おそらく、あの待ち合い場所で見たワインレッドのシャツの女は生霊と
言われるモノだろう。彼に憑いた念、彼がいつも頭の隅で考えてしまって
いる彼女との交際。本来なら見えないモノには違いない。その変わった
状況はただの忠告として捉える事によって、この際どうでも良かった。
彼女は彼の性格もクセもよく知っている。今日、社内で見かけた彼は
いつもと違うかったに違いない。女の勘、モテない奴の勘、フラれる
奴の勘が働く。彼女は普段メールをしないのは、もちろん彼を怒らして
別れが来る事を避ける為だ。自分が彼にすがったとしても「すがる能力」
が無いのも重々承知している。彼女が自分の能力で発揮出来るとしたら、
脅しめいた感情で彼の心を金縛りにさすしか無かった。だから、あたかも
状況を見たかのように核心めいたメールを突然して、彼にプレッシャーを
与えて、本心や行動を暴こうとした。彼は今、死ぬほどに動揺している。
それが彼女のやり方で、それが彼女の今回の目的なのだ。
…………ワタシを捨てたら、どうするかワカラナイヨ…………
彼と彼女の交際の事を考え、最も良い別れ方を考えなければならない。
これも男性本意、相談者優先となる下らない決断。しかし、このまま
ダラダラと未確認交際を続けても先に見えるのは御互い残念な結果だけ。
彼が恐れているのは彼女が社内で自分達の状況を皆に公認させる事だ。
そしてその延長上の結婚。彼女は彼の制止を振り切りだし、徐々に周囲の
人間に彼の事を漏らし出している。それも「真っ当な交際」としてだ。
もし、彼が正直に彼女に話したとする。「実は元カノが忘れられない」
「実は貴女の事は別に好きではない」「実は新しい出会いがほしい」など。
どれを取っても、彼女の荒い気性を逆撫でし、プライドに傷をつける。
彼女が恐れている事は何だろうか。
彼との交際が終わる事……彼と結婚出来ない事………彼を失う事…………
いや、違う。彼女が最も恐れているのは
「遊ばれている」と言う事実を認識する事。
私が考案した彼女を遠ざける方法は、少々面倒臭いがどちらも良い結果に
終わる事が解った。それを彼に丁寧に教えてやると、彼は安堵と感謝の
気持ちで泣いている。私は情けない彼を残して、そのバーを立ち去った。
明日、最終回。 ボスヒコ

