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ミーハーのクラシック音楽鑑賞

ライブ感を交えながら独断と偏見で綴るブログ

尾高忠明札響音楽監督最終公演

2015-02-20 02:20:08 | 国内オーケストラ
一昨々日(17日)サントリーホールで札幌交響楽団の東京公演を聴いてきた。指揮は尾高忠明。

【演目】(※はアンコール曲)
シベリウス/交響曲第5番変ホ長調
シベリウス/交響曲第6番ニ短調
  〜休 憩〜
シベリウス/交響曲第7番ハ長調
※シベリウス/アンダンテ・フェスティーヴォ
《19時00分開演、21時10分終演》

札幌交響楽団の3年かけてのシベリウス・ツィクルス最終回。一昨年は『フィンランディア』交響曲『第3番』『第1番』。昨年は組曲『恋人』交響曲『第4番』『第2番』。そして今年は交響曲『第5番』『第6番』『第7番』である。

1曲目『第5番』。シベリウの交響曲のなかでも『第2番』と共に好きな曲。というのも、金管の咆哮が一般的な交響曲と違って非常に情緒的だからだ。ただ演奏の方は1曲目ということもあり、金管も木管も少し緊張感が張りすぎというか硬さが抜けず、どことなく余所行きの演奏という感じ。それでもコーダのトランペットとホルンなどによる合奏部分はたっぷりと聴かせてくれて嬉しかった。ただ、後から思うとこの曲を演奏会の最後にもってきても良かったのではないだろうか。

2曲目『第6番』。これまで聴いてきた限りでは札響の弦はかなり控え目という印象だったが、ここではしっかりとしたユニゾンで北欧の風景を思い浮かべさせるような力強さがあり素晴らしかった。そして、なによりも白眉だったのがオーボエの金子亜未。彼女の奏でるオーボエには常に優美さと力強さが兼ね添えられている。彼女は間違いなく在京オケのオーボエ首席奏者レベルというかそれを上回る世界標準ではないだろうか。時間のあるときは、ぜひとも在京オケに客演していただきたい。

3曲目『第7番』。初演時には交響幻想曲と名付けられたが出版時には第7番と変更されたという曲。交響曲としては珍しい単一楽章の構成。ところが、演奏直後に何処からともなく鈴の音が聞こえてきてガックリ。そして、終曲後に今度は2階席センターから、余韻を潰す「よっしゃー!」の声はかかるは、フライング拍手はするはで、観客たちによってぶち壊されてしまった。尾高忠明はこの演奏会をもって11年間務めた札響音楽監督を辞める。いわば、国内最後の有終の美を飾る公演だったのに・・・。ツイッターなどによると「よっしゃー!」男は「この輩、奥様と一緒に7番の時だけ来ていて、演奏中にはエア指揮していた関西人ぽい人」とのこと。ということで、全国のクラシック・ファンの皆さん、今後はシベリウス第7番がかかる演奏会では注意しましょう。

さて、札響は尾高忠明の後任として、マックス・ポンマーが4月から首席指揮者として就任することが決定している。来年の東京公演が彼の指揮による演奏会なのか、それともラドミル・エリシュカによる指揮の演奏会なのか解らないが楽しみにしている。で、その時は開演前にぜひとも「拍手は指揮者がタクトを下ろしてからお願いします」という放送ならびに「フラブラとよっしゃー!は止めましょう」という掲示をしてもらいたい。

札響のシベリウス・ツィクルス

2014-03-07 23:29:28 | 国内オーケストラ
一昨日(5日)サントリーホールで札幌交響楽団の東京公演を聴いてきた。指揮は尾高忠明。

【演目】(※はアンコール曲)
シベリウス/組曲『恋人』
シベリウス/交響曲第4番 イ短調
  ~休 憩~
シベリウス/交響曲第2番 ニ長調
※シベリウス/悲しきワルツ
《19時00分開演、21時15分終演》

来年はシベリウスの生誕150年。それに向けて札幌交響楽団が昨年より3月に行っているシベリウス・ツィクルス。昨年は『フィンランディア』交響曲『第3番』『第1番』。今年は上記の3曲。そして、来年は交響曲『第5番』『第6番』『第7番』。

1曲目。打楽器(テインバニー、トライアングル)を伴う弦楽曲。「恋人」「恋人の小径」「こんばんはーさようなら」の3曲からなる15分ぐらいの曲。チャイコフスキーの『弦楽セレナーデ』のような起伏の激しい感情を表すことはないが、どの曲もロマンティックで優美。演奏も印象派の絵画(セザンヌとかモネ)を彷彿させてくれる。

2曲目。初めて聴く。シベリウスの交響曲のなかでは異色作。シベリウスが体調がよくない時期に作曲したということもあるが、全体を通してとにかく暗い。明るいのは最終楽章のみで、それ以外は冬の北欧を表しているかのようで、光の刺さない教会で瞑想にふけるためにあるような曲という感じ。これではなかなか演奏されないというのも解る。しかし、この曲はある意味でシベリウスにとって、自分自身へのレクイエムと復活の曲だったのではないだろうか。思い過ごしだろうか。

3曲目。この日の札響は全員が素舞台で弦は非常にタイトな配置。それゆえに音色が小じんまりとかコンパクトと思われた方もいるかもしれないが、私としては逆に大らかにしてのびのびしていて気持ちが良かった。加えて、木管陣の叙情的な音色も決して華美になることなく淑やかにしてしなやか。これまでに何回もこの「シベ2」を聴いてきたが、在京のオケでシベリウスの故郷である北欧と、これを作曲したイタリアの両方の雰囲気を併せ持った演奏を、これまでに聴いたことがなかった。しかし、今回初めて北欧のオケのような演奏を聴いた思いである。いくら札響の十八番とはいえ、これには脱帽である。来年の演奏会が楽しみだ。

2年ぶりの札響

2013-03-06 23:38:52 | 国内オーケストラ
昨日(5日)サントリーホールで札幌交響楽団の東京公演を聴いてきた。指揮は尾高忠明。

【演目】(※はアンコール曲)
シベリウス/フィンランディア
シベリウス/交響曲第3番ハ長調
  ~休 憩~
シベリウス/交響曲第1番ホ短調
※エルガー/弦楽セレナードホ短調・第2楽章
《19時00分開演、21時05分終演》

