葉山の海と森

葉山町の自然と日々の暮らしのスケッチ

同窓会

2022-06-24 11:41:22 | Weblog
いくつになっても友達は有難いものだと思わせてくれる。80近くになって同窓会をやろうなどと元気なロートル(これは死語かも)達と
幹事会をやりながら7人が集まった。取り敢えず元気な年寄りが中学、高校の4クラス合同の最後となるであろう集まりをやろうという事に
なった。前回は4年前に40数人集まったので、今回はもっと減るかもしれない。最近の情報では鬼籍に入った人たちが数人いるとの事で
仕方のない事であるが、元気な人たちだけでも集まって一杯やろうと計画している。

ところが問題が発生してきた。会場が無いのである。ご多分に漏れずコロナの影響か、不景気なのかあてにしていた会場は営業停止をして
いて、会場探しから始めなくてはならなくなった。どこでも探せばあるだろうというのは一寸甘かった。確かに金額を考えなければどこでも
あるが、80近い爺さん、婆さんの集まりである。食べ放題、飲み放題という宴会料理はとてもじゃないが食べきれないし、飲みきれない。
老人大国になってきたこの国をどう生き抜くか、経済論理で考えると老人向けの低金額の宴会会場があっても良いのではと痛感している。

会社勤めをしていた時ならいざ知らず、この年になって食べ放題は勘弁してほしいものだ。これからもっと年齢が上がる一方の日本で
社会構造の変革をやっていかないと今世紀半ばには人口が大幅に減るという結果も出ているので対策を考える時がすでに来ているのだと
痛感している。同窓会はやりたいが会場が無い、金額を気にしなければいくらでもあるという事も事実だが、老人天国のこの国では
貧しい老人の方が多いと思う。私も年金だけで生活をしているので家内が苦労していると思う。
同窓会はやりたし、リーズナブルな場所はない。老人に不親切なこの国の将来を会場探しで実感した梅雨時の雑感である。
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葉山の梅雨

2022-06-14 11:47:29 | Weblog
また、鬱陶しい梅雨がやってきた。これを書きながら足元には400wのストーブを抱えて書いている。年を取ると寒暖差が
身に沁みてくるが、今年は極端に暑さ寒さの差があると思えるのは年のせいであろうか?しかしながら日本は幸せである。
海外では熱波で川が干上がるような状態らしいので、ちゃんと梅雨という雨の季節もあり、夏の暑さや冬の厳しさもあるこの国に
生まれた事の幸せを感じるこの頃である。

鎌倉に生まれ40年、葉山に住んで38年にもなるが久しぶりに庭先に青大将が現れて自然が戻ってきた感がうれしくもあり
夜中に帰ってくるときには大通りを通ろうと改めて蛇嫌いを実感したものである。これからの季節紫陽花や木々の緑が目を楽しませて
くれるがこの地域に住むことが如何に幸せなことかとつくづく思わされる。

ただ、申し訳ないくらい平和な日本、葉山に住んでいる自分に出来る事は限界があり、ウクライナやビルマ、アフリカなどの途上国など
大変な状態であるのに何もできない自分には忸怩たる思いもある。今日のニュースで円安が進み135円(対ドルレート)という20年
ぶりの下落だそうである。この先の不確的要素、ロシア問題を端に発する不景気や人心不安など枚挙にいとまないこの頃だ。為政者は
その事を肝に銘じてもらいたいのだ。

梅雨に咲く花は情緒があって良いものだが、雨の鬱陶しさと寂しさがこの先もずっとこの世情を象徴しているような気がしてならない。
人生の終焉を見据えるようになると残される人たちへの何もできなかった事への無責任さを感じることが多くなった気がしている。
葉山の地でのんびりできる事の幸せと戦で疲弊した人々の落差に申し訳ない思いと複雑な心で梅雨空に天を見上げるばかりである。

