【元日経新聞記者】宮崎信行の国会傍聴記

政治ジャーナリスト宮崎信行、50代はドンドン書いていきます。

【訃報】照屋寛徳さん、享年76 

2022年04月15日 18時39分32秒 | その他
[写真]野党幹事長・国対委員長会談に臨む、照屋寛徳・衆議院議員(左端)、右2つ隣は玉城デニー・現沖縄県知事、5年前の2017年8月22日、宮崎信行撮影。

 琉球新報と沖縄タイムスが各々の電子版で相次いで報じたところによりますと、照屋寛徳さんがきょう午後1時20分ごろ、西原町の病院で亡くなったそうです。享年76。

 きょう令和4年2022年4月15日は、今月1日に次の10年の沖縄振興特措法が施行したばかりで政省令も整備中。来月は沖縄慰霊の日、再来月は本土復帰50年でした。

 衆議院事務局が発行している「衆議院議員要覧(乙)」によると、照屋さんが生まれたのは、昭和20年1945年7月24日。沖縄に限れば終戦の日を過ぎているはずですが、サイパン島チャランカの米軍捕虜収容所の生まれですから、これはまだ戦中生まれということになります。まさに運命の子。

 照屋さんは県議、参院議員を経て、衆議院沖縄2区で連続当選6回。聞くところでは、相手が学生という高くない立場の人であっても、一度会ったら忘れない人だったようで、相手は感動。小選挙区に強かったのもうなづけます。きょねん10月、後継者も小選挙区で当選しました。

 脳梗塞の影響でかなり足を引きづり、話し方もゆっくりでしたが、小選挙区で野党が連続して勝てるので、東京・国会議事堂でも、沖縄選出議員は野党幹事長・国対委員長会談は常連といったところでした。オール沖縄が岐路を迎えつつある中での、他界でした。





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