2015年のシベリウス生誕150年に向けて、尾高忠明と札幌交響楽団が毎年3月に公演を行う3年かけてのシベリウス・ツィクルス。今年は『フィンランディア』交響曲『第3番』『第1番』の3曲。来年は組曲『恋人』交響曲『第4番』『第2番』。再来年はおそらく交響曲『第5番』『第6番』『第7番』。

プログラムに札響は『フィンランディア』を1962年以来462回の演奏歴があると書かれていた。平均すると1年に9回以上演奏していることになる。この演奏回数は間違いなく日本のオケでは最多であろう。しかしながら、『交響曲第3番』はたったの2回、『交響曲第1番』は13回とある。結局、良くも悪くもその演奏回数が今回の演奏会にも現れたような気がする。

1曲目。演奏回数462回が物語るようにメンバーは誰もが堂々としている。自信に漲っている。弦の低音と金管の高音が誇らしげな音色を上げる。しかし、少し気負いすぎの感も否めない。こうした演奏はアンコールではOKかもしれないが、1曲目としてもう少し朗らかな演奏を聴きたかった。

2曲目。おそらく初めて聴く。私がまったく知らないせいもあるが、シベリウスらしくない曲で深遠さをあまり感じることができない。というより、この曲はフィンランドの自然というよりもイギリスかフランスの田園風景を描いているようでならなかった。

3曲目。水と緑、光と影、北欧の森や湖といった光景がオケに被さっているかのような演奏で、十二分にシベリウスの世界を堪能させてもらう。文句なしにブラボー。

最後にちょっとキツいことを書かせてもらう。いくら翌日にCD発売がありプロモーションとはいえ、アンコール曲にエルガーをもってくるのはいただけない。これにはアンコールもシベリウスを期待して来た私のような観客は興ざめである。エルガーをアンコールにするぐらいなら、『フィンランディア』をアンコールにとっておくか、『トゥオネラの白鳥』か『アンダンテフェスティーボ 』あたりを聴きたかった。

1年ぶりの山形交響楽団

2012-06-28 23:09:49 | 国内オーケストラ
昨日(27日)、オペラシティコンサートホールで行われた山形交響楽団特別演奏会「さくらんぼコンサート2012東京公演」へ行ってきた。指揮は音楽監督の飯森範親。ピアノはダニール・トリフォノフ。

【演目】(※はアンコール曲)
西村朗/弦楽のための悲のメディテーション
   (山形交響楽団創立40周年記念委嘱作品)
チャイコフスキー/ピアノ協奏曲第1番変ロ短調
※チャイコフスキー/田舎のエコー
  ~休 憩~
ブラームス/交響曲第2番ニ長調
《19時00分開演、21時15分終演》

1曲目。西村朗が初めての弦楽だけのために書いた作品。タイトルにある「悲」とは仏教にある「カルナー」(“慈悲”もしくは“憐れみ”のようなこと?)のことを言うそうだ。それにしても、日本の現代音楽はいつまでこうした概念的かつ宗教色の強い音楽を作り続けていくのだろうか。私は1960年代後半から1970年代前半にかけてATG映画をよく観たが、そのころにすでにこの作品に似たような映画音楽を聴いている。あれからすでに40年は経っている・・・。大河ドラマのテーマ音楽の方がよほど進化している。

2曲目。ダニール・トリフォノフは1991年ロシアのニジニ・ノヴゴロドに生まれの20歳。2010年ショパン国際ピアノ・コンクールで第3位。2011年ルービンシュタイン国際ピアノ・コンクール優勝。それから数週間後の第14回チャイコフスキー国際コンクールで優勝。という輝かしい受賞歴がある。すでに世界各地で演奏活動を行っており、2009年にカーネギーホール・デビューもしている。現在はクリーブランド音楽院でセルゲイ・ババヤンに師事を受けている。

顔立ちにはまだ少年の面影が残っている。そして、そのピアノにも少年の面影が残り、かつまた若さという勢いがある。そして、驚いたことに大人の成熟さもある。いろいろな年齢的な表情が彼のピアノから伝わってくる。なんとも表現力の豊かなピアニストだ。

第1楽章は大胆に、第2楽章は繊細に、そして第3楽章は華麗にといった感じで、自分自身のテーマを決めているかのように、ピアノに自分の心情を溶け込ませていく。その不敵な自信はいったいどこから来るのだろうか。ちょっと末恐ろしいというか、かなり期待のもてる20歳だ。ブラボー!

3曲目。飯森範親は思い入れたっぷりにゆっくりとオケを導いていく。しかし、あまりにもテンポが遅い。加えてホルンやトロンボーンなどの金管が些細なミスを繰り返す。また弦が小編成(10ー8ー7ー6ー4)の対抗配置ということもあり、どうも厳格にして重厚なブラームスの音を引き出すにいたらない。かといって「田園」的な開放感のある音も聴こえてこない。座った席が前過ぎたというせいもあるかもしれないが・・・。熱演であることはよく解るが、どことなく空回りしているようにも思え、残念ながら昨年聴いたチャイ5のような感動は味わえなかった。今年から初めた大阪公演の疲れが出たのかもしれない。

1年ぶりのオーケストラ・アンサンブル金沢

2012-03-28 12:05:11 | 国内オーケストラ
一昨日(26日)はサントリーホールでオーケストラ・アンサンブル金沢の東京公演を聴いてきた。指揮は井上道義。共演はバンベルク交響楽団首席メンバー(カイ・フレンブゲン:オーボエ、ギュンター・フォルストマイアー:クラリネット、アレクセイ・トカチャク:ファゴット、サボルクス・ツェンプレーニ:ホルン)。

【演目】(※アンコール曲)
ハイドン/交響曲第94番「驚愕」
モーツァルト/管楽のための協奏交響曲
  ~休 憩~
ベートーヴェン/交響曲第7番
※武満徹/「他人の顔」ワルツ