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ウクライナ侵攻 4

2022-04-15 11:48:47 | Weblog
すでに50日を過ぎたウクライナ侵攻が長期戦の様相を見せてきた。春まだ浅い寒い土地で子供たちや老人たちはどうして居るのだろうかと
心痛む気持ちでテレビを見るしかない自分とロシアへの感情的な思いを禁じ得ない。ロシアの言い分はどう見ても唯我独尊的な独善に見えるし
世界のリーダーともいえる国であるという自覚すら無くなってきているのは何とした事だろう。
素人考えだが、北方領土の返還が決まらなかったのはプーチンの政治的野心と独裁が基本に在って、負けた日本に譲歩するなどという考えなど
初めから無かったのだと今思えば納得できる。

日本もかつては天皇を中心とした権威主義で太平洋戦争を起こし、4年後に敗戦となったのだが原因は引きずられ症候群ともいうべき翼賛迎合、
世界情勢の見誤りであった。戦争になれば国民が大きな被害を被るというごく単純な論理を国の指導者が忘れてしまうのである。
かつて日本は大本営という訳の分からない司令塔が戦況を見誤った結果が敗戦という結果をもたらしたので、今のプーチンも正論を言わない
部下の御前会議で判断ミスを犯しているのだと思われる。

今日ロシア艦隊旗艦の沈没が伝わったが、一方マリィウポリは風前の灯のようだがここは厳しい状態にあるらしい、どうすればこの戦をやめる
ことが出来るのか、日本の立場は北方領土の件もあり、はっきりさせなければならないが机の上での交渉を再開してほしい。どちらにとっても
マイナスばかりでなぜ仲良くできないのか、人間の本質が問われている気がしてならない。権力を握ると人が変わるというのは本当かもしれない。
ウクライナの人々の平安を心から祈るしかない。
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ウクライナ 侵攻3

2022-03-21 11:31:57 | Weblog
すでに3週間となったウクライナ侵攻が双方の大きな痛手になってきた。喧嘩をすると振り上げた拳をどう収めるかという事の難しさを
つくづく考えさせられる。ロシアにも言い分があろうが、よその国に武力をもって攻め入れば大きな代償が払われるという事は素人の
私でも考えられる。こちらは無傷であるはずが無いのである。公表されてはいないがロシア軍にも数1000人を超えるような死者が出ている
ようだが、公表されないという事は現状を国民に知られることを恐れているのだろう。

「人の口には戸が立てられない」という諺があるようにロシアの人達に早晩分かる事を隠しても意味のないことをロシア政府の優秀な官僚たちは
逆らわないのだろうか?それほどプーチンが怖いという事なのだろうか。しかしこれは必ず淘汰される事なのだと確信する。
今、この時亡くなっている人達がいるのだ。応援のカンパはできるが、それも一時の事でこれからウクライナの人達をどれだけ応援できるか
我々戦後を生き延びてきた老人が出来る限りのことをしてあげたいと思うのだ。

確かに世界には虐げられた人々が沢山いる、しかし今度のロシアの侵攻は大国として許される事ではないと思うのだ。それは世界大戦に及ぶと
いう人類史上最悪のストーリーの幕開けになるかもしれないのだ。以前この欄にも書いたが「なぎさにて」という映画の核戦争後の人類滅亡の
危機を孕んでいるウクライナ侵攻なのである。そして最も怖いのはロシアの国民がプーチンを正しいと思っている事なのだ。今日のニュースで
優秀な官僚たちが北欧経由でロシアを離れているという事が報道されている。つまり正しい情報を持っている官僚たちは国を捨て始めている
という事なのだ。これ以上ウクライナの人々やロシアの兵たちの血を流してほしくないのだが、ロシア正教の宗教者たちはどうしているのだろう。

避難した子供たちが沢山居たという会堂の地下から一人でも多くの人達が救い出されることを心から祈っている。
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ウクライナ 侵攻2

