変形性股関節症に負けない『心と身体』を目指して -運動指導士 彦坂惠子-

踊りが命と舞台と指導に明け暮れていた私が突然変形性股関節症と言われ、手術をし引退したが現在運動指導士として活躍中

在宅介護

2014-09-10 14:48:36 | 私と介護

 叔母が退院して家に戻り…本格的な在宅介護になりました。
 今日で、13日目。

 平成20年9月からうちで、叔母を預かることに決め、叔母の独居の家はそのままにして
 亡き母が使っていた、普通のベッドで、叔母の介護が始まりました。

 当初、叔母は一通りの自分のことは自分でできていました。
 独居の時には、食事作りや掃除という家事がなかなかできなくなったので、
 ヘルパーさんに一時間半家事の援助をしてもらい、お風呂屋さん(市営住宅は古くお風呂が
 なかったので、その後築50年になるからと建て替えのために出されることになったことも
 一緒に住むことになった要因でもあります)


 そして、20年の12月28日、病院も休みに入った深夜、ベッドから落ちて
 大腿骨頸部骨折で入院年明けの1月5日に 人工股関節(ステムのみ、部分麻酔で
 手術)五ヶ月のリハビリ後、また歩けるようになりました。

 その後、7年の間に 転倒で検査入院をたびたび、また、肺炎 そして、インフルエンザ後の
 体調不良で入院、その間にも 脱水症状やら栄養不良やらで 毎月のように点滴。

 などなど、介護は大変でした。
 それでも、一人で食事ができて、一人でトイレに行かれて、お茶も飲めて、
 食器も洗い場へ運べていました。


 それが、できなくなりました。。。

 今回の入院は、8/2から8/29日まで。
 入院時は、低酸素血症→中間で慢性呼吸器不全→退院証明書には 尿路感染と
 だんだんと軽い?病名に。。よいことでしょうが、なかなか食事を食べさせてくれない。
 入院後10日間は絶食で点滴のみ。中間の主治医の説明は、慢性呼吸器不全なので、
 酸素が離さない、栄養状態も悪い、アルブミン値が低い、脱水がある、
 極めつけは、延命をどこまでするか?を私に決めるように迫った!!
 退院のめどはつかない、、と。
 在宅酸素を受け入れるので、なんとか退院への道筋をつけてくれるように頼むも
 良い返事がいつまでもなかった。。

 その間、オムツと点滴と心電図のコードと鼻酸素。
 相変わらずのコードだらけでした。
 一日、1000ccの点滴から500ccへ ソフト食、超きざみ食、おやつは2回(10時と15時)
 点滴を入れるための血管が両腕両足のどこからも取れないので、
 おまたの付け根に医師が麻酔して置き針を入れる、という作業から
 皮下注射(皮膚に針でなぃ細い針?で、水分補給のために500cc)を5日間入れました。

 ポータブルトイレをお願いしても転倒の心配から、最後の2日前までオムツ。
 
 リハビリは、やってるの? 家で(食事のテーブルまで、トイレまで歩けるの?)
 退院2日前に、管理栄養士から食事の説明、看護婦からオムツの当て方を指導してもらい
 ました。

 
 退院後、赤ちゃんの離乳食やらきざんで形をなくしておかゆも全粥で、と頑張りましたが
 2日目にまずい、と言われ…普通の柔らかいものに変更しました。

 オムツは、うまく当てられず? 汗びっしょり(私が)に、
 退院一日目の29日は、夜間5回叔母に呼ばれて ポータブルの介助やら、鼻酸素の
 コードが変になったやら、
 「お母さん」←叔母は私のことをお母さんと呼ぶ。亡き母も私のことをお母さんと
 呼んでいた。

 病院で、お母さん←と呼ぶと、、、認知症のために、お母さん と 本当の親を
 呼んで、頭が変になっている! と、誤解されるから、やめなさい! と言いました。
 担当の看護婦さんにも、お母さんとは私の呼び名です と わざわざ説明しました。