昨年の東日本大震災後に最初に聴いたオケはオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK or オケカナ)だった。あれから1年。いまクラシック音楽を聴けることに感謝の気持ちを携えて聴きにいったが・・・。1階席は招待客などを中心にそこそこ埋まっているものの、P席の約半分は空席。室内楽的なオーケストラなのに、P席がこんなに空いているとは信じられない。主催者は前日「当日券わずかですが、SABC席にてご用意しております」とツイッターしていたが、実際はわずかどころではなかった。

1曲目。ハイドンのもっとも有名な交響曲のひとつ。第2楽章の驚かせる瞬間には照明をフラッシュさせたりと遊び心にも富んでいて、なかなか楽しい演奏だった。

2曲目。バンベルク交響楽団首席メンバーたちの音色はペパーミントのような爽やかさ。なかでもオーボエとホルンの二人の音色に魅了される。バンベルク響は11月にブロムシュテットと共に来日する。

前半はOEKが得意としているという古典音楽を楽しく聴かせてもらった。

3曲目。弦は8-6-4-4-3。木管金管はすべて2管+ティンパンニー。総勢38人という、くしくも終演後に井上道義が言葉にした「贅肉をはぎ取った」最小編成のオケが、どんなベト7を聴かせてくれるのかと期待した。しかし、第1楽章でがっかり。木管金管のアンサンブルがハーモニーしていない。加えて金管からは妙な音が聴こえる。第2楽章は少し持ち直すものの、第3楽章と第4楽章は元の黙阿弥だった。

大船渡の子供たちに泣かされたArigato Concert

2011-11-09 11:09:21 | 国内オーケストラ
昨日(8日)サントリーホールで開かれた「Arigato Concert : Our Appreciation to The World!~世界が日本に差しのべた支援の手~」を聴きに行ってきた。指揮は岩村力。演奏は『Arigato Concert : Our Appreciation to the World!』特別編成オーケストラ。といっても、弦に芸大と桐朋の学生が、木管金管にエキストラが加わった普段のN響とほぼ変わらない編成。

【演目】
バッハ/G線上のアリア(特別編成オケ)
マスカーニ/アヴェ・マリア(幸田浩子+特別編成オケ)
ラフマニノフ/ヴォカリーズ(幸田浩子+特別編成オケ)
ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第2番ハ短調の第2・3楽章(小山実稚恵+特別編成オケ)
 ~休 憩~
フォリップ・スパータ/陽はまた昇る(いわき市立植田中学校吹奏楽部)
賛美歌/アメイジング・グレイス(中学校吹奏楽部+特別編成オケ)
八木澤教司(山本瓔子作詞)/あすという日が(小学校三校合唱団&中学校吹奏楽部)
秋間ゆう子/友だち(小学校三校合唱団&中学校吹奏楽部+小山実稚恵)
唱歌/ふるさと(小学校三校合唱団+幸田浩子)
チャイコフスキー/交響曲第4番ヘ短調の第4楽章(特別オケ)
永六輔・中村八大/上を向いて歩こう(全員)
《19時00分開演、21時35分終演》

このコンサートは東日本大震災で支援してくれた163の国と地域及び43の国際機関に対して、感謝の意を表すコンサート。それゆえに客席には各国大使公使、国際機関の代表(代理)などが招かれて、司会進行も英語と日本語の両方で行われた。ただ、司会の1人である米倉誠一郎(一橋大学イノベーション研究センター長)がハシャギすぎで余計だった。

前半は特別編成オケに幸田浩子の歌声と小山実稚恵の演奏。まあ、ここまでは前座(笑)みたいなもので、この日の主役は後半に登場した福島県いわき市立植田中学校吹奏楽部と岩手県大船渡市立越喜来(おきらい)・崎浜・甫嶺(ほれい)小学校三校合同合唱団。

この日の演奏のために指揮の岩村力は現地に足を運んで指導をしたそうで、司会の1人(野中ともよ)が「子供たちはドキドキでしょうね」と変に気を回し過ぎだったが、中学生たちの演奏はとても堂にいったもので、特に特別編成オケと一緒に演奏した『アメイジング・グレイス』では金管(トランペッットとトロンボーン)が大活躍だった。

大船渡の60人ぐらいの小学生の歌声には泣かされた。彼らの純真無垢な歌声を聴いているとどうしても被災地の光景を思い浮かべてしまう。ああした被災を受けながらも、そして友達や親族を亡くしながらも健気に歌う姿にはやはり涙せざるをえなかった。

そして、彼らの清らかな歌声は招かれた世界各国の代表の人々にしっかりと届いただろう。加えて、会場を訪れたすべての人々に継続的な支援が大事であることを認識させてくれたに違いない。ありがとう。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20111109/k10013828951000.html

なお、コンサートの模様は年末にNHKで放送予定らしい。


神奈川フィルのフェスタ・サマーミューザKAWASAKI

2011-08-09 12:06:59 | 国内オーケストラ
昨日(8日)、「フェスタ・サマーミューザKAWASAKI」の神奈川フィルハーモニー交響楽団の演奏会に行ってきた。指揮は金聖響。会場はテアトロ・ジーリオ・ショウワ。

【演目】
マーラー/交響曲第9番
《19時05分開演、20時35分終演》

神奈川フィルには申し訳ないが、演奏を聴きながら私がなぜマーラーが不得手なのかをずっと考えていた。以前この第9番をN響(指揮:チョン・ミョンフン)で聴いたときは、その死生観と宗教観が理解不可能という結論を出したが、今回はそれとは別な理由がいろいろ出てきてしまった。

まず第一に、マーラーはメロディメーカーでないということだ。確かにアダージョなどに美しい旋律があるが、それ以外の楽章はそのほとんどが何小節かで旋律が変わっていき、とても美しいメロディに浸るという雰囲気になれない。

次に、オーケストレーションが大袈裟だということ。楽器の数や量を増やせばいいというものではない。大編成が好きだという人もいるだろうが、私には見かけ倒しに思えるときがある。

よくマーラーが苦手な理由として、自意識過剰というかナルシズムを指摘する人がいるが、私にはそれが何なのかすら理解ができない。ただ、時にあのダラダラ感はやはり好きになれないし、無意味にも思える。それは、単なる譜面遊びと言っては語弊があるかもしれないが、音楽のテクニカルな面を求めているお遊びにすぎないとしか思えないからだ。

マーラーばかりを聴いていれば、そのうちにマーラーの良さを理解できるようになるかもしれないが、私の音楽や芸術に関するスタンスは「広く浅く」がモットーであり、「狭く深く」というマニアックな考え方はない。それゆえに、一度聴いてもいや何度聴いて理解しがたいマーラーはやはり不得手なのである。

さて、演奏であるが、金聖響の指揮はスピーディにして流れるようなオケを束ねていく。最終楽章、音が消えて行くと共に、舞台照明もフェードアウトしていくという演出がなされるのだが、こういう演出をするならば、出入口の非常灯もあらかじめ消しておいてほしかった。奏者のなかではオーボエ首席、ホルン首席の音色が終始冴え渡っていた。

山形交響楽団と観客の絆に乾杯!