2022-03-08 11:28:36 | Weblog
ウクライナ侵攻から早くも10日も経ったが、ウクライナ軍は健闘しているようだ。ひとつは地理を熟知している事、敵方より正義がある事、
何よりも国民が味方についている事、これが一番の理由だ。現代社会において絶対やってはいけない事は他人の家に土足で入り、蹂躙し爆弾まで落とす
という理不尽なことを行うという、こんな常識すら持ち合わせないソビエトのやり方を止める方法が無いというのが不思議でたまらない。
物事の考え方には色々あって良いと思うのだが、自分の権力欲や自我がそれをSAVE出来ない権力者が、いまだこの世の中にいること自体が不思議でならない。

ソヴィエト国民には申し訳ないが、この責任の一端はあなた方にあると言わざると得ない。歴代の政治家や権力者といわれる人々も同罪である。
現代の政治経済は第2次世界大戦より大きく変わり、冷戦も終わり世界平和を標榜しすべての国民が平等、自由、博愛の精神をもって地球家族となる
事こそが目標でなかったのか。自由経済で貧富の差が出てきてはいるが、すべての人には努力すれば豊かで幸せな人生が訪れるはずではなかったのか。
所謂、イデオロギーというつまらない、ひねくれた考えが世界中にはびこるようになったのは何故なのか?それは偏に人間の持つ欲でしかないのだ。

ユダヤからヨーロッパに広がったキリスト教はロシア正教として花開いたのである。当然、ウクライナを通り、東欧諸国をその宗教圏に巻き込みながら
その信仰を広めていったのである。宗教は具体的には何もできないかもしれない、しかし「それはおかしい」と声を上げることは大切なことだと思うのだ。
ロシアの宗教者たちも声を上げて欲しい、無論われわれ日本人も声をあげようと思う。地球全体で見れば二国間の争いに見えるかもしれないが、そうではなく
我々が今、侵略されて居ると思わなければいけないのだ。距離的には遠い国の話ではあるが、今そこにある侵略の話として我々日本人も真剣に考えたい。
ウクライナの人々に心からお見舞いと健闘を祈り、出来る事のお手伝いをして行きたい。寒い日々を耐えてひまわりの咲く日を心から待ちたいと思います。
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ウクライナ侵攻

2022-03-03 11:31:38 | Weblog
心配されていたロシアによるウクライナ侵攻が始まった。ずっと思っていたことだが、長年トップにいた人間が勘違いをするのは
どうも人間だけの専売特許のようである。ご多分に漏れずロシアのプーチンが図らずも予定通りに「殿、ご乱心」と相成った。
余りにも長くトップにいることが感覚の麻痺を招き、自滅する前兆であることの証左でもあることをまたも知らしめてくれた。
会社経営もしかり、例えば何百年も続いている商家や名家もそれなりに続ける工夫をしたり、家訓により後代の人に生き様を伝えてきているのである。

プーチンが20年以上も大国ロシアのトップにいること自体異常ではあるが、その体制を許している国民もある種同罪である。ロシアはナポレオンの
時代から外国から侵略されているのだが、兄弟国であるウクライナを力でねじ伏せようとしている強権はやはり共産革命を思い起させる。
どんな得があるというのか、世界を敵に回して国民が反旗を翻さないと思っているのだろうか?日本人は判官びいきの所があるのでどうしても
ウクライナに思い入れをしてしまうが、贔屓目に見てもウクライナ頑張れと言わなければならない。

多くの人の悲しみを思い起こし、それが自分の家族の上にかかっていると思えば残虐行為はできないはずだ。プーチンの家族はどう思って
いるのだろう。昔のヒットラーのユダヤ人に対する民族浄化とは違う、いわば身内を窮地に追いやるこの行為は世界の良識ある国々が
一団となって阻止しなければならない。傍観者ではいけないのだ、日本も戦争を始めて敗戦を味わい、しかも原爆を落とされたことにより
唯一の被爆国になった事を思い起こさせてロシアの暴挙を止めなければならない。核を使わないことを心から願う。

