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瀬田川には天下に名高い唐橋が架かっている。
その風光明媚な側を通り、石山寺にやってきた。
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私は予てより、この石山寺には是非行って見たいと思っていた。
歴史ドラマなどでも度々登場する石山寺であるが、これまでここを訪れることは一度もなかった。
数限りなく琵琶湖周辺には訪れているが、自分でも不思議なほど、石山寺とは縁がなった。
今回、紅葉の真っ盛りの時期に、ここを訪れることが出来たのは望外の喜びである。
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駐車場から瀬田川沿いを通り、石山寺の山稜を見ると、所々に建つ伽藍の周辺に赤や黄色が緑に入った斑模様をしている。
石山寺の入り口である東大門は、瀬田川に面した美しい景観の中に作られ、多くの人たちが出入りをしている。
門の近くに行って、下から見上げていると、その大きさに迫力を感じるてくる。
門の左右には仁王様が力強いポーズをとって、私達を出迎えてくれている。
紅葉し真っ直ぐな参道を見ながら、東大門をくぐると、右には 「源氏物語千年紀in湖都大津」 の看板が掲げられている。
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石畳で出来た参道の左右には、桜や紅葉などの樹木がアーチ型で覆い、多くの人達が訪れて行き交っている。
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参道の上には幾重にも重なる、「源氏物語千年紀in糊都」のイベントの為に作られ、模様の入った旗や飾り物が参道の奥まで並び、イベント色を一層盛り上げている。
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ここ石山寺は聖武天皇の勅願により、天平勝宝元年(749年=奈良時代)に良辨僧正によって開基され、歴朝の尊崇あつい由緒ある寺院である。
また、この寺は西国十三番の札所に指定されている。
本堂は縣下木造建築最古のもので、内陣は平安中期に造られ、外陣は淀君の修補によるものである。
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東大門(重要文化財)建久元年(1190年=鎌倉時代)源頼朝の寄進により創建。慶長年間(1596~1615年=安土桃山時代)に大修理
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源氏物語千紀のイベント色の強い石畳で出来た参道 公風園カフェーの入り口
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色鮮やかに紅葉した日本庭園で コーヒーなどを楽しみながら くつろぐ人たち
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石山寺入り口ここから手前が有料(大人=500円)
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本堂への石段 石段を上った所から正面に石山と多宝塔を見る
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石段を上ると正面に石山と多宝塔があり、右に観音堂と毘沙門堂が、左には蓮如堂の伽藍が建っている。
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この巨大な岩は、石山寺の名前に由来する、天然記念物の石山硅灰石である。
後ろの巨岩は天然記念物にも指定されている、石山寺硅灰石(けいかいせき)である。
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硅灰石は、石灰岩が地中から突出した花崗岩と接触し、その熱作用の為に変質したものである。
通常は大理石となるが、この石山寺のように雄大な珪灰石となっているものは珍しいものであるらしい。
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この大岩塊は石山寺の 「石山」の名前に由来している。
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石山硅灰石の上には数本のもみじがあり、色鮮やかに紅葉を見せている。
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蓮如堂の横にあるの本堂への参道から境内を望む、多くの人たちが写真撮影などをして楽しんでいる。
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石段を上った所にある源氏の間 源氏の間で十二単をまとった紫式部
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紫式部の像
蓮如堂の横に展示してある「源氏物語屏風図」見て、石段を上ると本堂で、紫式部が源氏物語を書いたと伝えられている「源氏の間」がある。
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ここは、千年の時を得た石山寺の中でも、独特の雰囲気を感じる場所である。
千年の昔、紫式部によって書かれた長編小説 「源氏物語」 はここ石山寺から誕生したと言われている。
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源氏物語は、光源氏という、魅力ある高貴な男性と、その周りにいる個性的で、魅力的な女性達との物語である。
物語は五十四帖からなり、平安朝の雅やかな文化がかがやく、宮中の貴族の暮らしを通して、男女の愛や想いなどを、独特のタッチで表現している。
どんなに時代が変わっても、愛する美しさや尊さを伝えたかっただろうか!
