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kiske3の絵日記

一コマ漫画、トホホな人の習性、

映画批評、恐怖夜話、あらゆる

告知をユルく描いて書いてます。

ヤスラギ 5

2008年06月23日 | ボスヒコの「恐怖夜話スペシャル」

やっと鍵を探し出して、急いで部屋に入った。内鍵を閉めて、チェーンを
かけて、暗がりの中、覗き穴に目を当てた。いつも忌み嫌っている部屋に
この時ほど入りたいと思ったことはない。着替える事を忘れるくらいに。



大家さんは本当にゴミの分別をしているのか? 各家庭から出るゴミは
個人情報のかたまり。明細書から出る生活感、何を食べているか、何を
飲んでいるか、友達はいるのか、恋人はいるのか、1週間のうち部屋に
何日いるのか……。疑れば疑るほど、怪しく思えて来た。マンションの
全部屋の鍵を持っている大家さんは、当然の如く、どの部屋にも入れる。



エレベーターのドア横にある光る数字は「1」まで辿り着いた。



しばらく緊張しながら覗いていたのだが、それからエレベーターが動く
事はなかった。ワタシは脳裏の隅にあった事実を思い出した。注射器が
落ちていたはず。玄関内に放置していた注射器を探し出す為に灯りを
付けた。あの時は寝ぼけていたのと、恐ろしい結末を否定したいが為に
脳が“なんにもなかった”事にしていた。ワタシは靴で溢れかえった
玄関で注射器を探しながら、妹に電話をかけた。奥歯洗浄用の注射器を
落として行ってないか? その問いに妹は呆れて「いつの話をして
いるの。そんな1年前の事」と言う。適当に話を流して、電話を切った。




無い。




注射器が見つからない!!!!




今や、玄関に繋がる廊下まで探し漁っている。あの時、確かに注射器を
見たはず。ワタシは寝ぼけたまま、捨てたのだろうか。記憶が定かで
ない。少し落ち着かせる為にもシャワーを浴びる事にした。濡れた身体は
芯から冷えており、熱めのシャワーが痛く心地よかった。しかし、脳は
フル回転していた。適当な部屋着に着替えて、自分で荒らしたリビングへ
行く。冷蔵庫の中から、缶ビールを取り出して、一連の考えをまとめよう
とした。シャワーと疲労の為、目線はうつろだったと思う。いくら考えても
思考はぼやけて答えは出なかった。ただの被害妄想なのかもしれない。
恐怖心や疑心がおぼろげになるほどの睡魔が襲って来た。ワタシは寝る前に
歯を磨こうとして洗面台に向かった。目の隈が酷い。鏡に写る自分の顔の
酷さにため息をつく。歯を磨きながら、荒れに荒れている周囲を視線が
なぞる。あぁ、早くかたづけないと……。トイレのドアも半開きだ……。
このままじゃ人間失格だな、と思い、自分のルーズさに鼻で笑いながら
トイレのドアを閉めに行った。チラッと見えた暗がりのトイレの室内に
違和感を感じた。「違いますように…」と願いながら、ドアを開けた。






便座が上がっている……






1人住まいの女性がトイレの便座を上げる時は、掃除する時くらいだ。

男が入った形跡。血の気が一気に下がった。この部屋に侵入者がいる!?

いや、侵入者があの大家さんであったとしたら違う。しかし、最悪、今
現在に誰だか解らない男がこの部屋にいるかもしれない。この部屋に
入ってもう既に40分が過ぎようとしている。侵入者にとって避けたい
のは発見される事だ。リビングにある携帯電話やキーを取らずに、この
まま部屋着で外に出て行ったら、侵入者に気づいた証拠になり、追い
かけられて捕まるかもしれない。しかし、リビングに引き返した時に
ワタシを捕らえる絶好のタイミングを侵入者に与えるかもしれない。

無音の時間が長ければ長いほど、侵入者は焦るだろう。ワタシは何も無い
様に振る舞うことが最適な選択だと思い、「仕事中、部屋に一旦シャワーを
浴びに戻った人」を演じる事にした。動揺が現れないようにしないと思う
ほどに緊張していく身体を感じる。部屋に侵入者が潜んでいない確率を
考えれば、馬鹿馬鹿しい行為なのだが、それはこの部屋から出て行けた時に
笑えば良い。部屋着はかろうじて外に出れる格好。侵入者がいるとしたら
リビングの奥の部屋の寝室とその部屋のベランダしか無い。その部屋さえ
入らなければどうって事ない。ワタシは普通の足どりでリビングへ向かった。












タイヘンです。                      ボスヒコ

 押してくれ!
 