ソフィアローレンの映画「ひまわり」の印象のあるきれいで牧歌的なウクライナを思い起こすと一日も早く、ロシアは撤退して
交渉によって解決をしてもらいたい。遅ればせながら日本も避難民を受け入れるという決断をしたようだ。
是非、日本に来てもいらいたいものだ。これから桜の季節になるのでひまわりと桜の自慢をお互いしたいものだ。
一日も早い終息を願っている。

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トノヤマ 残照 Ⅱ

2022-02-14 13:00:37 | Weblog
12月に書いたトノヤマ 残照の続きです。これほどインターネットの力があるとは思いもよらず、このひと月で解決しました。
トノヤマで働いていたMちゃんがネットで拡散してくれたおかげで、トノヤマの親戚が中部地方から現れ、カウンターの一部を
引き取ってくれることになりました。60年前の歴史あるトノヤマカウンターが中部地方の親戚のうちに引き取られることになり
関係者一同ホットしています。カウンターが大きいので一部ですが、所縁のある人の元に行くことになり安堵している所です。

残りの一部はMちゃんのお店に一時保管されて、何れ彼女の店でお客さんを迎えることになるだろうと思えますが、生まれ故郷の
鎌倉の二の鳥居前の再開発に時代の流れと近代化という名の破壊が増々増えるだろうと鎌倉の将来を危惧している。
私の鎌倉逍遥も終わりに近づいてきたようにも思えるトノヤマ残照である。こうして歴史が隠されていき、人の人生も語られなくなり
時代の進化が歴史のかなたに過ぎ去るものと実感したこのひと月の感慨である。


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仕事人生の終わり

2022-01-28 12:07:51 | Weblog
昨年12月31日で自分で決めた定年を迎えた。約55年の仕事人生であった。学校を卒業して父の会社に入り、
その後26歳で独立合計55年の仕事人生であった。バブルの始まる前の1970年創業で何とか起業したのも家族や親しい友達や
何よりも仕事をくれたM電機やH製作所など今では考えられない大企業であった。
客先と飲み歩いた日々、地方に工場を新設した絶頂の頃、ドルショックをはじめ急降下で業績が落ち込んだ日々、そして下請けでなく独自の
製品を作らなくては生き残れないと決断したこと等、その後規模を縮小して独自技術で細々ながら生き残ってきて何とか会社を
息子に譲れたことは良かったと自分なりに満足した仕事人生であった。

退職金は出ないけれども何とかこれから夫婦二人でのんびりできるように過ごしていきたいものだと思っている。このコロナの状況の中で
中小企業は大変だと思うが、したたかに生き延びて欲しいと思う、そして日本の底力は中小企業の技術力や創意工夫力であると信じている。
私もこれから健康でいるうちは、今までの技術を生かした物づくりは続けていきたいと思っている。
今、世界の状況を見るに余りにも格差が激しく、世界の富を一握りの人たちが持っているような状況を正さねばならないと思っている。
若い時の野心は必要ではあるけれども一定の資産を持ったならば、それで良しとする気持ちの余裕をこれからは持たねばならないと思っている。

予測できないものの唯一のものは寿命であると思っている。必ず死は誰にでもやってくる。そして何も持っていけない。
残った人には思い出だけが残り、本人は土へと帰っていく。だから資産=金は必要最小限のものがあれば良しとする気持ちを持つことが
一番ではないかと思うのだがどうだろうか。もし形で残すものがあれば私は何か世の中で役立つ製品を残していきたい。
仕事の後片付けをしながら、何を形に残すか考えている日々である。
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トノヤマ残照

2021-12-21 11:11:05 | Weblog
随分前に鎌倉のバー「トノヤマ」の事を書いたが、その後お店を引き継いだ「Y」というお店が今月で再開発のために移転する。
再度書く気になったのはこの場所が鎌倉駅から近く八幡宮の二の鳥居のそばという立地で新しいビルに生まれ変わるそうだ。

