東京 DOWNTOWN STREET 1980's

東京ダウンタウンストリート1980's
1980年代初頭に撮影した東京の町並み、そして消え去った過去へと思いを馳せる。

北区赤羽西四丁目~三勝堂書店取り壊しへ

2014-02-18 21:26:51 | 北区
以前、北区赤羽西四丁目を取り上げたときに掲載した、三岩通りで一番古い建物と思われる、三勝堂書店が取り壊される。久し振りに前を通り掛かったところ、下ろされたシャッターに解体工事のお知らせの紙が貼られていた。以前、このブログで紹介した通り、この辺りの住宅開発と同時に開校された小学校である第三岩淵小学校の開校が、昭和3年である。恐らくは、ほぼ同時期に建てられたものではないかとおもわれるのが、この三勝堂書店の店舗である。小学校の校舎はコンクリート造りのものに遙か以前に建て替えられており、この赤羽西から西が丘に懸けての宅地開発の歴史の証人とも言えそうな建物であった。告知に依れば、3月1日から19日までの間で取り壊されてしまうそうなので、興味のある向きはなるべく早いうちに訪れてみることをお勧めする。場所は、北区立第三岩淵小学校の正面向かい側である。住所は、北区赤羽西四丁目44。

2013年3月撮影の営業中の姿。店舗は綺麗に改装されていて、古びた感じはない。建物は、瓦葺きの出桁造りで重厚なもの。


現在の姿。営業は休止されている。出桁造りの重厚な造りに、右側にモルタル仕上げの洋室が付加されたような作りになっている。


正面から見たところ。テントで一階の軒がどんな風になっているのか、よく見えないのが残念。店舗の改装に合わせてリニューアルされているのだろうと思われる。


左手からの眺め。天気が良すぎて、コントラストが上がってしまい、シャドーが見えない。重厚な屋根の感じは良く分かる。


二階部分は壁面にはサイディングが貼られ、アルミサッシ化されているようだ。これだけの立派な瓦屋根だけに、東日本大震災などでの痛みもあったのかもしれない。


右手に付きだしているモルタル仕上げの洋室部分。昭和初期の住宅建築では、木造の和風建築にモルタル仕上げの洋間を組み合わせたものが流行したが、商店の建築ではあまり例を見ない。テントの裏側、洋間の手前側に物干し台が設けられている。


空中写真で見ると、左手の母屋が一番大きくて、そこに手前の洋間部分と奥の増築部分が加えられているような形であるようだ。


母屋の屋根が奥まで届いていて、右側に洋間とその奥の部分が張り出している。


昭和の初めからの商家が、今まで現役で使われてきたと言うことが素晴らしかった。この町の変遷をずっと見つめてきた建物である。

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2 コメント

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Unknown (たくあんn)
2015-03-01 08:59:41
はじめまして。

約30年前までは赤羽西2丁目に住んでいました、
小学生の頃はこちらのお店は1番近所の本屋さんとして良く利用していました。
稲付中学校に通うようになっても通学路であったので文房具なども買っていた思い出があります。

そうですか~既に壊されてしまったのですね。
今でも自転車で5分程度の場所に住んでいるのですが、中々ここは通らなかったのできづきませんでした。

1年後の春には私の母校である清水小学校とこの正面にある第三岩淵小学校の統合も計画されています。
時代はどんどん流れていきますね。
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ありがとうございます。 (kenmatsu)
2015-03-01 10:06:31
>たくあん様
コメント、どうもありがとうございます。
三勝堂書店、その後も何度か前を通りましたが、更地になってしまったと思っていたら、新しい建物ができているようです。
思い出深い景色が消えていくのは、寂しいものですね。
返信する

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