ヤスラギ 4

2008年06月22日 | ボスヒコの「恐怖夜話スペシャル」

「こんばんわ」




大雨の当る音であまり聞こえない耳が、男の声を拾う。振り返ると
そこには黒い影。すぐに目が慣れたワタシは安堵と苛立が襲って
来た。黒い影の正体はここのマンションの年老いた大家さんだった。
ワタシは驚きながらも微かに返答して、急いで自転車に鍵をかけた。



そして大家さんは、いつもやっている事をしだした。彼はマンション
前のゴミ捨て場に行き、住人達のゴミを開けて分別するのである。



ここ大阪は東京のようにゴミを分別しなくて良い。それなのにわざ
わざ分別する大家さん。感心と感謝の念が出ても良いはずなのだが、
夜中の3時過ぎ、大雨が降る中、薄いレインコートだけでマンション
住人のゴミの分別するのは不気味としか思えない。元々、この大家
さんは生理的に受け付かなかったので、この行為に酷く嫌悪した。

ワタシは逃げるようにエレベーターに乗り、最上階に着くなり降りた。

廊下のあの濡れた跡は既に渇いていた。そんな事よりも今は、早く
シャワーを浴びて、着替えないと風邪をひいてしまう。カバンから
鍵を取り出そうとしたが、奥底にあるのか、なかなか見つけられない。




その時、身体から滴り落ちる雨水を見て、愕然とした。今、正に、
ドアの前にあの水たまりが出来ようとしている。ワタシは思わず
ドアから離れて、試しに向かいの部屋のドアまで歩いた。身体から
流れる雨水はあの痕跡とそっくりなラインを残した。身体から雨水が
滴り落ちる程濡れている人間が歩くと出来る水のラインだったのだ。




しかしドアの前に立つ理由は!? 雨が降った日だけ痕跡を残す事
などありえない!!雨以外の日は“痕跡が残らないだけ”なのだ!!


そして、このマンション内で、雨の日だけずぶ濡れになる人間は!!





その時、エレベーターが何かを乗せに、音を立てて下へ降りて行った。












何を乗せて来るんでしょうか!!??              ボスヒコ
 絶対に押して下さいね。
 

ヤスラギ 3

2008年06月21日 | ボスヒコの「恐怖夜話スペシャル」

ある朝、些細な状況に目を止めてしまったがばかりに、出勤中にも
関わらず、子供が出題した単純ななぞなぞが解けないお父さんのように
唸っていた。まだ、昨夜からの雨が降り続いている。雨量の少ない霧の
ような雨が街を灰色に染めている。寝ぼけた頭に疑問を投げかけられた
些細な状況とは、部屋の外のマンションの廊下に水が奇妙なラインを
作っていたのだ。風のせいで雨が入って来て濡れた感じではなく、
ある動きを見せている。まるで、雨自体に意思があるかのようにフロアの
各部屋のドア前まで移動していたのだ。大して多くは無い水量だが、
エレベーターから始まり、一番エレベーターに近いワタシのドアまで
「雨」は移動し、次は男性が住んでいる向かいのドア、そして最後には
女性が住んでいる奥のドア。てかりさえしないものの、巨大ナメクジが
通った跡のようだ。エレベーター内の床も濡れている。こういう事があると
タクシーの運転手が話す定番の幽霊話を想い出す。女性のお客さんを
乗せたのに、しばらくして消えている。その座っていた後には水たまり…。



仕事をしていてもあの濡れた跡の事が気になってマンションに戻る気が
せず、仕事場で寝る事にした。仕事場にはシャワーもあるし、替えの
下着やシャツなどを常に完備しているので、ズルズルと3日が過ぎた。



そんな感じの生活を繰り返しているものだから、部屋も荒れてくる。
出入りしない所は普通、何もしないのだから綺麗なはずだけど、愛着が
湧かないせいか、知らず知らずにぞんざいに扱ってしまっているかも
しれない。部屋を掃除しなきゃ… でもあの部屋に長く居ても落ち
着かない… 無意味な葛藤を繰り返しながらも決断できずに、義務感
のみの気力であの部屋に帰る用意をした。社内にあるアナログの壁掛け
時計の針は夜中の3時を回ろうとしている。外は大雨だった。思った
よりも風がきつく、傘をさして歩くのが困難だった。自転車通勤して
いるワタシは傘をあきらめて、濡れて帰る事にした。ほぼヤケクソに
近く、そのままマンション近くのコンビニに入り、また栄養が偏って
いる弁当を買ってしまった。いつもの陰気臭いコンビニ店員のおばさん
が差別的に凝視している事が気にならないくらいに、部屋の事で頭が
一杯だった。電灯がろくに付いていないマンション前。ワタシの被害
妄想なのか、ワット数が違うのだろうか、いつも薄暗く感じてしまう。
このマンションには駐輪場がなく、マンション前に自転車を止めている。
住人の物か来客の物か解らない複数の自転車は人の邪魔をするように
置かれている。雨ざらしの為、ほとんどの自転車にはサビが出来ていて、
このマンションをより一層、不気味に盛り上げていた。いらぬ妄想を
かき消しながら、自転車に鍵を付けている時、背後で何かの気配がした。