紫式部は物語完成の祈願と、その構想を練るために、石山寺に七日間こもったと言われています。
本堂横にある「源氏の間」には、その時に紫式部が使用した硯があり、千年のときを経ても、なお、鮮やかにこの物語の起筆の記憶を今に伝えている。
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源氏物語の屏風図(八曲一双=江戸時代)を熱心に見る人
この屏風図の源氏物語五十四帖は八曲一双にわたって一場面ずつ、ほぼ物語順に描かれている。
各場面は、金雲で区切られ独立するものの、樹木、土坡、水景、屋台などで場面間を出来るだけスムーズにつなげようとして描かれている。
このように景観の連続性を考慮することで、単に異なった場面を規則的に並べる単調さを和らげるように工夫されている。
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なお、各帖名を金雲上に墨書するが、後世のものか、所々に誤りがあるらしい。
描写は巧みであり、特に「葵」の車争いの場面や「手習」の田楽の場面など、動勢にとんだ描写に優れている。
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源氏物語屏風図
源氏の間を左に進むと、本堂入り口があり、中には大きな提灯が掲げられている。
石山寺は聖武天皇が、この地に伽藍を建てて、如意輪法を修するようにと夢告を受け、良辨僧正を開基として開かれた寺院である。
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本尊の秘仏如意輪観音像は、聖徳太子がお伝えになった、縁結び、安産、福徳などに霊験あらたかな仏様として信仰を集めている。
石山寺は奈良時代から観音の霊地とされ、平安時代になって観音信仰が盛んになると、朝廷や摂関貴族と結びついて高い地位を占めると共に、多くの庶民の崇敬をも集めるようになっていった。
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その後も、源頼朝、足利尊氏、淀君などの後援を受け、西国三十三番札所の観音霊場として、今日でも参詣者が後を絶たない。
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多くの参拝者が訪れ賑わっている本堂
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本堂には急斜面に建てられた舞台があり、林立する紅葉のもみじや巨木が迫っている。
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石山寺本堂のすぐ側にある三十八社の紅葉
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天然記念物の石山硅灰石の上から、紅葉のもみじと境内を望む
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石段の下からの多宝塔 均整のとれた下からの多宝塔
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800年以上も建ち今なお優雅な姿を見せている日本最古の多宝塔(国宝)
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花山法皇が西国三十三所観音霊場を中興されて一千年の記念事業として建てられた心経堂
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季節によって美しさと落ちつきを見せる無憂園
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休憩所から日本庭園の風情のある無憂園の美しさを堪能出来そうである
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紅葉に囲まれた日本庭園のシンボルである滝が無憂園を一層引き立てている。
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無憂園の休憩所横にある庭園の鮮やかで落ち着きを与えてくれる紅葉
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石山寺の境内には多くの黄葉や紅葉があり、境内には落葉した葉が晩秋のムードを盛り上げている
晴天に恵まれ、紅葉した石山寺を始めて訪れることが出来て、本当に良かったと思う。
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平安時代には、たくさんの女流歌人が誕生しているが、ほとんどの歌人が、石山寺のことを日記や随筆に記している。
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清少納言や和泉式部、蜻蛉(かげろう)日記の藤原道綱の母、更級日記の藤原孝標の娘などに、石山寺は芸術家や文人達に深い感応を引起し、女流文学の開花の舞台となったようである。
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その後も、松尾芭蕉や島崎藤村をはじめ、石山寺を慕う文人達を多く集めている。
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私もたまたま訪れた時期が、源氏物語千年紀のイベントや、紅葉の時期で、大変興味を引かれていった。
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この地が風光明媚で、石山の奇岩や伽藍、それを取り巻く景観や、季節ごとに味わう風情などが、多くの文学者を引き込んでいるのだろうか!
いずれにしても、石山寺の見学を終えて感じることは、今までの寺院見学と全く違った感応が心に残ることであった。