2011-06-25 15:30:47 | 国内オーケストラ
昨日(24日)、オペラシティコンサートホールで行われた山形交響楽団特別演奏会「さくらんぼコンサート2011」へ行ってきた。指揮は飯森範親。ヴァイオリンはユージン・ウゴルスキ。

【演目】(※はアンコール曲)
モーツァルト/歌劇『魔笛』K.620序曲
プロコフィエフ/ヴァイオリン協奏曲第1番ニ長調

  ~休 憩~
チャイコフスキー/交響曲第5番ホ短調
※グリンカ/『ルスランとリュドミラ』序曲
《19時00分開演、21時10分終演》

1曲目。プレトークでモーツァルトの曲は山響では古楽器(ホルン、トランペット、トロンボーン)とピリオド奏法で行うという趣旨を飯森と楽団員が説明したが、演奏はゆったりしていてとても重く、10-8-6-6-4という弦5部には少し辛い演奏になってしまった。確かに、19世紀ではこのスタイルで演奏されたのだろうがもはや21世紀。演奏会場の大きさ、形態、反響などのことを考えると、どうしても無理がある。

2曲目。ユージン・ウゴルスキは1989年サンクトペテルブルグ生まれ。優しそうな端正なマスクをもったイケメン。その音色は透明感に漲っていて甘い香りが漂う。それでいてプロコフィエフ特有の先鋭的な色彩感も表していく。ただ、全体として演奏のメリハリが乏しく、もっと自己主張をしてもいいのではないだろうか。ソリストはおとなしいよりワガママの方がいい。

3曲目。第1楽章。やはり弦の全体のパワーが弱く、先が思いやられるなぁと思ったが、第2楽章に入って一変。ホルンの音色はいまひとつだったが、それに続くクラリネットとファゴットの奥深い低音の響きが心地よく、東北人のもつ粘り強さを表現しているかのようで、ジーンときてしまった。それにつられたかのように、第1ヴァイオリン(コンマス以外は全員女性)がキラビやかなさざ波をうつかのような美しい音色を奏でていく。飯森もここで自信を得たかのように、オケ全体を鼓舞するかのように一つに纏め上げていく。小編成のオケでは無理かと思われたチャイ5だったが、最後はひた向きにして力強いエネルギーの音色を奏であげ頭が下がる思いだった。

4月に聴いた仙台フィルにしても、今回の山形交響楽団にしても、しばらくの間は少し過酷な演奏をする日々が続くだろう。しかし、彼らはそんなことを音色に微塵も見せず、自分たちは東北に心のゆとりを持たせるべく、復興復旧のために演奏していくという力強さを示してくれた。そして、そうした意思表示に対して、観客(特に東北出身者)もできる限り応えていくという意志を示し、オケと観客の絆を感じるコンサートであった。

仙台フィルと東北、そして音楽に幸あれ

2011-04-22 14:19:57 | 国内オーケストラ
昨日(21日)、サントリーホールで行われた「東北応援チャリティ・コンサート ~仙台フィルとともに~」へ行ってきた。演奏は仙台フィルハーモニー管弦楽団と在京音楽家有志による合同オーケストラ。ソリストの出演は小山実稚恵(Pf)、漆原朝子、加藤知子、高嶋ちさ子、徳永二男、三浦文彰(Vn)、堤剛(Vc)、高木綾子(Fl)、吉野直子(Hrp)、山口綾規(Org)。指揮は広上淳一と山下一史。司会は山田美也子と高嶋さち子。

【演目】(※はアンコール曲)
メンデルスゾーン/オルガン・ソナタ
(山口、山下&仙台フィル)
モーツァルト/アヴェ・ヴェルム・コルプス
(山下&仙台フィル)

  ~黙 祷~

モーツァルト/フルートとハープのための協奏曲 ハ長調 K299から第1楽章
(高木&吉野、山下&仙台フィル)
マスネ/タイスの瞑想曲
(高嶋&吉野、、山下&仙台フィル)
J.S.バッハ/2つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調 BWV1043から第1楽章
(加藤&漆原、山下&仙台フィル)
メンデルスゾーン/ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 op.64から第1楽章
(三浦、広上&合同オケ )
ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 op.18から第2・第3楽章
(小山、広上&合同オケ)

  ~休 憩~

ブラームス/ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲 イ短調 op.102から第1楽章
(徳永&堤、広上&合同オケ)
ベートーヴェン/交響曲第7番
(広上&合同オケ)
※アンダーソン/忘れられた夢
(小山、広上&合同オケ )
《18時30分開演、22時10分終演》

このコンサート、有名ソリストが多数出演することと料金が一律5,000円ということから、チケットは発売当日に完売になった。

最初の2曲は献奏。そのあとに黙祷を行い、被災して亡くなられた方々への追悼の意を表す。そして、通常のというかチャリティー・コンサートが始まった次第だが、高嶋さち子に座布団3枚進呈したくなるようなトークも楽しく、和やかにスタートする。

1曲目。かなり緊張気味の表情の高木綾子だったが、その音色はマイルドできらびやか。吉野のモーツァルトらしい流麗なハープの音色と交じりあって、ちょっと紅茶でも飲みたい気分にさせてくれた。余談ではあるが、高木のブログによると来月はN響に登場予定とか。