そろそろ連続アップします。                  ボスヒコ
 押して下さい!!!!!!!!!!!!!!!!!
 

ヤスラギ 2

2008年06月20日 | ボスヒコの「恐怖夜話スペシャル」

ワタシは仕事が忙しいせいにして、あの部屋へ帰らない理由にしている。

仕事場で夜を過ごし、取れるだけの仮眠を取り、朝から昼にかけて帰る。
仕事が早く終わってしまった時は、バーや友達の家で時間を潰す。それ
でも、“万が一”帰らなければならない時は、部屋の全ての電気を付けて
いる。不安を忘れる事。それが食べる事よりも寝る事よりも重要だった。
今夜はその万が一の夜のひとつ。不安を忘れ、ウトウトとした時だった。


……


玄関の方で何か音がした。こんな夜中に誰かが訪ねて来る事は無い。


去年までならあの男が訪ねてきたかもしれない。あの男の事を想い出すと
眉間に皺が寄る。付き合っていたのか付き合っていなかったのか未だに
解らない。友人の友人だった彼と出会って1ヶ月後、彼から告白されて、
デートをする事になった。その日はお互い何も求めずに楽しく終わった。
2人とも仕事が忙しく、会うのが難しかったおかげで、メールを日に
20回以上は送り合い、暇を探しては電話をし合っていた仲だったのに、
ある日突然、彼からのメールの返信が来なくなった。心配と苛立で何度も
電話をしたが、電話にも出ない。留守電を入れるも自分が情けなくなる
ばかりで携帯電話を見るのも嫌になった。なぜ? ワタシが不満?
会ってまもないのに? ワタシのことなんて何にも知らないのに?
とにかく真相を確かめたくて、共通の友人達に聞いたところ、2つの
事実が判明した。原因は解らないが心神喪失で仕事も手に付かない状態
だという話と、元気に仕事をしていると言う話だった。躁鬱の気がある
かもしれないが、躁状態の時に電話ぐらい出来るでしょう。関係を自然
消滅させたいかもしれないが、ワタシとしては関係を明確にしたい。
女を馬鹿にするのもいい加減にしろ。ワタシは彼に最後のメールを送った。


「アナタにとってどうでも良いかもしれませんが、ここでハッキリして
 おきます。私達は別れました。アナタとはもう何の関係もありません。」


もちろんそれに対する返信はない。こちらも期待などしていない。




…………ガチャ…




玄関のドアノブを回した音が確実に聞こえた。鍵も閉めているし、キー
チェーンもしている。玄関からまっすぐ伸びた廊下は左に曲がれば、
バスとトイレ。右に曲がればキッチンがある6畳。キッチンに繋がって
いる7畳のリビングと7畳の寝室。たとえ、ドアに付いている覗き穴や
郵便受けから覗けたとしても、ワタシはリビングにいる為、人影は
見えない。足音を立てずにキッチンへ行くと洗ってないフライパンを
掴んで玄関へ向かった。廊下は真っ暗な為、ドアの外の光が覗き穴を
光らせている。ドアの前に人がいない証拠だ。一気にドアまで詰めて
覗き穴を覗いた。湾曲になった視界には無機質なよくあるマンションの
風景。せいぜい見えるのは向かいのドアだけ。最上階のこのフロアには
向かいに住んでいる大学生風の男性と、隣に住んでいるOL風の女性だけ。
その2人とも引っ越しした時に挨拶していて、どちらも好印象だった。
隣の女性の所にはよく彼氏が泊りに来ているので、最悪、何かあった
場合はどちらの部屋にも男性がいるので少し安心している。しかし、
その何かあったという対象は人間だけに限る。ワタシの恐怖心が作り
出した何かや、ワタシが信じられないモノ、霊と言われる存在だった
場合は朝を待つしかない。ワタシは急に廊下の暗闇が怖くなった。













