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日本書紀ゆかりの地を巡る(太子道)

2019-09-27 09:46:48 | 地域と文化

聖徳太子が歩いた道「太子道」

 歴史に大きな足跡を残した厩戸(うまやと)皇子(聖徳太子)は、母である穴穂部間人皇女(あなほべのはしひとのひめみこ)が宮中を巡行している途中、厩の戸口で産まれたことからその名がつけられました。また、厩戸皇子は優れた知恵があり、一度に十人の訴えを聞き分けることができたとされています。

 推古天皇の時代に東宮(皇太子)となり、推古天皇代行として国政を執り行ったと「日本書紀」にあります。皇子は、国際的緊張感が高まる中での遣隋使の派遣、冠位十二階や憲法十七条の制定などを行いました。また伯父の蘇我馬子とともに、我が国に仏教を積極的に導入しました。

 奈良県内には、法隆寺をはじめ厩戸皇子にまつわる寺院が多数あり、それらの社寺を結ぶ道は、太古から整備され発展したと考えられます。中でも、厩戸皇子が歩んだとされる、飛鳥と斑鳩を結んだ「太子道」は、厩戸皇子に対する人々の厚い信仰心によって、その姿を現在に伝えています。

   

白山神社

屏風杵築神社の西側に川を挟んで小さい祠の白山神社があります。この境内にある「腰掛け石」は、聖徳太子が斑鳩から飛鳥の里を往来され、休憩されたときに腰を掛けられたと伝えられています。また、当時の村人が、屏風を立てて太子を接待したことから、村の地名が「屏風」になったとも言われています。

        

 

              

 

             

                       村人が太子を接待している様子

 

法楽寺

 近鉄田原本線黒田駅近くにある法楽寺ですが、桃太郎ゆかりの地に建つ真言宗寺院のお寺で、かつては25のお堂から成る大伽藍を有していました。今は衰退し、地蔵堂のみが境内に残るのみとなっています。また、ご本尊は、子安地蔵菩薩立像で、地蔵堂の中尊として手厚く祀られています。

 孝霊天皇が都を遷した地である黒田廬戸宮跡(くろだいおとのみやあと)に、厩戸皇子が建立したと伝えられています。この宮で誕生したとされる孝霊天皇の皇子(吉備津彦)は桃太郎のモデルとされ、法楽寺は桃太郎誕生の地とされています。

              

                

 

              

               

 

              

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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