2曲目。高嶋ちさ子のヴァイオリンは初めて聴いたが、失礼な言い方だが意外に女性っぽく優しかった。高嶋がトークのなかで「最後の曲で私もオケのなかに入るのですが、隣が漆原さんなんですよ。私、厭なんですよねぇ。子供の頃に母親に『なんであなたは朝子ちゃんみたいに優しく弾けないの』と言われたんですよ」と。これにはオケのメンバーもみんなクスクスだった。

3曲目。加藤知子を聴いたのは何年ぶりだろう。堀米ゆず子と共に一世を風靡したヴァイオリニストである。このバッハはもはや貫禄で漆原朝子を支えながら、落ち着いた音色を聴かせてくれた。

4曲目。ここからオケが合同オケになるが、そのなかのヴァイオリン陣が凄かった。コンマス(伝田正秀)の横に小森谷巧(読響)、その後ろに扇谷泰朋(日本フィル)、藤原浜雄(読響)、磯絵里子、徳永二男など錚々たるメンバーが着席。そして、後方には演奏を終えたばかりの加藤知子と漆原朝子もいる。高嶋が「私の師匠である徳永先生が4列目ですからね。こんなのめったにないですよ」には徳永も苦笑だった。

さて、三浦文彰の演奏であるが、彼は顔も体型もまだ若々しい。しかし、音色は全然若々しくなく、まだ完成こそされてはいないものの堂々たるもの。日本人のヴァイオリストというと女性優位だが、この人はひょっとするとひょっとするというぐらいの実力を秘めている。今後に大いに期待したい。

5曲目。4曲目もそうだったのだが、錚々たるメンバーが入ってからは仙台フィルには申し訳ないが弦の音が全然違う。もう弦から唸りと炎が上がるかのような音色が響いてくる。それに応えるかのように、小山も普段のような優美なラフマニノフのではなく入魂の演奏でド迫力。凄かった~。

休憩を挟んで6曲目。クラシック音楽のドンというべき徳永二男と堤剛。高嶋が「巨匠の演奏でしたねぇ」と言っていたが、まさにその通りでもう存在だけでブラームスも観客をも圧している演奏だった。

最後はベト7。管が倍管になりそのなかには宮本文昭も登場。また、弦も人数が増える。堤御大のとなりはN響の山内俊輔。徳永の隣には三浦が座る。そして、演奏はこれまで聴いた数多くのベト7のなかでは文句なしに一番という素晴らしいものだった。広上淳一、仙台フィル、そして在京の有志たちは音楽の力の大きさを見事に示してくれた。終演後はとてつもないブラヴォーの嵐のなか、数多くの観客がスタンディグ・オベーションで感謝の意を表していた。久しぶりに鳥肌ものの感動を味わうと共に、いつまでも記憶に残るコンサートとなった。


【在京音楽家有志】
ヴァイオリン:磯絵里子、扇谷泰明、小森谷巧、佐分利恭子、徳永希和子、藤原浜雄、松浦奈々
ヴィオラ:安藤裕子、井野邊大輔、大野かおる、鈴木康浩、飛澤浩人、柳瀬省太
チェロ:古川展生、向山佳絵子、山内俊輔、山本裕康
コントラバス:石川浩之、那須野直裕、永島義男、本間達朗、吉田秀
チェンバロ:小森谷裕子
フルート:曳地まり
オーボエ:池田昭子、宮本文昭
クラリネット:松本健司、村井祐児
ファゴット:井上俊次、佐藤由起
トランペット:小貫誉、服部孝也

久しぶりのコンサートに感謝

2011-03-26 10:28:14 | 国内オーケストラ
昨日(3月25日)東京オペラシティでの「ウィークデイ・ティータイム・コンサート12~ サクソフォンとオーケストラのランデブー ~」を聴いてきた。指揮は井上道義。サクソフォンは須川展也。演奏はオーケストラ・アンサンブル金沢。

【演目】(※アンコール曲)
ロッシーニ/歌劇『アルジェのイタリア女』序曲
ピアソラ/エスクアロ[鮫]*、オブリヴィオン[忘却]*、リベルタンゴ*
ファリャ/バレエ音楽《恋は魔術師》より「火祭りの踊り」
ポンセ/エストレリータ*
ララ/グラナダ*
~休 憩~
ルーセル/小組曲 op.39
ミヨー/スカラムーシュ*
※サティ/ジムノペディ第1番
※ポール・マッカートニー/マイ・ラブ*
(*は須川展也との演奏)
《14時10分開演、15時50分終演》

当初は金曜日のサントリーホールで行われるオーケストラ・アンサンブル金沢東京公演に行く予定だったが、こちらは何故か中止になってしまったので、急遽前日のオペラシティでの須川展也との公演を聴きに行ってきた。

このコンサートをするにあたっては、オペラシティは舞台照明を通常の約50%にダウンさせ、天窓から光を入れたり、空調をあまり稼働することなく節電に務めた。

開演前に全員で黙祷。

久しぶりのコンサート、久しぶりのライブ感覚はやはり気持ちがいい。なかでも須川展也のサクスフォンやオケのオーボエの音色がオペラシティにこだまするように響いていく。ラテン・クラシック名曲のオンパレードのプログラムだが、私にとっては若かりし日に過ごしたカリフォルニアや訪れたメキシコの地の思い出を蘇らせてくれ、思わずスペイン語が出てきそうになる。こんな気分になったのもいつ以来だろう。

しかし、現実は直視しなけらばならない。須川は「最後はこれしかない」と言って、ポール・マッカートニーの『My Love』を演奏。感涙。内田裕也やロック・ミュージシャンがジョン・レノンの『Power To The People』を歌っていたが、ビートルズは偉大だ。20世紀最大の音楽家はビートルズであると再認識した。

震災に関する私のブログは↓
http://k21komatsu.blogspot.com/

尾高忠明&札響+ペレーニ

2011-03-02 12:15:49 | 国内オーケストラ

昨日(3月1日)サントリーホールでの札幌交響楽団東京公演を聴いてきた。指揮は尾高忠明。チェロはミクローシュ・ペレーニ。

【演目】(※はアンコール曲)
武満徹/ハウ・スロー・ザ・ウィンド−オーケストラのための(1991)
ショスタコーヴィチ/チェロ協奏曲第2番ト短調
  ~休 憩~
ショスタコーヴィチ/交響曲第5番ニ短調
※シベリウス/アンダンテフェスティーボ
《19時10分開演、21時25分終演》