お~ば~け~だ~ぞ~                   ボスヒコ
 押して
 

ヤスラギ 1

2008年06月19日 | ボスヒコの「恐怖夜話スペシャル」

ワタシは今住んでいる部屋が好きではなかった。理由は解らない。




霊感らしきものはこれっぽっちも無いワタシにとって、なぜ
“好きではない”と言えるのかが不思議だった。間取りも広く、
陽の光も入り、生活に便利な場所にある。しかも目と鼻の先には
広大は川が流れている。ここに入居した時は、心が弾み、無駄に
インテリア雑誌を購入してしまった。あの気持ちはどこに行った
のだろう。あれから数ヶ月しか経っていないのに。季節の変わり目
だから、少し鬱ぎみなのかもしれない。そのせいか、最近はよく
悪夢を見る。おぼろげにしか憶えていないが、この部屋に何者か
解らないモノが侵入、もしくはドアを開けたらそこにいる、と
いうような内容だった。内容が具体的すぎて、少し恐怖感は
薄らぐけど、それはそれで良い気はしない。このままクリスマス
や新年を迎える気は無いので、今日は思い切って部屋の模様替えを
しようと思う。面倒臭がりのワタシがサボらないように、監視役
(都合の良いお手伝いさん)として妹を呼んで、一緒に模様替えを
してもらえれば、少しは気分は変わるだろう。1人住まいの苦労を
まだ知らない妹は、「お姉ちゃん、さっさと引っ越したら?」と
気楽に言う。確かにすぐに出て行きたい。しかし、金銭的な問題を
置いといて“好きではない”と言う理由が曖昧で小さすぎて、決断
出来ずにいるワタシがいる。もう子供でも無いんだし……


模様替えと言うよりも大掃除に近かった。妹に叱咤されつつも
半日でなんとか片付き、後半日でなんとか模様替えらしき事を
した。今日の所はこれぐらいにしておいてやる、と遅い夕飯を
取りに近くのコンビニへ出かけた。疲れのせいで身体に悪そうな
物ばかり買って来てしまった。それらを平らげたワタシ達は、
ふとんもろくにひかずに、どっぷりと深く寝てしまった。


急いで起きて歯を磨いている妹。どうやら何か用事があるらしい。
ワタシは休みなので、ゆっくり起きるつもり。ああ、まだ眠い。
まどろみながら、妹がドアの鍵をかけれないのに気づき、嫌々
起きた。バタンと妹は出て行った。ワタシは廊下の壁に当たり
ながら、玄関へ辿り着く。内鍵を閉めた時にふと目に入る物が
あった。それは見た事があるが、普通の部屋には見慣れぬ物。


注射器


妹が落として行ったのだろうか。妹は何かヤバい事でも……、あ、
そういえば、妹は奥歯の具合が悪いので注射器で洗浄していた
ような…… 確か、そんな事を言っていたような…… 眠すぎる
ワタシの脳は、思考する為のエネルギーを出すのに疲れて、その
注射器を足で玄関の隅に追いやってしまった。












ある女性の実話です。                      ボスヒコ
 押してくださって
 

おかあさん 後編

2008年04月30日 | ボスヒコの「恐怖夜話スペシャル」

え!?と思い、庭先に目を戻すとそこにはもう、おばあちゃんはいなかった。


「そこにはもう、」では無く、元々その場所には誰もいなかったのだ。


彼女は彼に訊く事があった。「おばあちゃん死んでたの?そんな事聞いて
ないよ!」彼はシッと指を口に当てて嫌そうに答える。「身内の不幸、それも
農薬で自殺なんて、誰にも言えるもんじゃないんだよ…」彼女は信用されて
いなかった事よりも、彼に何かの後ろめたさを感じた。とにかく、今夜の
宿主の井上さんの機嫌を損ねてはいけないと思い、彼女は反論を喉元で飲み
込んだ。ドアを開けると、薄暗い玄関に、彼のおかあさんが陰気な顔で立って
いた。さきほどの話の直後なので、彼と彼女は少し驚いた。おかあさんは、
無表情で黙ってこちらを交互に見ている。井上さんは「ただいま…実は」と、
説明しかけたが、おかあさんは踵をくるっと返して台所の方へ行った。彼は
今のうちに上へ上がろうと、彼女を引っ張って玄関に上げた。2階へ行く
廊下を通る時、彼女は庭からの視線を感じながらも庭先を見ないように階段を
登って行った。彼の部屋に着いても、疲れのあまり喋る事も出来なかった。
アナログの壁掛け時計の秒針の音だけが響く静まり返っている部屋。やっと
気持ちが落ち着いてきたと思ったその時に、廊下を上がってくる音が聞こえた。


