※木下裕也先生の「教会・国家・平和・人権―とくに若い人々のために」記事を連載しています。
木下裕也(プロテスタント 日本キリスト改革派教会牧師、神戸改革派神学校教師)
http://toyokeizai.net/articles/-/88092 より転載
「新指数」と「新3本の矢」は、ごまかしだ
日銀、政府は経済失政をなぜ認めないのか
消費者物価指数は総務省が毎月作成している経済統計です。「総合指数」のほか「生鮮食品を除く総合指数」などがあり、日銀は2%のインフレ目標を達成するために、これまで「生鮮食品を除く総合指数」を採用してきました。経済とは関係ない天候要因により価格が変動する生鮮食品を除いて、物価の動向を見ていこうとしていたわけです。
日銀が新しい指数を採用した理由
ところが日銀は、2015年7月以降、総務省の消費者物価指数を計算の基にして、独自の新しい消費者物価指数を公表するようになりました。「生鮮食品を除く総合指数」からエネルギー関連商品の価格も除いて算出した指数を、新しい指標として採用するようになったのです。
日銀がなぜエネルギー関連商品を除いたかというと、2014年秋以降、原油価格が大幅に下落したために、従来の「生鮮食品を除く総合指数」では物価の基調を反映できなくなったと判断したからです。黒田総裁によれば、ほとんど誰も原油価格の下落を予測できなかったのだから、新しい指数が正しい物価基調を示しているのだといいます。
しかし現実には、日銀はインフレ目標2%の達成が絶望的になったので、自らの失敗を糊塗するために、物価押し下げの要因となってきたエネルギー関連商品の価格を除く必要があったのです。黒田総裁および執行部の責任問題が浮上するのを回避するためといっても過言ではないでしょう。
日銀の新指数で物価の基調を見ると、2015年6月の物価上昇率は前年同月比でプラス0.7%、7月はプラス0.9%、8月はプラス0.6%となっています。
これに対して、生鮮食品を除く総合指数によると、6月はプラス0.1%、7月は0.0%と続いた後で、8月にはとうとうマイナス0.1%と、2013年4月の量的緩和開始以降で初めてマイナスになりました。
そもそも日銀が公で約束した2%の物価目標は、エネルギーを含めた物価上昇率だったはずです。それが2%に上がらなければ、目標を達成したとはとてもいえないでしょう。また、原油価格が下がり始めたからといって、エネルギーを除こうとルールを変更したのでは、決して公正な金融政策の運営とは呼べないでしょう。
さらに驚くべきは、黒田総裁が原油価格の下落を予想できなかったと、言い訳を繰り返している点です。これは、日銀が基本的なマクロ経済の分析ができないといっているのに等しいのです。原油安を予想できなかった日銀は、無能だといわれても仕方がないわけです。
100歩譲って、たとえ日銀にとって原油価格の下落が想定外だったとしても、新しい指数でさえ物価目標2%を達成することができていません。それにもかかわらず、目標の未達成を原油安のせいにして説明するのは、まったく説得力がなく、かつ不誠実な対応であると思われます。
いずれにしても、日銀の2年以内に2%を達成するとしたインフレ目標は、完全に失敗することとなりました。たとえ達成の期限を先延ばしたとしても、たとえ追加緩和を実施したとしても、結局のところまた失敗するのは避けられないでしょう。
国民は物価目標に違和感を覚えている
日銀が異次元緩和に失敗した理由は、日本国民がインフレを望んでいないという価値観を理解していなかったということであると思います。ほとんどの日本国民は日銀の物価目標に違和感を覚えているし、インフレに期待するよりも失望するという国民性を持っているわけです。
日銀も認めているように、エネルギー輸入国である日本の経済にとって、原油価格の下落は明らかにプラスとして働きます。ところが、そのプラスの材料が日銀の政策目標から見れば大きな逆風になるという矛盾は、日銀の掲げる金融政策が的外れであるという事実を示しています。
また、同じ的外れな経済政策であるアベノミクスが始まって早くも2年10カ月が過ぎようとしていますが、その実態はというと、円安や株高によって大企業や富裕層が潤った一方で、国民生活は悪化し続けてきたということに尽きるでしょう。国民経済の視点から見れば、アベノミクスは完全に失敗に終わっていたわけです。
そのような経済失政にもかかわらず、2015年9月に自民党総裁に再任されたばかりの安倍首相は、わざわざ記者会見まで開いて、「アベノミクスは第2ステージに入る」と訴え、「新しい3本の矢」を実行していくと力説しています。新しい3本の矢とは、(1)希望を生み出す強い経済、(2)夢を紡ぐ子育て支援、(3)安心につながる社会保障だということです。
しかしこれは、金融緩和を中心に据えた「従来の3本の矢」の失敗を総括することなく、経済失政の責任問題が浮上する前に「新しい3本の矢」をすり替えたというのが実情ではないでしょうか。
日銀が政策目標における「新指数」をつくって、メディアからの責任追及を逃れようとしたのと同様に、政府までもが「新しい3本の矢」をつくって、経済失政をごまかそうとしているわけです。このような無責任な体質では、国民のほとんどがもはや政府や日銀を信用することができなくなるでしょう。
経営・金融のコンサルティング会社「アセットベストパートナーズ株式会社」の経営アドバイザー・経済アナリストとして活動。「総合科学研究機構」の特任研究員も兼ねる。企業・金融機関への助言・提案を行う傍ら、執筆・セミナーなどで経営教育・経済教育の普及に努めている。経済や経営だけでなく、歴史や哲学、自然科学など、幅広い視点から経済や消費の動向を分析しており、その予測の正確さには定評がある。「もっとも予測が当たる経済アナリスト」として評価が高く、ファンも多い。
主な著書に『2025年の世界予測』『シェール革命後の世界勢力図』『経済予測脳で人生が変わる!』(いずれもダイヤモンド社)、『これから日本で起こること』『これから世界で起こること』『アメリカの世 界戦略に乗って、日本経済は大復活する!』(いずれも東洋経済新報社)、『トップリーダーが学んでいる「5年後の世界経済」入門』(日本実業出版社)、『未来予測の超プロが教える 本質を見極める勉強法』(サンマーク出版)など著者多数。