札幌交響楽団の指揮者陣は、音楽監督が尾高忠明(新国立劇場芸術監督・N響正指揮者)、正指揮者が高関健(前・群馬交響楽団音楽監督)、首席客演指揮者がラドミル・エリシュカ(チェコ・ドヴォルザーク協会会長)と、日本の地方オケのなかでは屈指のメンバーを揃えている。そして、本拠地(行ったことはないが)はその響きが定評のKitaraホールで、地方オケとしてはかなり恵まれた環境にあるのではないだろうか。

1曲目。私の不得手なタケミツである。いつもながら、60年代から70年代の映画音楽的な曲だなぁと聴いていたら、どこかで聴いたことのあるような旋律や色彩が聴こえてくる。あ、これって「夢千代日記」と思ってしまった。タケミツはテレビドラマの音楽は少ないはずなので、「夢千代日記」がタケミツなのかどうか聴いているときは解らなかったが、帰って調べたら案の定であった。

2曲目。今回のお目当て。ミクローシュ・ペレーニは一番のお気に入りチェリスト。飄々としながらも、独特の長いボーイングから深みと厚みのある音色で、チェロがもつ優雅さと力強さを“体感”させてくれる奏者。

ショスタコーヴィチのチェロ協奏曲第1番は何度も聴いているが、第2番は初めて聴く。この曲はおそらくテクニック的にはさほど難しさはないと思うが、テンポの取り方やオケとの合わせ方がかなり高度なのではないだろうか。そんななかで、第2楽章の聴かせどころであるスケルツォでのホルンとの掛け合いは素晴らしかった。また、コンマス(伊藤亮太郎)率いるヴァイオリン陣との音色の重ねあわせも綺麗に溶け込んでいて、ショスタコーヴィチ特有のテンポとリズムの世界を堪能することができた。言葉は少し可笑しいかもしれないが、チェロの職人芸を聴いた思いだった。ブラボー!

3曲目。出だしのコントラバスが甘い。結局、この甘さが最後まで尾を引いてしまったのか、この曲の持つインパクトを弱くしてしまった。加えて、チェロ協奏曲では愁眉だったホルン陣が5人に増えたことによってアンサンブルがうまく整わなくなり、他の木管陣も2曲目とはうってかわって、妙に肩に力が入ってしまい、その音色に輝きを感じられない。

一方で、金管陣は素晴らしい。どっしりとした大地に根を下ろしたような力強さを感じさせてくれた。そして、何よりも白眉だったのがヴァイオリン陣。いや~、在京オケも真っ青の音色で、終始一貫素晴らしく、尾高忠明も「札響のヴァイオリンを聴けよ!」と言わんばかりに、ヴァイオリン陣に対しての指示と煽りの多い指揮だった。

アンコールも結局は弦楽とティンパニーだけで、ヴァイオリン陣の爽やかな北の大地の風を運んでくるような美麗な音色に聴き惚れてしまった。

最後にサントリーホールに苦言をひとつ。開演前に当日券には雨のなか長蛇の列。以前にも書いたが、サントリーホールの当日券はボックスのなかに係員がひとりいるだけで処理している。これではチケットをなかなか裁くことはできない。おそらく、この処理の遅さから開演時間が10分遅れたに違いない。それにしても、クラシックのお客さんは品がいいというか、誰もこのどうしようもない対応に文句を言わないのだろうか。これが演劇だったらお客さんは暴言の一言二言を吐いて帰ってしまう。こんな殿様商売的対応をしていては、クラシック音楽の裾野は広がることはない。


東京交響楽団@フェスタサマーミューザKAWASAKI

2010-07-26 15:32:26 | 国内オーケストラ
昨日(25日)からミューザ川崎で開かれている「フェスタ・サマーミューザ KAWASAKI」に行ってきた。オープニングコンサートは東京交響楽団。指揮はユベール・スダーン。チケットは完売。

【演目】
シューベルト/交響曲第7番『未完成』
  ~休 憩~
メンデルスゾーン/『真夏の夜の夢』全曲
   ソプラノ:前川依子
   メゾ・ソプラノ:松浦麗
   合唱:東響コーラス
   語り:檀ふみ
《16時00分開演、18時00分終演》

久しぶりのミューザ川崎。そして好きな『真夏の夜の夢』ということで勢い勇んで行ったが、結果は少し肩すかしをくらったような演奏会だった。

1曲目。『未完成』はもともとあまり好きな曲ではないが、この日の東響の演奏は猛暑のせいかわからないが、どことなくその音色は生温くてならなかった(休憩時に飲んだビールも)。とにかくオケ全体のバランスが悪い。オーボエ(荒絵理子)だけが妙に突出している。それ比べて弦に奥行きというか幅というかゆとりが全く感じられない。ミューザ川崎なのにその音色は直線的で立体感がない。オケの服装がカジュアルな黒い服装ということで、楽団員がみんな若々しく見えるのはいいが、そのせいか音色がまるで学生オケのように聴こえてしまった。

2曲目。オケの後方に150人近い女性合唱団(東響コーラス)が座り、その前方中央に二人のソリストが座る。オケの譜面台にはライトが付設されていて、指揮台には練習のときに使われるような椅子が置かれている。

舞台後方のパイプオルガンに森をイメージした緑色の照明が当てられる。ピーターパンのような緑色の衣装を纏った妖精パック(壇ふみ)が語り部として登場する。続いて王冠を被った指揮者スだーんが登場。余談だが壇ふみは私と同じ年。劇場でお客さんとしてよく見かけるが、さすがに舞台に立つと女優である。年齢を感じさせない。

「序曲」はメンデルスゾーンが17歳のときに作曲したといわれている。東響は抑揚の効いた音色でゆっくりと奏でていく。それでもやはり1曲目と同じように弦にゆとりというタメが感じられない。これから始まろうとするシェイクスピアの世界を誘うようなワクワク感も聴き出せない。う~ん、ちょっと腕組みをして唸らざるをえなかった。

