Konemyのベル

『毎日を特別なものにする為』
その日の総括、思う事、省察……
ここは「のべる」場です。

努力する事

2020年05月26日 23時17分25秒 | 日記
おはようございます。

Konemy述べる時間です。

今日、ふと思ったんです。

「努力」って良いな。

って。

そんなに長生きしていない私ですが

人生、少なくとも15年生きれば

そのうちの何処かで人間は努力するものだと思っています。

その程度なら生きてますね、流石に。

しかし、私は今まで生きてきた中で「努力」した覚えがない。

これは謙遜などではなく

一般的に「努力」とされる事を「努力」と称していない訳でもなく

本当に「努力」なんてした事がない。

流れる水の如く、その場をやり過ごし

ノリとテンション、そしてポテンシャルで15歳から待ち受ける壁を乗り越えてきた訳です。

まぁ、ちょっと特殊な事情で三年ほど早くその壁とやらにぶち当たりましたが。

そんな人間が

「努力」って良いな。

なんて言っても説得力がないと言うか

実が入っていないように思われるかもしれない。

それでも思ったんです。

叶うか分からない夢に向かって精一杯尽くす。

目標に向かってひた走る「努力」

私には決して出来ない事だと感じます。

私は既に諦めを覚え、今は惰性ですから。

現状維持。

「努力」出来る人を私は尊敬してます。

「努力」は総じて輝きを放つように思えます。

12・15・18の壁に挑む人々を

何故か神聖に思ってしまうのは

「努力の輝き」のせいなのでしょう。

当事者たちは全く感じないのでしょうがね。

果たして太陽は自らの光を目にしているのでしょうか。

どうせ諦めたなら

ただ無心になって輝きを目指す事こそ正解なのかも知れませんが

出来ないのが私です。

いつか。変われると良いですね。

              それでは bye! Konemy

嫌われる事

2020年05月26日 18時40分26秒 | 日記
おはようございます。

Konemy述べる時間です。

六年ほど前にある自己啓発本が発売されました。

『嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え』

岸見一郎と古賀史健の共著による、「アドラー心理学」を解説した本だそうで。

残念ながら私、拝読したことがないので

この本の内容に関しましてはこれ以上語りません。

ここからは「嫌われる勇気」に関して話していこうかと。

誰からも嫌われる事なく生きるなんて不可能でしょう。

全てにおいて全く同じ考えを持つ他人なんて

人類77億人いても存在しないでしょう。

せいぜい、ある一部分のみ似ている程度。

違いがあれば反対する気持ちが生まれます。

「嫌う」という漠然とした感情をここでは差異で表します。

自分の考えと違うから嫌う。

自分は良かれと思っているのに批判されれば嫌いになりますよね。

的を射ている・的確な指摘をされる

納得出来るのに何故か嫌い。

そういった例は、理解していないと思う指摘側と

言われずとも理解出来ていると思う受け手側。

この認識の差異でしょうか。

自分嫌いも差異でしょう。

理想の自分と現実の自分の差異。

もちろん、「嫌う」=差異ではありませんのでお気をつけて。

違うから無くせない「嫌い」を人間は恐ろしいと思うのか。

おそらく、人は嫌われることを恐れています。

「嫌われる勇気」なんて言葉が流行るくらいですから。

誰も進んで嫌われたいなんて思わないでしょう。

まぁ、あらゆる事において一部を除いて。

しかし、己の道を信じ

言動に後悔がないのなら

嫌われることを恐れてはならないように思いました。

はっきり言って私は嫌われ者でしょう。

逆恨みだと思いますがね。

自覚しているからった嫌われない為に

嫌われない努力するのは辞めたいですね。

言うは易し。

              それでは bye! Konemy