…、…、…シ、ギシ、ギシ、ギシ、ギシ、ギシ、


……まさか……………いや、そんな事はありえない。おかあさんだろう。


彼女はまたどやされると思い、姿勢を正した。部屋のドアが微かにノック
され、湯気と共におかあさんが入って来た。それは、インスタントラーメンと
お茶の湯気だった。玄関先で見た陰気な顔はそのままだったが、彼の分と
彼女の分が乗っているお盆ごと、各自に手渡すと何も言わずに下りて行った。

おかあさんが溺愛している一人息子の彼女に嫉妬するのも無理は無いし、
素直になれない性格なんだと思った彼女は、少し楽になった。彼女は、
お腹を空いていたので、一気にラーメンを食べてしまった。しかし、緊張
から急な弛緩に胃も神経も驚いたのか、その夜は腹痛が酷くて朝まで
トイレを行き来するはめになった。トイレは1階にあるので、おかあさん
にも、あの“おばあちゃん”にも用心して行くのもかなり困難を極めた。



それからと言うものの、彼女は母親と大げんかすれば彼の部屋の転がり
込んだ。おばあちゃんもまだ庭先にいたのだが、それはそれで無視は出来る。
おかあさんも相変わらず、口を聞いてくれないが飲物や食物を持ってきて
くれる。彼の性格もだんだんと解って来た。最初の内は彼の事を優しい人
だと思っていたのだが、ただの優柔不断な人だと解った。あと、少しだけ
頭の回転が遅いのか、ぼぉ~っとしている時が多い。それでも彼が好きで
付き合っていたのだが、13回め(要するに13回、母親と大げんかしている)
に彼の部屋に行った夕方遅く、恐ろしい事に気づいた。その夜は母親と喧嘩
をした後、しばらくマクドナルドでヤケ食いしていた為、おかあさんが
運んで来るラーメンを食べれなかった。偶然にも彼はお腹が減っていたので、
私の分まで平らげた。そこで起こった事。彼はみるみる内に真っ青になり、
嘔吐したのだった。食べ過ぎではない。彼女の食べ物だけに“なにか”が
盛られているとしか思えなかった。それにその日に限って、彼女の体調は
どうもない。今まで彼の家に来る度に下痢や嘔吐、気分が悪くなる原因は
母親との喧嘩のストレスだと思っていた。恐ろしくなった彼女は、井上さん
に「大丈夫?なんだか気分悪そうだし、安静にした方が良いね。やっぱり
ワタシ帰るね。」と、疑われない程の言い訳をしてから、制止する彼の言葉
を聞かずに部屋を出た。階段を静かに下りる時に、彼の言葉を思い出した。




「うちのお祖母ちゃんはな、5年前に農薬飲んで自殺したんだ。」




彼女は動転してしまい、いつも見ないようにしている庭をつい見てしまった。

おばあさんが何かを訴えるような悲しそうな顔で静かに立っていた。今まで
気づかなかったおばあさんの足下には農薬の袋があった。(殺されたの!?)
思った事がおばあさんに伝わったのか、失望した目でコクリと頭を下げた。
彼女はおかあさんがいるであろうリビングを全神経を集中して通り抜けた。
そして、玄関を静かに閉めて、終電に間に合うために全速力で田舎の道を
走った。走りながらも、おかあさんにが追いかけてこないかと不安になって、
振り返った。おかあさんはいなかったが、2階の井上さんの部屋の窓に、
きつく逆光になって出来た漆黒の男性の影が彼女の方を見ているのが見えた。






彼女はカクテルの水滴を見ながら、これらの話を私にしてくれた。本当に
農薬を盛られていたか、おばあさんが自殺(他殺)したのかどうかは誰にも
解らない。彼女は井上さんとはそれきり会っていないそうだ。彼女は最後に
私に言った。「あの影は井上さんの体格ではなかった」…そういえば、井上
さんのおとうさんは交通事故で亡くなっている。…本当に交通事故なのか?