この曲でもっとも好きな部分はやはり歌と合唱の「舌先裂けたまだら蛇」。ソプラノの前川依子は愛らし歌声を、そして、メゾ・ソプラノの松浦麗は張りのある歌声を見事に披露してくれた。このときだけは私の体も左右にスィングをしていたような気がする。

そして、曲は劇場内を縦横無尽自由自在に登場する妖精パックと共に進んでいくが、誰も知っている「結婚行進曲」ではトラペットの音色は高らかになり、それをトロンボーンが見事にサポートするものの、やはり弦との融合性が残念ながら良くなくモヤモヤ感がつのってしまった。

昨年、準メルクルとN響が中井貴恵の語りで演奏した『真夏の夜の夢』が大人向けの演奏だったのに対して、今回の東響版はどちらかというと子供向け。その演出方法が決して悪いとは言わないが、もう少しきらびやかでロマンチックな音楽性をスダーンは引き出してほしかった。

2つの「第九」

2009-12-28 16:19:37 | 国内オーケストラ
23日水曜にN響、25日金曜に読響の「第九」演奏会に行ってきた。

NHK交響楽団 ベートーヴェン「第9」演奏会@NHKホール」
  指揮:クルト・マズア
  ソプラノ:安藤赴美子
  メゾ・ソプラノ:手嶋眞佐子
  テノール:福井敬
  バリトン:福島明也
  合唱:国立音楽大学、東京少年少女合唱隊
《15時00分開演、16時20分終演》

クルト・マズアは1927年旧東ドイツ・ブリーク生まれ。ライプツィヒでピアノ・作曲・指揮法を学ぶ。1960年~1964年ベルリン・コーミッシェ・オーパー、1955年~1958年および1967年~1972年はドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団の指揮者を務める。1970年から1996までライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の芸術監督・首席指揮者として活躍。1991年から2002年までニューヨーク・フィルの音楽監督。2000年から2007年までロンドン・フィルハーモニー管弦楽団首席指揮者に。2002年から2008年まではフランス国立管弦楽団の音楽監督も務めた。日本では読売日本交響楽団深いつながりがあり、79年に名誉指揮者に就任している。

初日(22日)公演でアクシデントがあったN響の「第九」だったが、私が行った2日目の演奏は感動的なものだった。N響のメンバーはもともとドイツやオーストリアに留学している人が多いので、N響の音色はドイツ的と言われていた。ただ、最近はデュトワやアシュケナージが音楽監督を務めたためか、その音色がまろやかなものになっていた。ところが、この日のN響はまるでドレスデンかライプツィヒのような研ぎ澄まされた質実剛健なドイツオケのようで、クルト・マズアの豪腕にして威厳のある指揮に見事に応えていた。

ソリストには二期会のベテラン陣を配し、特に男性陣2人のしっかりした声質と声量はあの広いNHKホールの隅々まで見事に轟かせていた。合唱は東京少年少女合唱隊がソプラノに加わるのだが、これが実に面白い。やはり大人の国立音大生と声質が微妙に違い、残響音が音大生より長いように思え、天使の歌声を表しているように思もえた。また、四重唱でも時に五重唱に聴こえたりして、合唱に幅が広がったように聴こえた。これがマズアの狙いだったら、それは成功していたと言える。

終演後、マズアは上機嫌で、ソリストの女性2人の手に祝福のキスをするやら、合唱団からオケまで手で多くの賛辞をおくり、満面の笑みを聴衆に送っていた。そして、最後の最後は第一ヴァイオリンの青木調さんをお持ち帰りになって退場。これにはオケのメンバーも合唱団にも大受けであった。

読売日本交響楽団 第9交響曲特別演奏会2008@サントリーホール
  指揮:オスモ・ヴァンスカ
  ソプラノ:林正子
  メゾ・ソプラノ:林美智子
  テノール:中鉢聡
  バリトン:宮本益光
  合唱:新国立劇場合唱団
《19時10分開演、20時25分終演》

オスモ・ヴァンスカは1953年フィンランド生まれ。クラリネット奏者として活躍した後、シベリウス・アカデミーで指揮を学び、ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝。1985年にラハティ交響楽団の首席客演指揮者に就任。1993年から1996年までアイスランド交響楽団、1996年から2002年までBBCスコティッシュ交響楽団の首席指揮者。そして、2003年からミネソタ管弦楽団の音楽監督を務め一時低迷していたオケを再建させた。

私はこの手の指揮者が得意でない。大振りなくせに指示の仕方が解りにくい。それでいて、音だけは思いっきり鳴らす。第1楽章からもう耳なりがするような音の連発で、最終楽章の歓喜へ葛藤や抑揚などあったものではない。こんな指揮をさせられているようではオケも可哀想である。第三楽章のヴィオロやチェロが奏でる旋律も情感に乏しく、第4楽章へと繋がらない。正直何もかもちぐはぐだった。加えて、合唱のソリストたちも弱い。特にバリトンは深みや厚みがなく、まるでテノールのような声質なのには驚かされた。この日の演奏で唯一の救いは新国立劇場合唱団の合唱で、これは噂通りで非の打ち所がなかった。

さて、来年は何処の「第九」を聴きにいくのだろうか。

大阪センチュリー交響楽団@京都コンサートホール

2009-02-24 12:19:57 | 国内オーケストラ
先月の京都滞在中に京都コンサートホールで大阪センチュリー交響楽団の京都特別演奏会を聴くことができた。指揮は音楽監督の小泉和裕。チェロは堤剛。

大阪センチュリー交響楽団は橋下大阪府知事から補助金全面カットを要求されていて、財政面で危機的状況にあるオーケストラである。私は特にその支援のために足を運んだわけではなく、京都コンサートホールを体感したかったのと、「チャイ5」を聴きたかっただけである。ただ、結果として大阪センチュリーを少しでも援助できたとなれば、それはそれで良いことである。

日本オーケストラ連盟のホームページを見ると、現在大阪には5つのプロオケがある。東京に10、名古屋に3、京都に2ある。それ以外では札幌、仙台、群馬、神奈川、静岡、金沢、広島、福岡に各1のプロオケがある。その数が多いかどうかは人それぞれの考えなので、ここではあえて言及しないが、こうしたプロオケ以外に日本には星の数ほどのアマチュア・オーケストラがあるということも忘れてはならない。

