<母が肺がんピンポイント照射治療を受ける事になるまで>
2007/02/19(月) 同僚から借りたカツラの方が似合うと判明。
2007/02/23(金) 抗がん剤点滴。吐き気あり。
2007/02/24~26(土~月) 白血球減少の為、注射を3日間。
2007/03/10(土) 抗がん剤点滴。UASオンコロジーセンター 植松稔先生宛てに手紙を送付。
2007/03/10~12(土~月) 白血球減少の為、注射を3日間。
2007/03/17(土) 植松稔先生より返事があり、横浜から代理でメール返信。
2007/03/20(火) メール返信あり。東京での窓口の場所を直前に電話で指定されることになり、映画「ミッションインポッシブル」 みたいだとはしゃぐ。母は無類の映画好き。
2007/03/23(金) 抗がん剤点滴。
2007/03/24~26(土~月) 白血球減少の為、注射を3日間。
2007/04/06(金) MRI・CT検査。
2007/04/14(土) 東京で、植松稔先生に会う。検査の写真をみてもらい、セカンドオピニオンをきく。
*手術跡ではなく、縦隔のリンパに転移と診断。
*予防的に、胸と脳に放射線をあてる治療をしておいた方が良いかもしれない。ただし、まれに重い副作用が出て亡くなる方もいる。
*治療する場合は予防の為、広く薄く放射線をあてるので、鹿児島で2ヶ月の入院となる。
*治療はUASオンコロジーセンター、入院先は近くの病院。ホテルに泊まってもよい。
*保険がきく治療希望か、自由診療がよいか、選択できる。
母は自由診療を選びました。2ヶ月の間に家のリフォームも決定。目の前のアパートへ引っ越しました。