おわり。                     ボスヒコ

 押して~~~~~~~~~
 

おかあさん 前編

2008年04月29日 | ボスヒコの「恐怖夜話スペシャル」

この話はあるバーで独りで呑んでいた時に隣に座った女性から聞いた話です。



彼女が17歳の頃、井上さん(仮名)という人と付き合っていた。彼は近くの
洋食屋のコック見習いの26歳。某バンドのライブで彼と知り合って依頼、その
バンドのライブに一緒に行く様になり、自然に付き合うようになったらしい。


当時、彼女は両親との関係が上手く行かず、友人の家を止まり歩く高校生離れ
した自堕落な生活をしていた。将来に絶望していた彼女は、いつ死んでも構わ
ないと思っていた。ある日、久しぶりに家に戻った(着替え交換と親の金を
盗みにしかたがなく)時に、怒り狂っている母親に「お前なんか死ねばいい!」
と言われ、大げんかした後、家を出る事を決意した。その日の夜には荷物を
まとめて出て行った。行く宛もない彼女が思いつくのは彼氏の井上さんだけ。
ケータイで井上さんに成り行きを説明し、助けを求めた。彼はすぐに迎えに
来てくれた。身も心も優しさに飢えた高校生は、助手席に乗り込んだ時に
彼の実家について忘れていた事を思い出した。彼は年老いた母親と住んでいた。




付き合い始めた頃、春先の天気の良い午後に、井上さんの所に遊びに行った事
があった。玄関で彼の母親に初めて会った時、いきなり罵られた。井上さんは
両親が40代中ばで授かった一人っ子で、母親は彼を溺愛していた。「こんな
不良娘を家に連れ込むなんて!あんたは騙されてるのよ!!」彼曰く、女性を
初めて家に呼んだらしい。その一人目が見た目通り素行の悪かった高校生。
彼女を見た母親は、あまりにショックを受けたのか、半狂乱に近い状態だった。

彼の父親は彼が生まれてすぐに交通事故で亡くなっていた。生活費の都合上、
父親が亡くなっても父親の実家に住んでいた。そこには父親の母、井上さんに
とっておばあちゃんに当る人と同居していたのだが、母親と祖母が毎日、自分
の取り合いをするのが子供心に辛かったらしい。父親を挟んで均等が取れて
いた嫁姑の関係は、日が経つにつれ、悪化して行く一方だった。

「お母さん!ちょっと落ち着いて!」と井上さんは事情を説明(彼女は不幸で
可哀想だとか言っていた)したが、母親は静かになったが怒りがおさまる様子
は無いように思われた。半ば諦めた井上さんは彼女を2階の彼の部屋に連れて
行こうとした。縁側を渡っている時に、庭先に八十歳ぐらいの背の低いおばあ
さんが立っているが見えた。井上さんの母親よりも優しそうな顔をしていた
おばあさんに彼女は幾分心を許したのか、頭を軽く下げて挨拶をしてしまった。
目が合ったおばあさんも頭を下げてくれた。おばあさんは彼女の容姿を見て
どう思ったのか知らないが、悲しげな表情で見られた。普段からそういう目で
見られるのは慣れっこな彼女は、「ち、やっぱりか」と挨拶した事を後悔した。




彼の家に向かう車中で、彼に「お母さん、いるんじゃないの?」と訊いた。
井上さんは苦笑しながら「まあ、たぶん大丈夫だと思う……。なんか言われ
ても気にしないでくれ。それに、うちに来るのは久しぶりだろ?」と言った
後、彼はタバコに火をつけた。彼は普段、臭いがつくからと言う理由で車の
中でタバコを吸う事は無い。(…井上さんも若干緊張しているんだ…)

彼の家に到着した。門から広い庭を歩いていた時に、あのおばあさんがまた
庭先に立っていた。盆栽を見ているようにも思えないし、田舎なので街灯も
ついていない。ほぼ家から漏れる明かりだけなのに何をしているのだろうか。

今度はおばあさんの方から軽く会釈してきた。今夜、否、これからお世話に
なるかもしれないので彼女の方も「こんばんわ」とお辞儀をした。その様子に
不思議がる井上さん。「今、誰に挨拶したの?」「え? おばあちゃんじゃ
ないの。」「誰の?」「井上さんのおばあちゃんに決まってるでしょう。」


彼は神妙な顔つきで彼女に叱るように言った。


「うちのお祖母ちゃんはな、5年前に農薬飲んで自殺したんだ。」












明日、衝撃の結末。                     ボスヒコ

 押して~~~~~~~~~
 

とぐろ 後

2008年01月27日 | ボスヒコの「恐怖夜話スペシャル」

半泣きの川田は自分の両足を掴んだ見えないモノを振り払うように足を
動かしている。大江山は再び、魔除けの塩を川田の足下にふりかけながら
生霊を剥がして行く。本来は生霊となっている本人にあらゆる現状を納得
してもらう方が事は早い。本人が知らずに生霊となっている場合もある。


川田はインディーズのロックバンドのボーカルをしていた。徐々に人気は
出て来ているようだが、まだまだのライブをこなさなくてはならない部類。
バイトのスケジュールの合間にライブを精力的にしている。東京でのライブ
で熱烈なファンの女の子がいた。その子の眼はうつろで皮膚が透き通る
くらいガリガリに痩せていた。彼女はひきこもりで拒食症だったのである。
その現状を打破してくれる唯一の楽しみが川田のバンドのライブだった。