思い出の「トノヤマ」が完全になくなるというのは仕方のない事だが、そこのカウンターは何とか残せないかと考え始めた。
たかがカウンターとはいえ、約60年前の厚いラワンの曲げ加工で縁取りし、寄木の趣のあるカウンターで庶民の文化財と云えるものであった。
経営者一族はほとんど鬼籍に入り、客たちも同様であるが残ったもので何とか残したいと思い立ったのであります。

殆どの方は知らないと思うのだが、怪優と言われた殿山泰司氏の義妹がママをやっていて、ご主人だった松竹の映画美術監督だった戸田重昌氏が
設計し、松竹の大道具が宮大工仕様で作ったという今でも頑丈なカウンターが残っているのでこれを何とか残したいと思っている。
当時の流行だったラワン材の厚い縁取りと寄木のカウンターはたばこの焼け焦げや酒を吸い込んであめ色に変わってはいるが、まだまだ使用可能な
しっかりしたものである。

開店当時は作家や松竹関係者はもとより鎌倉の知識人が談論風発、時代とともに会社帰りのサラリーマンが一寸立ち寄りバス待ちやタクシー待ちで
深夜まで賑わっていたものだった。鎌倉の「トノヤマ」と云えば銀座のホステスが鎌倉に住んでいる客の社長を送りながら来たという話も残っている。
物書き、詩人、映画製作、新聞記者、旦那衆が常連で我々若造も社会勉強をさせて頂いたものであった。

老人の郷愁かもしれないが、今の鎌倉の商店街を見て淋しく感じている年寄りとしては、せめて青春のよすがを何とか残したいと思っている。
鎌倉でバーをやりたい人いないか探しています。カウンターは持ち主さんの了解を得てもらうことになっていますので、運賃だけでいいのです。
又、保存ができるようにだけでもと考えています。「トノヤマ」ゆかりというだけで客が呼べるのではないかと思っています。

鎌倉は変わりました。世の中も変わりました。人の心も変わてしまったかもしれません。でも60年、人の喜び、悩み、愚痴、楽しみを見てきた
カウンターを何とか救いたいと思っています。何とか頑張って生かす方法を考える今日この頃です。(良い知恵を頂ければ幸いです)






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桐一葉落ちて天下の秋を知る

2021-10-16 14:31:15 | Weblog
衆議院の解散が大島議長によって宣言され万歳三唱で議員が地方に散って行った。
自民党がどれだけ議席を減らすか、はたまた反自民の得票がどれだけ増えるのか、コロナ禍の国民にとってはどうでも良いような気がするが、
それでは困るので本格的な国に奉仕できる議員が出て欲しいものである。

我々ロートルはこの先消えていく存在ではあるが、子や孫の時代を思いやると今のこの国の体制はなっていないと思うのである。
格差が激しく若い人たちの労働意欲がどうも感じられないのである。それは労働環境がこの20年くらい損なわれているのが原因のような気がする。
93年から景気後退が進み2000年越えても一向に上向きにならない景気がこのままの日本の現状である。

生活の向上が進んでいることは否定しないが、下請け業者に至ってはコストダウンの嵐は限界を超え、最低賃金を時間給1000円超えるか
越えないかの境目でどう見ても生活できないのである。ましてコロナの思わぬ攻撃で世界中が混乱しているのだが、我々以上に苦痛を
味わっている人たちの事を考えると心が痛む。だからせめて政治家は心してほしい。自民党も野党も給料はきちんともらえる議員たちに
言いたい。今こそこの国を如何にかじ取りを進めるかを選挙において語って欲しい。 そして我々は良い選択したい。

今年、11月に55年間働いた仕事を息子に譲るのだが、この先この国の在り様が気になって仕方がない。
ソロバンで始まりワープロやパソコンで仕事をしてきたこの身において、徐々に感情が薄れていく世の中になってきたように思える。
若い世代の方たちはパソコンがツールとして定着していると思うが、たまにはソロバンや紙計算で数字をたたくのも良いのではないだろうか?
あとひと月で自分で決めた定年になるのだが、政治も経営も気がかりな秋を迎え、冒頭の句のように秀吉もこんな心境だったのかなと深まる秋を考えている。





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