20151229/k10010356351000.html

 

 

 

 


安倍政権は倒せる!野党の間で政権交代に向けた建設的な議論が始まっている

2015-12-26 17:57:35 | 政治 選挙 

日刊ゲンダイ http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/172371/1

安倍政権は倒せる!

<第10回>野党の間で政権交代に向けた建設的な議論が始まっている

2015年12月26日

 
 安倍一強政治の現実を前にして、群小野党が選挙協力により反転攻勢を考えたのは自然である。

 まず、共産党の「国民連合政府」構想は公正なものである。
それは、安倍政権によって蹂躙されてしまった「憲法に従う政治」(立憲主義)の回復の一点で同意できる全野党が協力して総選挙を戦い、勝って連立政権を樹立しようとするものである。具体的には、まず科学的に確認できる各党の全国における得票率に比例して各党が主導権を預かる小選挙区数と箇所を各党が協議して確定した上で、全野党が一致協力して295の小選挙区で戦うというものである。

 しかし、実際には、各選挙区により、与党の個人的に有力な候補者の存在、野党組織間の歴史的確執などもあり、さまざまな困難に直面することが予想される。

 そのような状況の中で、今度は、民主党の側などから、来年7月に予定されている参議院半数改選の際に、32ある1人区でそれぞれ野党統一候補(無所属)を立てて戦おうという提案が行われた。これは、共産党の提案よりも現実的である。つまり、それぞれに事情の異なる選挙区別に話し合って、それぞれの区で一番勝てそうな候補者だけを立てて全野党で一致協力して戦う……という考えである。

 この提案に対して、共産党も前向きな反応をしている。つまり、自分たちの提案に固執するのではなく、安倍一強を制止する「政権交代」に向けた真摯な提案のひとつとして受け止めたのである。

 このように、これまでは頭でっかちな理論闘争に熱中してしまいがちであった野党の間で、政権交代に向けて建設的な議論が進みつつある。「国民連合政府」構想は正論ではあるが、歴史的経緯を考えれば、それで一気に総選挙(295小選挙区)を戦うにはまだ無理があるように見える。だから、まず来年の参院選の32小選挙区で野党選挙協力を実践し衆参ねじれ現象を再現すれば、まず安倍暴走は止まらざるを得ない。

 その上で野党間の相互信頼関係をさらに醸成し合いながら協力を拡大していくことこそが、確実に政権交代を実現する鍵であろう。