あくまでファンとしてのメールのやりとりなどをする川田とは違い、彼女は
益々川田の事を好きになっていった。川田のバンドとして活動は数ヶ月の
充電期間に入って行く。バンド通してのアーティストとファンの関係上、
普段の話題が共通しない川田と彼女のメール。彼女がコミュニケーションを
とりたくともきっかけが無い時が過ぎて行った。彼女の川田への想いは蓄積
されて行く。そして、川田のバンドが久々に地元の京都でライブをする事に
なった。彼女は思い切って京都までライブを観に行く事に決めた。その報告を
川田にした所、彼女の心身的な状態を気遣った気の良い川田は彼女を自分の
部屋に泊める事を提案したのだ。もちろんファンとして。しかし、川田と
彼女との温度差は激しい。彼女も頭で理解していながらも、心は弾んでいる。



怨念を持った死霊よりも生きている人間の念の方が凄まじい時が多々ある。



彼女と一夜、別々の部屋で過ごしたものの、彼女の残した想いを執念として
身体に付着させてしまった川田。誘う側の意図と誘われる側の意図が違う
時に起こる空間のズレは後になって解る事もある。彼女は今回の一夜で
川田が自分に気が無い事が解ったはずだろうが、“期待”は永遠に続く。



ようやく生霊を取り終えた翌日、彼女から体調を酷く崩していると川田へ
メールが入った。ひきこもりで拒食症の体力が無い状態で東京から京都
までの行動がたたったので身体が壊したのかもしれない。失恋と言う
精神的な部分で気力が無くなり、体力維持に負担をかけたのかもしれない。



大江山曰く、「強い念出したり、飛ばしたりしたら誰やって倒れるわい。
無意識に生霊となってたんやろけど、まあ、魂が消耗したんやろうな。」



川田は今回の件で反省をして、ファンを大事にする気持ちが誤解されぬ
ように表現の仕方を考えた。しかし、今回の彼女はまだ良かった方かも
しれない。彼女は元々、他人に対してではなく、自分に怨みをぶつける
方だからだ。世の中にはもっとえげつなくてもっと怖いのが存在している。












存在してますな、確実に。                  ボスヒコ
 は~~~~~~い押して!!
 

とぐろ 前

2008年01月26日 | ボスヒコの「恐怖夜話スペシャル」

私の友人で「大江山の婆(ばばあ)」という京都でお土産屋を営んで
いる齢80歳のイタコがいます。イタコといっても正式なイタコでは無く、
いわゆる霊能力者と言われる人です。最初は仕事上のおつきあいから
始まったのですが、なかなかのキャラクターだったので今でもおつき
あいをさせてもらってます。顔に表われる程の短気な性格だが、誰よりも
人の事を考えている大江山の婆はお土産屋なのに絶えず相談者が殺到
してます。その彼女の体験した不思議な話をこれからしたいと思います。



ある朝、大江山さんのお土産屋に真っ青な顔で出勤してきたアルバイト
の川田君(仮名)。彼は店のエプロンをつけながら、日課の店の掃除の
準備をする。掃除道具を取りに裏庭へ行った時、大江山さんと出会う。


「あ、大江山さん、おはようございます。」


本人は明るく挨拶をしたつもりだが、大江山の婆の第三の眼には異様な
光景が見えていた。川田の頭の周りに女性の衣服がぐるぐると巻き
付いていた。その衣服が蛇のようにゆっくりと動いている。よく見ると、
シャツと思われる裾の所から川田のものでは無い肌が露出しだした。

大江山の能力を知っている川田は、挨拶もせずにいる大江山がせわしなく
動く眼の矛先を追って不安になった。彼は大江山に即座に訊いた。


「ぼ、僕に何か悪いモノがついているんですか!?」


大江山は眉間に深いシワを寄せて言った。


「アンタな、茶髪で髪の長い、酷く痩せた若い女の子に最近会うたやろ?」


ず…ずず………ずずず……と、川田に巻き付いている衣服が反応した。


「え!?……実は、昨日まで家に泊まっていた子がそんな感じです……」


ず…ずず………ずずず……


「アンタな、その女の子の生き霊がついとる。彼女の強い念が、頭に情念と
 なって、ぐるぐる巻き付いてんやで。」


川田の後頭部から茶色の女性の頭部が出て来て怨めしい眼で大江山を睨んだ。


川田は更に頭が痛くなったのと、身に憶えのある事を当てられたので軽い
パニックに陥った。かなり強い生霊を確実に外す為に2人は近くの神社へ
向かった。大江山さんが常に携帯している魔除けの粗塩を川田君の背中に
叩き込み、ひたすら退散を念じる。川田の頭に巻き付いている怨念のとぐろ
はあきらかに動きが早くなった。ぎゃ!と飛び散ったとぐろは、いつの間
にか地面でうつむけ状態で女性の身体のカタチになっている。それが獲物を
狙う蛇のようにくねくねと川田に這って来た。川田の両足首に激痛が走る。