演目(※アンコール曲)
ドヴォルザーク/チェロ協奏曲
  ~休 憩~
チャイコフスキー/交響曲第5番
※チャイコフスキー/歌劇「エウゲニー・オネーギン」よりポロネーズ
《15時00分開演、17時10分終演》

1曲目。堤剛、渾身の力をふりしぼった演奏だった。以前にサントリーホールでも聴いたことがあるが、そのときより情熱的でその叙情豊かな演奏は素晴らしかった。堤はドヴォルザークの朗々とした流れる旋律を身体全体に染み込ませているようで、チョロと堤自身の身体が完全に一体化して音を奏でていた。また、その演奏をさらに際立たせていた小泉和裕とオケのサポートも見事であった。

2曲目。小泉和裕はいったん指揮台の上に乗ると、その両足は指揮台に磁石かボンドで張付いたかのように全く動かない。しかしながら、腰から上の上半身の滑らかな動きで、オケをチャイコフスキーの悠々たる世界へ導いていく。ただ、残念なことに弦のアンサブルや和音が弱々しく、第1楽章でも第4楽章でもそのハイライトのときに、チャイコフスキーならではの情念が感じられなかった。一方で、木管金管陣は大健闘で、第2楽章ではホルン首席のドンナ・ドルソン(アメリカ出身)が、第4楽章ではフルートのニコリンヌ・ピエルー(ベルギー出身)とオーボエの宮本克江の掛け合いが素晴らしく、その女性ならではの包容力豊かな音楽性に惚れ惚れしてしまった。

京都コンサートホール(設計:磯崎新 音響設計:永田音響設計)は座席数1833席で、その造りはどことなく横浜みなとみらいホールに似ている(横浜の方が後に完成)。その音響効果は評価が高いようで、京都市交響楽団(常任指揮者:広上淳一)のフランチャイズホールとして使われている。なお、京響は今月28日(土)にサントリーホールで演奏会を行う。

大阪センチュリー交響楽団
http://mic.e-osaka.ne.jp/century/

京都コンサートホール
http://www.kyoto-ongeibun.jp/kyotoconcerthall/

ロン・ティボー国際音楽コンクールガラ・コンサート

2009-02-07 15:02:17 | 国内オーケストラ
一昨日(5日)サントリーホールで開かれた「ロン・ティボー国際音楽コンクールガラ・コンサート」へ行ってきた。指揮は広上淳一。演奏は東京フィルハーモニー交響楽団。ヴァイオリンは演奏順に南 紫音、長尾春花、シン・ヒョンス。

演目
バルトーク/ヴァイオリン協奏曲第2番 (by 南 紫音)
  ~休 憩~
ドヴォルザーク/ヴァイオリン協奏曲 (by 長尾春花)
プロコフィエフ/ヴァイオリン協奏曲第1番 (by シン・ヒョンス)
《19時00分開演、21時15分終演》

私は芸術はライブが一番だと思っている。そして、音楽は聴くだけではなく、観るものだとも思っている。ということで、今回は若き才能聴きたさと美人見たさ(笑)で日韓3人のヴァイオリンストによるコンサートへ足を運んでみた。

南紫音はワインカラー、長尾春花はホワイト、シン・ヒョンスはショッキング・ブルー、のドレスで演奏。南は良家のお嬢さんという清楚な顔立ちで、長い黒髪が印象的。長尾は身長148cmと小柄(それでも広上淳一より背が高いと思うw)で、まだ女子学生真っ盛りという無垢な女性という印象。シン・ヒョンスは二人より年上ということもあってか、少し大人の香りが漂う。スリムだがスタイルが非常によくモデルさんのようであった。

演奏は三者三様でそれぞれの個性をいかんなく発揮した。南紫音は演奏時間が約45分にもおよぶバルトークの難曲を、ところどころで膝を折り曲げるようにして熱演していた。長尾春花は最初は少し緊張していた感じだったが、途中からは悠々とした調べを歌い上げていき、最後は円満の笑みを浮かべていた。シン・ヒョンスは背筋をピリッと伸ばしながら、優しい女性的な音色でプロコフィエフのこの曲を完全に自分の手中に収めていて完成度が高かった。

そして、広上淳一はオケおよびソリストたちへ非常に的確な指示をしたり、OKサインを送ったりと、三人に対して気持ちよさそうにヴァイオリンを奏でさせていた。このコンサートの最大の立役者は広上淳一だっただろう。

南紫音は1989年福岡県北九州市生まれ。現在、桐朋学園大学在学中。2004年に15歳で第13回アルベルト・クルチ国際ヴァイオリン・コンクールで優勝。翌2005年には2005年のロン・ティボー国際音楽コンクールでは第2位入賞。以後、国内外のオーケストラと共演。北九州出身ということで、N響のコンマス篠崎史紀の両親である篠崎永育&美樹夫妻の師事を受けている。使用楽器は1700年製ストラディヴァリウス「ドラゴネッティ」。
南 紫音オフィシャルサイト
http://www.universal-music.co.jp/classics/artist/shion_minami/index.html

長尾春花は1989年静岡県掛川市生まれ。現在、東京藝術大学音楽学部1年生。3歳よりヴァイオリンを始め、2001年に第6回江藤俊哉ヴァイオリン・コンクール/ジュニアアーティスト部門にて史上最年少で第1位を獲得して以来、数多くのコンクールで優勝もしくは入賞する。2008年ロン・ティボー国際音楽コンクール第5位入賞。
長尾春花公式ウェブサイト
http://nagaoharuka.yu-yake.com/

シン・ヒョンス(申賢守)は1987年韓国生まれ。現在、韓国芸術総合大学在学中。幼い頃から韓国内の音楽コンクールで数多く優勝。その後は海外でのコンクールで優勝もしくは上位入賞して、2007年には韓国音楽協会アーティスト・オブ・ザ・イヤー優勝。これまでに韓国内のオケはもちろんのこと、ロシア・ナショナル・シンフォニー・オーケストラ、ワシントン・ナショナル交響楽団などとも共演している。2008年ロン・ティボー国際音楽コンクール優勝。

ロン・ティボー国際音楽コンクールガラ・コンサート
http://www.long-thibaud.jp/gala.html