 叔母がいた、病室は始め、夜間の10時に入院したので5階のナーススティションの
 すぐ隣でした。
 病状が良くなると他の病室に移ります。いつもは。

 いつまで経っても他の病室に移らないので変に思っていたら、、
 せん妄(3日間ほど、変なことを言ったり目付が変だったり…)後で聞いたら、
 鼻酸素も尿管の管も点滴の管も心電図のコードも すべて、はずして 歩いて
 ナースステイションへ行ったそうでした。
 その日から、さらに動けないように…ベッドをすべて囲われてしまいました。

 足は、バンバン浮腫んでいるし、変な目つきで変なことを口走った時には、、
 どうなることか?! と 本当に心配しました。

 そんなに病状が重いように思わなかったのに…
 とも、心配しました。


 が、結局 尿路感染のために入院しました、と退院証明書に書かれていた文字を
 見た時には…
 正直、笑ってしまいました。。。。。


 で、帰宅後、3日間は お母さん コール が絶えず、でも、苦労したおかげで、
 オムツが一度も汚れず(失禁がない) 食事も柔らかめで 小さく切ってあげて
 水分もきちんと少しずつを何度も 飲ませて、、酸素のおかげで、
 食欲もあり、水分も取れて、便もきちんと取れ(入院中は運動もリハビリも少なく
 浣腸した、浣腸の薬が3本も退院時に出た) 

 すっかり、しっかり、元気になりました。

 とともに、私は疲れ果てたのがさらに、疲れて 目もあけられないくらい、
 体力気力がなくなりました。
 気分転換をして、元気を出そうと昨日、友人と約束していた遊びへも
 出かける気力も出ず、パソコンへも向かえず、、、
 最低限の介護、最低限の家事で、したすらしたすら、ベッドで体を休めました。。

 お母さんコールは、夜間はなくなり、一人でポータブルを使ってくれています。
 が、昼間は トイレまで歩く見守り と 便の後の おしりふき 
 酸素のコードを長くしているので おひきずりの補助です。
 落ち着いているときは、酸素コードを一時外して トイレ 手を除菌ふきんで
 ふかせ、鼻コードを背中に引かないように ベッドの高さ といちいち 大変。

 鼻コードをさかさまにしたり、片鼻しか入ってなかったり、笑っちゃいます。

 頼り切っているのも、困りものです。

 最大4時間留守番を一度しました。その時は、ポータブル一度使用のみで
 水もお茶も用意しておいたのに 一滴も飲まなかった。。。


 明日は、「きらら体操教室」。
 主人は、いま仕事が忙しく 息子は今 社員旅行で 宮古島へ。

 最大、6時間(お昼食とお水お茶 おやつをベッドわきに置き、ポータブルトイレ
 で、、のお留守番ができるかどうか?!)
 ランチ会は、参加できないか?できるか?
 叔母さんのこれからの体調次第…

 今夜は、寝られるといいのだけれど(私のこと)
 元気の気 が なくなりました。。
 
 在宅介護  大変です。 
 弱音を吐いてます。。




          『変形性股関節症に負けないでね!』
 

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2 コメント

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察するに余りあって (みかん)
2014-09-11 19:51:22
本当に本当に、毎日毎日お疲れ様です。
どうぞ、介護者が倒れたり、心が折れたりしませんように。祈ることしかできませんが。
返信する
暖かいまなざしをありがとうございます (ケイコ)
2014-09-12 12:41:14
 みかんさん、昨日のきらら では、ありがとうございました!!

 ご心配おかけします。
きららの皆さんからの笑顔と親御様を介護なされた経験者の方々からの お言葉や暖かなまなざしは 何よりの私の癒しになり ました。

 今日は、お天気のせいもありますが、、、とっても 吹っ切れたように元気です!!

 おかげさまで、叔母も順調に? 自立へ向かったリハビリができていますので、、私の心も安定してきました。

 頑張りすぎないように します。。
ありがとうございました!!

 温かく見守っていただけることへの 感謝を致します。 次回のきららでまた、お会いしたいと思います。

 季節の変わり目、ご自愛ください!!
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