(( 逃がさん ))


川田の両足首をしっかりと掴んでいる女性の細い手。見上げる顔は般若












 怖かったでしょ? これを押せば魔除けになります。
 

なじむ影 最終回

2007年12月19日 | ボスヒコの「恐怖夜話スペシャル」

半年後、彼からのメールが届いた。





『ありがとうございました!』

「ボスの案で無事に自由になりました!最初の頃は彼女に合わせるのが

 難しかったですけど、なんとか怪しまれずにやり通せました!
 
 実際、しんどいですが仕事が楽しくなってきました。

 今回のややこしい件の相談をどうもありがとうございました。

 彼女は怖かったけど、騙して非常に悪い事をしたなと思い、反省して

 おります。これから仕事を頑張りますのでまた相談に乗ってください!」





彼の良い所は、まじめ、熱心。彼女の良い所は面倒見が良い所。


それを上手く利用する。嘘に近い限りなく本当の事実を作り上げる。


私が提案したやり方は、まずは彼女と関係を持った日を思い出して、
その時から交際をしていると言う話を自分の友人に言う。もちろん、
その言い方は冗談っぽく言うのでも、「ボスにこう言えと言われて」
とかではなく、真剣に言う。そして友人に交際していると言ったと
彼女にも報告をする。彼女の中であやふやな期間だったはずの記憶が
交際期間だったと言う想い出にすり替わる。公私共々、認定された
交際に彼女は喜んでいろんな人に言おうとするが、一応「社内だけは
交際の事実が広まるのは自分達が認めた数少ない人だけにしよう」と
提案する。どうせあっという間に広まるだろうが、それは彼への
私からの罰だ。それをいかにして乗り越えるかも重要な要素。彼女は
彼の社内での提案を飲むだろう。いずれその交際を知った関係同士で
呑みにも行くだろう。つかず離れずで交際をしている期間、彼は仕事に
関係するあらゆる授業や試験を詰め込む。理由は、一人前になる為。
彼女は彼の仕事熱心な真面目な性格も好きなはず。彼のその前向きな
姿勢に暖かい目を向ける。その反面、付き合っているはずなのに1時間
ぐらいしか会えない日が続き、精神的にも肉体的にも満足はいかなく
なってくる。それのピークが3ヶ月ぐらいだろう。彼女がなかば彼に
あきらめかけている時を見計らって、別れの言葉を言う。「どうしても
今やらないといけない事がある」という男のバカな言葉だ。仕事社会の
日本では当たり前の言葉。彼女には交際を持続させる提案も多数ある
だろうし、一方的な彼の別れの言葉に腹立つだろうが、あまりにも彼の
やつれ方に身を引く事になるだろう。彼から楽しい未来も見えない。


彼女の面倒見が良い優しい心が、彼の我がままであるが真面目な
努力を認めてしまったのだ。これが彼女が彼をあきらめるキーワード。


遊びではなく自分を1人の女性として「付き合っていた」という最も
欲しい事実も彼女は手に入れている。別れの言葉を言われたものの、
ほぼ彼女から縁を切ったカタチにもなっている。


彼も彼女の身体を利用していた事の反省や、自分への嫌悪感を拭う
為にも、真剣に仕事へ打ちこむ。積極的な姿勢を会社にも見せろと
言ったので、ひょっとして何かのプロジェクトにも関わったのかも
しれない。どこからどう見ても仕事熱心な男。全てが真面目な人間。
特に喧嘩別れでも無いので、社内での噂も2ヶ月ぐらいで沈下する。


刺激と安定が同時に欲しい彼女は彼に飽きる。それは経済的では無く、
心の刺激と安定。だから、強い念が生霊として闊歩してしまうのだ。



人の考え方は左右しにくいが、心はいつでも揺れ動く。それを他人に
操作出来る者、言霊を持つ者には悪を善にする繊細な技量と器がいる。



その後、彼も彼女も自分に合った交際相手を見つけて、結婚している。












おわり                           ボスヒコ


 どう?押して!!